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戯曲『モナコ』(3/4)


戯曲『モナコ』の3回目(全4回)の投稿です。



ぜひ最後まで楽しんでいただけたらうれしいです!




登場人物


九条ユウゴ(35)…… 九条家の長女・ハルコの夫(婿養子)

島ダイスケ(31)…… 九条家の次女・サチの夫

庄田ミノル(39)…… 九条家の三女・ナオミ(故人)の夫

赤坂アキラ(27)…… 九条家の四女・カナの夫

サトミ / ナオミ……… 宿の従業員/ミノルの亡き妻

稲毛 ………………… 謎の男

トミオ ……………… 宿泊客

ちかげ ……………… 売春婦

片山シンジ ………… 旅人

田口ミヤコ ………… 旅行中の女子大生

鈴木ミドリ ………… 旅行中の女子大生

ベディベベ ………… 宿の主人



3


翌日。午後。

舞台手前のベッドの上には、あいかわらず、九条の荷物が散らかっていて、さらに、テーブルの椅子や床に、片山の洋服や荷物が、散らばっている。

テーブルにはバナナがある。


ソファに、片山と、隣の部屋の女子大生・田口ミヤコが座っていて、テーブルの椅子には、同じく隣の部屋の女子大生・鈴木ミドリ、トミオ、ちかげがいる。

5人は、それぞれ手にしたバナナを食べながら、話をしている。


ミドリ (バナナを食べている)

ミヤコ そうそう。ちかげちゃん。もうすぐフジロックが始まるって聞いたんだけど、どういうこと?

片 山 あ、俺も聞いたよ、それ。

ちかげ ふじろっくって、なに? 時計?

片 山 フジロック知らねーの?

ちかげ わかんない。

ミヤコ そっか。そうだよ。ちょうど十年前ぐらいだもんね、始まったの。

片 山 ライブ、ライブ。しかもなんか、マイケル・ジャクソンが来るらしいじゃん。それで一時的な封鎖なんでしょ? アキラくんから聞いたよ。

ミヤコ 少年隊も出るって。ね?

ミドリ (頷く)

ちかげ ジャニーズ? 全然わかんないんだけど、話が。

片 山 トミオが言ってたって。

ミヤコ そうそう。

トミオ ええ?

片 山 アキラくん言ってたよ。「フジロックがある」ってトミオに聞いたって。

トミオ 「フジロック」?

片 山 言ってたよ。

トミオ 「フジロック」? ホントに? 俺が言ったって?

片 山 アキラくん言ってたよ。

トミオ ホント?

片 山 言ってたんだよ。

トミオ あ、はあ。

片 山 誤魔化してるよ。

トミオ や、誤魔化してるわけじゃ。

ちかげ 変な噂、流さないでくれる?

トミオ でも音楽祭なんでしょ?

ちかげ 音楽も流れるだろうけど、静かな祭りだって聞いたよ。

ミヤコ そうなんだ。

ちかげ 人はとにかくいっぱい集まるらしいけどね。

ミヤコ 私たち、そのお祭り見に来たから、フジロックって言われてびっくりしちゃってさあ。

ちかげ そうだよね。(トミオに)バカ。

トミオ うっ。すいません。

ミヤコ ちかげちゃんは? 10年前のお祭りも行ったの?

ちかげ こっちにはいたけど、祭りは行ってないんだよ。

ミヤコ そうなんだ。入れないってことはないでしょ?

ちかげ うん。前のときは、ほら、まだこのホテルにいたわけじゃなくて、普通に旅行中って感じだったから。

ミヤコ ああ。

ちかげ 街の向こうに川があるじゃん? あれもっと川下に行ったところで、ウェアハウス系のレイブパーティがあったんだ。なんかすごい、セカンド・サマー・オブ・ラブの再来っていうか、超ハッピーな、完全に神が降りてきてるぞっていう……ま、当時付き合ってたのが外人だったから、着いてっただけなんだけど、そういうのが同じ時期にあって、だから、街の方がどんな様子かとか全然知らないんだよね。

ミヤコ へえ。

ミドリ (食べ終えて)私も外人と付き合おっかな。

片 山 ちっ(と、舌打ちする)。

ミヤコ でもその祭りも、調べたらさ、けっこう面白そうなんだよ。ね、ミドリ。

ミドリ 私たち、大学で、「環境デザイン」やってて。ゼミであるんですよ、フィールドワーク。

片 山 なにが「環境デザイン」だよ、てめえ。ぶっ殺すぞ。

ミドリ やだ、こわーい。あの人、昨日から怖いんですけど。

片 山 お前さ、口、縫っちゃえよ。で、一生、黙ってろ。な?

