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戯曲『ランナウェイ』(4/4)


戯曲『ランナウェイ』の4回目(最終回)の投稿です。


(前回までの投稿も合わせてご覧ください)


ぜひ最後までお楽しみください!




【登場人物】


田所淳(39)………………………… 陶芸家

田所かずな/ヨシコ(25)………… 淳の妹、女優

丸山真太郎(28)…………………… 陶芸好きな会社員

望月由梨(26)……………………… 淳の恋人

小林みちお(30)…………………… 淳の友人

石井/キノシタ(32)……………… 映画監督

清水わかば/キョウコ(28)……… 女優

ケンタロウ緑山/コウジ(26)…… 俳優

依田・よっつん(28)……………… カメラマン

本木ヨウコ(35)…………………… 録音マン

沢田栄治(32)……………………… 制作

田所総一郎(65)…………………… 故人・声のみ

森田真澄(45)……………………… 淳の父の恋人




翌朝。

テーブルの椅子に座ったみちおが、コーヒーを飲みながら、工房に向かって話している。


みちお だから、そういうことじゃないんだよ。僕が言ってるのは! 由梨ちゃんが人見知りしないのは僕だって知ってることだしさ、ああいうのは良い所だと思ってるよ、由梨ちゃんの。でも、だからってさあ、あるじゃないの! TPOって奴が。羽田さんはだって、お得意さんなんだからさあ、もうちょっと気を使ってもらわないと僕だって困るんだよ!


みちお、工房から返事が無いので、立ち上がって、工房入口前へ行って、


みちお 確かに昨日は、僕もイク子ママと楽しく飲んでたわけだから、人のこと言えない部分もあるけどね。それにしたってさあ、僕と羽田さんの間だから、冗談だって通じるわけでさあ。だって、僕は羽田さんとそういう関係を築き上げてきたわけだから。わかるでしょ?


工房から、頭にタオルを巻いた淳が、ダンボールを持って来る。

陶芸の作業をしていたのだろう、淳の腕や服は、土で汚れていている。


 淳  飲みの席の話だろ?

みちお そうだけどさぁ。もうちょっと考えてくれたっていいでしょって言ってるの。

 淳  何が?


淳、持って来たダンボールを、(下手の)ダンボールが積んである場所に置きに行く。


みちお だからぁ……いや、僕はさあ、別に由梨ちゃんのこと嫌いだって言ってるわけじゃないよ。どっちかって言ったら好きだし。ていうか、「どっちか」っていうより、好きだよ。本当のこと言えば。かなり好きだよ。淳くんがいなかったら付き合いたいくらいだよ。理想の女の子だって思うこともある。でも、だからこそ言いたいわけ、僕は!

 淳  朝からよく喋るねえ、お前。

みちお もうちょっと由梨ちゃんのこと、教育しといて欲しいんだよ! 淳くんは、付き合ってるわけだから!


淳、みちおの向かいに座る。


 淳  で、何? 由梨はなんて言ったの? 羽田さんに。

みちお 何をって……羽田さんのこと、ハゲ田さんって言ったんだよ!

 淳  (苦笑して)しょうがねえじゃん。ハゲてんだもん、あの人。

みちお そうだけど。でもそれは、僕らがハゲ田さんに「ハゲ田さん」って言うのとは違うわけだから。

 淳  いいじゃん別に。

みちお ダメだよ! だって由梨ちゃん一回じゃないんだよ? 途中から調子に乗っちゃって、ずっと言ってたんだから「ハゲ田さん、ハゲ田さん」って。挙げ句の果てには、「ハゲ田さん、ワカメいかがですか?」って勧めてたんだよ!

 淳  食ってた? ワカメ。

みちお 食べてたよ! 食べてたけどさ! 普通はそっと差し出すべきでしょう。ワカメ。だって、ハゲてるんだから! ハゲ田さんは。それに最後はもう「ハゲ田」じゃないよ?「パゲ田」って呼んでたんだからね!「パゲ田」って! これはもう、完全に淳くんの教育が足りないんだよ! 「パゲ田」はないって! 小学生じゃないんだから!

 淳  みちおが教育してやってよ。じゃあ。

みちお ……え? いいの?

