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戯曲『モナコ』(1/4)


これまでに僕が手がけてきた戯曲を公開します。


「戯曲なんて読んだことないから、読んでみようかな」という方も、

「戯曲を書こうと思ってるから、参考にしたい」という方も、

ぜひ多くの方に、気軽な気持ちで読んでいただけたらうれしいです。


今回投稿するのは、『モナコ』という作品です。


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これは、劇団プリセタの第9回公演作品として、2007年11月29日〜12月4日に下北沢・駅前劇場にて上演されました。

(掲載した当時のチラシ画像には、作者の名前が「菅井菅」とありますが、これは、チラシ作成後に、菅井氏から僕が執筆を引き継いだという経緯があるためです。)


というわけで、全4回に分けて、『モナコ』をお送りします!


完全にコメディです。

少しでも楽しんでいただけたらうれしいです!


なお、戯曲の形式は、読み慣れない方には多少とっつきにくい感じがあるかもしれませんが、読み進めるうちにすぐ慣れると思います。

自由な想像力で、情景を思い浮かべながら読んでいただけたら、きっと楽しんでいただけると思います!

(それなりに分量がありますので、お暇なときにでも読んでいただけたら幸いです!)



公演時の詳細


プリセタ第9回公演

『モナコ』

2007年11月29日〜12月4日@駅前劇場(下北沢)

作:菅井菅、浅野晋康

演出:世田谷ジェッツ

出演:戸田昌宏、谷川昭一朗、加藤直美、鈴木リョウジ、なんきん、富士たくや、関係長、宮本敏和、山本陽子、塚本さなえ、太田紘子、松永大輔


【戯曲用語解説】

上手(かみて)……客席から舞台に向かって右側のこと。
下手(しもて)……客席から舞台に向かって左側のこと。




登場人物


九条ユウゴ(35)…… 九条家の長女・ハルコの夫(婿養子)

島ダイスケ(31)…… 九条家の次女・サチの夫

庄田ミノル(39)…… 九条家の三女・ナオミ(故人)の夫

赤坂アキラ(27)…… 九条家の四女・カナの夫

サトミ / ナオミ……… 宿の従業員/ミノルの亡き妻

稲毛 ………………… 謎の男

トミオ ……………… 宿泊客

ちかげ ……………… 売春婦

片山シンジ ………… 旅人

田口ミヤコ ………… 旅行中の女子大生

鈴木ミドリ ………… 旅行中の女子大生

ベディベベ ………… 宿の主人



舞台設定

(これは、読み飛ばしていただいても大丈夫です!)

物語の舞台となるのは、(ヨーロッパに向かう途中、トランジットのために南アジアの小国に立ち寄った)主人公たちが宿泊する安宿の一室

異国情緒あふれ、民族的な意匠を凝らしたインテリアで飾られているが、どこかみすぼらしいその場所は、ドミトリーと呼ばれる、宿泊費の安い相部屋となっている。


舞台上手(かみて)に、段差があり、廊下へ続く部屋の入り口ドアがある。

その手前には、壁に沿って置かれた汚れたソファ。

舞台中央奥に、仕切りがあり、内部は簡易なトイレとシャワールームになっている。

また、舞台奥の壁には、小さな穴が空いている。

舞台前面には、小さなテーブルと三脚の椅子。

舞台下手(しもて)には、壁に沿って、3つの簡易ベッドが並んでいる。

ベッドの間に、カーテンがかかっている出入り口があり、そこから下手側に位置する奥の部屋へ出入りできる。

舞台からは見えない下手奥の部屋は、おそらく舞台上と同じような作りの三人部屋になっていて、通りに面した大きな窓がある。

その窓からは、現地人や観光客、多くの人で賑わうバザールストリートの、熱気に溢れた様子が見える。

さらに、ストリートから視線を上げれば、町の先には、茶褐色の大きな川が流れているのが見え、またその川の先には、何もない平地が広がっているだろう。



(ここから本編です!)


プロローグ


開演前。

舞台には幕がかかっているまま。

客入れの音楽が流れている。


やがて、開演時間になると、音楽が消え、幕がかかったままの舞台前に照明が入る。


それは、物語がはじまる一年前の出来事。

パイロット姿の庄田と、その妻・ナオミが、大きなカバンを持って現れる。

仕事に出かける庄田と、旅行に出かけるナオミ。


庄 田 じゃあ。

ナオミ うん……(庄田の格好を見て)うふふっ、似合う。

庄 田 変かな?

ナオミ ううん。似合うわよ。

庄 田 ……ナオミ。

ナオミ なに?

庄 田 気をつけて。

ナオミ ……友達よ。一緒に行くのは、大学の同級生。みんな女友達。ヤスコとユウコ。

庄 田 ああ。うん、わかってる。

ナオミ 信じられないか……わたしの言うことなんて。

庄 田 ……すーすーするだろ?

