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平安末期とディストピア近未来を結ぶ突拍子もないSFだった! 森絵都『カザアナ』(朝日新聞出版)

森絵都は作風・イメージが固定されることから逃げようとしている? 
児童文学作家としてデビューして、『カラフル』などのイメージが強かった。映画やドラマにもなった『DIVE!!』もまだ児童文学の範疇という印象だったのが、国連難民高等弁務官事務所で働く女性を主人公とした『風に舞い上がるビニールシート』で直木賞受賞。このまま現代社会を描く小説家になっていくのかと思ったら、2年かけた直木賞第一作『ラン』はマラソンをテーマにしたファンタジー。『この女』、『漁師の愛人』と、恋愛小説が続いたと思ったら、学習塾の誕生、発展、ゆるやかな衰退を家族史と共に描く『みかづき』にやられた。

そして今回手に取った『カザアナ』、何の予備知識もなく読み始めたら、平安時代の殿上人たちが、風穴と呼ばれる超能力者たちを召し抱え風水を読ませていたという思いもかけない導入。文章も勿体をつけていて、とっつきにくい印象だったが、7ページの導入のあと、一気に躍動感のある文章に切り替わり、近未来の東京郊外に飛ぶ。近未来、というのは物語を読み進めて行って、だんだん状況が分かってくるのだが、「観光革命」という大きなシフトチェンジが起こった日本は、情報統制の激しい、排他的なディストピアになっている。平安の御代の風穴たちが、この未来の東京に蘇り、情報統制をかいくぐる緩やかな超能力で、入谷里宇、早久姉弟とその母由阿を助け、この息苦しい世界に、風穴を開ける。突拍子もない設定なのに、巧みに構築された舞台設定で、アウトサイダー的だった母子が、世の中の理不尽と戦う姿が鮮やかに描かれる。

各章、平安時代の物語が導入となり、八条院暲子内親王(実在の人物)に仕えていた3人の風穴、空読、虫読、石読の運命が少しずつ語られ、その生まれ変わりのようなテル、鈴虫、香瑠が造園会社の社員として、観光立国となった日本の闇を暴く手伝いをする痛快な冒険譚につながっている。
八条院暲子内親王は鳥羽天皇の皇女、近衛天皇は同母弟、崇徳天皇、後白河天皇(法皇)は異母兄。未婚だったが、後白河天皇の皇子だった以仁王を猶子として育てた。以仁王って、平家に反旗を翻した人だったよね、と記憶がよみがえるが、この、平安末期の天皇家の家系図とか全く頭に入っておらず、八条院だけでなく、歴代の天皇のWikipediaを引きまくって平家勃興と並行する皇族の歴史を確認しつつ、その裏に風穴たちの不幸な歴史(平清盛による弾圧)があった、という物語世界をなぞる。

打って変わった未来は、超管理社会の中、一見秩序が保たれているが、「普通に」暮らしている住人には見えていない闇の部分、そして管理体制に反旗を翻す地下組織もある。SNSで不穏な言動をしてもすぐ改ざんされてしまうし、管理の手から逃れている人への連絡手段がありそうにない状況、そこで風穴の力を借りて到達不可能と思われた場所まで辿り着き、事態の打開は自分の判断で行おうとしている入谷一家。逃げない、その元気が、未来に光を与えてくれる。

複雑な物語世界の先に、明るい光がさしている、そんな気持ちにしてくれる小説だった。すごいな、森絵都。
次回作でまた想像もつかない題材を繰り出して、わたしを驚かせてほしい。


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