 淳  いいんじゃないの? 別に。

みちお 手取り足取り、布団の中までもつれ込むかもよ?

 淳  アホ。


淳、立ち上がり、上手に去る。

淳はトイレに行ったのだろう。


みちお ……。


みちお、立ち上がり、上手の入口の所まで行き、トイレに向かって、


みちお なに? うんこ?……理想の女の定義って知ってる?……「いつも友達、時々恋人、たまに母親」だって。昨日ハゲ田さんが力説しててさあ……いいと思うなあ、由梨ちゃん。早くしちゃってよ、結婚。僕のためにも。


舞台奥から、かずなが来る。


みちお (上手に)……聞いたよ。最近うまく行ってないんだって? 相談されちゃった……そろそろ潮時なんじゃないの? 思い切って一緒になっちゃったら?……ねえ!


しかし、淳は返事しない。


みちお ……。


ので、みちおは椅子に戻ろうとして、かずなに気付く。


みちお うわっ! びっくりした!

かずな あ、ごめん。

みちお え? いつからいたの?

かずな いま。

みちお そうなんだ。言ってよぉ。

かずな ごめんごめん。お兄ちゃん?

みちお ん? うん。トイレ。


かずな、椅子に座って、


かずな 昨日の雨、大丈夫だった?

みちお ああ。アレくらいなら船は全然。ちょっとビーチのあたりが土砂で色変わっちゃってるくらいで。

かずな へえ。


みちお、かずなの向かいに座って、


みちお で、そういえば、あのファンファン気取りは、なんだったの?

かずな え?

みちお 結局なに? お父さんの知り合いだったの?

かずな んん? なんか面倒くさいなぁ、説明するの。

みちお こらこら。僕も物語の一員でしょ! 教えてよ! 言ったら、僕なんて、田所家の歴史の一部なんだから!

かずな どこが?

みちお 何年付き合ってると思ってんの、かずなちゃんたちと。僕たちもう人生を共有しちゃってますよ! 家族も同然なんだから!

かずな ……。

みちお ちょっとちょっと!「こいつ何言っちゃってんの?」みたいな顔しないでよ! 家族家族!

かずな ……なるほどね。

みちお ええ〜。なんだそりゃ!

かずな いやいや、まあ、考え方を変えればそうなるかっていう話。

みちお ん? なに? 何をどう、思考チェンジ?

かずな 家族っていうものをさ。

みちお だって、そうじゃない? ヤクザもマフィアもファミリーでしょ?
かずな ……。

みちお あれ? そういう話だよね?

かずな みちおくんって好きだよね。昔から。ヤクザとかマフィアとか、そういうの。

みちお おっ、そうきたか。

かずな なにがよ?

みちお 語っちゃう? 拓ボン! 川谷拓三(かわたに・たくぞう)、本名、仁科拓三。

かずな いいや、それ。

みちお かずなちゃんも女優さんなら、見習わないと! ピラニア軍団!

かずな うるさいから。

みちお あ〜、なんか涙が出て来た……カッコいいんだよなあ、拓ボン。

かずな ……。


上手から、撮影隊の面々の声がする。


撮影隊の声 おはようございまーす。お邪魔しまーす。


上手から、石井、栄治、依田、本木、緑山が来る。

栄治は、昨夜犬に噛まれたせいか、腕に包帯を巻いている。


かずな おはようございまーす。


そして、遅れて紙袋を下げた森田が来る。


かずな ああ。

森 田 おはようございます。

かずな おはようございます。

栄 治 今日もお願いします。

かずな 栄ちゃん、大丈夫? 腕。

栄 治 うん。とりあえずは。

かずな 普段、男の人には甘える犬なんだけどね。

栄 治 そうなんだ……。

みちお あっ、こらってめえ! また来やがったのか! なんだよ! また泣きに来たのか! ああん! ぶっとばすぞ!


みちお、ヤクザ映画のように、森田にすごんで見せる。

と、緑山がみちおを押さえる。


緑 山 まあまあ。

みちお なんだよ! お前、裏切んのかよ!

緑 山 朝からなんなんすか? うるさいなあ。

みちお うるさいとは何だぁ!

緑 山 もう!


と、緑山は、みちおを押し倒す。

倒れたみちおは、


みちお くそう!


