見出し画像

村井理子『全員悪人』(毎日読書メモ(422))

ずっと気になっていた村井理子『全員悪人』(CCCメディアハウス)を読んだ。作者の夫の母の認知症の様子を、本人のモノローグの形をとって再現した、事実に基づいた物語。
認知症は、脳の働きが、それまでと違ったようになる病気だが、その脳の働きの変化が人によって全然違う。この物語の語り手である「私」の症状は、夫に対する疑念(デイサービスの職員と浮気している/脳梗塞で入院しているので、今ここにいるのは夫ではなく夫の姿をとったロボットのパパゴンである)を中心とした、怒りの感情である。
私は80歳、同居の夫は80代後半で、実際に脳梗塞で入院していたことがあった。息子と、その妻である「あなた」(つまり作者)は近くに住んでいて、何かあると来てくれる。ケアマネージャーさんがいて、自分も夫もデイサービスに通ったり、ヘルパーさんが家事に来てくれたりしている。コロナ前は華道の先生をしていた(コロナで教室が開けなくなった、というような事実関係ははっきり認識している)。

身内で認知症になった人がいて、その介護をしたりしていたので、通常の感覚ではありえないような物語の捏造があるということはわたしもある程度知っているつもりでいたが、やはり、物事の捉え方とかが全然違うものだな、と読んでいて思った。
いつも夫の浮気を疑っていて、すべて目に入る事象をそこにこじつけている様子に、それだけ夫のことを愛しているというか執着しているのだな、ということが見えて興味深い。なのにロボットだと言い張って顔面にテレビのリモコンを振り下ろして夫に怪我を負わせて、でもそのことが頭からすっぽり抜け落ちたりする。また、自分の判断で何かをして(セールスマンを家にあげたり)、それが家族にばれると叱られる、と、隠したりする。家族に論理的に追及されてもしらを切る。こういうことあったな、とすごく共感するところと、全然違った作用のところとあって、パターン化されないからこそ、対処方法が人によって違って、それが介護される人する人双方を苦しめたりするんだろうな、と思ったりする。

こうしたアウトプットが話題になり、多くの人が読んでくれることで、書いている人も救われるところがあると思うし、読んでいる人も救われる部分があると思う。直接の効能でなくても、当事者の孤独とか苦しみとかを第三者が描くことで、認知症になった人に、少しは優しく寄り添えるきっかけができると信じたい。

それにしても全員悪人だから。
悪人にしないと、自分で自分を許せなくなるから悪人に仕立ててしまう。
そして、そんな状況につけこむ悪人も2人ばかり出てきた。本当に悪人だった。わたしもそういう事例を見たので、仮定悪人でない本当の悪人は本当に怖いな、と思う。

あとがきから引用

地域包括支援センターの職員の男性が、私にこう言った。
認知症はね、大好きな人を攻撃してしまう病なんですよ。すべて病がさせることなのです。
この言葉が今の私を動かしている。

p.168

人を悪人にすることで、心のバランスを取るのか。それは生きていく上で必要な知恵なんだろうな。私も「あなた」もパパゴンも、みんな心の安寧を得られますように。

#読書 #読書感想文 #村井理子 #全員悪人 #CCCメディアハウス #認知症

この記事が参加している募集

#読書感想文

189,831件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?