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今村夏子『あひる』(毎日読書メモ(444))

今村夏子『あひる』(書肆侃侃房、現在は角川文庫)を読んだ。表題作は第155回芥川賞候補作(今村が芥川賞を受賞したのは第161回、『むらさきのスカートの女』によって)。2011年に太宰治賞をとった『こちらあみ子』(ちくま文庫)で三島賞もとり、しかしその後全く新作の発表がないまま5年がたち、突如発表されたのがこの『あひる』、表題作以外に「おばあちゃんの家」「森の兄妹」が収録された短編集。美しい挿絵(重藤裕子)も入り、テキストは少な目。
どの作品も、なんだか寂しい。知り合いから引き取ったあひるの「のりたま」を、家にあった空の鶏小屋で飼い始めたら、通りすがりの子どもたちが家に入ってきてあひるを眺めていくようになる。就職したことなく、家でずっと資格試験の勉強をしているわたしと父と母の3人暮らし、ヤンチャしていた弟は結婚して家をでていき、会話すら殆どないような静かな生活をしていたところに、名前もわからない子どもたちが大挙してやってくるようになり、父母は浮足立って子どもたちをもてなす。体調を崩したのりたまを動物ん病院に連れて行ったら子どもたちの足はあっという間に遠のく。しばらくして連れ帰ったあひるは、あきらかにのりたまではなくなっているが、また子ども達がやってくるようになり、父母はあひるを飼っているんだか、子どもたちを囲い込もうとしているのだかわからない状態。わたしは気を散らされ、試験勉強に身が入らない。
「おばあちゃんの家」は、自宅の敷地内に、血のつながっていない祖母(祖父の後妻)が住むインキョがあり、そこに通う少女みのりの成長譚。長いタイムスパンをさらさらと書き、毎日食事を運んではいるものの、家庭の一部としてはみなされていないおばあちゃんが少しずつ認知症の症状を見せていく様子を、みのりの視点から描く。不安と安心がかわるがわるやってくる心もちの中、内心を吐露することのない祖母は一体何を考えて生きているのだろう、と、ことあるごとに思う、その心情が、わたしの中にある記憶とか気持ちをざわつかせる。
「森の兄妹」は、かなり生活に困窮しているシングルマザーに育てられている兄妹が、外に出ておやつを食べる(イタドリとか花の蜜とか)暮らしの中、窓から「ぼくちゃん」と声をかけてくるおばあさんと、交流とも呼べぬ交流をする物語。どうやらこれはみのりのおばあちゃんらしい。妹モリコが野に見たクジャクの正体は?

ストーリーを語っても、本質は伝わらない感じ。寂しさと美しさと、誰にも理解して貰えないような気持になるはかなさが、小説の中に漂う。
寂しくて泣きたくなる感じは、誰もが子どもの頃に経験した気持ちに近いように思える。

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