ミドリ なにそれ。ていうか、超つまんないよ、そのギャグ。

片 山 おい、トミオ!

トミオ まあまあ、シンジさん。せっかくなんだから、楽しまないと。

片 山 はぁ~(と、ベッドに横になる)。

ちかげ でも、そのレイブパーティとかもさあ、ヒッピーみたいにバックパッカーやってる人ばっかだったけど、なんかお金なくなって、そのまま帰れなくて、乞食みたいに死んじゃったとか、けっこうあるんだってさ。

ミドリ うわーお。

トミオ 俺、死にたくねえなぁ。

ちかげ そうだよ。あんたなんかお金あるうちに帰った方がいいんだって。

ミヤコ トミオさんも、長いんだ?

トミオ そろそろ半年。

ミドリ なんでこっち来たんですか?

トミオ えー、俺はね、リストラされて、妻にも逃げられて、自分を見失ってしまったのよ。

ミドリ あははははっ。

トミオ ちょっとちょっと、笑うとこじゃないでしょ。

ちかげ サトミさんっているじゃん、従業員で。サトミさんも、言ってたよ。失恋して会社辞めてこっち来たって。そういう場所なんだよ、ココ。だって、変な奴いっぱいいるじゃん。あっちの、稲毛って人だって。よくわかんないし。

トミオ あの人はヤバイ。関西弁、わざとらしいし。

ミドリ 親殺しで逃亡中とか?

ミヤコ 本当にいるかも。そういう人。

トミオ いるでしょう。

片 山 ブサイクな女子大生とかな。

ミドリ なんで私に言うの? 意味わかんないんですけど。

片 山 トミオ!

トミオ いやいやいや。よし! ここはじゃあ、俺、電線音頭でもやっちゃおっかな。

ちかげ はあ?


トミオ、立ち上がって踊りはじめる。


トミオ (歌って)♪チュチュンがチュン、アーソレ、チュチュンがチュン、電線に、スズメが三羽とまってた♪ アーソレ、それを猟師が鉄砲で撃ってさ、煮てさ、焼いてさ、食ってさ♪ アーヨイヨイヨイヨイ、オットットット、アーヨイヨイヨイヨイ、オットットット♪


歌の中、部屋の入り口からベディベベが現れ、いったん奥の部屋へ去るが、しばらくすると、トミオと一緒に踊りながら現れる。

ので、一同、ベディベベを見る。


ベディベベ ハイ。オーナーデス。世界ノミナサン、コンニチハ!

一 同 (戸惑いつつ、会釈する)

ベディ チカゲサン、仕事デスヨ。

ちかげ あ、はい(と、立ち上がって、皆に)じゃ、また。

ベディベベ ハイ。世界ノミナサン、サヨウナラ!


ちかげとベディベベは、部屋の入り口から出て行く。


トミオ 続けますか? 電線音頭。アーヨイヨイヨイヨイ……


皆が無視するので、トミオは、椅子に座る。


トミオ ……帰ろうかな、日本。


一同、トミオを見る。


トミオ なんつって。俺がいないとみんな寂しくて死んじゃうからな。

ミドリ ……トミオくんって、なんか顔が気持ち悪いね。

トミオ こらこらこら。そんなこと言うと、揉んじゃうぞ~(と、ミドリの胸を触って)……お口クチュクチュ。


ミドリ、激しくトミオを拒否する。


トミオ ……こうして、見失っていく一方ですよ。

ミドリ (トミオに、食べ終わったバナナの皮を投げつける)

トミオ ……あ、本当に落ち込んできた。


と、トミオ、立ち上がり、部屋の入口へ。

と、すれ違うように、部屋の入口から、庄田がやって来る。

手には、再びカレーパン。

トミオ、去る。


庄 田 (無言のトミオを見送って)……。

片 山 おう、ミノル。これ、隣の部屋の女子大生(と、女2人を指す)。

ミヤコ・ミドリ お邪魔してます。

庄 田 あ、こんにちは。ミノルです。ごゆっくり。


庄田、ベッドへ行って座り、パンを食べる。


片 山 おいおい、シケた顔してんなぁ、ミノル。どうしたんだよ。

庄 田 え? そんなことないですよ。

片 山 悩みがあんだろ? 言えよ。

ミドリ 悩みがあるんですか?