と、緑山に飛びかかるが、あっけなく緑山になぎ倒される。

二人が、何度かそんなことを繰り返している間に、


かずな あ、奥だよね? 今日。

栄 治 もう大丈夫?

かずな いいよ。

栄 治 じゃあ、行きますか。

依田・本木 はいー。


「お邪魔しまーす」と言いながら、栄治、依田、本木は、舞台奥に去る。

気付けば、いつの間にか、緑山とみちおは、楽しそうにじゃれあっている。


みちお やめろよぉ〜。

緑 山 あはははっ。

かずな ……。


緑山とみちおは、肩を組んで、笑い合い、


緑 山 奥だって。

みちお コーヒーでも飲む?

緑 山 飲もう飲もう!

みちお 行こうぜっ!


と、二人は楽しそうに舞台奥に去る。


かずな ……。

石 井 かずなちゃん。

かずな はい?

石 井 わかばちゃんのこととか、なんだかドタバタさせちゃったけど、仕切り直して、今日は頑張りますんで、よろしくお願いします。

かずな はい。お願いします。

石 井 で、この森田さんなんだけど。

かずな はあ。

森 田 ……。

石 井 実は僕ね、もう、ひと目会った時からビビッときちゃってたんだけどさ……今日から改めて、キノシタ役を、僕の代わりにやってもらうことになりましたんで。

かずな え? そうなんですか?

石 井 そうなんですよ。

かずな ……。

森 田 なぜかこんなことに。

かずな はあ。

石 井 そしてですね、かずなちゃんも、ヨシコ役じゃなくて、主役! キョウコ役でお願いしたいんですけども! 今日から。

かずな え? だって、わかばさんは?

石 井 あの人、帰っちゃったから。

かずな ええ?

石 井 いいの、いいの、もう! 生まれ変わった気持ちで行きますから! ね!

かずな ……。

石 井 ま、そんなわけなんで。どうぞよろしくお願いします!

かずな ……お願いします。


石井、「失礼しまーす」と、舞台奥に去る。


森 田 ……すいません、なんだか。

かずな すごい展開ですね、これ。

森 田 求められると拒めない体質でして。

かずな ……拒めない「性格」ですよね?

森 田 え? ああ、そうですね。

かずな 体質って言うと、なんだか……。

森 田 あ、そうですね……や、そういう意味では、一途ですから、僕は。

かずな ……。

森 田 まあ、その、せっかくなんでチャンレンジしてみようと思いまして。

かずな はあ。よろしくお願いします。

森 田 お願いします。じゃあ。


と、森田は舞台奥に去る。


かずな ……。


上手から、淳が来る。


 淳  もしかして、また来たの? あのおっさん。

かずな 出演するって。

 淳  え? 映画?

かずな うん。

 淳  ……どうなってんだよ?

かずな わかんない。

 淳  貸さなきゃよかったな、こんなんだったら。

かずな ……ごめんね。

 淳  別にかずなじゃないけどさ。

かずな そうかもしれないけど……。


舞台奥から、森田が戻って来る。


森 田 (淳を見て)あ。

 淳  ……。

かずな どうかしました?

森 田 ええ。あの……これ。


と、持っていた紙袋から、風呂敷に包まれた小箱を取り出して、淳に差し出す。


 淳  何度も何度も何なんですか?

森 田 ……お骨です。

 淳  ……。

森 田 昨日は、宿に置いて来てしまったので。

かずな ……。


かずな、森田から小箱を受け取る。


かずな ありがとうございます。

森 田 納骨の際には、ご一緒させてもらえませんか? 僕も。

かずな (淳を見る)

 淳  ……勝手にしてください。どうでもいいよ、もう。

森 田 ありがとうございます。

 淳  ……。


かずな、小箱をテーブルに置く。


かずな 森田さん。

森 田 はい。

かずな セリフ合わせやりませんか?

森 田 セリフ合わせ? 練習ですか?