ナオミ え? うん。すーすーする……うふふ。

庄 田 なんだよ。

ナオミ わたし、愛されてるわ。ミノルさんに。

庄 田 ……。

ナオミ トム・クルーズみたい、ミノルさん。その仮装、生徒さんたち、きっと喜ぶわ。

庄 田 バカ。照れるよ。

ナオミ 行ってらっしゃい、トム!


庄田、去ろうとするが、戻って来て、


庄 田 あの、これ。


と、庄田は、カバンから本を取り出して、


庄 田 持っていけよ。飛行機、暇だろ?

ナオミ (受け取って)「虎風荘の若トラたち」……(本を開いて)……阪神独身寮「虎風荘」の名物寮長が明かす、とっておきのエピソード。「虎の子の育て方」。

庄 田 面白いぞ。

ナオミ ありがとう……じゃあ、行ってきます!(と、歩き出す)

庄 田 ……ナオミ。

ナオミ (振り返り)ミノルさん。さようなら(と、歩き出す)。

庄 田 ナオミ……ナオミ!


ナオミは、その声に答えぬまま、去る。

庄田、ひとり取り残されて……。

暗転。




幕が開き、明転。

で、ここは、異国の地。安宿の一室。

遠く、町の喧騒が聞こえる。

窓から入ってくるのだろう風が、仕切りのカーテンを揺らしている。

ちょうど昼時を過ぎたあたりだろうか。

十月後半だとは思えないような暑さである。

 

手前のベッドに、荷物が大げさに広げられ、散らかっているが、そんなことには無頓着に、テーブルでは、赤坂とちかげが、やりかけのトランプを広げたまま、話しをしている。


赤 坂 いい子なんだよ、すごく。ほら、まだ昼間なんて歩き回ってると暑いからさ、汗だくで、営業地獄だよ、バカだ死ねだなんて言われてさ、凹むんだけど、やっぱりそれなりに。

ちかげ ああ。

赤 坂 んで、こう駅前まで帰ってくるとさ、見えるわけ、店構えが。ね?

ちかげ はい。

赤 坂 大きい窓があるのよ、通りに面して。それで、こう目を凝らすんだけどさ、窓の向こうに、いるかな? いるといいな。なんつって、で、チリンとね、ドアを開く……いないんだよ。

ちかげ うん。

赤 坂 ああ、今日はいないんだ。早番だったのかな……そう思ってると、奥から「ごちそうさまでした」って声がするわけ。アレって思って顔を上げると、その子が奥から出てくる。まかない? 遅い昼飯だったんだろうね。で、そしたらあっちも俺のこと見てさ、見るからドキッとするじゃない。あ、また来て気持ち悪いと思われたかな? なんて一瞬ひるむんだけどね、「いらっしゃい」って、「いらっしゃい。暑いですね」って、笑ってくれるわけよ。

ちかげ はあ。

赤 坂 どう!

ちかげ わかりますよ。わかりますけど、なんか……。

赤 坂 え? なんでなんで?

ちかげ だって、もっと……それ、ひと目惚れってことですよね?

赤 坂 ひと目惚れっていうか、なんだろう……

ちかげ 時間かかるから、わたし。

赤 坂 そんな大げさなことじゃなくてさあ、あるじゃない。ていうか、結婚してるわけだしね、俺。だから、オアシスだよね。オアシス。かえって信頼とかまでいくと、心のオアシスじゃなくなるでしょ。

ちかげ それは、わかんないですけど。

赤 坂 俺はそう思うけどね。っていうか、ちかげちゃんこそ、そのオアシス的なものなわけじゃない。

ちかげ ん〜、ウェイトレスと一緒にされても。

赤 坂 それ! それこそオアシスのプライドじゃないのかなぁ。

ちかげ プライド。違うと思いますけど。

赤 坂 や、俺は美しいと思ってるのよ、それは。

ちかげ え? もうヤッちゃったとか?

赤 坂 いやいや。デートすんのよ、今度。

ちかげ うれしそう。

赤 坂 ひひひひっ。芸術の秋って本当なのな。びっくりしちゃった俺。誘ったんだ、美術館。そしたら、あっさりオッケー。あるんだな、芸術の秋。バカにしてたわ、芸術。

ちかげ いま、六本木に大きいビルがあるんでしょ? 美術館が入った。

赤 坂 ああ、ヒルズね。

ちかげ 想像つかない……平成19年?

赤 坂 うん。


奥の部屋から、庄田が荷物を持って来る。


赤 坂 結局、何年になるの? こっち。

ちかげ 10年。

赤 坂 すごいね。

ちかげ 自分でもびっくりします。

庄 田 (赤坂に)あの。

赤 坂 あ、どうしたんすか?

庄 田 うん。あの、私、やっぱりこっちでいいですか?

赤 坂 え? あ、いいですよ。はい。


(手前のベッドには九条の荷物、真ん中のベッドにはトミオのジャケットが置かれている)

赤坂、立ち上がり、一番舞台奥のベッドに置いてあった自分の荷物を移動させる。


赤 坂 いいっすよ、ここ。

庄 田 すいません。

赤 坂 窓、いいんですか? 特等席じゃないですか、あの位置。

庄 田 うん、なんかね。

赤 坂 ……じゃあ。


と、赤坂は荷物を持って奥の部屋へ。

庄田、荷物を置いて、ベッドに腰掛ける。


ちかげ (庄田を見て)……。

庄 田 (疲れた様子で)……。

ちかげ ちょっと匂いますよね?