庄 田 ないです、ないです。

片 山 本当かよ? 遠慮すんなよ。マジで。

庄 田 ええ。

片 山 あ、そうだ。ミノルのツレ、九条だっけ? あいつ帰って来てないだろ? 昨日から。

庄 田 ああ。

片 山 アキラくんに聞いたけど、九条って奴、昨日の夜、女と飲みに行ったらしいじゃん。顔にホクロがある女と。

庄 田 はあ……。

片 山 俺の話した女だよ、それ。きっと。

ミドリ 何の話?

片 山 ちっ(と舌打ち)。

庄 田 え?

片 山 トミオのバカが可愛いって言うからさ、もうちょっと期待してたんだけど。怪物がひとり交じってたよ。

ミドリ あ。ねえ、ミヤコ。ひどいこと言われてるよ。

ミヤコ え? わたし?

ミドリ 友達の悪口を言わないでください。ブサイク!

片 山 ……(ぼそっと)殺意ってこういうことか。

庄 田 ……(椅子にかかった荷物を)あの、あれ、荷物は?

片 山 ん? 俺の俺の。

庄 田 片付けた方がいいんじゃ。

片 山 おう、あとでやるよ。


奥の部屋の窓の外から、鐘の音が鳴る。


ミヤコ そろそろはじまるのかな? お祭り。

片 山 行ってみる? 外。

ミヤコ うん。

ミドリ 外? じゃあ私も行くよ。

ミヤコ いやいやいや。

ミドリ え? ふたりで?

ミヤコ ん? うん。

片 山 空気読めよ、ブス!

ミドリ ……。

ミヤコ ごめんね。2、3時間で帰ってくるから。


と、ミヤコと片山は、部屋の入口を出て行く。


ミドリ ……私って、知性が外見に現れすぎてます?

庄 田 はい?

ミドリ ほら、頭いい女って、嫌われるじゃないですか。

庄 田 ああ、知性。

ミドリ ヨーロッパに旅行行った時に、ヨシカワ君っていう、若い男の子と仲良くなったんですよ。で、しばらく一緒に回ってたんだけど、そしたら、同じ部屋で寝るじゃないですか。ツインもあるけど、大抵ダブルベッドで、同じ布団で寝てたんだけど……何も起こらないんですよ。

庄 田 何も起こらない?

ミドリ 男の人って、穴があれば入れたいって言いますよね?

庄 田 ん、そういう男ばかりでもないと思うんだけど。

ミドリ 嘘だぁ。私が隣りに寝てるんですよ? 入れたくなりません?

庄 田 ……ならないんじゃないですか。

ミドリ おいおい。なんでやねん! ってコケますよ、私。そんなこと言うと。うひひひっ。

庄 田 ……あのう、さっきから聞こうと思ってたんですけど、キミ、女子大生?

ミドリ はい。モチのロンですよ! 私、浪人して留年して休学して大学入り直して、今年29歳、花の大学3年生です。環境デザインを勉強しております。

庄 田 はあ。

ミドリ でも、年取れば取るほど難しいですね、男と女って(と、庄田を見る)。

庄 田 (ので)……あ、またやってしまった。

ミドリ え?

庄 田 あの、私は奥さん亡くなって、確かに今はひとり身です。だから、キミに惚れられるのは、もちろん嬉しいことですけどね。でも私、キミとは付き合えないんで。すいませんね。

ミドリ なにそれ。超ウケるんですけど。私、告ってないし。

庄 田 うん。大丈夫。誰にも言いませんから。

ミドリ ……なんかフラれた気分になるのが、納得できないんだけど。

庄 田 でもキミなんか、ちゃんとお化粧したら、綺麗になって、モテると思いますよ。

ミドリ ふんっ。


と、ミドリ立ち上がり(ミドリは、肩から小さなカバンを下げている)、トイレに入る。


庄 田 ……。


庄田、ベッドに横になる。


しばし間。


やがて、トイレからミドリが話しかけてくる。


ミドリの声 ねえ、ちょっと。すいません。お兄さん。

庄 田 はい?


トイレから、ミドリが腕を出す。


ミドリの声 紙が、あの、紙をですね……紙がなくて……。

庄 田 あ。

ミドリの声 すいません……あの、何でもいいんで、あったら貰えますか?


