戯曲『モノガタリ・デ・アムール』(4/5)
戯曲『モノガタリ・デ・アムール』の4回目(全5回)の投稿です。
読んでいただいてありがとうございます!
ぜひ最後まで楽しんでいただけたらうれしいです!
登場人物
遠藤花男(45)……………… 長男
遠藤達也(43)………………… 次男
遠藤圭祐(40)………………… 三男
遠藤サキ(22)………………… 花男の娘
中瀬美枝子(25)……………… 出版社の女性編集者
森下夏子(30)………………… 女性ホームヘルパー
楠(29) ………………………… 探偵
星野(35)……………………… 近所の派出所勤務の警察官
木村ショウタロウ(32)…… サキの恋人
近藤アキラ(28)……………… サキの友人
鳩田(33) ……………………… 新しいホームヘルパー
安田(35) ……………………… 中瀬の同僚・編集者
芦沢リナ(18)………………… 近所の女子高生
4
その夜。
庭から居間にうっすらと青白い月明かりが差している。
辺りに人の姿は見えず、ひっそりとした真夜中の時間である。
やがて、ベッドから、達也が起き上がる。
達 也 (寝ぼけた顔で)……。
達也、時計を見て、
達 也 二時か……。
達也、立ち上がると、部屋を出て来る。
達 也 ふん〜ふん〜ふふん〜ふ〜。
と、達也はひどくやる気のない鼻歌で、アトムの歌を歌っているが、さすがにそれはひどくやる気がないので、まったくアトムの歌に聞こえない。
達 也 ふ〜ふん、ふん、ふん〜ふん〜……(なぜかおかしくなったらしく)ふへへへっ(と笑いだす)。
達也、笑いながら冷蔵庫からお茶を出し、コップに注いで飲む。
庭に、うつむいたまま森下が来る。
森 下 (何か考えているようで)……。
達 也 (お茶を飲んで)……。
ふいに達也は、庭に人の気配を感じ、
達 也 だ、誰?
森 下 ……。
ぼんやりとした月明かりの中に、森下は黙ったまま立っている。
達 也 誰? 誰だ!? 誰だ!
森 下 ……達也さん。
達 也 ひぃ!
と達也はダイニングテーブルに隠れると、怯えた様子で問いかける。
森 下 私です。達也さん。
達 也 知らないよ! やめてくれよ! 誰だよ?
森 下 ……森下です。
達 也 もりした? モリシタって誰……え、森下さん?
森 下 はい。
達 也 ……どうしたの?
森 下 ……。
達 也 ……え?
森 下 ……花男さんは?
達 也 ……花男兄ちゃんは、病院に。
森 下 病院……。
達 也 うん……圭祐とサキが付き添ってるよ。
森 下 ……。
達 也 ……。
森 下 なんで……なんでこんなことに?
達 也 ……運が悪かったんだよ……たまたま強盗事件があって。
森 下 ……。
達 也 なんか、最近何件か続いてたらしいんだよ、この辺で。それで、たまたま花男兄ちゃんが飛び出して来たから、犯人と間違われて……でも、とりあえず生きてるから。大丈夫だよ。
森 下 ……すいません。私が、もっとちゃんとしていれば。
達 也 森下さんじゃないよ。
森 下 ……すいません。
達 也 ……コーヒーでも入れますか?
森 下 ……。
森下、黙ったまま縁側に腰を下ろす。
達 也 ……。
達也、ソファのところにあるブランケットを持って来ると、森下の肩にかけてやる。
森 下 ……すいません。こんなことになってしまって……すいません。
達 也 ……わかるよ。わかるよ、森下さんの気持ち。
森 下 ……。
達 也 だけど、そんな風に考えちゃいけないよ。
森 下 ……。
達 也 そんな風に考えちゃいけない。
森 下 ……おえっ。
と森下は、唐突に嘔吐(えず)く。
ので、達也は森下の背中をさすって、
達 也 大丈夫ですか?
森 下 はぁっはぁ……大丈夫です。おえっ。
再び森下が嘔吐(えず)くので、
達 也 ちょっとちょっと。大丈夫じゃないよ。
森 下 大丈夫です。ふぅふぅ……。
達也、しばし森下の背中をさすっていたが、
達 也 ……抱きしめたり、しましょうか?
森 下 ……お願いします。
達 也 ……。
達也、おずおずと森下を抱きしめる。
達 也 ……。
森 下 ……。
森下、達也に強く抱きつく。
達 也 うっ……。
森下、もっと強く抱きしめようと、ぐいぐい体を押しつける。
ので、達也は森下を引きずるように後ずさる。
達 也 ちょっと森下さん。森下さん……。
森 下 達也さん。
と森下は、さらにぐいぐい体を押しつける。
達 也 なに? なんですか?
森 下 達也さん、達也さん。
森下が止まらずに、ぐいぐい押して来るので、達也は思わず、
達 也 うっ……ちょっと!
と森下を突き飛ばす。
森 下 あっ。
と森下は、床を転がって倒れる。
達 也 ……ごめんなさい。
森 下 おえっ。
と森下が再び嘔吐(えず)くので、
達 也 あぁ、大丈夫?
森 下 はぁはぁはぁ。
達 也 ……森下さん?