庄 田 ん?

ちかげ あっちの部屋。大きい窓があるのはいいんだけど、川からの風で匂いが。

庄 田 そういえば。

ちかげ ええ。

庄 田 ……。

ちかげ ……。


トイレから、水が流れる音がする。

と、トイレから、トミオが出てくる。


トミオ (ちかげに)や、悪い悪い。(と、椅子に座り)あれ? アキラくんは?

ちかげ あっち。

トミオ あそ。ま、いいや。やろやろ。9まで出たんだっけ?

ちかげ 疲れた。

トミオ あ、もう。なんで言うかな、そういうこと。世紀の大勝負よ?

ちかげ あんたお金ないじゃん。

トミオ ちょっとちょっと! 人聞き悪いなぁ。ないんじゃないの。必要ないの。

ちかげ バカ。

トミオ バカじゃないよ、トミオだよ。なんつって。


ふたり、テーブルの上に、やりかけのまま置かれていたトランプを手に取って、


ちかげ 一回死んで欲しい。

トミオ いけずだなぁ、ちかげちゃんは。

ちかげ 10(唐突にダウトをはじめる)。

トミオ おーっと、じゃあ、11。

ちかげ 12。

トミオ 13。

ちかげ 1。

トミオ ん〜。……あれ? あと何枚?

ちかげ 知らない。

トミオ 何枚?

ちかげ 早く!

トミオ じゃなくて。

ちかげ 2枚。

トミオ え、マジで? ちかげちゃん、ズルしたでしょ!

ちかげ してないよ。

トミオ 絶対ズルだよ。

ちかげ しつこいから。

トミオ くっそー。絶対勝つ……2枚か……う〜、じゃあ……2。

ちかげ 3。

トミオ えーほんとに?

ちかげ いいよ別に。言いたきゃ言いなよ。

トミオ (ちかげの顔色を伺い)ダ……、ん〜、ダ、ん〜、……ブヒッ、あ、オナラしちゃった。うっそでーす。

ちかげ ……最悪。

トミオ うるせ。なんだよ、あと一枚って。ちょっと待って、これがアレで、次が最後だから。ん〜(と、熟考の姿勢に入る)

ちかげ (ので、庄田に)あ、うるさかったら言ってください。

庄 田 ん? はい。

ちかげ ……疲れました?

庄 田 え? ああ。そうですね。

ちかげ いつ着いたんですか?

庄 田 こっちに着いたのは昨日の夜なんですけど、空港出たのが朝で。

ちかげ ああ。時差ぼけとか、大丈夫ですか?

庄 田 待ってる間にちょっと寝たりしてたんで、今のところは……すいません、ありがとうございます。

ちかげ いえ。

トミオ ふぅ……(考えている)。

ちかげ まだ?

トミオ うん、うん……よし! 4!

ちかげ 5。

トミオ ん〜、ダウト! ダウトダウト!……なに、その顔は。え?

ちかげ (出したトランプの上に手を置き、絵柄を見せないようにする)。

トミオ お、なんだ? はは! だろ? そうなんだろ?


と、トミオはちかげの腕をつかみ、二人は、トランプの絵柄を見せる見せまいで攻防を続ける。


トミオ 負けを認めろ! 三連敗するわけにはいかないんだよ!(と、力任せにトランプの絵柄を見る)……だぁぁぁぁぁ!

ちかげ (笑う)

トミオ じゃ、コレか? コレだろ?(と、ひとつ前の3と言って出したカードを開いて)うおぉぉ! そうか、やっぱりこっちだったか。だと思った。だと思ったんだよ。くそぉ!

ちかげ 弱すぎるんだよ。

トミオ うるせー!


奥の部屋から、赤坂が来る。


トミオ ったく、怖ぇなぁ女は。

赤 坂 (来て)負けたか。

トミオ 負けました。

ちかげ 話になんない。

赤 坂 しょうがないね。

ちかげ ちゃんと倍額払ってよ。

赤 坂 倍額な。

トミオ わかってますよ。

赤 坂 じゃあ、もうひと勝負?

ちかげ 私、もういいや(と、立ち上がる)。

トミオ えぇ? 待ってよ。


ちかげ、入口に向かうが、ふと振り返り、トミオに、


ちかげ 今日払ってくれんの?

トミオ 今日? いいの?

ちかげ いいよ、別に。

トミオ じゃあ、払う。

ちかげ そう。だったら、ちょっとしたら来て。

トミオ うん。

ちかげ アキラくん、また。

赤 坂 うん。


ちかげ、部屋を出て行く。


赤 坂 (ちかげを見送って)……お義兄さん。

庄 田 ん?

赤 坂 あれパンパンですって。

庄 田 パン? なに?

赤 坂 売春の。

庄 田 売春? え? 誰が?