庄田、辺りを見回すが、ティッシュペーパーなど手頃なモノが見つからない……ので、テーブルの上に置かれていた、食べ終えたバナナの皮をいくつか掴み、トイレから出ているミドリの手に渡す。


ミドリの声 あ、すいません。ありがとうございます。


ミドリの腕がトイレに消え、扉が閉まる。


庄 田 ……。


庄田、再びベッドに座る。

と、部屋の入り口から、ドアノブをガチャガチャ回す音がして、九条とサトミの声が聞こえる。


九条の声 もう始まるのかな、祭り。

サトミの声 あとでちょっと見に行きません?

九条の声 うん……時間あれば。


その声を聴いて、庄田は、思わず、奥の部屋へ去る。

と、九条とサトミが部屋に入ってくる。


サトミ 忙しいんですか?

九 条 いや……(部屋を見て)なんか汚くなってるな。

サトミ (九条のベッドを)あれも、ずっと散らかりっぱなしだけど。

九 条 あれは俺……後でやるよ。

サトミ そういうこと言ってるから散らかるんだよ。


と、サトミは、舞台手前の九条のベッドの上の荷物を片付けはじめる。


九 条 いいよ。ほんと、後でやるし。

サトミ 暇だから。いいよ。

九 条 いいって。

サトミ 座ってなって。

九 条 ありがと。

サトミ ……九条さんって、どんな小説書くんですか?

九 条 小説?

サトミ 昨日、飲んでる時に言ってたじゃないですか。すごいなぁって思います。3年でしょ? 書くのもすごいけど、続けるのって、大変でしょう?

九 条 好きでやってるやつだから。

サトミ 書いたもので、稼げてるってことですか?

九 条 いやいや。お金になるにはね、まだまだだね。

サトミ へえ。じゃあ、奥さん理解あるんだ?

九 条 ん……諦められてるのかも。

サトミ そんなこと言って。仲良いんじゃないですか? 奥さんと。ハルコさんだっけ?

九 条 や、まあ、いろいろありますよ。

サトミ ふうん。


サトミ、片付けを終えて、ベッドに座る。


サトミ 九条さんは、前にも浮気したことあるの?

九 条 え?

サトミ あ、してるな。その顔は。

九 条 顔? そんな顔してる?

サトミ してるしてる。ダメな人だなあ。

九 条 そんなことないよ。いまは奥さんひと筋だから。


奥の部屋から、庄田が顔を出す。

九条とサトミは気付かない。


サトミ 「いまは」って。ボロが出たよ、ボロが。

九 条 まあ、それは。

サトミ でも1回くらいはあるよね? 男も女も。2人の人を同時に好きになるとかって。

九 条 そうねえ。

サトミ 超ドラマじゃない? 2人同時に好きになって。どんなの? 九条さんは、どんなのがあったの?

九 条 え?

サトミ ドラマドラマ。聞きたい。教えて。

九 条 まあ、なんかこう、お互いはさ、恋愛みたいな感じだったから、隠れて会ったりとかが、普通にしんどかったりしたけど。

サトミ 修羅場は? あった? 修羅場。「九条さん殺して、私も死ぬ!」とか、言われたことある?

九 条 どういうドラマだよ、それ。

サトミ あるじゃない、よく。不倫とか。九条さん、どうやって別れたの?

九 条 それ?

サトミ うん。2人同時に好きになって、どうやって別れたの? 難しくなかった?

九 条 死んだから。

サトミ え? 相手が? うそ! ほんとに?


庄田、奥の部屋へ去る。


九 条 嘘です。

サトミ ちょっと! やだ、一瞬信じちゃったよ。九条さん。ダウトダウトダウト! って本当だったりして。

九 条 え? いいよ、もう。

サトミ 意味深な表情……なんて。うふふっ。でも、そういうの出来ちゃうタイプなんですね、九条さん。

九 条 サトミさんはないの? ドラマ。

サトミ 私? 私、失恋してこっち来たんですよ。

九 条 そうなんだ。

サトミ 不倫。

九 条 ドラマじゃん。

サトミ 超ドラマだよ。会社の取引先の人で。それこそ「殺してやる!」なんてなった時もあったし。

九 条 へえ。

サトミ そうそう。で、そういうのに疲れちゃって、こっちに来て。結構もうずっとしてないんですよ。恋愛。

九 条 そうなんだ……日本に帰りたくならない?

サトミ え? うん。ちょっと考えてるんですけどね。なかなか思うようには。

九 条 お金とか?

サトミ そうね。なかなか。

九 条 (立って)……貸そうか? いくらかなら。

サトミ 大丈夫。それは自分で……(ベッドへ行って座り)……私、こっち来て、なんて言うの、そういう、男の人とするっていう、お金貰って、っていうことをしてるんです。

九 条 え?……え? マジで? 本当?