森 下 私が悪いんです。私がもうちょっと花男さんのそばに残ってれば。
達 也 そうじゃないよ。
森 下 いつもなら、もうちょっと残ってたんです。寝たかなって思っても、花男さん、すぐ起きちゃうのは知ってるんだから。
達 也 そうじゃないって。
森 下 そうですよ! そうなんです!……おえっ。
森下、またもや嘔吐(えず)いて、うずくまる。
森 下 はぁはぁはぁ……。
達 也 ……たとえ、花男兄ちゃんが死んでも。それはそれだよ。
森 下 ……。
達 也 それはそれ。これはこれ。まったく関係ない話だよ……森下さんのせいじゃないよ。だから、そんな風に考えちゃいけないよ。
森 下 死んでも?
達 也 死んでもだよ。ていうか、死んだっていいじゃない。どうせ生きてたって何も感じてないんだから。
森 下 ……。
達 也 死んだってしょうがないよ。それはそれだよ……そしたらそれは、そういう運命だってことだよ。もしそうなるなら、死んだっていいんだよ。
森 下 ……。
達 也 だから、そんな風に考えちゃいけないよ。
森 下 ……。
しばし沈黙。
森 下 (突然、驚いた表情で)え? 達也さん、何を言ってるんですか?
達 也 なに?
森 下 そんなこと……そんなこと私に言って……「死んだっていい」って。
達 也 ……。
森 下 ……それで、何を伝えようとしてるんですか?
達 也 え? なに?
森 下 それを聞いて、私は何を、どうしたらいいんですか?
達 也 何も、ただ、だから、
森 下 (何かに気付いたように)え? そうなんですか? 私に?
達 也 なに?
森 下 え? 達也さんは、私がそうするって、知ってたんですか?
達 也 「そうする」?
森 下 私がそうすることを知っていて……。
唐突に、森下は達也から逃げるように距離をとる。
達 也 ……え、ちょっと森下さん、どうしたの?
森 下 ……。
達 也 ……森下さん?
森 下 (恐れながら)達也さんは、私に、それをやれと言うんですか?
達 也 ……。
森 下 ああ! 達也さんは、なんてことを……。
達 也 何も言ってないよ。
森 下 ……。
達 也 何も言ってないよね?
森 下 ……達也さんは何も言っていない。そうです。何も言ってないです。
達 也 ……なんか、おかしいよ。
森 下 ちょっと時間をください。
達 也 え?
森 下 ……ちょっとだけ、時間をください。
そう言うと、森下は、庭から去る。
達 也 森下さん……。
暗転。
5
数日後、昼間。
縁側に座った花男は、頭に包帯を巻いていて、黙ったまま、ぼんやりした表情でひなたぼっこをしている。
サキと、新しいホームヘルパーの男・鳩田が、ダイニングテーブルに座って、コーヒーを飲みながら話しをしている。
サ キ ふうん……で、それから何か連絡はあったんですか?
鳩 田 さあ? だから、最初に突然電話で「辞めます」って、それだけだったみたいですよ。
サ キ ……どうしてるのかな? 森下さん。
鳩 田 まあ、あんなことがあって「気に病んじゃったんじゃないか」って言ってましたけどねえ、松田さんは。あ、松田さんって、森下さんと仲の良かった人がいるんですけど……「森下さん、責任感が強かったから」って。
サ キ そうなんだ……。
鳩 田 ……森下さん、自殺とかしてなきゃいいですけどね。多いって聞きますから。こういう仕事してると、やっぱり。
サ キ ……。
鳩 田 や、でも、ほんと、森下さんが辞めたのは、サキさんが気にされることじゃないですから。
サ キ それはわかってるけど。
鳩 田 そうですよね。ははっ。自殺しなきゃいいですけどねえ。
サ キ ……。
鳩 田 でも、あの撃っちゃったっていう警察の人も大変でしょうね。賠償金みたいなことって、ちょっとはあったりするんですか?
サ キ ……。
鳩 田 あ、ごめんなさい。私いま、サキさんの心に土足で入っちゃいましたか? ごめんなさい。ははっ。
サ キ ……。
鳩 田 いやあ、なんというかなぁ……女心がわからない! 私、童貞ですから。あはははっ。
サ キ ……。
鳩 田 嘘です。あはははっ……こないだもね、鳩田さんってセックスがしつこそう、なんて言われまして。まったく嫌になっちゃいましたよ。
サ キ ……。
鳩 田 でも、やっぱり前戯なんかは長い方がいいですよね? 丁寧な方が。
サ キ 知らないよ。
鳩 田 サキさんも女の方ですから、男の人にインされる側なわけじゃないですか? インの前と後なら、どちらがお好みなんですか?
サ キ はあ?
鳩 田 だって、サキさんが私のセックスに興味があるって言うから。
サ キ 言ってませんけど。
鳩 田 え、ほんとですか?
サ キ ていうか、そろそろ上に連れてってくださいよ。パパ。冷えちゃうし。
鳩 田 ……はぁ〜あ。はいはい。
サ キ 「はいはい」?
鳩 田 え? そんなこと言いました?
サ キ 言ったよ。
鳩 田 いやいやいやいや、言ってないですよね?「はいはい」なんて。私はね、自慢じゃないですが、「はい」は一回しか言わない人生を生きて来ましたよ、これまで。
サ キ うぜえ。
鳩 田 ちょっと待ってくださいよ! 「うぜえ」ってなんですか! もし仮に、万が一にも私が、「はいはい」なんて言ったとしても、それを言わせたのは、サキさん、あなたでしょう。
サ キ 超うぜえ。
鳩 田 (変な顔で応える)
サ キ (ので)いいから早く連れてけよ。
鳩 田 ちっ。
サ キ あ、舌打ち?