かずな ええ。

森 田 あ、ぜひ。

かずな じゃあ、台本持って来る。


と、かずなは舞台奥へ去る。

森田は、紙袋から台本を出して、下手の畳に座る。

淳、工房に行こうとすると、


森 田 淳さん。

 淳  ……。

森 田 今回は、いろいろありがとうございました。

 淳  お礼を言われるようなことはしてないですけど。

森 田 そんなことないですよ。カセットテープも聞いていただきましたし、こうして撮影にも参加させてもらえることになっちゃって。

 淳  あんたが強引に割り込んで来てるだけでしょ。

森 田 そんなことしてないですよ……それに、こうして、お話し出来てることが嬉しいんです。

 淳  そりゃ結構なことですね。

森 田 総一郎さんが、きっと力を貸してくれたんですね。

 淳  ……。

森 田 もしかしたら、いるかもしれませんね、総一郎さん。いまここに。

 淳  いないよ。

森 田 いやいや、いるかもしれないですよ。

 淳  いないでしょ。

森 田 いやいや、いるかもしれないですよ。

 淳  いないよ。

森 田 いやいや、いるかもしれないですよ。

 淳  いないって。

森 田 見えないだけで、そこらへんに、

 淳  いないから。

森 田 いるかもしれませんよ! ほら、あの辺りとか。

 淳  いないですね。

森 田 ……あ! いまそこに人影が。

 淳  ……勝負じゃないんだから。


二人、なんとなくテーブルの小箱を眺めて、


淳・森田 ……。


しばし間。


 淳  ……(かずなが来ないので)あいつ何やってんだ?

森 田 (立って)淳さん。セリフ合わせしませんか?

 淳  なんで俺がするんですか? かずなとやりゃいいでしょ。


森田、テーブルの椅子に座って、台本を開く。


森 田 じゃあ、ここからでいいですかね?

 淳  誰もやるって言ってないよ。

森 田 ええ。それじゃあ、淳さんは、このヨシコって役、やってもらっていいですか? 僕、キノシタ役やりますんで。

 淳  ひとりでやってくださいよ。

森 田 ここからですよ。お願いします。


と、森田は淳を椅子に座らせる。


森 田 はい、読んでください。

 淳  やだよ。

森 田 お願いしますよ。

 淳  嫌だって。

森 田 さあ、このセリフです。

 淳  はぁ〜。

森 田 これです、これ。読んでください。お願いしますよ。ほらほら!

 淳  ……(適当に台詞を読む)お兄ちゃんは屑なんかじゃない。

森 田 ……(台詞)やめとけ、ヨシコ。わかってるはずだよ。俺は、屑さ……だけど、家族を大切に思うように、血の繋がらない人だって愛せるはずじゃないか。聞いてるのか? ヨシコ!


と、淳が、立ち去ろうとするので、森田は慌てて淳を引き止めて、


森 田 淳さん。

 淳  ……。

森 田 お願いします……あ、ここです。次のセリフ(と、台本を指す)。

 淳  (台詞)そんなことできない。だって、家族と他人は違うじゃない。

森 田 (台詞)同じさ……想像してごらんよ。例えば、おじいさんのおじいさんのおじいさんの奥さんのいとこの孫の孫の孫。お前が会ったこともないような、顔も知らないような、遠い家族はいるよ。そんなのたくさんいる……その人たちは、お前にとって家族のようでいて、他人のようじゃないか?

 淳  ……。

森 田 (台詞)あったじゃないか、ニュースでも。知らないか? イギリスかどっかで……生まれてすぐはなればなれになった双子の男女が、それに気付かず結婚していたっていうニュース……この世界に住む、すべての人が、遠い家族のようなものだって想像すること……見知らぬ誰かが、家族に似ているってこと。

 淳  ……。

森 田 (台詞)ヨシコ。きっと僕らには、ちょっとだけ愛が足りないのさ。愛が足りなかったのさ……ヨシコ。家族を愛するように、誰かを愛することは、きっと出来るんだよ……ヨシコ。僕は、キョウコさんと結婚するよ。新しい家族の物語がはじまるのさ。

 淳  ……。

森 田 ……はい。ここまでです。

 淳  なんだよ、これ?

森 田 いやあ、思ったより長いですね。セリフ、大丈夫かなぁ?

 淳  「なんだ」って聞いてるの!

森 田 え?

 淳  おかしいだろ、こんなセリフ。俺に向かって。

森 田 脚本ですから。

 淳  ……大体なんで手書きなんだよ、この長いセリフ。

森 田 や、元の台本がちょっと面白くなかったんで、書き直したんですよ。僕が。

 淳  はあ?

