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梨木香歩『風と双眼鏡、膝掛け毛布』(筑摩書房)

梨木香歩の新刊『風と双眼鏡、膝掛け毛布』(筑摩書房)は、筑摩書房のPR誌「ちくま」に連載されていた、日本各地の地名に関して、作者が思ったり感じたりしたことと地名の由来を絡めて綴られたエッセイである。知っている地名もあれば知らない地名もあり、パソコンの前で読書しながら、何回も地図サイトを開いて、作者が動いた向きに地図を動かしながら、語られている地名が出てくるのを眺めたりしていた(本の最初にも取り扱われた地名が書き込まれた日本地図が付いているが、詳細を眺めながら読むと更に面白かった)。地名と地名の間を、車を運転したり、電車に乗ったり、カヤックを漕いだり、歩いたりしながら移動していく作者の姿が行間から見える。知らない地名を見て、そこに何があるのかもわからないなりに行ってみたくなる。そこでささやかだけれど美しい花を眺め、道野辺の仏様などに参る。その地に栄えた産業のことを考える。

移動することを、全身で意識し、色々なものを全身で受けとめる。地元の人が当然のものとしてずっと付き合ってきた地名について、引っかかるものを感じたらそれについて考察する、イメージする。知らないことだらけ、見たことない景色だらけで、日本って広いなぁ、とため息をつく。

ちょっと不思議なタイトルについては、冒頭で解題している。「それこそ風が運んで来たような話、双眼鏡で鳥を観察しに行ったときの経験、カヤックを漕ぎに(浮かびに行くのである、ほんとうは。それで悠長に膝掛け毛布を使う)行った川や湖のこと。そういうとりとめのない、「地名」が自分に喚起するもろもろのゆるい括りとして、タイトルを決めた」(p.7) そして、あとがきで、「今いる場所から風が訪れていくように遠いその土地を思う。そこは誰かのたいせつな故郷でもある。地名の味わいの奥深くには、そういう膝掛け毛布のような温かさと重みが在るように思われてなりません」(p.223)

大熊、楢葉といった戻るに戻れない場所についての語りが殊更に切なかったが、感傷に浸るというよりは、地名を口にして、じっくり舌の上で転がしながら、風景を思い浮かべる、そんな読書を楽しむための本であった。

北海道の地名の話の項で、玉蟲左太夫という仙台藩士が、箱館奉行の蝦夷地巡検に随行して書いた紀行『入北記』について触れている。彼は、この文書をきっかけに日米修好通商条約批准書交換のための幕府の使節団に加えられ、アメリカそして世界一周して詳細な記録を残しているらしい。明治2年に朝敵として切腹を命じられていて、明治の世を記録することなく世を去ったことが惜しまれる。幕末期の旅行者たちの記録、面白そうなのに、全然知らなかった。色々な方向に開く読書の扉。

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