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初めての恋人との子を流産した話②

2020年 8月
 Yさん、22歳、大学生。私が早生まれだから、学年は彼の方がひとつ下。でもほとんど同い年。写真の雰囲気はちょっと中性的で柔らかく優しそう。保育士になる予定、というプロフィールも納得だった。メッセージを続けて数週間、初めてアプリを通して電話をした。
 
緊張したのは一瞬。
「はじめまして、結さん」安心する声で、
「はじめまして、Yさん…と呼べばいいのかな、お名前、なんて言うんですか?」
ぎこちなかった会話が不思議と自然に続いていて、互いに明日が休みだと分かり、突然ながら次の日にお昼ごはんを一緒に食べることになった。自分でも驚く程自然、違和感も緊張もなく、会ってみたくて、直接話すのを楽しみに眠った。
 
2020年 8月11日
 待ち合わせは駅前。お店とか何も決めてないけど大丈夫かな、ていうか突然だったから服の用意もちゃんとしてなかったし無難なの選んじゃったけど良かったのかな、写真と全然違ったらどうしよう、そもそも待ち合わせできるのかな?こんな服着てますって送っちゃったけど声かけてくれるのかな、ドタキャンとかあるかな、なんて悶々と考えていた。その時
 
「結さん、ですか?」
第一印象は、あ、思ってたより背高いな、写真より中性的ではないな、だった。
「そうです、Yさんですか?」
彼は私に対して、どんな第一印象を抱いたのだろう。
 
お店は彼が選んでくれていたところへ。一時間ほど話し、パッと解散。意外と、あっさりと。会ってみても、印象がいい意味で変わらなかった。何の違和感もなくて、昔から知っているような感覚で安心する。帰宅して一安心したところで「今日はありがとうございました」と無難なメッセージを送ると、「楽しかったです、また会ってくれますか?」と。
あ、また会いたいと思ってくれたんだ。と、それが嬉しかった。次の予定は早速たった。
 
2020年 8月28日
 王道に、一緒に映画を観に行った。そのままショピングモールをぷらぷらと歩き、お茶をした。やっぱり違和感がないし、一緒にいると楽しかった。気づいたら夕方で、軽く夜ごはんを食べることになった。お酒も入り、そこでもう少し踏みいった話をした。彼は大学生活と就職のこと、将来のこと、今までの恋愛についてなど。私は中学時代に蛙化現象が起きたこと、それもあって恋人がいたことがなかったこと、それはここで初めて話したと思う。
何よりも嬉しかったことは、今でも覚えている。大学時代のトラウマについて話したときのことだ、どんな流れだったかはもう曖昧。ただ、彼は「こんなに純粋な人、会ったことがない」「こんなにいい人がそんな風に傷つけられるのはおかしい、幸せになって欲しい、」「幸せにしてあげたい」と、半分泣きながら、怒りながら、言ってくれた。あの言葉に嘘はなかったと今でも思う。あの顔は、忘れられない。
 
 きっとその時、好きになったと思う。この人と一緒に幸せになりたいと、確かに思ったはずだった。帰り際、再び言ってくれた「また、会ってくれますか?」が、前回よりももっと嬉しかったのだ。
 
2020年 9月1日
 またまた王道ながら、水族館に行くことになった。あとで聞いた話だと、私が水族館でひとつひとつの水槽をゆっくりみながら、絶妙なコメントをするところが好きだったらしい。そのあとは浅草の花火問屋で、到底二人では遊びきれないような量の線香花火と、たくさんの手持ち花火をあれこれ選んで買った。浅草寺に寄っておみくじをひいたら、別々のところで引いたのに同じ八十番の大吉をひいた。神様に、結ばれろと言われているような気さえした。
日が暮れたら江戸川の河川敷で花火をした。一生分の運命と、青春と、幸せを詰め込んだような日だと思った。線香花火は、初めこそ1本ずつ、どちらが長くできるかなんて競い合いながらやっていたが、キリがなくなってまとめて5本ずつやってみたりなんかした。なんだかんだで一生分くらいあると思っていた1000本の線香花火はあっという間に遊びきった。
帰り道、妙に切なくなった。ずっとこんな日が続けばいいのに。
 
「手、繋いでもいいですか?」
ふと言われ、急に恥ずかしくなって頷くと優しく右手が繋がれた。
その瞬間、泣いてしまった。
 
だって、知らなかった。こんなに優しい手ってあるんだ。
大学時代、陰にいたまま誰にもとってもらえなかった片手。
一人で踊ることを繰り返して空を切ることしかなかったはずの手が今誰かに選ばれ、優しく包まれている。
すべてが報われたような。
突然泣く私に驚きながら、彼は何も言わず抱き寄せて頭を撫でて泣き止むまで待ってくれた。
こんなの付き合ってるじゃん、と思った。でも、そのままその日は終わった。次の日に会う約束だけを残して。
 

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