鳩 田 してないですよ! 舌打ちなんかするわけないじゃないですか!
サ キ ……。
鳩 田 もう〜。やりにくくて、困っちゃうなぁ。
サ キ どっちが!
鳩 田 わかりましたわかりました。私が悪ぅございましたよ。す〜いません。
サ キ ……。
玄関から、圭祐と楠の声が来る。
圭 祐 どうぞ。
楠 お邪魔します。
サ キ ああ、お客さん?
圭 祐 あ、いたの?
サ キ え?
鳩 田 (花男に)じゃあ、花男ちゃん、上行こうか。
と鳩田は、花男を抱き上げる。
サ キ (鳩田に)ちょっと! 人の父親を「ちゃん」付けしない!
鳩 田 (花男に)あらぁ、なんか怒りんぼさんがいるねえ。怖いねえ。
サ キ ……。
鳩 田 退散しよう、退散。はい、退散退散。
サ キ ……。
鳩田、花男を抱いて二階に去る。
サ キ くそぅ、あのハゲ。
圭 祐 なんかあった?
サ キ すごいよ、あの鳩ッパゲ。
圭 祐 鳩?
サ キ 一発殴ってみようかな……(と楠を見る)。
楠 (ので)え……。
サ キ ……お茶でも出しましょうか?
楠 あ、すいません。
サキ、台所で、お茶の準備をする……が、ふいに思い立ち電話をかける。
圭祐と楠は、ダイニングテーブルの椅子に座って、
圭 祐 すいませんね、急に呼び出して。
楠 僕も話しにいかなきゃって思ってたんで。
圭 祐 そうなんだ。何を?
楠 「何」って、だから、
サ キ (電話に)もしもし。遠藤ですが。
圭祐・楠 ……。
サ キ (電話に)はい。そうです……あの、鳩田って人、ちょっと合わないので、次回から別の人にチェンジしてもらいたいんですけど……はい、はい……いや、無理ですね。次から変えて下さい……え? お金ですか?……ああ、はい。わかりました。じゃあ今日、鳩田さんに……はい。失礼します。
サキ、電話を切ると、ポケットから五万円ほどお金が入った封筒を出して、圭祐に差し出し、
サ キ これ、あの鳩ッパゲに渡しといてくれない?
圭 祐 なにこれ?
サ キ 「なに」って、支払いだよ。介護だってタダじゃないんだから。
圭 祐 (封筒の中のお金を確かめて)……なあ。こないだは、うやむやになっちゃったけど、お前、どこでこんなに稼いでんだよ?(楠を気にしつつ)……変なことしてるんじゃないのか? あいつらと。
サ キ バイトだよ、バイト。
圭 祐 バイトったって。
サ キ この家の生活費、誰が出してると思ってるの?
とサキは玄関に去る。
圭 祐 ……(楠を見て)あ、すいません。
楠 いや。
圭 祐 ……。
圭祐、立ち上がってソファに置いてあるボストンバックの中の写真を取って、
圭 祐 ……電話でも話したけど、菜々子からこんなモノが届いたんですよ。
と圭祐は、菜々子から送られて来た、楠が写った写真を持って来て、テーブルに広げる。
圭 祐 楠さんの写真です。
楠 ……。
圭 祐 楠さん、残念だよ。
楠、突然土下座して、
楠 すいませんでした!
圭 祐 (写真を手に取って)……大体、こんなに接近してたら見つかるの当たり前だよ。同じ席に座ってるみたいな距離だもん。
楠 ……。
圭 祐 とんだプロ宣言だったよな。
楠 ……。
圭 祐 これなんか、完全にカメラ目線になってるし。ダメだなぁ、素人は。
楠 ……そういうこと?
圭 祐 でもさあ、菜々子も菜々子だよな? わざわざ実家にこんな写真送ってきて。
楠 ……。
圭 祐 あれ? でもおかしいな。なんで俺が実家にいることなんか知ってんだ? ねえ?
楠 それは……。
圭 祐 俺がいなかったからかな? 菜々子が部屋に戻ったら、俺がいなくて、それで実家に……菜々子、俺に会いたいのかな? 俺に会いたくて、部屋に戻って、でも俺がいなくて。
楠 遠藤さん、
圭 祐 菜々子、やっぱり俺のこと、まだ好きなんだよ。会いたいと思ってるんだよ!
楠 違いますよ。
圭 祐 そうか。じゃあ、俺会いに行かないとダメじゃん。菜々子も、俺に会いたいと思ってるんだもんな。そうだよ。絶対、そうだよ!
楠 違うよ!
圭 祐 ……え?
楠 ……僕が、菜々子さんに、ここの住所教えたんです。
圭 祐 なんで?
楠 ……僕と菜々子さんは、付き合ってるんです。
圭 祐 なんで?
楠 好きだから。
圭 祐 なんで?……キミ、探偵だよね?
楠 違います。
圭 祐 ……探偵だって言ったじゃないか。
楠 言ってないですよ。遠藤さんが勝手に勘違いしたんでしょう。
圭 祐 勘違い?
