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乗代雄介『それは誠』、絶対お薦め(毎日読書メモ(491))

先月、新聞に出ている文芸誌の広告を眺めていて、これは絶対読まねばならぬ、と直感に導かれ、「文學界」2023年6月号購入。乗代雄介『それは誠』、表紙には「4人の若者のかけがえのない生の輝きをとらえた、著者の最高傑作!」と書かれている。えー、なんと陳腐な!

柳智之の表紙絵はJ.D.サリンジャー。

それがまとめか? なんか違うぞ。そもそも4人の若者じゃないと思うし(もっと沢山だろ)、クローズアップするならこれは終始、誠ひとりの物語だし(だってこれは誠の一人称小説だ)。
これは修学旅行小説である。これは、武蔵野線・京葉線小説である。これは、日野小説である。これは、タイガー立石小説である。そしてこれはたぶん青春小説なのかもしれないし、こじらせ男子の小説なのかもしれない。
(注:この先粗筋にかなり入りこみます。肝の部分は書かないようにしていますが、まっさらな気持ちで読みたい方は注意を)

語り手の僕、佐田誠は、地方の私立高校の2年生。両親はいなくて、親戚に育てられている。亡くなった母にも、祖父母やおじおばにも愛されて育ったという自覚はあるが、世間一般の家庭の愛情とか幸福とかを知らずに育った、という気持ちが強く、裕福な家庭の家の子どもが多い私立高校に通っていることもあり、じぶんは異物である、という意識がある。
修学旅行先は東京(誠たちの住んでいる都市の名前は出てこないが、東京に来るのは初めて、という人も多い程度に遠い場所らしい)。東京、と言っても宿泊するのは新浦安のホテル。1日目は「大学やら企業やらNPOやらの研修とか、東京ドームシティの夕食とか、夜の宝塚歌劇団花組公演とか」と、2行で片づけられている。3日目は、TDRだが、そこまで行く前に小説は終わる。物語は、2日目の班行動による終日自由行動で何があったか、そこだけに集約している。
そもそも、班決めの日、誠は学校をサボタージュに近い欠席で、次の日に学校に行ったら、予想だにしない組み合わせの班に所属することになったことを知る。誠以外の男子は、この班にいるのは変だろ、という感じのスクールカースト上位の大日向、特待生の蔵並、吃音等の障害がある松、女子は、班長の井上、誠がなんとなく思いを寄せている小川楓、そして畠中。
2日目の自由行動は、一人一人にGPSが配られ、提出してある予定表通りに全員が行動しているかを先生がチェックできる形ではあるが、9:30ホテル出発、17:00帰着まで、基本的に生徒が希望した通りに行動していいことになっている。この班が提出した予定は
9:30ホテル発、9:34新浦安発京葉線快速で9:50東京、10:09上野東京ラインで10:34浦和、10:40-11:10うらわ美術館(大・タイガー立石展)、11:19浦和発11:39池袋乗り換えで11:49新大久保、散策&昼食、13:19新大久保発代々木で大江戸線乗り換え13:43赤羽橋、13:50-14:20東京タワー見学、14:29神谷町→14:48八丁堀→14:59葛西臨海公園、15:05-16:30葛西臨海水族園、16:39葛西臨海公園→16:45新浦安→16:50ホテル帰着、
という、転記しているだけでゼイゼイしちゃう忙しさである。
「大・タイガー立石展 世界を描きつくせ!」展をうらわ美術館で開催していたのは2021年11月16日から2022年1月16日まで。わたしは浦和巡回前に千葉市美術館で「大・タイガー立石展 POP-ARTの魔術師」を2021年5月に見たが(感想ここ)、ものすごい情報量の展覧会で、これを30分で見るのかい、と高校生の無謀さに驚く。ちなみに大・タイガー立石展を見たい、と言ったのは誠だった(亡き母が好きだったらしい、というつぶやきが他のメンバーの心を打って決まった)。新大久保に行きたい、と言ったのは女子たちの提案。そして定番っぽい東京タワーと葛西臨海公園。

しかし、7つのGPSはほぼ予定通りに浦和と新大久保と東京タワーと葛西臨海水族園を巡ったが、そこには誠はいなかった。誠が日野に行きたいんだ、と言ったとき、難色を示した人も含め、結局男子全員が日野に向かい、女子3人でGPSを7つ持ち、予定通りの行動を進めた。そして、他の同級生に見つからないよう気を付けながら行動していた3人の女子たちが真の冒険に参加したのは葛西臨海公園を出る時だった。
日野での4人の行動が、静的と動的を行ったり来たりして、えもいえずいい。同級生を落ち葉に埋めてみたり、宅配ピザを店舗引き取りで買いに行ったり、おまわりさんに職質されかけたり、これのどこが修学旅行だよ、という不思議な光景が繰り広げられる。松が持ってきた、ドラえもんのキャラでことわざを学習する漫画本が小道具として味わい深く使われているのもいい。「眼光紙背に徹す」、読みながらスマホで検索して意味を調べてしまった。
そして、彼らのたくらみが露見しかかったときの、松のお母さんからの電話がすごくいい。泣きそうになる。
そして最後、みんながLINEのやりとりを全部消去しながら、思い出ということについて語り合っているところでまた泣きそうになる。武蔵野線冒険物語だ。
つなぎの部分の誠のモノローグの面倒くささがちょっと『キャッチャー・イン・ザ・ライ』的。しかしその孤高は、誠が思っているよりはずっと、理解しようとしてくれる人の多い孤高だったんだな、と。遠まわしなハッピーエンドなのか。
溺れている人がいたら、一緒に溺れてやろうって人と、助けてやろうって人がいる。一緒に溺れてやろうって考えながら生きていることは、どういう意味があるのか、そういうことが無性に気にかかるんです、と、修学旅行の初日に語った誠のことばがみんなを動かしたのか。この、一緒に溺れてやろうと行ったのは宮沢賢治らしいんだけど、書きながら物語を反芻していて、ああ、わたしはここに戻って来たかったのか、と思ったのが今この時点でのわたしの最大の感想です。

ちょうど今日、芥川賞候補作が発表され、『それは誠』も入っている。乗代さん、もう4回目の候補か...。この作品はあんまり芥川賞っぽい感じはないな、と思って読んでいたが、完成度は高いし、この辺でひとつお願い、という気もする。

近日中に単行本が刊行されます(2023/6/29刊)。
でも今ならまだ「文學界」のバックナンバーも買える。こちらの方が安い(笑)。しかも他の小説やエッセイも読めます。

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