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初めての恋人との子を流産した話⑤

母が去り、沈黙。彼にエコー写真を見せる。でも、手放しに喜んでくれる状況じゃないのなんて、分かっている。ひとまず、子供を産み、育てるために必要なお金、二人が生活するお金、給料、貯金、ありとあらゆる計算をした。二人していくら数字と向き合っても、到底、現実は変わらない。
 
わかってる、わかってる、みんなが考えてるのは
 
「じゃあ結果的に無理ってことでしょ」
 
私は言い捨ててその場を離れようとした。彼はあとからついてきて、いつかのように優しく手を握った。絶望、涙も出なかった。幸せになりたかっただけなのにな。でも、諦めがつくわけもない。あの愛おしい命を、絶対に守りたいと思ってしまったのに、自ら堕ろすことなんて出来るわけがない。
 彼が家まで送ってくれた。ほとんど沈黙、なにもかける言葉など見つけられなかったのだろう。現実を変えることもできない、覚悟を決めることも出来ない、情けない空っぽの頭に絶望だけが漂っていた。そんな私からふと漏れたものは呪いのような、絶対に口にしてはいけない本音だった。
 
「いっそ、流産だったら諦めがつくのに」
 「生まれても、誰も幸せになんてならないよ。」
 
家に着き、絶望と、自分が言ってしまった言葉の恐ろしさに壊れるほど泣いた。
母に「話し合い、どうだった?」と聞かれた。
 
「産めない」とだけ呟いた。
 
産みたい、でも、産めない。そんな覚悟も用意も私には結局ない。待合室にいた沢山の妊婦さんたち、あの人たちとは違うのだ、あんな風になれない。幸せになる権利なんてこんな自分にはあるはずがないのだから。私は社会人になったってそんなの肩書きだけ、結局中身はまだ子供で、全然一人前になんてなれていない。仕事もろくにできてないじゃないか。そんな自分が、母になどなれない。守れない。産んだって、幸せにしてあげられない。悔しくて、やるせなくて、子供のように大泣きしそのまま眠りに就いた。
 
2021年 7月1日
 翌日、何を思ったのか普通に出社した。安静にしろと言われていたのも忘れて、朝一で上司に報告をした。
「妊娠しました、でも、流産かもしれないから一週間安静にして、だそうです。」他人事のように言った。上司は驚き、とりあえず今日はかえって一週間休んでいいからと言った。
「親は産むの、今じゃなくていいんじゃないかって言うんです。現実的に、金銭的にも厳しいし」と淡々と話す私に上司は向き直る。
「そんなこと言いつつ、いざ産んだら親も援助してくれるはずだよ。本当にいいの?今じゃなくても、って言っても、チャンスがまた来るとは限らないでしょう?二人共社会人なんだから、なんとかなるでしょう。高卒でデキ婚とか、世の中にはいっぱいいるんだよ?」と必死に説得してくれた。この人はシングルマザー。詳しいところは知らないけれど、子供達を女手一人で育てている強い女性だ。だからこそこんな言葉をくれるのだ。でも、希望を見せないで欲しい。なんとかなる、を証明してみせられないのだ。辛かった。そのまま帰宅し、彼と電話をした。今から会いに行ってもいいか、とのことだった。
 
 「僕も帰ってもう一回計算し直したの、いろんな補助金とか使って、どうにかなると思うんだよ。親も援助できないとは言っていたけど、本人も二十歳で初めて産んで育ててここまでやってきてるんだよ。だからやっぱり諦めるとか、できないよ、僕は産んで欲しいって思ってる。結は、産みたい?」
 みんなして、なんとかなるなんて、言ってくれるな。私に出来るの?なんとか出来るの?
 
「産みたいよ。でも、なんとかなるって言われても安心できない、今じゃなくてもっていうのは、納得できる。でも、堕ろすなんて出来ない、絶対、だって、ここにいるのに…」心が戻ってきたかのように、人目も気にせずに泣いた。でも、心は決まった。
 
産む。彼が産んで欲しいって言ってくれるなら産む。絶対に幸せになる。いや、幸せじゃなくてもいい、貧乏でも不幸でもいい、私はそれでもいいから、子供とこの人は幸せにしてあげたい、その為に頑張ろう。なんとかしてみせる、大丈夫、みんな敵ってわけじゃない。協力してもらって、どうにかして、みんなきっと大切にしてくれる、みんな顔を見たいはずだ。
 
すっきりとした気持ちで家に帰る。ちゃんと体調管理して、安静にして。あ、アプリとかつけよう。
 
その夜、突然、出血があった。
 
 

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