赤 坂 いまの子。

庄 田 あ、そうなの?

トミオ いいもの(おっぱい)持ってんですよ。

庄 田 ああ、確かに。

トミオ おっ、見てますね。見るべきとこは。

庄 田 や、たまたまだよ。

トミオ たまたまって。

庄 田 ……私、ちょっと(と、立ち上がる)。

赤 坂 え?

庄 田 九条さん見てきます。

赤 坂 あ、はい。


庄田、部屋を出て行く。


赤 坂 ……でもびっくりしたよ。日本人宿って。こんなとこにあるんだな、日本人宿なんて。ドミトリー? 意味はなんかあるの?「ドミトリー」って。

トミオ ドミトリーって、だから、相部屋ってことですよ。ひとつの部屋に、知らない人同士が寝泊りするっていう。

赤 坂 ああ。なんか民宿みたいだよね。

トミオ ええ。オーナーは現地の人みたいなんですけど、日本の知り合いがいて、とかなんとか書いてありましたよ、パンフレットに。

赤 坂 そうなんだ。


入り口から、島が部屋に入ってくる。


 島  いま見て来たんだけどさ、ちょっと下、ロビーで。どんな様子かなって。けっこうまずいっぽいよ。

赤 坂 2、3日は無理ですかね、こりゃ。

 島  済めばいいけど。

赤 坂 あ、そんなに?

 島  うん。やばいかも。

トミオ どうしたんですか?

 島  知らないんですか? 状況。緊急事態なんですよ、この国。

トミオ ああ、それ。

 島  「ああ、それ」って……え? だって、すごかったですよ、空港なんか。(赤坂に)ねえ?

赤 坂 ええ。

トミオ (軽く)だって封鎖でしょ?

 島  封鎖ですよ? 緊急事態ですよ!

赤 坂 軍でしたよね、アレ。

 島  そうそうそう! 軍! 軍ですよ。鉄砲とかライフルなんて初めて見ましたよ、僕。

トミオ 政治的には、最近ちょっと不安定ですけど。

 島  ちょっとじゃない。あり得ないでしょ、この状況。僕たち、だって行こうとしてたのヨーロッパなんだから!

トミオ や、今回のはスグですよ。それに普通に波とかあるものだし。

赤 坂 波?

トミオ あるじゃないっすか、波。今回のは、大してデカくない波だぞっていう、俺の読みなんすけど。だって、来る時はガンガン来ますから。俺なんか一回拳銃突きつけられましたしね。

 島  ……。

トミオ 今回は、落ち着きますよ、すぐ。

赤 坂 (島に)っていうことらしいです。

 島  や、そういうことじゃないでしょ。なんかあるんだって。

トミオ あ、だから、それは、あるんですよ近々、祭りが。

 島  祭り?

赤 坂 なにそれ?

トミオ 10年に1回やる、なんかデカい祭り、音楽祭があるらしいんですよ。俺もよく知らないですけど、たぶんフジロックみたいのじゃないですか?

 島  ふじろっく?

赤 坂 踊るの? 若者が?

トミオ じゃないっすか?

赤 坂 ほんとかよ。

トミオ ほんとですよ。だからそれが、なんかデカいらしいんですよ。ほら、この辺だと、やっぱり宗教とか民族的なものとか、敏感ですからね、国的にも。そういうこともあって、おおげさに、軍とか、やってるだけだと思いますけど。

 島  僕、クーデターじゃないかと思ったんですけど。

赤 坂 クーデター?

 島  じゃなきゃ、革命とか、テロとか、反政府組織のそういう。

トミオ ないですよ、いくらなんでも。

赤 坂 俺もないと思います、それは。

 島  ……。

赤 坂 お義兄さんビビりすぎっすよ。マジで。ビビりすぎ。

 島  ……。

トミオ ……もう一戦やりませんか? ダウト。

赤 坂 キミは逆にノンキすぎるけどね。

トミオ よく言われます。

赤 坂 それで日本に帰るきっかけも逃してると。

トミオ やだなぁ……意外と図星です。なんつって。

赤 坂 気づけば10年。

トミオ それはさすがに……気をつけます。


赤坂とトミオは、テーブルで再びトランプを配り始める。


トミオ (島に)あ、一緒にやりませんか?

 島  あ、うん、やめときます。

トミオ え、なんで? やりましょうよ。

 島  いまはちょっと、そういう気分になれないんで。

トミオ えー、せっかくの旅行じゃないっすか。もしクーデターだとして、まあないですけど、クーデターだったとしても、せっかくなんだから楽しまないと。意味ないでしょう。

 島  そうですけど。

赤 坂 やりましょ。

トミオ ほら、早く。

 島  ……じゃあ(と、椅子に座る)。

トミオ わかります? ダウト。

 島  はい……でも、やっぱりお義兄さんやミノルさんに悪くないですかね? 九条さん帰ってきて、僕らがトランプやってたら、なんか……。

赤 坂 いいっすよ、別に。

 島  でも、九条さんひとりで行ってくれたわけだし……(と、ベッドに散らかった荷物を見て)あれ、九条さん?

