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今村夏子『とんこつQ&A』(毎日読書メモ(488))

今村夏子読書シリーズ、最新作の『とんこつQ&A』まで参りました。
過去の今村夏子読書記録: 再読した『こちらあみ子』 父と私の桜尾通り商店街 星の子 むらさきのスカートの女 あひる こちらあみ子

雑誌「群像」に2020~2021年に掲載された中短篇4作。

「とんこつQ&A ]:とんこつ、という名前の町中華、父と不登校の息子できりもりしていたところに採用された今川、客に声をかけられても即応出来ないが、想定問答を文書化して、返答を紙に書いておけば、それを読み上げることで対応は可能、と自分で認識したので、「とんこつQ&A」というマニュアルノートを作り、徐々にそれを見なくても客対応できるようになる。繁盛してきた店をサポートするためにもう一人採用した丘崎は、今川に輪をかけたコミュ障なのに、「とんこつQ&A 」のおかげでだんだん存在感が大きくなり、店主と坊っちゃんから、亡くなったおかみさんと同じ待遇を受けるようになる。今川の葛藤と、そこを突き抜けた境地がじわじわと描かれる。

「嘘の道」:姉のクラスにいた、嘘つきと呼ばれていた少年、依田正、いじめの対象となり、突然いじめ撲滅キャンペーンで構われる存在となり、キャンペーンが終わった途端またいじめの対象となり、町から立ち去ることになる。それと並行して、隣町から来た老婆に「嘘の道」を教えたことで、老婆が大怪我を負い、それにより心に棘を刺される姉弟。老婆に嘘の道を教えたのっは依田正だろうと噂されているが、怪我のなおった老婆が近辺を歩き回るようになり、いつか糾弾されるのではという恐怖で引きこもりになった姉、それを何十年も見守り続けることとなる弟。勧善懲悪とはちょっと違う恐怖譚。

「良夫婦」:内弁慶の妻は、基本的に善意で行動しているのに、外で自分の行動が人に迷惑をかけても、それを自分からただすことが出来ず、夫がその尻ぬぐいをする。さくらんぼのなる古い家で、自分にとっての善を突き詰め続ける友加里と、それを護る夫の幹也、閉じた世界。養子に迎えたいとまで思った、二グレクト少年タムにも、結局届かない友加里の思い。

「冷たい大根の煮物」:勤め先のプラスチック部品工場で、周囲の人から要注意と言われた、借金王の芝山に見入られ、家にまで入り込まれる木野。ずっと緊張して、お金を貸したりしないように細心の注意を払っていたのに、油断した隙に芝山にしてやられる。しかし、二グレクト家庭で、菓子パンと海苔弁食べていればそれが一番低コストで生き延びられる、という育て方をされていた木野は、消えた芝山のことを思いながら、彼女が教えてくれたレシピで自炊をするようになる。

どの物語も、なんでこんなに寂しいシチュエーションを思いつけるのだろう、と思わずにいられない寂しさと切なさ。自分はこの小説の登場人物とは違う、と思うけれど、そう思っていると、無理にそう思おうとしているんじゃないの、という気持ちになってくる、根っこのところにある、人間の気持ちの奥底の、何かをおとしめようとしたり、自分を優位に立たせようとしている心の働きが見えてきて、それが恐ろしくて泣きそうになる。
マウントを取っている人を見ると、その浅ましさに鼻白んでしまうが、誰にでも多かれ少なかれ、そういう行動をとってしまう場がある。勿論わたしにも。今村夏子の小説を読んでいると、そういう、自分で自分がいやになる部分を、血が出ないようにえぐられている、そういう心持がする。

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