サトミ はい。

九 条 そうなんだ。

サトミ 私も、最初は有り得ないと思ってたんだけど。

九 条 ……。

サトミ でも、意外と合ってると思うんですよね、私。楽しい時もいっぱいあるし。それに、男の人が喜んでくれるのって、なんか嬉しいんですよ。

九 条 ああ、なるほど……。

サトミ あ、ちょっと! 引いてるでしょ? 引かないでくださいよ。

九 条 引いてない、引いてない。

サトミ えー、そうですか?

九 条 うん。


と、奥の部屋から白装束に身を包んだ男(庄田)がやって来る。

(頭巾をかぶっているため、誰なのかわからない)


九 条 (それを見て)……なに?

サトミ (振り返り)!! え?


白装束の男は、黙ってサトミに近づく。


サトミ ちょっと。

白装束の男 (サトミに手を伸ばそうと)……。


サトミ、白装束の男から離れる。

と、九条が立ち上がり、白装束の男に飛びかかる。


九 条 おい! なんだお前は! こら!


と、九条は、白装束の男をベッドに押し倒す。


白装束 おぉぉぉぉ。

九 条 やめろ……この……ちょっと……。

白装束 うっ……くっ……。


九条、白装束の男を殴る。


白装束 ちょっと、ちょっと、ちょっと、ちょっと……私です。

九 条 この、キチガイが!(と、相手の頭を叩く)。

白装束 あ痛っ……痛いですよ! ちょっと、九条さん!

九 条 (その声に)……え? 誰?(と、離れる)


白装束の男が、頭巾をとる。

と、それは庄田だ。


庄 田 私です。

九 条 ミノルさん……何やってるんですか。

庄 田 ちょっと、ふざけてみただけですよ……びっくりしました? あったんですよ、あっちに。

九 条 ……。

庄 田 九条さん乱暴ですよ。殴るなんて。いきなり、ものすごい力で来るんだもんなぁ。

九 条 ……。

庄 田 やっぱり、そういった男らしさが足りないんでしょうかねぇ、私は。どうしたら出てきますかね? そういった男らしさは。

九 条 何言ってるんですか。

庄 田 え、何って……そんな怖い顔しないでくださいよ。

九 条 びっくりするじゃないですか!

庄 田 あはははっ、びっくりしましたか。やっぱり。ちょっとふざけただけなんですけど。

九 条 ふざけないでください。大人なんだから。

庄 田 えー。それを言われたら……。


九条、ベッドに座る。

サトミ、ソファに座る。


九 条 ……暇なら外でも行ってくればいいじゃないですか。

庄 田 さっきまで、外ぶらぶらしてたんですよ。おいしい揚げパンが売ってて……、

サトミ なんですか?

庄 田 はい?

サトミ 私を……私に向かって来たじゃないですか、ミノルさん。

庄 田 そんな、深い意味はないですよ。

サトミ ほんとですか?

庄 田 嫌だなあ。たまたまですよ。

サトミ ……。

庄 田 たまたま、たまたま。たまたま妻に似た女がいたんでね。ちょっと殺意を覚えてしまったわけですよ。なーんて。嘘ですよ。「やだ〜ミノルさん、ウケるぅ」、あははははっ。


庄田、白装束を脱ぎながら、


庄 田 仮装好きなんですよ、私。思い出しちゃってね……一年前も、そうだったんですよ。勤めてる高校の文化祭で、パイロットの格好したんです。「トム・クルーズみたい」なんて言われてね……焼きそば作ったんですけど。


庄田、脱いだ白装束を椅子の背もたれにかけると、テーブルのバナナを見て、


庄 田 あ、バナナだ。


と、庄田、椅子に座って、バナナを食べ始める。


庄 田 (食べながら)……いいなぁ、九条さん、モテて。私もモテますけど、九条さんもモテるんだろうなぁ。

九 条 なんですか、それ。

庄 田 いるんですよねえ、生徒にも。イケメンって言うんですか? いるんですけどね。嫌いなんですよ、そういう生徒。

九 条 ……。

庄 田 あれ? そういえば、昨日はどちらにお泊りだったんですか?

九 条 ……。

庄 田 おふたりで?