赤 坂 じゃないっすか?

 島  しょうがないな。


三人、ダウトをはじめる。


トミオ じゃあ、1。

赤 坂 2……俺思うんすけど。九条さんって、俺今回はじめて喋ったんでアレですけど、大体いい加減ですよ、あの人。散らかすだけ散らかして、そういうとこありますよね?

 島  うん、まあ。3。

トミオ 4。なんすか? それ誰の話ですか?

赤 坂 九条さんっていう、さっきまでいたんだけど、一番上のお義姉さんの旦那さんで……(島に)空港だってアレですよ。普通、搭乗時間なんか間違えます? トランジットですよ? 乗れてたじゃないっすか、全然。ついてねぇよ、マジで。思いません? 今ごろ地中海でバカンスでしたよ? ていうか、ていうか、なんで俺たちエコノミーだったんすか? 俺、全然納得してねーっすよ。

 島  わかるよ、わかるけどね。

赤 坂 (トミオに)俺ら男だけエコノミーなんだよ。

トミオ アキラくんですよ。

赤 坂 あ、悪い。5。

 島  6。

トミオ ん〜、7。じゃ、その九条さんって人のせいで足止めくっちゃったわけですか?

赤 坂 そうなんだよ。俺、お義兄さんに期待してますからね。マジ、今度なんかあったら、ガツンと言ってやってください。8。

 島  え? 僕?

赤 坂 お義兄さんしかいないじゃないっすか。

 島  ミノルさんでしょ?

赤 坂 アレ、おっさんじゃないっすか。なんか、ノリが違うんすよね。

 島  や、そうかもしれないけど……9。

トミオ ダウト!

赤 坂 10。

トミオ (赤坂が順番を抜かすので)あれ?

赤 坂 ていうか、大体あの人とかどうなんすか?

 島  11。

トミオ あれ?

赤 坂 未だに家族っていうか、親戚って感じなんすか? 縁が切れたりしないんすかね? 12。

トミオ おっとっと。

 島  それはないんじゃない? 仮にもだって……13。だって、今回だって、元々そういう、ナオミさんの追悼っていうアレなわけで。

赤 坂 14。

トミオ 14?

赤 坂 や、なんにしても、女系家族だから、男に対する態度がちょっとおかしいんですよね、あの人たち。

 島  15。

赤 坂 思いますよね? 16。

 島  わからないではないけども……(と、島は、トミオの持っているカードから1枚抜いて取り、2枚捨てる)。


そうして、赤坂と島のゲームは、ババ抜きになってしまう。


トミオ あ〜あ〜。

赤 坂 (島から1枚取って2枚捨てる)

 島  (トミオから1枚取って2枚捨てる)

赤 坂 (島から1枚取って2枚捨てる)

 島  (トミオから1枚取って)……あれ? 順番合ってます?

トミオ いや、いいんじゃないっすか……(時計を見て)やべぇっ。俺、ちょっと。

赤 坂 ん? なに?

トミオ すいません。ちょっと。


と、トミオは、ベッドのジャケットを取り、部屋から出て行く。


赤 坂 どいつもこいつも。


間。


赤 坂 はぁ〜(と、ため息をついて立ち上がり、棚から雑誌を取って、ソファへ座る)。

 島  ……(トランプを片付ける)。

赤 坂 (雑誌を見ながら)……けっこう、人多かったっすね。

 島  ん? あ、町?

赤 坂 なんか、もっと砂漠的なものを想像してました。

 島  ああ。

赤 坂 若干、匂いますよね? 町全体が。

 島  そうですね。

赤 坂 ……ぼっとん便所だし。

 島  ええ。


稲毛が、入り口から部屋に入ってきて、赤坂と島を見る。


 島  (稲毛の視線を気にして立ち上がる)……。


稲毛、奥の部屋へ去る。


赤 坂 ……(急に昂って)ここはどこですか!

 島  え? どうしたんすか?

赤 坂 世界最高級のオーシャンビュー。透き通るような青い海。満天の星空を楽しむ、夜景が自慢の3つ星ホテル! オシャレなバー。グランカジノ。ワインに舌鼓をうつ、地中海料理!

 島  アキラくん?

赤 坂 どこにあるんですか? オリーブの木は? セナが走った、あの美しいカーブは!

 島  ……。

赤 坂 何なんですか、この匂い。あの、汚らしい屋台はどういうことですか? アレ、ほんとに人間の食べ物なのかよ! え? なんだよ、ライフル構えた軍隊って。「緊急事態のための、一時的入出国禁止による待機処置命令」? おおざっぱな説明しやがって。俺たちどうなるんすか? どうしようっていうんですか?

 島  ……やめよう。

赤 坂 ……すいません(と、ソファにふて寝する)。


と、奥の部屋から稲毛の叫ぶ声がする。


稲毛の声 おいこら! 誰や!


奥の部屋から稲毛が来る。


 島  はい?

稲 毛 お前か? お前やな?

 島  え?

稲 毛 わしは稲毛じゃ。お前なんちゅう名前や? あ?

