「人間関係でのトラブルはありましたか?」


就職面接の際、面接官に訊かれた。

「ありませんでした」

私はハッキリと、そう答えた。

「人間関係でのトラブルはありましたか?」と面接官が聞くとき、ふつうは、「トラブルはありましたが、このように乗り切りました」と具体例を答えるものだ。だいたいそういう質問をする業界は、最前線のサービス業で、合わない人とも折衝を繰り返さなければならないことが多く、人間関係でのピンチを乗り越える能力のある人が求められるのだから。

私はといえば、人間関係におけるトラブル続きで、この手の具体例には事欠かなかった。理解のありそうな人をいち早く察知して相談したり、趣味などの健全な方法でストレスをぶつけたり、引くべき部分は引いて通すべき筋は通したり、そういう対処はひと通りしてきたつもりだ。
別に誇るようなことでもないが。

角を立てずに人を避ける方法だって、たくさん試した。相手のいる時間や場所等をさり気なく把握したり、会話で嫌なことがあっても、それとなく「気が合わない」ことをアピールしたり。この辺は、どうしても合わない身内と会話をしないために鍛えた、二十数年モノのスキルである。

それでも、私はこれらの経験を答えることは出来なかった。どうやら面接官は、私の事を「裏表のない良い人」だと思っているらしい。そんな中で、トラブルが多い、トラブルメーカーである、裏で色々考えながら会話をしている、と思われては、逆に心象が悪くなる。職場で使えそうなスキルで、かつ裏表のなさそうな人間の回答というのは、さすがに思い付かなかった。

別に演技をしているわけでもないのだが、恐らく、毒気の抜けたおぼっちゃまフェイスをしているからだろう。企業面接では、私が「良い人である」ことを前提として話が進むことが多かった。
配属先についても、これから取らなければならない資格についても、業務内容についても、ギクシャクとした感じではなく、ヒョッとした顔で「まぁあなたなら大丈夫でしょう。良い人そうだから」「真面目だと思うので、よほど良いでしょう」と言われて、説明を端折られたことも何度もあった。
そして、「トラブルはありませんでした」と無能な回答を —この場合の「無能な回答」とは、求められる回答ではなかったという意味である— したにも関わらず、面接のほとんどは合格してしまった。無害そうなのが功を奏したのだろうか。

余談だが、思えば、大学のサークルでも、私は先輩たちに可愛がられていた。サークルに入った当初の頃、先輩から「こんなことお前にしかしないからな」と言われて、真面目な相談事に乗ってもらったこともあった。それこそ先の「人間関係での相談」とか。
他の先輩方にも、「こんな天使、穢してはいけない!」「そんな話、梨ちゃんに聞かせちゃダメ!」と、なかなか面白い扱いを受けたものだった。

後輩が出来てからも、「他の人に言わないでください」と相談を受けたり、「先輩なら許してくれると思って」と、あまり関わりのない子から深夜に電話が来たこともあった。もちろん許すが。大抵のことは許す。
だからこそ、ナメられてハラスメントを受けたりもしたし、中身を知った人に気持ち悪がられたりもした。トラブルを呼び込み、引き起こす、トラブルメーカーだったのだ。

縦にも横にも成長したのに、顔だけで信頼される「無知無害で純朴そうな雰囲気」だけは失わなかったようだ。これから生きていく業界では、その顔が必要になる。人に信頼され、ナメられる顔。上手く使いこなさない手はない、しかし、今日も今日とて生きづらい日々である。

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