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ちかん

「この人痴漢です!」をやったことがある。

私は当時まだ大学生で、土曜日の昼間だった。
午前出勤だった父親と渋谷で待ち合わせて、母親と三人でランチをとろう、というよくある家族ごっこをする予定で、電車に揺られていた。

ゲッロゲロに混んでいて身動きもとれない、携帯いじるのも命懸け、みたいな混み具合の車中、渋谷までもうあとほんの少しというところで違和感。その日の私はくるぶしまであるロング丈のワンピースを着ていたのだけれど、どう考えても不自然に触られているというか、完全に揉まれていて。
だけど「クソ死ね痴漢!」みたいなのは特になくて、当たり前のようにその手首をつかんで
「このひとちかんでーす」って、アホみたいに間延びした声で言った。コンビニのレジで「Suicaでお願いします」って言うときみたいに、とってもナチュラルに。

周りの乗客も少し離れたところにいた母親もとてもびっくりしていたし、駅について親切なおじさんおばさんが駅員さんを呼びに行ってくれたり、「大丈夫?」って心底心配そうな顔できいてくれたけど、私はいたって平常で、「こんなのっぺりした顔の普通のサラリーマンみたいな人が痴漢なんてするのかあ、あーていうかこれから警察いってお話したりするのめんどいな、でも家族ごっこから解放されるならまあいいか、示談とか裁判とかよくわからんけど絶対手間かかるし親にやってもらお、あーおなかすいたーー」なんてぼんやり考えたいた。

警察に行く前、駅の事務室みたいなところで30分くらい待たされた。その間にもう一人、大学生くらいの女の子が痴漢被害でやってきた。
その子はバイトに向かう途中だったそうで、でもめちゃくちゃ号泣していて私はぽかーんとしていた。
そうか、痴漢に遭うっていうのは泣くほどショックな出来事なのか、私は鈍いのか、なんてちょっと思ったけど、普通に知り合いに「痴漢つかまえたから警察行くわ」とかLINEしてた。図太い。

警察でめっちゃ話きかれて再現とかもさせられて、こんなのさっきの女の子がやらされたらまた泣くでしょ、って思ってた。
一通り終わったらもう18時とかで、仕事かよってくらいに疲れた。
その後の手続きとかは予定通り親に任せたからよく知らないけどそれなりにまとまった額の示談金をもらった、らしい。
自分でそのお金を管理するのは傷をえぐるみたいで良くない、って親にも知り合いにも言われたからまあ深く知ろうとはせず、免許合宿代とか一人暮らしの初期費用とかに充ててもらった。

そこで私はほんのちょこっとでも「ラッキー得した!」とか思っちゃったんですけど、やっぱり痴漢っていうのはなんだか気持ち悪いです。
何が気持ち悪いかって、今まであんまり考えたことなかったけど、勝手に性的に興奮されるとか、切り売りしてるみたいな、売ってもないのに盗まれてるみたいな、そういう気持ち悪さがあるんだと思う。

「減るものじゃない」ってよく聞くけど、確実に私の「その時点から先の人生でいちばん若い私の時間」をおおよそ6時間も!無駄にしたんですよ??馬鹿馬鹿しくないですか?いくらまとまったお金が入るからって、ほんとうに馬鹿馬鹿しいです。
まあ時間だけの問題でもないんだけど。

たしかに減るものではないけど、盗まれてるって感じる。他人の身体を触ろうと思ったらそれなりの対価を払ってそういうお店に行くかめっちゃがんばって口説き落とすか、のどちらかしかなさそうだけど、それをケチったか面倒がったか、スリルを楽しんでたか知らないけど、とにかくそういうコストのかかるものを対価なしに受け取ろうとしたっていうのがちょっと、いやだいぶ嫌だなって気がする。
私は何も手にしないのに相手は欲情してるみたいなのも、フェアじゃないし。っていうのはちょっとズレてる気もするけど、だいたいそういう感じ。
あとは無許可でジロジロ眺めたり触ったり、そうすることで私に対して何かしらの感情が生まれているって言うのも嫌です。勝手に私を作り上げられているというか、その人が私に対して何かを見出しているって思っちゃって、気持ち悪いなあと思います。