サトミ (なんとなく庄田から顔を背ける)

庄 田 はははっ。そんな動作も似てますよ。ナオミに。

サトミ ……。

庄 田 好きです。好きになってます、私。サトミさんのこと、好きになってしまってるみたいです。

サトミ ……。

庄 田 変ですか? こんなおじさんが「好き」なんて言うのは。どうですか?

サトミ さあ。そんなことないと思いますけど。

庄 田 好きなんです。

サトミ ……。

庄 田 (ふいに)ああ、ダメだ……ダメだ、ダメだ。ダメですよ……私、いくつに見えますか?

サトミ ……おいくつなんですか?

庄 田 昨日ね、50過ぎって言われました……50過ぎじゃないですけどね。でも、見えるわけだから。50過ぎのおじさんに……こんな、バナナ持って、「好き」だって言われたら、気持ち悪いですよね? 50過ぎのおじさんがバナナ持って言うんですよ、「好きになってます」って……どうですか? どんな気分がしますか?

サトミ ……可愛いんじゃないですか?

庄 田 可愛い……なんでそんなこと言うんですか? そんなわけないじゃないですか。可愛いわけがないでしょう。見てくださいよ、私のこと。50過ぎのおじさんですよ? もっとちゃんと私のこと見てみてください……ねえ。見て……気持ち悪いでしょ、私。気持ち悪いですよ。気持ち悪いはずだ。私は気持ち悪い! 気持ち悪いでしょ? 

九 条 ちょっとミノルさん。

サトミ そんな風に言わなくても。

庄 田 ……嘘をつかないで欲しいんです……なんでもいいから、本当のことを……。

サトミ ちょっと休まれた方がいいんじゃないですか?

庄 田 そうやって……大人って、なんで嘘をつくんですか? もっと、本当のことを話しましょうよ。

九 条 ミノルさん、疲れてるんだよ。休んだほうがいいよ。昨日、変な時間に寝たから、時差ぼけとか。ちょっと寝たほうがいいですよ。

庄 田 九条さんも、疲れたから離婚するんですか?

九 条 は?

庄 田 旅行に持って来るって変ですよ。

九 条 何を?

庄 田 離婚届け。

九 条 ……見たの?

庄 田 昨日。

九 条 ちっ(と舌打ちして)……しょうがねえな。

庄 田 (バナナの皮をゴミ箱に投げ捨てるが、うまくゴミ箱に入らないので、立って行って捨てる)……離婚するんですか?

九 条 ……そうね……するかもしれないな。

庄 田 どうして?

九 条 それ言えって? 酷だね、ミノルさんも。いろいろあるじゃない。夫婦なんだから……俺、バイトだし。

庄 田 九条さんは、何がしたいんですか?

九 条 はあ?

庄 田 離婚なんて。

九 条 ……仕事辞めて、小説書こうって。そっからかな、上手くいかなくなっちゃったんだよ、いろんなことが……それでいいですか? 説明になってます?

庄 田 ナオミは、妊娠してたんですよ。4ヶ月でした。言いませんでしたけどね、誰にも。私だけのモノにしたかったから。

九 条 ……。

庄 田 本当だったら、もう産まれてますね……って、私の子だったのかどうかわからないですけど。

九 条 なんでそれを俺に言う必要があるわけ?

庄 田 必要?

九 条 そうでしょう? ミノルさんだけのモノにしたいなら、俺に言う必要ないじゃない。

庄 田 なんでですか?

九 条 なんでって。そうでしょ、そりゃ。ミノルさんとナオミさんの子なんだから。

庄 田 そうですか? そうですかね? 私はそうは思わなかった。だから黙ってたんです……だって、浮気してたらわからないじゃないですか。ナオミが浮気していたら……違いますか?

九 条 知らないよ、そんなの。

庄 田 浮気してたんですよ、あいつ……びっくりしました? びっくりしましたよ、私は。それを知った時……好色な女だったんでしょうか? ナオミは。男をとっかえひっかえ、淫らな性生活。どうですか? 九条さん。九条さんもしてたんですって? 浮気。相手の女は死んだって? さっき話してたのが聞こえましたけど……偶然ですね。私の妻も死んだんですよ。好色な、私の妻も。

九 条 俺じゃないよ……俺とナオミさんは、別に何もないでしょ。

庄 田 そうですか。じゃあ、そうなんでしょうね。

九 条 「じゃあ」?「じゃあ」ってなに? ミノルさん。そんな風に人を責めないでくださいよ。

庄 田 考えてたんですよ。あれ何の時だったかな。ナオミがね、酔っ払って帰ってきて、「九条さんに送ってもらった」って言うんですよ。「偶然駅で会って、九条さんが車だったから」って。私ね、その時「アレッ」って思ったんですよ。「アレッ」って……「アレッ」ですよ。それを、その疑問を、ちゃんとナオミに伝えていたら、私たちは変わっていたかもしれない。見過ごしてしまった、その疑問を、私がちゃんと伝えていたら、ナオミは生きていたかもしれない……ナオミの葬式で、会ったんですよ、ヤスコさんとユウコさん。だって、言ってたんですよ? ナオミは。モナコに一緒に行くのは、ヤスコとユウコ。大学の同級生だって。

サトミ ……九条さんも生きてる。

庄 田 え?