森 田 後で、監督には言いますけど。このセリフでやらせて貰おうと思って。

 淳  勝手な人だな。

森 田 そうですか? それで映画が面白くなるならねえ。

 淳  ていうか、さっきの、双子の話、テーマとちょっとズレてるだろ。

森 田 え? そうですか?

 淳  だって、「遠くの他人が家族に似てる」って話だろ? 「気付かずに結婚したら、相手が本当は兄弟だった」っていうのは全然話の内容が違うじゃないかよ。


舞台奥から、台本とデジカメを持ってかずなが来る。


森 田 淳さん、細かいですね。

 淳  普通、気になるよ。適当なことばっか書いて。「バカにすんな」って言われますよ、映画の人に。

森 田 ま、参考にはさせてもらいます。

 淳  別にどうでもいいけど。

かずな ねえ!


淳と森田が、その声に振り返ると、かずなは、淳と森田のツーショットをデジカメで撮影する。


 淳  なんだよ?

かずな え? これ、由梨ちゃんの忘れ物。

 淳  じゃなくて。

かずな ブログに載っけといてよ、この写真。

 淳  勝手に撮るなよな。

かずな やだぁ! もう仲良くなったんだ?

森 田 はい。

 淳  ならないよ。

かずな お兄ちゃんも一緒にやる? セリフ合わせ。

 淳  この人、勝手にセリフ変えてるぞ。

かずな え?

森 田 ちょっとですよ。

 淳  どこが。

森 田 気になったとこをちょっとだけ。

かずな (森田の台本を覗いて)へえ〜。森田さんが書いたんだ。すごいねえ。

 淳  ……。

森 田 自分としては、結構いい出来なんじゃないかと。

かずな ふうん。

 淳  こんなんでいいのかよ、映画。

かずな いいんじゃない。

 淳  「いい」のかよ!

かずな どうせ完成しないでしょ、あの監督じゃ。

 淳  ええ?

かずな 自主映画だし。


森田、劇用のカツラを出してかぶる。


 淳  お前、完成しなかったら、俺、なんのために貸したんだよ、家。

かずな いろいろあって楽しいじゃん。

 淳  「楽しいじゃん」じゃないよ! かき混ぜに来ただけじゃねえかよ。俺の生活と人生を。

かずな 大げさ。

 淳  ふざけてんなあ、マジで。

かずな ごめんね。

 淳  ……。

森 田 これ、似合いますかね?


ふと、淳とかずなは、劇用のカツラをかぶった森田を見る。


淳・かずな ……。

森 田 似合わないですか?

かずな ……いいんじゃないですか?

森 田 本当に?

かずな まあ、無くは無いですよ。

森 田 無くは無いか……。


三人、なんとなく、しばし無言になる……。


森 田 ……映画っていいですね。

 淳  ……。

かずな ん?

森 田 映画って、家族みたいじゃないですか? なんか……言いますもんね、映画も、なんとか組って。ヤクザとかマフィアの渡世人みたいに。

かずな みんな好きだねえ、そういうの。

森 田 え?

かずな さっきもそんなこと話してたから。

森 田 そうなんですか?


と、舞台奥から、栄治が来る。


栄 治 あ、かずなちゃん。ちょっといい? 段取りだけ最初に。

かずな あ、うん。

森 田 僕も行った方が良いですか?

栄 治 や、森田さんは、まだ大丈夫ですよ。

森 田 あ、はい。


栄治、舞台奥に去る。

かずな、入口のところで振り返ると、


かずな お兄ちゃん……私、主役になりました。


と、子供っぽく、くるりと一回りして、スカートを広げてポーズを作る。


かずな (微笑)


かずな、舞台奥に去る。


 淳  ……かずなは、求めてたんですかね? そういうもの。

森 田 「そういうもの」?

 淳  家族みたいな……だから映画だったんですかね?

森 田 ……考え過ぎじゃないですか? それは。

 淳  ……。


淳、立ち上がって、


 淳  俺、今日四十歳になったんですよ。

森 田 ああ、おめでとうございます。

 淳  ……森田さんから見て、俺は、ホモになる要素、ありますか?