とにかく痴漢含め、性犯罪をする人って、なにかしらの病的なものだとしても、やはり納得のいかない部分は大きい。とはいえ常識と思いやりがないから仕方ない、などと雑に切り捨てることもできないし。

私が性に無頓着というか、勝手にすればと思っている節があったり、どちらかといえば奔放だったりするなのはなんでなのかなって最近考えていたら、ふたつ思い当たる出来事がありました。
ひとつは以前に書いたMeTooの件で、もうひとつはもっともっと幼い頃のお話です。

小学校に上がったか上がってないか、5歳か6歳かの、私がまだまだ小さくて可愛い幼女だった頃、同じマンションの2つくらい年上の女の子たちと近所の公園で遊んでいたんです。
でもその女の子たちはもうお姉さんなので私のことをあまり相手にしてくれてなくて、私はひとりで縄跳びをしたりベンチでぼーっとしたりしていて。
すると、知らない男の人が公園の入り口から手招きをするんです。知らない人、と書きましたが、友達のママに服装が似ていたので「あれ?Mちゃんママかな?」と近くまで見に行ってしまって。
そうじゃない!と気がついたときにはその男、私の耳元で「パンツちょうだい」って言ったんです。
脳内パニックでひとつも反応できずに固まる私に、その男はまた「パンツちょうだい」と。

これは逃げなくちゃいけないやつ!!!と気がついてマンションまでダッシュしたけど、階段の下で茫然自失としていたらその男がまた近づいてきて。
「ねえ、パンツちょうだいよ、パンツ」と言いながら私のズボンをおろしたのです。
これには私もさすがにパニックになって泣きました。わんわんと。すると男はスタコラサッサと逃げていき、私はどうしたものかと考えあぐねた結果、とりあえず家まで帰ることにしました。
ズボンがちゃんと穿けてない、泣き顔の私を見ると母は心配そうに「どうしたん!エンデちゃん何があったん!!!」と問いただしてきたので、起こったことを話すと、驚いたことに母はこう言ったのです。
「そうかあ……変な人おんねんなあ、こわいなあ……そしたらな、次そんな人おったらな、『ちょっと待っててください』ゆーて家まで帰ってきてな、お父さんのパンツ持っていくんやで、わかった?お父さんのパンツ入ってるとこわかるよな、畳の部屋のタンスの二番目やで?な?」

……絶句ですね。
なだめすかそうとか、気をまぎらわせてあげようとか、母親は母親なりに気を遣ったのかもしれませんが、そのとき私は、親は頼りにならないことと、男は女のパンツを欲しがることと、性犯罪はよくあることだから騒ぎ立てるほどのことじゃないってこと、その3つを魂に刻みました。
まあ、翌日くらいに母親からその話を聞いた父親が騒ぎ立てたので家族で警察に行ったんですけどね。一旦否定された感情をまた引っ張り出させられたので、だからこそ騒ぐべきなのかそうじゃないのか余計に混乱しました。

それらの経験が関係あるのかどうかはわからないし、全部私の生まれ持った気質によるものかもしれないけど、できれば経験しないでおきたかったな、と思います。
あったからこその良いことなんて、こうして記事化できることくらいです。
ほんとうに馬鹿馬鹿しい!!!




最後に最近の和やかなお話。
少し前、新一年生の男の子とシルバニアをしていたら人形の入ったかごを差し出して「せんせい、どのヤマトさんがいい?」って聞いてくるから「先生はこのウサギさんやってるよ?」と返したら「ううん、ウサギさんの、けっこんあいて、えらんで」って。
ヤマトさんからしか選べないシステムだったの?!?!カースト制度みたいな?!と混乱しました。

おしまい

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