楠 菜々子さんがバイトしてる喫茶店の前で、ただ僕はカメラを持ってただけなのに、遠藤さんが勘違いして声かけてきたんじゃないですか。「キミ探偵だろ?」って。
圭 祐 「はい」って言ったじゃない。
楠 言ってないですよ。「違います」って言ったのに、遠藤さんが「わかるわかる。探偵ですとは言えないよな。でも俺ピーンと来ちゃったから」って。
圭 祐 ……。
楠 ……僕は毎日通ってたんですよ、あそこに……ずっと片思いしてたんです、菜々子さんのこと。だから、毎日あの喫茶店に通って、こっそり写真を撮ってた。好きだったから。
圭 祐 ストーカーかよ。
楠 違いますよ。片思いです。
圭 祐 ……ていうか、じゃあなんで引き受けたんだよ? 俺の依頼。
楠 だって、尾行したらお金くれるっていうから……好きな女の子を尾行してお金もらえるなら、誰だってやるでしょう、探偵のモノマネくらい。
圭 祐 ……。
楠 でもね、尾行なんか、すぐバレましたよ。あっさり。それで、菜々子さんに言われたんですよ。別れた男につきまとわれてるって……菜々子さん、誰にも相談出来なかったんでしょうね。僕は、彼女に言ったんです……「尾行してるフリを続けよう。そしたら僕がキミを守れるから。そのうち、僕が遠藤さんに菜々子さんのことあきらめさせるから」……嬉しかった。探偵のフリをしていれば好きな女の子に会えるんだから。
圭 祐 ……。
楠 そして、二人は恋に落ちたんです。
圭 祐 ……。
楠 僕が、菜々子の新しい恋人です……この写真、「同じ席に座ってるみたいだ」って、当然ですよね? だって、同じ席に座ってましたから、僕たちはいつも。
圭 祐 ……。
楠 写真を見れば、察してくれるかなって思ったのに。
圭 祐 「察してくれ」って……。
楠 遠藤さん、鈍感すぎますよ。
圭祐、立ち上がって、苛立たしげに庭の方へ。
圭 祐 キミが、菜々子の浮気相手?
楠 恋人です。
圭 祐 ……(振り返って)手帳見せろよ。
楠 手帳?
圭 祐 見せろよ。
と圭祐が手を出すので、楠はカバンから手帳を出す。
圭祐は、それを奪い取って、
圭 祐 (手帳を見て)じゃあ、これは? このハートマークは?
楠 わかりませんか? それは、僕と菜々子さんが愛し合った時のマークですよ。
圭 祐 女子高生かよ!
楠 だって、嬉しかったから! 毎日が記念日ですよ、大好きな女の子と愛し合えるなんて。嬉しかったんですよ!
圭 祐 ……(手帳を見て)こんなにいっぱい……ハートマークばっかり! どんだけ乳くり合ってんだよ!
楠 遠藤さん。僕と菜々子は愛し合ってます。だから、これ以上菜々子につきまとわないでください。
圭 祐 ……。
楠 迷惑ですから!
圭 祐 ……。
舞台奥の廊下を、鳩田が、二階からトイレに横切って行く。
楠、傍らに置いてあった紙袋から、一足のピンヒールを取り出すと、圭祐の前に置く。
楠 これ、菜々子からです。お返しします。
圭 祐 (動揺)……。
楠 ……遠藤さん、ドMなんですってね。
圭 祐 ……。
楠 本当は、探偵ごっこも、ドMプレイだったんじゃないですか?
圭 祐 ……。
楠 (わざとらしく)え? 嘘? 実は今もちょっと興奮してたりするんですか?
圭祐、ピンヒールを掴んで、立ち上がる。
楠 (ので)嘘です嘘です。
圭 祐 ……。
楠、立ち上がって、カバンと手帳を持つと、
楠 これで終わりにして下さい……失礼します。
と楠は、玄関に去る。
圭 祐 ……。
しばし間。
★突然、達也の部屋の中のラジカセから、音楽(サティのジムノペティ)が流れ始める。
圭 祐 ……。
圭祐、ピンヒールをテーブルに置いて、座る。
圭 祐 (ピンヒールを見つめて)……。
圭祐、立ち上がると、カバンに写真をしまう。
トイレから、水の流れる音がする。
圭 祐 (ソファに座って)……。
とトイレから鳩田が来る。
鳩 田 すいましぇーん。
と鳩田はテーブルのピンヒールを見て、
鳩 田 あ、ピンヒール。いいなぁ。
圭 祐 なんだよ。
鳩 田 女装がお好きなんですか?
圭 祐 ……。
鳩 田 あ、ちょっと休憩行ってきます。
圭 祐 お前、今クソしてたろ?
鳩 田 え? やだなぁ。私はねえ、そんな、人様のお宅で大便するような人間じゃないですよ。
圭 祐 あそう。
鳩 田 なんですか、その疑った目は。
圭 祐 ……。
鳩 田 ちょっとー……わかりました、わかりました。じゃあ、いいですよ。そんなに疑うんなら見てくださいよ、私のお尻。汚れてるかどうか、ウンコチェックすればいいじゃないですか。
圭 祐 休憩どうぞ。
鳩 田 えぇ?……なんなんですか、もう〜。あ〜あ、休憩時間が減っちゃっいましたよ(と玄関の方へ)。
圭 祐 あ、ちょっとちょっと。
鳩 田 はい?
圭祐、鳩田のそばに行くと、鳩田の頬を一発ビンタする。
鳩 田 あっ痛っ!