サトミ 九条さんとナオミさんが、もしそういう関係なら、九条さんが生きてるのはおかしいんじゃないですか?

庄 田 ……九条さんが約束を破ったのかもしれない。モナコに行くとナオミと約束しておいて。

九 条 俺はそんな約束してない。

庄 田 そんなムキにならないでくださいよ。なんだって言えますからね、今となっては。ナオミはもういないんだから。

九 条 ……。

サトミ ねえ、ミノルさん。ミノルさんの気持ち、わかりますよ。だけど、しょうがないじゃないですか。夫婦だって。そんな、人の気持ちなんて、わからないんだから。

庄 田 それは、そういうことは、結婚していたら言わないはずですよ。そういうことは……え? それって、サトミさん、九条さんを助けようとしてるんですか?


サトミ ……。

庄 田 ああ、私いま、嫉妬しています……昨日ね、面白い噂を聞きましたよ。(顎を指して)顔にホクロのある女がね。売春してるっていう。

サトミ え?

庄 田 どうですか? そんな噂、聞いたことありませんか?

サトミ それが?

庄 田 や、私はね、全然信じてないですけどね、そんな噂。信じるわけないでしょう。信じてません。私は全然信じてないですけどね。あるんですよ、そういう噂が。

九 条 ミノルさん。失礼だよ。

庄 田 いやいや、私は信じてないですよ……ただ気になるのは……九条さんは、タダだったんですか?

九 条 ちょっと! いい加減にしろよ!

庄 田 あ、すいません。気に障ったなら、謝ります。すいません。

サトミ したいんですか? 私と。

庄 田 ……。

サトミ ミノルさん、楽になりますか? 私としたら。

庄 田 ……人生にコーチがいればいいんですけどね。85年優勝の立役者、土井ヘッドコーチみたいな。

サトミ ……。

庄 田 また、わからない話をしてしまいました。すいません。


その時、唐突に、九条の携帯電話が鳴る。


一 同 !!


九条、カバンから、携帯電話を出して、着信相手を見る。


庄 田 ハルコさんですか?

九 条 ええ。

庄 田 出ないんですか?

九 条 ……。


九条、携帯電話の通話ボタンを押して、ベッドに座る。


九 条 (電話に)もしもし……うん。どうした?……え?……明日の命日は無理だよ、だから、3日って言われて……わかってる……や、だから、別に話し合いをしたくないわけじゃないって……ハルコ。はっきり言うけど、俺は離婚したくない。やり直せると思ってる……え?

庄 田 サトミさん。お願いしてもいいですか? 今から。

サトミ ……いいですよ。そういう女ですから、私は。

九 条 ……(電話に)ん? あ、ごめん。なに?


庄田とサトミは、部屋の入口から出ていく。


九 条 ……(電話に)ん、なんでもない……いや、それは違うって。なんで俺がわざと乗り遅れないといけないの? トランジットだよ?……だから、時計だよ、時計。モナコに合わせてたからさ、それで……そうだよ。アキラくんもトイレ行ってたし……もしもし?……うん。とりあえずモナコについたら、ゆっくり話をしよう……わかった……うん。じゃあ。


稲毛が、部屋の入口から来て、奥の部屋へ去る。

九条、携帯電話を切ると、カバンにしまい、ベッドに座る。


九 条 ……。


奥の部屋の窓の外から、祭りの音楽が流れはじめる。

そこへ、部屋の入口から赤坂がやって来る。


赤 坂 (奥の部屋を指して)行きました?

九 条 え?

赤 坂 あいつヤバイっすよ。

九 条 え?

赤 坂 バザールで見かけたんですよ。稲毛。こんな、草の入った袋、あれ、大麻かな。なんか変な黒人たちと売り買いしてたんすよ……あるんだな、本当に。映画みたいでしたよ。俺、後で買ってみようかなって。

九 条 どこ行ってたの?

