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井上荒野『ハニーズと八つの秘めごと』(毎日読書メモ(486))

井上荒野『ハニーズと八つの秘めごと』(小学館)を読んだ。2011年の短編集だが、読みそびれていたみたい。9つの短編のうち、「ハニーズ」だけ描き下ろしで、あとの8編、全部初出誌が違う。色々な媒体で発表されて、それぞれが独立した作品だが、タイトルに「秘めごと」とあるだけあって、主人公たちが抱えている秘密が、それぞれに物語の肝となっている。

秘密なんて特別なものじゃない。誰かに対して秘密にしているものを一つとして持っていない人なんて、どこにもいないだろう。保身のため、相手を思いやるため、隠しておくのがただ楽しくて、命がけの事情で、どんな理由や状況であれ、たまたまそのように流された結果であれ、人の心の隅に秘密という名前の引き出しが幾つかはある。

バンドメンバーの脱退はわたしと寝たからなのか寝てないからなのか、と周囲に不審がられても口を割らない「ブーツ」。
『あちらにいる鬼』を彷彿とさせる、父と母と、父の愛人の物語、「泣かなくなった物語」。
セックスレスと、近所との駐車トラブルと、紐状態の亭主の「粉」。
中学時代の彼氏との再会で新しい道を進もうと決意する「虫歯の薬みたいなもの」。
婚約者を奪った女からの30年ぶりの連絡と、その女の死を描く「犬と椎茸」は、どれだけでも拡張できそうな物語の予感を感じさせる名作。
好きだった仕事仲間の退職に気持ちのけりをつけるために、彼の新たな住処を見に行く「他人の島」。
男性同性愛者たちのひりひりする恋愛感情が胸に突き刺さる「きっとね。」。
夫婦それぞれのみえみえの嘘を、一生つき通そうという決意を語る「ダッチオーブン」。そんなことは無理だろうと、読者にはわかってしまうけれど...。
愛人の子どもを身ごもったわたしと、長年の友人たちそれぞれの抱える事情をぱらぱらと描く「ハニーズ」、秘密のてんこもり。

版元品切れっぽく、文庫にも落ちていないのが勿体ない。井上荒野はこういう、ささやかな(時にはささやかと言い難いくらい大きいものもあるけれど)秘密を抱えた女たち、男たちの微妙な空気を描くのがすごく巧みだ。この空気感を色々な人に体験してもらいたい。

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