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毎日読書メモ(257)『南鳥島特別航路』(池澤夏樹)

父の本棚シリーズ。実家に行っては、昨夏亡くなった父の本棚から、興味深そうな本を抜いてきて、少しずつ読んでいる(これは供養なのか?)。
本の整理をしながら、父はこんなことに興味を持っていたんだな、とか考えているのだが、池澤夏樹『南鳥島特別航路』が出てきて、ふと手が止まる。父はなんで池澤夏樹買ったのかな? 好きな作家の本なら、どんどん買う人だったので、好きと思ったら何冊も著作が並んでいるんだけど、池澤夏樹はこれ1冊だけ。紀行文だと、鉄道の旅の好きな人だったんだけど、『南鳥島特別航路』は、「自然寄りでしかも体力だけで踏破するのではない旅行」(あとがきより)を、池澤夏樹本人が企画し、実現した旅行の記録で、列車に乗ることは全くテーマになっていない。父は何を思ってこの本を読んだんだろう、と思いつつ、わたしはわたしなりにこの本を堪能する。
旅行雑誌に連載された紀行文で、訪れた場所は、長崎の五島列島に火山の痕跡を見に行く、岩手県の、個人管理下にある内間木洞という鍾乳洞での暗黒体験、石川県白峰村で豪雪を体験しそびれる話、沖縄県池間島沖で壮大な潮干狩りを体験、富山、常願寺川上流で立山の砂防ダムを見学、日本列島の延長としてのサハリン体験(梯久美子『サガレン』を思い出す:感想ここ)、長野、乗鞍岳山頂で宇宙物理学と天文学の現場を見る、青森と秋田の県境で林業の現場を見る、貨物船に乗って日本最東端の南鳥島に渡り、気象観測の最前線を見る、北海道雨竜沼で湿原と泥炭地を体験する、長崎県対馬で国境の島の文化史を考察する、八重山諸島でマングローブ林を歩き、植生について考える、の12の旅行。どれも、ちょっと特殊なつてで、普通の旅行会社では体験できない場所に行っているけれど、行って行けない場所ではなさそう、という親近感を感じさせる、温度感が読者に近いところにある旅。人工的な建造物を愛でるのではなく、自然現象を、時には科学の力を借りて眺める、そんな旅。
人類が生き、繫栄する中で喪われつつあるもの、形が変わっていくものがあることをただ嘆くのではなく、自分自身もその変化に加担した一員であることを認識し、でも、自分たちが選んだ便利と、自然環境の保全をどう両立させるかを、それぞれの訪問場所で考察する。変わっていくことを止めることが難しくても、歯止めをかけようと思うこと、認識することが大事であることを、静かな筆致で描く。
エコツーリズムは自然破壊になるのではないか、それでもそれを行うことで、人の意識を変える一助になるのかとか、おそらく、訪問場所による各論は相当違うのだと思うが、すべてをやむを得ないこととして諦めるのでなく、考え、行動することも可能だと、この本は語っている気がした。
そして、旅行に出たいという強い憧れがかきたてられる。どこかに行きたいねぇ。知らない場所を歩いてみたいねぇ。

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