圭祐、ポケットからお金を出して、
圭 祐 これ、サキから。今月の支払いです(と、鳩田にお金を渡す)。
鳩 田 (受け取って)……。
圭 祐 じゃ、休憩どうぞ。
鳩 田 ……ウンコしただけじゃないですか。
とぶつぶつ言いながら、鳩田は去る。
圭祐、ピンヒールを持ってソファへ行こうとするが、ふと、達也の部屋を見る。
圭 祐 (鳴っている音楽に)……。
圭祐、達也の部屋に入ると、机の上の原稿用紙に目を留めて、その一枚を手に取ると、ピンヒールを置いて、音楽をとめる。
圭 祐 (原稿を読んで)……私のママは自殺だったのではないだろうか? そんな疑問が、ふいに心をよぎった。そしてその疑問は、それ以来私の中から去ることはなかった。私の心に根をはったその考えに、私は苦しんだ。私のママは自殺した。きっとそれは事実なのだ。私は自殺した女の娘なのだった……。
圭祐が原稿を読んでいる間に、玄関から、森下がこそこそとやって来る。
森 下 (居間を覗いて)……。
森下は、居間に誰もいないことを確認すると、辺りの様子を伺いながら二階に去る。
やがて、圭祐が原稿を読み終わる。
圭 祐 ……。
と玄関から、達也と中瀬が来る。
中 瀬 あ、すいません。
達 也 どうぞ。
中 瀬 お邪魔します。
達 也 どうぞ(と椅子を勧める)。
中 瀬 (ので)すいません。
達 也 ちょっとジャンパーを。
中 瀬 ええ。
達也、上着を脱ぎながら、自分の部屋に入る。
中瀬は、カバンを降ろして、ダイニングテーブルの椅子に座る。
部屋に入った達也は、圭祐がいるのに気付いて、
達 也 あ。
中 瀬 え?
達 也 (中瀬に)や、なんでもないです(と、慌ててドアを閉めて)……圭祐、お前勝手に人の部屋に入るなよ!
圭 祐 うん。悪い。
と圭祐が部屋を出ようとすると、
達 也 待て待て待て待て(と圭祐の腕を掴んで)……やるぜ、俺。今日キメる。
圭 祐 なにが?
達 也 だから、今日これから、美枝子ちゃんにアタックするんだよ。
圭 祐 アタック?
達 也 お前が授けてくれた方法でキメるよ。美枝子ちゃんを、オトすんだよ。
圭 祐 ……。
達 也 震えてるよ、手が。見てみろよ。
圭 祐 ……。
達 也 ……なあ圭祐、頼みがあるんだよ。
圭 祐 ……。
達 也 俺がピンチになったら、お前に合図を送るからさ、そん時は助けてくれ。ここから俺のこと見てて、何か指示をしてくれ。
圭 祐 指示?
達 也 頼むよ。俺の人生がかかってるんだよ。
圭 祐 ……いいけど。
達 也 うん。頼んだぞ。
と達也は部屋を出る。
達 也 (中瀬に)すいません。コーヒーでいいですか?
中 瀬 あ、はい。
達也、台所のポットのお湯でインスタントコーヒーを作る。
中 瀬 (達也の後ろ姿を見て)うふふっ。
達 也 え、なんです?
中 瀬 や、だって、駅まで迎えに来てくれるなんて。
達 也 ああ……もうすっかり、人間らしくなりましたから。
中 瀬 よかった。
達 也 全部、美枝子ちゃんのおかげだよ。
中 瀬 そんなこと。
達 也 そうだよ。そうなんです。全部、美枝子ちゃんのおかげなんだ。
中 瀬 ……。
圭祐、部屋のドアを少し開いて、居間の様子を伺う。
圭 祐 ……。
達也、コーヒーを入れたマグカップを二つ持ってダイニングテーブルへ来ると、中瀬にコーヒーを出して椅子に座る。
達 也 どうぞ。
中 瀬 いただきます。
達也、コーヒーを飲もうと自分のマグカップを掴むが、異様なほど手が震えている。
中 瀬 (ので)大丈夫ですか? ものすごい震えてるけど?
達 也 大丈夫です……。
と言いつつ、震えるあまり、達也はコーヒーをこぼしてしまう。
中 瀬 (ので)あーあー。ちょっと待って下さい。
と中瀬はカバンからハンカチを出そうと……。
一方達也は、ナイスタイミングで圭祐から投げ渡されたタオルを受け取って、こぼれたコーヒーを拭く。
中瀬、カバンからはハンカチとは似ても似つかぬモノが出て来るので、
中 瀬 (達也に)すいません、
達 也 (タオルを投げ捨てる)
中 瀬 (ので)……。
達 也 美枝子ちゃんは、どんな、あの、どんな、あの、どんな……どんな、男の人がタイプなんですか?
中 瀬 男のタイプですか? そうですねえ……自分の仕事に愛情を持ってて、優しい人かな。
達 也 ああ、俺もそういう人好きだなあ。
中 瀬 あとは、私より背が高くて、ジョージ・クルーニーみたいな顔の人。
達 也 あっ、俺もねえ、大好きなんですよ。いいですよねえ、ジョーヒヒュルーヒー(と、もごもごっとごまかす)。
中 瀬 え?
達 也 ジョージ、ジョージア……ジョージア・クリーナー?
圭 祐 (あ〜あ、という反応)
中 瀬 ジョージ・クルーニー。
達 也 え? ああ、なんだ、そっちですか。わかりますわかります。いいですよねえ、クルーニーも。だって、クルーニーだもんなぁ。
中 瀬 ふふふっ……達也さんは、どんな映画が好きなんですか?
達 也 あ、ごめんなさい。質問は受け付けてないんですよ。
中 瀬 え?
圭 祐 (バカ!)