赤 坂 あ、島と一緒に大使館に。

九 条 あそう。

赤 坂 ていうか、聞いてくださいよ。あいつね、カツアゲされてたんすよ……俺がちょっと便所行ってたら、子供にカツアゲされてんすよ。5歳くらいの。3人くらいに囲まれて殴られてて……で、なんか、「1万円やられちゃいましたぁ」っつって、笑ってるんで、俺も腹が立って、思わず殴っちゃいましたよ。

九 条 ……。


唐突に、トイレから、ミドリの叫び声がする。


ミドリの声 噛まれたぁ!


九条と赤坂は、驚いてトイレを見る。

トイレの中から、ドタバタと音がする。

と、そこへ、奥の部屋から、稲毛の声がする。


稲毛の声 ない……ない! ない! どこや!


と、奥の部屋から稲毛が走ってきて、部屋を見回し、テーブルの椅子にかけてある、白装束を見つけると、それを掴んで、


稲 毛 誰や! 勝手に触りやがって! お前か!

赤 坂 知らないよ。

稲 毛 (九条に)じゃあ、お前か? お前がやったんか!

九 条 違う違う。

稲 毛 あぁ? どつき回すぞ、このボケが!

九 条 なんだよ。俺じゃないって。

稲 毛 これはなあ、ブラフマー様のお祭りに着る大切なモノなんやで! わかってんのか!(と、白装束の匂いを嗅いで)……ああ、加齢臭がする……台無しやないか。うぅぅぅ……。


と、稲毛は、膝から倒れるようにして、白装束に顔を埋める。

再び、トイレからドタバタと音がする。

ミドリが、トイレから飛び出して来て、扉を押さえる。


ミドリ はぁはぁはぁ。

赤 坂 ちょっと、大丈夫?

ミドリ アキラくん! 何か、見たことのない生物が!

赤 坂 え? なんだよ、その顔。


見れば、ミドリは、明らかに似合わない、派手な化粧をしている。


ミドリ シャワーの所から、ボーンって飛んで来て、噛まれたの!

赤 坂 顔!

ミドリ 噛まれたの!

赤 坂 顔!

ミドリ 顔? え? モテたいから! 私もモテたいから!

赤 坂 無理だよ。それじゃ無理だよ!


トイレの中で虫が暴れる音が響く。

祭りの音楽が徐々に高まっていく。

一方、稲毛は、部屋に散らかった片山の洋服などを振り回して、暴れるので、九条が押さえようとする。


稲 毛 くそぉぉ! 台無しやないかぁ!

九 条 おい! やめろって!


そこへ、部屋の入口からベディベベがやって来る。


ベディ オーナーデス(と、稲毛を見つけ)稲毛サン! 大麻密売デ、逮捕デス!

稲 毛 うおぉぉぉ! なんだおらぁ!

ベディ ヤアァァ。


ベディベベは、稲毛を捕まえようとして、二人は掴み合い、ソファの辺りで、暴れる。

トイレで虫が暴れ、さらに、祭りの音楽が高まっていく。


ミドリ ああ、めまいがする! 助けて、アキラくん(と、赤坂に寄りかかろうとする)。

赤 坂 (ので)大丈夫?(と、ミドリを支えるが、なぜかミドリがキスしようとしてくるので)……やめろっ、怪物!(と、ミドリを投げ倒す)。

ミドリ いやぁ(と、倒れる)。

赤 坂 ここはどこなんだよ!


赤坂、奥の部屋へ走り去る。


ミドリ (起き上がり)モテたいの! モテたいの!


と、奥の部屋へ、赤坂を追って去る。

ベディベベと掴みあっていた稲毛は、ベディベベを投げ倒し、部屋の入口から走り去る。


ベディ 待てぇ! 観念せい!


ベディベベは、稲毛を追って、部屋の入口から去る。


島の声 あ痛っ。


部屋の入口から、島の声がして、やがて、島がやって来る。

カツアゲされたせいか、服装が乱れている。


 島  九条さん! 九条さん! 出発できますよ! 明日、昼過ぎの便で、僕たち、モナコへ行けます!

九 条 モナコ。

 島  行きましょう! モナコへ!


奥の部屋から、赤坂の叫び声がする。


赤坂の声 いやぁぁぁ! 祭りがはじまるぞぅ!


さらに、祭りの音楽は高まり、


暗転。



次回記事に続きます!次回4回目が『モナコ』最終回となります。お楽しみに!


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