 島  島ダイスケです。

稲 毛 島ダイスケだぁ? ふざけやがって。ちょっと来い!(と、島の頬を掴む)

 島  痛っ。

稲 毛 ええから、はよ来いや。

 島  はい。


島は、稲毛に促され、奥の部屋へ去る。


稲毛の声 なんやねん、このカバン。

島の声 あ、すいません。

稲毛の声 ここわしのベッドやろが。なに勝手に陣地に入って来とんじゃ!

島の声 でもそれ、僕のじゃ……

稲毛の声 言い訳すんな! 煩悩まみれが。ブラフマー様に謝れ!

島の声 ブラ? や、ちょっと……あ痛っ!


間。


島、(稲毛に殴られたのか)頬を抑えながら戻って来て、ベッドに座る。


赤 坂 ……大丈夫ですか?

 島  はあ……アキラくんのカバンが、なんか邪魔だったみたいで。

赤 坂 ああ。すいません。

 島  大丈夫です……(ぼそっと)なんであんな所にカバン置くかな。

赤 坂 ……。


そこへ、九条が、入り口から入って来る。


 島  あ、九条さん。おかえりなさい。

赤 坂 おかえりなさい。

九 条 おう。なに? トランプやってたの?

 島  え?

赤 坂 あ。

九 条 トランプ。

 島  あ、いや、やってません。やるわけないじゃないですか。

赤 坂 で、どうでした? 大使館。状況わかりました?

九 条 うん。ま、なんとか(と椅子に座る)。

赤 坂 マジっすか? いつ出れるんすか?

九 条 とりあえず、三日後らしい。

赤 坂 とりあえず?

九 条 ま、状況次第らしいから。

赤 坂 そうですか。

九 条 ……ミノルさんは?

赤 坂 さっき出てって。てっきり一緒かと思ってたんですけど。

九 条 あそ。

 島  僕、クーデターじゃないかと思ったんですけど。

九 条 クーデター?

 島  革命とか、テロとか、反政府組織のそういう。

九 条 なんか、祭りだって言ってたけど。

赤 坂 やっぱり。

九 条 なに?

赤 坂 や、なんかさっき……にしても、3日後ですか。

九 条 うん。

 島  でも、3日後だと、ナオミさんの命日が……。

九 条 ダメだね。

赤 坂 ああ、だから。

 島  だから?

赤 坂 さっきからほら、なんかミノルさんテンション低かったじゃないっすか。

 島  ほんと?

赤 坂 アレ? お義兄さんいなかったですっけ?(九条に)そうなんですよ。

九 条 あそう。

赤 坂 はい。

 島  そうなんだ。

赤 坂 おっさんノリ悪ぃなーって思ってたんすけど、そりゃちょっとしょうがないっすね。わかるわ。

九 条 アキラくんは、勉強できなかったでしょ?

赤 坂 え? なんすか急に。

九 条 できた?

赤 坂 できたってことはないですけど、俺アホじゃねーすよ。

九 条 そうか。

赤 坂 かけ算も割り算も出来ますから。7×1が7、7×2、14。

九 条 ごめんごめん。

赤 坂 アホじゃねーすよ。(島に)ねえ、お義兄さん。

 島  僕ちょっと見てきますよ、ミノルさん。あ、アキラくんも一緒に来てよ。

赤 坂 はい。


と、島と赤坂は、部屋を出て行く。


九 条 ……。


九条、ベッドへ行き、カバンから携帯電話を出すと、どこかに電話をかける。


九 条 (電話に)あ、もしもし? 俺だけど……うん。いま大使館行って来て……とりあえず今はホテルにいる。祭りらしくてさ……うん。みんな無事で。たぶん3日くらいしたら、そっちに向かえると思うから……ハルコ。あの話、用紙だけ渡されても、俺だってそんなに簡単には……ハルコ? もしもし?……。


電波状況が悪化したのか、回線が不通となり、九条は電話を切る。

と、奥の部屋の方から音が聞こえるので、九条は、立ち上がり、奥の部屋を覗きに行く。

と、奥の部屋にいた稲毛と目があったのか、


九 条 あ、どうも。


と、声をかけただけで戻って来て、トイレに入る。


しばし間。


突然、トイレから九条の叫び声が聞こえる。


九条の声 おおぅ! なんだ! なんだ! うおっ、ちょっっと!


九条がトイレから飛び出して来る。


九 条 (トイレに向かって)ちょっとちょっと……。


奥の部屋から、九条の声を聞きつけて稲毛がやって来る。

稲毛、飲み物を手にしている。


稲 毛 なんや、おい。どうしたん?

九 条 なんかいるよ!

稲 毛 なんか?

九 条 トイレの、シャワーの辺りに。見たことのない生き物が。

稲 毛 ああ、おるおる。

九 条 え? なにがいるんですか!