達 也 (ので)あ、今のは嘘です。え、なんですか?
中 瀬 どんな映画が好きなんですか?
達 也 映画? 俺、映画は観ないよ。
中 瀬 え?
圭 祐 (はぁ〜、とがっかり)
達 也 (気にしつつも)映画なんか観ないですよ。ダサイじゃないですか、二時間座りっぱなしだよ? 無理無理。子役やってた頃から、自分の出た映画も観ないですから。
中 瀬 あ、そうなんですか。
達 也 そうそう。
圭 祐 (話題を変えろ! という指示)
達 也 (が、わからず)??(思わず圭祐に)え、なに?
圭 祐 (バカ!)
中 瀬 (達也の視線を追って振り返り)え、なに?
圭 祐 (隠れる)
達 也 (ごまかして)え、なに?
中 瀬 (誰もいないので)……。
達 也 ……美枝子ちゃん、趣味は?
中 瀬 趣味ですか? 趣味は、まあ、旅行とか。
圭祐、再び顔を出す。
達 也 ああ、いいよねえ、旅行。俺も大好きなんだよ。
圭 祐 (頭を抱える)
達 也 (ので)……。
中 瀬 ……達也さん、引きこもりだったんですよね?
達 也 はい、そうです。
中 瀬 じゃあ、旅行行けないですよね?
達 也 ……。
達也、再び立ち上がると、部屋から顔を出している圭祐に、親指を立てて、ヘルプの合図を出す。
中瀬、カバンからクラッカーを出す。
中 瀬 (振り返ると達也が立ち上がっているので)え、なんですか?
達 也 なんでもないです(と、座る)。
中 瀬 ……(突然、クラッカーを鳴らす)
達 也 (ので)ひぃっ!!
中 瀬 出版決定おめでとうございます!
達 也 なにすんだコノヤロウ!
中 瀬 ……。
達 也 え?
中 瀬 先生! 出版決定おめでとうございます!
達 也 え、本当ですか? 出版決定?
中 瀬 はい! おめでとうございます!
達 也 ……ありがとうございます。
中瀬、カバンからリボンのかかった箱を出して、
中 瀬 これ。
達 也 え?
中 瀬 出版が決定したお祝いなんですけど。
達 也 ……いいんですか?
中 瀬 ええ、もちろん。
達也、中瀬から箱を受け取って、
達 也 開けてみてもいいですか?
中 瀬 喜んでもらえるといいけど。
達 也 ……。
達也、リボンを解いて箱を開ける。
と中から、ネクタイが出て来る。
達 也 ネクタイ……嬉しいです。
達也、パジャマにネクタイをして、中瀬に見せる。
達 也 どうですか?
中 瀬 うん。似合う。
達 也 ああ……俺、生きててよかった。
中 瀬 ……それからもうひとつ(と、達也に近付き)……私、達也さんにお話しがあるんですけど。
達 也 ……はい。
中 瀬 ……ちょっと言いにくいんですが。
達 也 これでも男ですから。中瀬さんの気持ちを受け入れる準備は出来てます。
中 瀬 (微笑)
達 也 ……なんでしょう?
中 瀬 ……私、達也さんの担当を、外れることになったんですよ。
達 也 ん? 担当を外れる?
中 瀬 ええ。元々私、代理だったんで。
達 也 ……。
中 瀬 来週から私、村上龍先生の担当になるんですよ。
達 也 えぇ! そんな……。
中 瀬 短い間でしたけど、お世話になりました。
達 也 ……やだ。
中 瀬 しょうがないんですよ。
達 也 やだ! やだやだ!……また一緒に小説作ろうよ。
中 瀬 新しい担当と。
達 也 やだ! やだやだ! やだやだ! やだよ! 無理だよ。俺、美枝子ちゃんとじゃなきゃ、何も書けないよ。だって俺、ひきこもりだもん。所詮は俺、ひきこもりだもん。一人じゃ何も出来ないもん。美枝子ちゃんがいないと、俺、何にも出来ないもん。やだよ。やだよ。やだやだ。好きなんだよ、美枝子ちゃんがぁ。好きだから、うわぁあん(と泣きはじめる)。
中 瀬 ……新しい担当が、ちゃんと面倒みますから。
達 也 (泣きながら)んっく、うぅぅうぁぁぁ……。
中 瀬 ……はぁ〜。
とため息をついて、中瀬は立ち上がると、
中 瀬 そういうの、やめましょうよ。
達 也 ……。
中 瀬 とにかく、担当は変わりますから。
達 也 ……うぅぅ。
圭祐が、部屋のドアを開けて、居間にいる達也と中瀬を見る。
圭 祐 ……。
中 瀬 大人なんだから、そんなことで泣かないでくださいよ。
達 也 だってぇ……うぅぅ……。
中 瀬 仕事に恋愛感情を持ち込んでたら、うまくいかないですよ?
達 也 わかってますぅぅぅ。
中瀬、カバンを持って、
中 瀬 すいませんが、今日は失礼します。
達 也 うぅぅぅ。
中瀬、玄関に行こうとする。
圭 祐 (ので)待てよ。
中 瀬 (振り返って)え?……ああ、ずっとその部屋にいたんですか。
圭 祐 あなたのやり方、汚くないですか?
中 瀬 え? 何の話ですか?
圭 祐 人の心をもてあそんで。そうでしょ? 違いますか?
中 瀬 ……違うと思いますけど。
圭 祐 どうして、そうやって人のこと傷つけるんですか!
中 瀬 なんで怒ってるんですか?
