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恩田陸『愚かな薔薇』(毎日読書メモ(274))

年明けすぐに、本屋の店頭で見かけて、この子を連れて帰らない訳にはいくまい、とずしっとした本をお持ち帰りして、結局自宅で2ヶ月寝かせてしまった恩田陸の新刊『愚かな薔薇』(徳間書店)をようやく読んだ。
今だけ、普通のカバー(着物の柄みたいな絞りの入った花模様と星空の絵のモザイク)の上に、萩尾望都描き下ろしの期間限定カバーがかかっている(元々のカバーは、本を読み終わってから初めて眺めた)。伸ばした左腕からだらだらと血が流れている女性が一重の薔薇が群れ咲く中に斜めに配置されている。そして思いっきりネタバレの「14年の連載を経て紡いだ美しくもおぞましい吸血鬼SF」というコピー。

物語は、主人公高田奈智が夏のキャンプを送るために、母の故郷である磐座いわくらに列車でやってきたところから始まる。恩田陸に時々ある、股旅物(とわたしが勝手に名付けた、主人公が旅先で色々な出来事に遭遇する小説群。例えば神原恵弥シリーズの『クレオパトラの夢』とか、ノンシリーズの『まひるの月を追いかけて』『きのうの世界』とか)かな、と思ったら違った。表紙に書いてある通り、SFだった。舞台となる磐座は、夏の間毎晩盆踊りのような踊りが繰り広げられ、頂点となるお盆の時期には徹夜で踊る祭となる、という、山の中の盆地のまちで、わたしの乏しい経験の中では、岐阜県の郡上八幡のイメージ。
物語がいつの時代の物語なのかは語られない。しかし、何しろSFである。これはわたしたちがいる地球とは別の地球のパラレルワールドの物語で、時代感は意味を持たないのかもしれない。

全国からキャンプに呼び集められた子どもたち(14-15歳位)は、検査によって「虚ろ舟」の乗員となる適性があると見込まれた子どもたちだ。虚ろ舟は、外海に行く(=星間移動)が出来るロケットで、長時間の宇宙飛行に耐えれられる肉体的特性が、キャンプにより開花したものだけが、外海に出る虚ろ舟乗りになれる。そして、地球の未来が、虚ろ舟にかかっている、と人々は思っている。遠くに行ける虚ろ舟は数年に一度単位でしか飛ばないが、空を見上げると、内海を行く虚ろ舟が見える。その光景がなんだか美しくもあり、不安を掻き立てられもする。
緻密な設定がじっくり書き込まれていて、こんな複雑な物語を、恩田陸は14年もかけて破綻なく醸成していたのか、と驚かされる。14年! 2006年に徳間書店の「SF Japan」という季刊誌で連載が始まり、2011年に同誌が休刊した後は「読楽」(これも「問題小説」という中間小説誌が誌名変更された雑誌なんだな)で隔月連載。息の長い話である。
キャンプの始まりから終わりまで、1ヶ月前後の物語、それもすごく絞られた登場人物たちだけの物語がじっくりじっくり14年かけて紡がれ、奈智は、封じられていた過去の記憶が少しずつ開放されていく過程で、能力を覚醒していく。

表紙でネタバレされているから書くと、そのSF的要素の一部が吸血鬼設定で、萩尾望都が表紙を描いていることから、『ポーの一族』をイメージする人も結構いると思うけど、何しろ郡上八幡をイメージしちゃう日本の山間の地方都市にエドガーやメリーベルがいる、と思えるのかというミスマッチ。そして「吸血」のシーンのうっとくるようなおぞましさ。この物語は読者を選ぶと思うし、だからこそ、関門のようにネタバレ概要が表紙に書かれているのかな、と。実際、日本の政治とか行政とか因習とかに対する皮肉やアンチテーゼも物語の進行の要素となっている。

表紙に描かれた「さとばら」の匂いが立ちこめる、夏の磐座の光景と、不自然なくらいピュアな奈智の魂の彷徨。奈智の決断の潔さが物語を凛とさせるが、でもそれを美しい、と表現するのは難しい。

恩田陸のSF的物語は、え、この物語の結論はなんだったんだろう、と思うことが結構あるのだが、『愚かな薔薇』は、骨太にSF的設定を描ききった、彼女の代表作の一つとなる気がする。但し、前述したように読者を選んでしまう要素が大きいので、知る人ぞ知る、という作品になってしまうかな…『夜のピクニック』や『蜜蜂と遠雷』で恩田陸に入った人には驚愕の物語だろう。さぁかかってきなさい、と思って読んでみることをお勧めしたい。


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