稲 毛 ネズミぐらいの、でっかい虫。すばしっこいのがおるんやわ。

九 条 虫。

稲 毛 おとなしゅぅしとけば何もせぇへんから。

九 条 ……。

稲 毛 便器に住んどんねん。便器で人間の排泄物を食べとんのよ。

九 条 壁と同じ色だったから、俺もわかんなくて。

稲 毛 たまに噛むからな、アイツ。気ぃつけや。


そう言うと、稲毛は、奥の部屋へ去る。


九 条 噛む?(と、稲毛を見送る)


そこへ、部屋の入り口から、庄田、島、赤坂がやって来る。

庄田は、紙に包まれた食べかけのカレーパンを持っている。


庄 田 あ、九条さん。状況、どうでした?

九 条 ミノルさん。どこ行ってたんですか?(と、庄田のカレーパンを見て)……パン?

庄 田 あ、いや(と、パンを思わずポケットに隠し)……で、どうだったんですか? 状況は?

九 条 うん。とりあえず、3日後らしいです。

庄 田 3日後……。

九 条 状況次第らしいから。

庄 田 そうですか……3日後か……(と、ソファに座る)。

 島  でも、とりあえずなら、早まることだって十分考えられますよ。

九 条 そうそう。ほんと、状況次第って言ってましたから。

 島  そうですよ。明日帰れるぞって、急に決まったりしますって。

赤 坂 や、それはどうかなー。明後日でしょ? 命日。無理じゃねーかなー。3日は固いっしょ。(と、椅子に座る)。

庄 田 ……。

赤 坂 祭りがあるらしいっすから。フジロックみたいな。

庄 田 ふじろっく?

赤 坂 フェスですよ、フェス。10年に1回やる、なんかでっかい祭りで、世界中から大物アーティストが勢ぞろいするらしいっすよ。ちょっと見ていきましょうよ。せっかくだし。ねえ?

 島  ちょっとアキラくん。

赤 坂 え? なんすか?

 島  なんすかじゃなくて!

赤 坂 なんすかじゃなくてって、なんすか?

 島  だから。

赤 坂 え? なんすか。

 島  アホ。

赤 坂 ちょっとちょっと! アホじゃない。

 島  アホだよ!

赤 坂 アホじゃない!

庄 田 まあまあ、どうしたんですか?

 島  ミノルさんは、一周忌だから! (なぜか興奮し涙ぐんで)ナオミさんの一周忌だから、行こうって、今回そういうことなわけでしょう。どうしてもその場所に行ってみたいって……ミノルさんは、別れることが出来ないんだよ、このままじゃ。受け入れることが出来ないんだよ、ミノルさんを置いて、ナオミさんが亡くなったことを! そうですよね? ミノルさん。

庄 田 お義兄さん、大丈夫ですから。

 島  (庄田に)いいから……(赤坂に)この人は、それを受け入れるために、今回この旅行を企画したんだよ。残されたお義姉さんや義妹と、家族みんなでナオミさんに会いに行こうって……こいつのそういう気持ち、わからないの? そういうことが。え? なんでわからないの!

庄 田 お義兄さん、ほんと、大丈夫ですから。

 島  (庄田に)うるさいよ!……(赤坂に)愛してるんだよ。ナオミを! 愛してるから! 今でもナオミを愛してるから! そういうことでしょ! ナオミ! アイラブユーだぞ! ナオミ! そういう気持ちだよ! アホ!

赤 坂 ……。

庄 田 (思わず涙ぐんで)なんか、すいません。思った以上に代弁していただいて。

 島  (涙をぬぐって)……。


庄田、立ち上がり、島をソファへ座らせる。


庄 田 お義兄さん、どうぞ。


庄田は、ポケットから出したパンを島に食べさせると、涙を拭う。

と、ふと九条と目が合い、


庄 田 (照れて)すいません。ちょっと。


と、庄田は、トイレに入る。


しばし間。


トイレから庄田の叫び声が聞こえる。


庄田の声 うおぅ、噛まれたぁ!

一 同 !!


庄田、トイレから飛び出して来ると、すばやくドアを閉める。

トイレの内側で、虫がドアにぶつかるのか、ドンドンと音がする。


庄 田 はぁはぁはぁ。

九 条 ミノルさん。大丈夫ですか?

庄 田 すごいスピードで……噛まれました。

 島  何に?

赤 坂 虫ですか?

庄 田 どうなんだ、アレ。便器の穴からボーンって来て、カサカサカサッと来て、で、ガブッと。

 島  ガブッと?(と、傷を見て)ああ、意外と(大きい)……。

九 条 消毒した方がいいっすよ。

庄 田 消毒。

赤 坂 あ、俺マキロン持ってますよ。

庄 田 お願いします。


赤坂は、奥の部屋へ走り去る。


 島  大丈夫ですか?