圭 祐 怒ってないよ。
中 瀬 怒ってるじゃない。
圭 祐 怒ってないよ!
達 也 (泣いて)うわぁぁん。
圭 祐 (ので)うるさい!
達 也 ……。
中 瀬 ……何を責められてるのか、よくわからないんですけど。
圭 祐 「恋愛」だって言ったでしょう。達也に「惚れて貰えたら嬉しい」って。
中 瀬 意味合いが違うじゃないですか。
圭 祐 どう違うんですか!
中 瀬 仕事の付き合いだから!
圭 祐 そうは聞こえなかった。
中 瀬 それはそちらの問題でしょ?
圭 祐 あ〜、イラつくよ。
中 瀬 こっちだってイラつきますよ。
圭 祐 ……。
達 也 「仕事の付き合い」ってなに?
中 瀬 ……それくらいわかるでしょ? 達也さんの小説は、とても素晴らしいと思います。それだけです。
達 也 ……。
中 瀬 引きこもりでも、それくらい察して下さいよ。
圭 祐 「察してください」じゃねえよ! 何が「察してください」だよ!
中 瀬 また怒鳴る。私は普通に仕事してるだけじゃないですか。
圭 祐 だから、そのやり方がおかしいって言ってるんだよ!
中 瀬 どこが?
圭 祐 いろいろだよ、いろいろ!
中 瀬 「いろいろ」って! 話にならないよ。
圭 祐 おい!
中 瀬 はぁ〜。私は、達也さんの小説が好きで、それを売りたいと思う。それで、何が問題なんですか?
圭 祐 だから、達也は中瀬さんのことが好きなんだよ! その気持ちをどうすんだってことだよ。
中 瀬 なんですかそれ?「どうするんだ?」って。え、それは何? 誰かが私のことを好きになったら、私はその人を好きにならなきゃいけないっていうんですか?
圭 祐 そこまでは言ってねえよ。
中 瀬 違う? そういうことでしょ?
圭 祐 そうじゃないよ。
中 瀬 じゃあなに?
圭 祐 だから……だからさあ……好きなんだよ。愛してるんだよ! なんでそれを、わかってくれないんだよ!
中 瀬 「わかる」って何ですか?
圭 祐 「わかる」っていうのは、だから、「わかる」ってことだよ。
中 瀬 好きになれってことでしょ?
圭 祐 違うよ!
中 瀬 そうじゃん、だって!
圭 祐 なんでそうやって、なんで俺の気持ちがわかんないんだよ!
中 瀬 はあ?
圭 祐 好きだっていうこの気持ちが、なんでわかんねえんだよ!
中 瀬 ねえ、それ誰の話? 歪んだ恋愛してる、あなたの愚痴をぶつけないで欲しいんだけど!
圭 祐 ……。
玄関から、サキが来る。
中 瀬 みっともないですよ。
圭 祐 ……。
サ キ ……ただいま。
一同、サキに気付いて、しばし間。
中 瀬 ……もういいですか?
圭 祐 よくないよ。
中 瀬 もういいでしょう?
圭 祐 いいわけねえだろ。
達 也 圭祐。もういいよ。
圭 祐 ……なんで?
達 也 もういい。
圭 祐 なんでそうやって簡単にあきらめるんだよ! それじゃあ、お前モテ難民じゃねえか。なりたくないだろ、モテ難民なんか。
達 也 いいよ。もういいんだよ。
圭 祐 好きなんだろ? ハートのヴァイブだろ?
達 也 ……嘘だよ、こんなの全部。
圭 祐 は?
達 也 好きなワケないだろ。違うよ。なに言ってんだよ。こんなの全部演技だよ。
圭 祐 演技?
達 也 演技だよ、演技。嘘だよ、全部。本気で好きになるワケないじゃん。
圭 祐 ……泣いてたじゃねえか、今。
達 也 俺、天才子役だから。涙なんか、いつでも出せるから……だから、もういいんだよ。
圭 祐 ……なんだよそれ! なんでもっと、ぶつかって行かないんだよ! 好きなんだろ? わかってもらいたいんだろ? もっとがんばれって! がんばれ! がんばれよ。あきらめるなって!
達 也 なあ。圭祐の気持ちまで、俺に押しつけないでくれよ……これ以上惨めな気分になりたくねえよ。
圭 祐 ……。
達 也 ……。
サ キ ……。
中 瀬 達也さんの小説を売るために、私は精一杯働きますよ。元天才子役の引きこもりと、その家族の苦悩の自伝。私は素晴らしい作品だと思いますから。
達 也 ……自伝じゃないけど。
中 瀬 いいじゃないですか、嘘でも。それで小説が売れるなら! だって、売れなきゃ意味ないでしょ? 売れたら、みんな嬉しいでしょ?
圭 祐 だったら(とサキを指し)、母親が自殺したって書かれたサキはどうなる? 母親が自殺したって公表されるサキの気持ちは!
サ キ ……。
中 瀬 公表って! いいじゃない! 全部嘘でしょ? 小説なんか。それに、自殺は嘘だってことを、あなたたち家族は知ってる。それの何が問題なんですか?
圭 祐 ……嘘じゃなかったら?
中 瀬 え?
圭 祐 どうすんだよ? 嘘じゃなかったら。
達 也 ……。
サ キ ……。
圭 祐 母親が自殺だなんて! なんでそんなこと、サキが知らなきゃいけないんだよ! たとえそれが嘘でも、小説でも!(達也に)なあ? なんで書いたんだよ!
