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桐野夏生『オパールの炎』(毎日読書メモ(549))

桐野夏生の新作『オパールの炎』(中央公論新社)を読んだ。「婦人公論」に2022年~2023年に連載。
かつて、中ピ連(中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合)という活動があったが、その中心だった榎美沙子(1945-)の生涯をモデルにした小説。本人は出てこないが、細かい章立てで、ライターの女性が、ピ解同(ピル解禁同盟)の中心人物だった塙玲衣子はなわれいことかかわってきた人たちから話を聞き、ルポ的に「婦人公論」に連載し、途中からはその連載を読んだ読者からの情報をもとに、明らかになっていなかった、ピ解同解散後の塙玲衣子の人生にも迫っていく、ちょっとメタ構造の小説。

史実によれば(ってすみませんWikipedia参照しただけですが)榎美沙子は1945年に徳島県で生まれ、京都大学薬学部を卒業し、高校時代の初恋の男性と結婚。1967年、ウーマン・リブ団体に参加するようになり、1972年に中ピ連結成、ピンク色のヘルメットをかぶって、街頭宣伝、デモ活動を行い、不倫している男性の職場に押しかけて実名連呼で相手の立場を悪くする等の行動を行い世間の耳目を集めるが、ピル解禁に関しては、まだ薬の安全性が保証されていない状況だったこともあり、そんなに進展はなく、1975年に中ピ連は解散。その後、日本女性党を結成し、1977年の参議院選挙に候補者を10名擁立するが、榎自身が出馬しなかったこともあり、苦戦の末全員落選、供託金没収。日本女性党は2ヶ月で解党。榎は自分自身が立候補しなかったことを各方面から責められ、また、ピル解放によって利益を得る製薬会社や政治家との関係が暴かれたとされるスキャンダルも取り沙汰されるが、そのまま、表社会から姿を消し、主婦、そして薬剤師として暮らしながら、没収された供託金等の借金を返していく。借金返済後の1983年、夫から追い出され協議離婚。その後、週刊誌等で「あの人は今」的な記事で細々と消息は伝えられていたが、今では完全に消息不明となっている。

小説の中では塙玲衣子は、人知れず死去した、という設定になっており、その死を見届けた女性からの聞き取り、そして、発見された断片的な手記の掲載、というフィクション部分をラストに持ってきて、塙玲衣子とピ解同の活動は一体何だったのか、そして塙玲衣子自身はそうした活動全体をどのように思っていたのか、を書いているところが、作者桐野夏生の思うところだったのだな、と強く感じた。

わたし自身の幼少時活動してた中ピ連、ピルっていったい何かも知らない時代だったこともあり、中ピ連という名前は聞いたことあるような気もするが、榎美沙子という名前は全然記憶になく、この本を読んで、中ピ連や日本女性党の活動に巻き込まれ、人生が変わった人たちの物語が再現されているのを読み、他に類のない不思議な人がいたのだな、と改めて知った心地。
地元きっての才媛で、京都大学薬学部を出て(この辺は榎と塙、同じ設定)、薬剤師として、またロシア語の翻訳などをして生計を立てられる自立した女性だったのに、夫に借金して政治資金を作り、それが供託金として没収され、専業主婦に戻っていったという、謎めいた行動。
人工妊娠中絶の掻把手術で女性の身体が傷つくことを是とせず、そのためにも低用量ピルを解禁すべきである、という活動の趣旨はきわめて真っ当であり、一方で、フリーセックスに結び付くとして、守旧派の人間には糾弾されたであろうことは想像にかたくない。活動を人に知らしめる手段として、不倫をして、家族とか相手の女性を傷つけてきた男性の職場に押しかけて、大立ち回りを演じ、それがきっかけで会社を辞めることになった男性の人生をすっかり変えてしまっただけで、色物扱いされた中ピ連/ピ解同が得られたものはあまりに少ないように思える。

一緒に活動していた女性、夫の不倫を糾弾した妻、「女の党」から立候補して落選した候補者の家族、塙の夫、弟一家、幼馴染、執拗に消息を追い続けた週刊誌記者、かつての知己で、最近になって塙から借金を頼まれた女性、
塙の死をみとった女性…塙自身の声を直接聞き取ることはできなかったが、書きかけの手記、という形で本人の主張もくみ取れる、この物語は、ちょっと前に読んだ恩田陸『spring』にも似た(いや似てないけど)、稀有な人間を様々な角度からとらえる小説だった。
最後に、ノンフィクションライターである「わたし」の物語。何故、塙玲衣子を追いかけようと思ったのか。

女たちが自分の身体を取り戻し、自分で管理できる社会に、という塙玲衣子の主張は正しかった。

p.217

それは、メタフィクションであるこのルポルタージュの作者の声であり、小説家桐野夏生の声だった。
小説のタイトルとなっている「オパールの炎」について語っている登場人物の語りも悲しい。塙玲衣子の中から宝石の中で燃えている炎のような輝きは消えてしまったのか。
どこかでひっそりと燃えている炎があってほしい、という作者の気持ちをじんわりと感じる。

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