庄 田 ネズミぐらいの生物にガブッと噛まれました。


赤坂、急いで戻って来ると、


赤 坂 (バファリンを手にして)すいません。バファリンでした。

一 同 ……。

九 条 あ、ちょっと待ってください。マキロンありますよ。


九条は、舞台全面の荷物が散らかったベッドへ行き、荷物を漁るが、


九 条 (正露丸を手にして)すいません。正露丸でした。

一 同 ……。

 島  そうだ。僕、たぶん持ってますよ。


島は、奥の部屋へ走り去る。

ふと、庄田はポケットを探ると、


庄 田 あ、マキロン持ってました(と、マキロンを取り出す)。


そこへ、島が戻って来て、


 島  (槇原敬之のCDを手にして)すいません。マッキーのCDでした。

一 同 ……。


庄田、真ん中のベッドに座る。


九 条 ……トイレ出来ないな。

赤 坂 問題ですね。まさに、トイレ問題勃発ですね……(皆の視線を感じて)……俺、アホじゃねーすよ。


赤坂、テーブルの椅子に座る。


 島  じゃあ、マッキーのCDでも聴きますか!……(CDを見て)ベストアルバムなんですけれども!

庄 田 (マキロンを傷口に吹きかけ、嬉しそうに)おー沁みるっ、へへへっ(吹きかけ)おー沁みるよぅ、ふはっ(吹きかけ)く〜、ひっひっひっ。

一 同 ……。

庄 田 (皆の視線に気づき)あ、すいません。いや、好きなんですよ、これ。沁みちゃって沁みちゃって(吹きかけ)ふひ〜。病みつきですね、もう。はははっ。

一 同 ……。

庄 田 ……すいません。片付けます(と、マキロンをカバンにしまう)。


間。


九 条 腹減りませんか?

赤 坂 飯行きましょうよ。俺もペッコペコっす。

庄 田 あ、ちょっと行った所にありましたよ、いろいろ。

赤 坂 でも食えますかね? なに食わされるかわかんねぇなって。

九 条 大丈夫だろ。

庄 田 さっき見てたら、うまそうでしたよ、意外と。

九 条 行きますか。

赤 坂 行きましょう。

 島  (立ち上がり)大丈夫ですかね? 外。

庄 田 大丈夫ですよ。

赤 坂 (島に)お義兄さん。せっかくなんだから、あきらめて楽しんだ方がいいですって。

 島  うん。

赤 坂 行きましょ行きましょ。

九 条 行きましょう。

庄 田 お義兄さん。行きますよ。

 島  うん。


と、一同は部屋を出て行く。

突然、奥の部屋の窓の外から鐘の音が鳴り響く。


間。


そこへ、部屋の入り口からサトミがやって来る。

格好は違うが、その女はひどくナオミに似ている……。


サトミ、テーブルの椅子を整理し、テーブルの上を片付けると、ソファの雑誌を棚に戻す。

それから、九条のベッドに散らかった荷物を見て片づけようとすると、そこへ、部屋の入り口から庄田がやって来る。


庄 田 財布、財布……(と、サトミと目が合って)……。

サトミ すいません、勝手に。

庄 田 え?

サトミ お掃除を。

庄 田 お掃除?

サトミ お部屋の。

庄 田 え?

サトミ すいません、勝手に……失礼します(と、会釈をして部屋を出て行こうとする)。

庄 田 (ので)待って!

サトミ はい。

庄 田 ……ナオミ?

サトミ (振り返り)ナオミ?

庄 田 ……いや……そんなわけないですよね。何を考えてるんだ……え? あなたは? ここの?

サトミ ええ。

庄 田 ……ごめんなさい。なんでもないです。

サトミ 大丈夫ですか?

庄 田 はい。ちょっとしたアレで、あの、全然、はい。

サトミ ……じゃあ(と、行こうとする)。

庄 田 あの!

サトミ (振り返る)

庄 田 あの、……お名前は?

サトミ サトミです。

庄 田 サトミさん。

サトミ はい。

庄 田 ああ、めまいがする(と、その場に崩れ落ちるようにして、膝をつく)。

サトミ あ!(と、駆け寄って、庄田を支え)……大丈夫ですか?

庄 田 ぐるぐる回ってる。なんでだ? ぐるぐる。さっき噛まれたんですよ、トイレで。ああ、ぐるぐる回ってる。ぐるぐる回ってますよ! サトミさん!

サトミ 薬、持って来ます。

庄 田 待って(と、サトミの腕をとり)……もうしばらく、このまま。

サトミ ……。

庄 田 モナコに行くんです。私たち。モナコに。

サトミ モナコ。

庄 田 妻も、モナコへ行く予定だったんですよ。

サトミ ……奥様。

庄 田 モナコへ。


と、そこへ部屋の入り口の方から九条の声がする。


九条の声 ミノルさん、財布ありました?

庄 田 ええ。


九条が、部屋の入り口から来る。

九条、うずくまった庄田と、それを支えるようにしているサトミの後ろ姿を見る。


九 条 あ、大丈夫ですか?

庄 田 ええ。すいません。

サトミ (振り返り、九条と目が合う)

九 条 (サトミと目が合い)……ナオミ?……さん……。

サトミ ……。

庄 田 はははっ、ははははっ……ああ、ぐるぐるしてます。ぐるぐるしてますよ。

九 条 ……。


再び、唐突に、奥の部屋の、窓の外から鐘の音が鳴り響く。


暗転。


(次回記事に続きます!お楽しみに!)

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