達 也 ……。
中 瀬 ……。
圭 祐 お前らみんなおかしいよ。
サ キ ……あのう。
一同、サキを見る。
サ キ ……私、知ってたよ。ママが自殺したって、知ってた。
圭 祐 ……え?
サ キ 知ってた知ってた。(笑って)ははっ、知ってたよぉ。ママが自殺したことくらい。
圭 祐 ……。
サ キ いいんじゃない? 小説だもん。大丈夫だよ。
圭 祐 サキ……。
達 也 ……。
サ キ なに気持ち悪い顔してんの、もう〜。
と二階から、ドタバタとした足音と共に、花男が駆け下りて来る。
花 男 うほい、うほい、うほい!
一 同 !!
サ キ ちょっとパパ……パパ、なに? パパ?
花男は、しばらく居間の中を駆け回っていたが、
花 男 あいやっ!
と、床に倒れこみ、動かなくなる。
中 瀬 なに? ちょっと、大丈夫なんですか、この人?
二階から、森下が来る。
花 男 あぁぁぁ(と呻いて)……。
森 下 ……。
森下、倒れた花男に馬乗りになると、花男の首を絞める。
サ キ ちょっと!
圭 祐 おいっ!
森 下 楽になるからね、すぐ。
圭 祐 なにやってんだよ!
森 下 止めないで! 私を止めないで!
圭 祐 なにやってんだ、死んじゃうだろ!
と圭祐は、森下を花男から引き離す。
圭 祐 なにやってんだよ!
森 下 いいでしょ別に、死んだって。それはそれ。これはこれでしょ。達也さんが望んでるんだから。
圭 祐 はぁ?
サ キ 何の話?
達 也 ……。
森下、圭祐を突き飛ばして、再び花男の首を絞める。
サ キ (ので)森下さんっ!
圭祐、起き上がって、森下の洋服を掴んで止める。
森 下 (圭祐に掴まれて)んんんん……。
圭 祐 やめろって!
森 下 殺させて。私に、殺させて。達也さんのために。
達 也 ……。
圭 祐 なんでだよ!
と圭祐は森下を花男から引き離し、投げ飛ばす。
森下が離れると、花男は起き上がって、
花 男 ママーン!
と言いながら、花男は二階に去る。
森 下 ああぁぁ……。
と森下はその場に崩れ落ちる。
森 下 達也さんは何も言ってないですから、達也さんは何も……私が受け取っただけだから……私が、達也さんの気持ちを……受け取っただけですから。
達 也 ……。
しばし間。
圭祐、倒れた椅子を元に戻して座る。
中 瀬 達也さん……これ、面白いよ。
達 也 ……え?
中 瀬 元天才子役で、引きこもりで、しかも、殺人未遂まで……すごいよ! 超面白い! 書いてよ小説に! 売れる。絶対売れるよ。
達 也 ……。
圭 祐 なに言ってんですか? ちょっと。
中 瀬 書いてくれるなら、私、好きになってあげてもいいな。
達 也 ……。
中 瀬 ねえ! 好きなんでしょ? 私のこと。私の言うこと聞いてれば間違いないから。わかるでしょ? だって、あなたのこと発見してあげたのは私なんだもの!
達 也 ……。
と立ち上がった森下が、中瀬を突き飛ばす。
中瀬、床に倒れて、
中 瀬 ……。
森下、達也を抱きしめる。
森 下 達也さん……。
達 也 ……。
圭 祐 ……。
サ キ ……。
達 也 ……(ぼそっと)俺、無理だぁ、やっぱり……無理だわぁ、圭祐。俺、無理だぁ。
圭 祐 ……。
達也、森下の肩を掴んで体を離す。
森 下 ……。
達 也 ごめんな、サキ。俺、やっぱ頑張れねえわ。
サ キ ……。
中瀬、ゆっくり立ち上がる。
達 也 ……おやすみ。
と達也は、自分の部屋に入り、ドアを閉める。
ガチャリッと、鍵の閉まる音が響く。
中 瀬 「おやすみ」って……ちょっと達也さん! また引きこもるつもり? 達也さん! 書きなさいよ、小説!
と中瀬は閉じられたドアをドンドンとノックし、ドアノブをガチャガチャ回すが、すでにカギがかけられていて、ドアは開かない。
中 瀬 ……自殺でもするんじゃないですか?
と中瀬は、カバンを持って玄関に去る。
圭 祐 ……。
サ キ (森下を見て)……。
森 下 ……。
サキ、達也の部屋のドアの前まで行く。
サ キ タッちゃん……ねえ、タッちゃん。
達 也 ……。
サ キ 聞こえる?……私も、ごめんね。「がんばれ」なんて、無責任だったよね。
達 也 ……。
サ キ ……ねえ、タッちゃん。
達 也 ……。
サ キ ……おやすみ。
達 也 ……。
サ キ おやすみって、言ったからね……次は、おはようだよ。おやすみの次は、おはようだからね!……明日の朝に。おはようだからね!
達 也 ……。
森 下 (ゆっくりしゃがみ込む)
サ キ 聞こえる? 来るよ。絶対来るからね、明日の朝は……タッちゃん。
達 也 ……。
サ キ けっこう、すぐ来るからね、明日の朝は……待ってるからね、私……タッちゃん。おはようだよ。おはよう……おはよう!……おはよう!
ふいに、暗転。
(次回・最終回に続きます! ぜひ最後までお楽しみください!)
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