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窪美澄『たおやかに輪をえがいて』(中央公論新社)

窪美澄『たおやかに輪をえがいて』(中央公論新社)を読んだ。主人公は50代前半の主婦。初出が「婦人公論」の連載で、雑誌の読者を想定して書かれたという印象の小説。
衝撃のデビュー作『ふがいない僕は空を見た』(新潮社)刊行からもう10年。まだ10年。比較的、地に足のついた、ある意味地味な人たちを描いた小説が多い印象で、その中で少子化社会を突き詰めたSF『アカガミ』(河出書房新社)が異彩を放っていたが、『たおやかに輪をえがいて』は殊更に地味な、パート主婦の日常生活の中の葛藤を描く。
同世代の主人公の生き方とか、あるある、というのか、ありがち、というのか。多くの読者が、主人公絵里子はわたしだ、と思ったに違いない。わたしはこんなじゃないよ、と思っているわたしもまた色々な面で絵里子に似ている。
暮らしの中に立ったさざ波を、しかし絵里子は我慢できない。飲み込もうとして飲み込めず、起こした行動。その中で、高校時代の親友詩織の言動に驚き、「わたしなんか」という口癖を絶えず諫められ、少しずつ変わっていく。ある意味小説の構造としてすごくわかりやすい。突破口が、突破口の方から彼女に訪れていることがややご都合主義に見えなくもないし、明るい気持ちで読了できるエンディングも、ちょっときれい過ぎでは、と思わないでもないが、絵里子の父、母、妹、夫、娘、詩織、詩織のパートナーみなも、それぞれが絵里子視点から丁寧に描かれ、それぞれのキャラクターが際立っている。圧倒的な善人も、悪人もいない。絵里子の押しの弱さで、人間関係の問題解決が遅れていることが読んでいてわかるが、たぶん現実の人生もそういうものなのだろう、とも思う。
わたしならこういう風にはしない、と思う言動には、ポジティブな部分もネガティブな部分もある。わたしには到底この真似は出来ないだろう、と、羨ましくなる強さもある。その美質が、彼女を主人公たらしめているのだ。
小説前半の絵里子は、読んでいてイライラすることが多かったが、少しずつ、すべての同世代女性にエールを送る存在になっていく。結果として、彼女自身も周囲の人間をより愛するようになり、周囲の人間も彼女を愛するようになっていっているのだ。
小説の「転」にあたる、絵里子の一人旅の光景で一瞬彼女と交錯する「鹿子さん」、本当に旅のシーンで現れ、すぐに消え、その後の伏線にも何もなっていないが、日常から離れた場所での出会いの光景は全体として地味な小説の中できらきらと輝いている。それでいて、ここだけが物語の中で浮いている訳でもない。その辺の手練れた部分に作者の筆力を感じる。
人にどう勧めたらいいか、誉め言葉をうまく見つけられず、なかなか勧めにくい作家だが、たぶんずっと追いかけてみたい作家でもある。妊娠とか出産とか、性に関するありとあらゆる要素について、わたしでない人がどう考え受けとめているかを知るヒントとなる小説の数々を、これからも少しずつ読んでいく。

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