森 田 え?……ないんじゃないですか?

 淳  本当にそう思いますか?

森 田 まあ……わかんないですけどね。なんとなく。

 淳  わかるって言うじゃないですか。その筋の人が見れば。

森 田 ……どうなんでしょう。そういう人もいるでしょうけど、わかんないですよ、そんな……人間のことですから。一貫性もないだろうし。

 淳  ……。

森 田 どんな人を見たってそうじゃないですか。不安な魂がウロウロ生きてるんですよ、人間なんて。淳さんも、かずなさんも、僕も、総一郎さんも。

 淳  ……どうですか? 俺がヤラせてやってもいいぞって言ったら。

森 田 いや、それは……あの、僕にも好みのタイプがありますからねえ。

 淳  ……。

森 田 あ、すいません。思わず。

 淳  俺だってお断りだよ。

森 田 ……淳さん、ご結婚は?

 淳  関係ないでしょ。

森 田 付き合ってる方は、いるんですよね?

 淳  いますよ。

森 田 結婚すればいいのに。もったいない。相談のりましょうか?

 淳  結構です。

森 田 ……じゃあ、キャッチボールでもしましょうか?

 淳  なんで?

森 田 スキンシップに。

 淳  必要ないでしょ。

森 田 そうですか? したいなぁ、淳さんとキャッチボール。


と、森田はズボンのポケットに手を入れて、ボールを取り出す。


森 田 あ! こんな所にボールが!

 淳  おいっ!

森 田 ちょっとだけ、どうですか? キャッチボール。


と、森田は、立ち上がり、部屋の隅に行くと、


森 田 行きますよ。


そう言って、淳に向かってボールを投げる。

淳、飛んできたボールを受け取る。


 淳  ……。

森 田 ヘイ! カモン!

 淳  キャラクター変わってますよ。

森 田 ヘイヘイ! カモーン!


淳、森田にボールを投げ返す。


森 田 ナイスボール!


森田、淳にボールを投げて、


森 田 淳。そろそろ結婚しないのか?

 淳  ……したいと思ってるよ。

森 田 そうか。お兄ちゃんは、賛成だぞ!

 淳  ……あんまりふざけたことばっかり言ってると、ほんとにぶっ飛ばしますよ。

森 田 ごめんなさい。間違えました。

 淳  ……。


と、舞台奥から栄治が来て、


栄 治 あ、森田さん、そろそろ。

森 田 あ、はい。すぐ行きます。

栄 治 お願いしまーす。


と、栄治は舞台奥に去る。


森 田 (淳に)すいません。


と、森田も舞台奥にいったん去るが、すぐに戻って来て、入口から、


森 田 淳さん。

 淳  なんですか?

森 田 ……じゃ、ちょっと行ってきます!

 淳  はいはい。行ってらっしゃい。


そして、森田は、かずなの真似をして、くるりと一回りしてポーズを作って見せる。


 淳  ……。

森 田 (微笑)


森田、舞台奥に去る。


 淳  ……。


淳、椅子に座る。

しばし、ボールを弄んでいたが、やがて、テーブルの上を転がして、ボールを小箱にぶつける。

淳、小箱を眺めて……、


 淳  ……勝手に出てって、勝手に戻って来て。本当ふざけてるよ……あんたに、迷惑かけられっぱなしだよ、俺の人生……。


淳、小箱を眺めながら話している。


 淳  ……俺も、ちょっとはうまくなったんだぜ、陶芸。


しかし、小箱は何も答えない。


 淳  ……。


と、舞台奥から声が聞こえてくる。


石井の声 え? もう回ってるの? じゃあ本番行こう。

栄治の声 はい、じゃあ本番。

石井の声 本番!


淳、なんとなく立ち上がり、舞台奥に耳をすます。


 淳  ……。


住居の方で撮影がはじまるのだろう。


石井の声 本番! よーい……。


しかし、「ハイ!」というかけ声がないまま、しばし静寂が続く。


 淳  ……。


そんな静寂の中、淳は、ただ耳をすましている。


 淳  ……。


暗転。




以上で、戯曲『ランナウェイ』は終了です。


最後までお読みいただいたみなさん、どうもありがとうございました!


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