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【ショートショート】寿命

#私の作品紹介 #寿命 #父

 僕は気が弱く、いじめられたこともあった。

 でも、その度、お父さんが助けてくれた。
「達夫! 負けるな! しっかりしろ」
 僕の氏名は、│森田達夫《もりたたつお》、十九歳。今年、高校を卒業した。

 お父さんは若いころからやんちゃだったらしく、中学時代は神社の
│賽銭《さいせん》を盗んだり、たばこを吸っては授業をさぼっていたようだ。

 ケンカも売ることもあれば、買うこともあったらしい。負けたことがないという。

 そんなお父さんは、僕と地元の温泉に行ったとき、そういうはなしをしてくれた。

 とてもじゃないが、お父さんのようにはなれないと思った。

 お父さんが四十五歳のとき、心臓病をわずらった。「心房細動」という病気らしい。たばこも一日二箱、お酒も毎晩大量に飲み、でも、仕事を休むことはなかった。

 お父さんの仕事は、土木作業員。体力勝負の職業。

 仕事もしなくちゃいけないし、病気にもなったので、お父さんはたばことお酒をやめた。別に医者に言われてやめたわけじゃない。本人が言うには、命の危機を感じたから。

 あと、高血圧と糖尿病を患っている。なので、薬を朝と夕の二回、大量に服薬している。


 僕は、実家からほど近いスーパーマーケットでアルバイトをすることにした。

 とくに、したい仕事もないし、将来のことなど考えていなかった。

 お母さんはお父さんとは僕が幼少のころ離婚している。

 甘えん坊の僕は、お父さんに内緒でお母さんの住むアパートにたまに遊びに行っていた。遊びに行くたび、お母さんは小遣いをくれたり、昼ご飯を作ってくれたりした。

 ある日、お母さんが病気になったことを遊びに行った時聞いた。病名は胃ガン。お母さんの今の年齢は四十八歳。お父さんとは二つ違い。正直なことを言うと、僕はお父さんよりお母さんのほうが好き。なぜかというと、やさしいから。お父さんは自分に甘く人に厳しいと思う。

 お母さんは手術を受けるらしい。不安……もし、お母さんが死んじゃったらどうしよう。もし、そうなったら心のより所がなくなる。お父さんには甘えられないし。

 でも、お母さんが通っている総合病院は人気があるらしく、すぐには手術できないみたい。先に手術の予約をしている患者さんがいるみたい。待っている間に悪化しないか心配。

 しかし、それは他の患者さんも同じ。待っている。不安を抱えながら。僕はそう思った。

 ちなみにお母さんの手術の予定日は半月後の八月二十九日。お母さんは助からないんじゃないかと言っている。そんなこと言われたら、不安で不安で泣きそうになる。

 今年で十九歳になる僕は社会人なのにお母さんに甘えてばかりいる。マザコンというやつかな。それでもいいと僕は思っている。聞いた話だけれど、男はみんなマザコンらしい。

 お父さんは、
「お母さん、胃ガンで手術だってよ」
「そうなの?」
 僕はあえて知らない振りをした。
「お前、とぼけるなよ。たまにお母さんのところに行ってるんだろ? 知ってるんだからな」
 僕はドキッとした。
「な、なんで知ってるの?」
 思わずどもってしまった。
「お母さんから聞いてるぞ」
「そうなんだ」
 なんだ、お母さんに会っていることをお父さんが知ったら怒ると思って黙ってたのに。

 お父さんは、
「お母さん、手術成功するといいな」
 と言い僕は、
「そうだね、でも、お母さんは自分で助からないんじゃないかと言ってるよ」
 言うと、
「何でだ?」
 質問してきた。
「わからない」
「弱気になってるのかもな。まあ、ガンだから気持ちはわからなくはないが。俺も心臓病患っているから」

 僕は以前から思っていることを言った。
「お父さん、お母さんが手術終わったらお母さんと再婚すればいいのに」
 お父さんは笑い出した。
「それは、お父さんだけの気持ちだけじゃ決められないよ」
 まあ、確かに。そう思った。
「でも、お父さんはお母さんとやり直したいんでしょ?」
「俺の気持ちはそうだ。よくわかったな」
 僕は笑いながら、
「何となくね。今からお母さんに連絡するから、お父さんも行こう?」
 お父さんは難しい顔をしている。
「お母さんが良いと言えば行くよ」
「そうか、じゃあ訊いてみてくれ」
 わかった、と返事をしたあと電話をかけた。数回、呼び出し音が鳴って繋がった。
「もしもし、お母さん?」
『達夫、うん。どうしたの?』
「今、お父さんといるんだけど、これからお父さんと二人で遊びに行って良い?」
『お父さんも?』
「うん。だめかな?」
『いや、いいけど』
「じゃあ、今から行くね。家にいるんでしょ?」
『いるよ』
 そう言って電話を切った。

 行く途中にペットボトルの緑茶を三本、コンビニで買ってからお母さんが住んでいるアパートに向かった。

 七~八分でお母さんのところに着いた。僕とお父さんは車から降り、部屋のチャイムを鳴らした。中から顔色の悪いお母さんが姿を現した。
「いらっしゃい」とお母さん。
「よう、久しぶり」とお父さん。
 僕は黙っていた。二人はぎこちない様子。
「入って」
 お母さんがそう言うので、僕らは部屋に上がった。

 お父さんは、
「いつ入院するんだ?」
 お母さんの顔を見ずに言った。
「手術が半月後だから、もう少ししたら入院するよ。もしかして心配してくれてるの?」
 お母さんはお父さんを見詰めながら言った。
「いや、別に」
「お父さん正直に言ってよ」
 と僕は言った。お父さんは黙っている。
「そういうとこ変わってないわね。素直じゃない」
 僕はさきほど買ったお茶をだしてテーブルの上に置いた。
「お父さんに買ってもらった。お母さん飲んでよ」
 お母さんは笑みを浮かべた。
「お茶なら胃にも優しいね」
 お父さんは僕を見ながら、
「お前はほんと、お母さんが好きだよな」
 僕は笑いながら、
「そうだね」
「達夫は逆に素直だわ。誰ににたのかしら」
 お父さんは鼻で笑った。
「お前に似たんだろ」
 とお母さんに向かって言った。


 

 

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