戯曲『1995年のサマー・アンセム』(2/6)
戯曲『1995年のサマー・アンセム』の2回目(全6回)の投稿です。
お時間あるときにでも、気楽に楽しんでいただけたらうれしいです!
【登場人物】
杉森健児(35/17)
石黒竜也(35/17)
小寺千恵(35/17)
岡島亮子(18)& 向井琴子(16)
中西和樹(17)
秋山花恵(18)
石黒奈江(32/15)
滝川希美(27)
平松哲生(35/17)
4 石黒の家(1)
石黒の部屋。
部活を終えた杉森と石黒が、ユニフォーム姿のままやって来る。
杉森 あいつらなんなんだよ、マジで。高三のくせして……高三って、17こ下じゃねーかよ。俺ら、いくつだと思ってんだよ。なあ?
石黒 まあね……。
そこに、石黒の妹・奈江(32)がお茶を持ってやって来る。
奈江 お邪魔します。
杉森 あ、奈江ちゃん。こんちは。
奈江 こんちは。お茶どうぞ。
杉森 あ、すいません……すっかり大人だねえ、奈江ちゃんも。
奈江 杉森さんは、変わりませんね。
杉森 そう? まだ、現役高校生だからね。はははっ。
奈江 ……。
杉森 お茶飲む前に余分な水分を出しきっとこうかな。
と、杉森はトイレに行く。
奈江 (見送って)……ねえねえ、なんなのあの人? 笑ってんじゃねーよって感じなんだけど。
石黒 え、なにが?
奈江 なにがって……お兄ちゃん。ちゃんとしようよ。
石黒 なんだよ、また説教かよ。
奈江 ほんとさ、お願いだからもう高校生なんかやめてさ、働こう。卒業してよ。もう20年目だよ高校。私、恥ずかしさを通り越してるよ?
石黒 急になに?
奈江 急に? 急にじゃないでしょ。近所の人だってお兄ちゃんのこと「おかしな宗教やってるんじゃないか」とか「いつか家族を皆殺しにするんじゃないか」って噂してるんだよ。わかってる? わかってるよね? わかっててやってんだよね?
石黒 いきなり怒るなよ……。
奈江 なんで、大人になってくれないの?
石黒 だからそれは……甲子園に行くんだよ、俺たちは。
奈江 無理でしょ。
石黒 あっさり言うなよ。
奈江 無理でしょ。無理じゃん。無理だよ。
石黒 そうかもしれないけど……。
奈江 無理なの。甲子園は無理。あきらめて。
石黒 わかってるけどさ……。
奈江 わかってるけどやめられない? それは意思が弱いだけです。気合い入れて、やめてください。
石黒 ……。
奈江 大体、あの人のせいでしょ……杉森さんがお兄ちゃんのこと無理やり巻き込んでるんじゃん。いいの? そんな人生で。
石黒 そうじゃねえよ。
奈江 ダメじゃん。お兄ちゃんがしっかりして、杉森さんに一緒に卒業しようって言わないと。いい人になってたってしょうがないじゃん。お兄ちゃんは自分の人生をもっと大切にしないと。人間、結局ひとりで生きてくしかないんだから。
石黒 ……。
奈江 言ってよ、杉森さんに、卒業しろって。
石黒 ええ?
奈江 言って、今日。言ってあげないとダメだよ。
石黒 ……。
奈江 知ってるからね、私。お兄ちゃんが「卒業したほうがいいんじゃないか」って悩んでるの。パソコンで求人サイトめっちゃ覗いてるでしょ? 知ってんだからね。
石黒 ……。
トイレの水洗の音がする。
奈江 トイレから戻ってきたら、言ってよ。
石黒 そもそも、お前のせいだぞ。
奈江 は?
石黒 お前が言ったんだろ、スギくんに。「大学だけが人生じゃないよね」って。
奈江 ……私、そんなこと言ってないし。
石黒 言ったよ。高三のとき。亮子が死んで少ししたくらいの時、スギくんにお前が言ったんだよ。
奈江 私のせいだっていうの?
石黒 そうだろ?
奈江 えー、ちょっと。やだ。
石黒 やだ、じゃないよ。
奈江 やだよ。言ってないし。
石黒 言っただろ。
奈江 ていうか、そんなのどうでもいいよ。ちゃんと言ってよ、今日。「卒業しよう」って。
石黒 ……。
杉森がトイレから戻って来る。
奈江 あ、おかえりなさい。なんか、お菓子食べますか?
杉森 や、いいよ。
奈江 (杉森の体が)細いから。
杉森 ありがと。いつも優しいよね、奈江ちゃんは。
奈江 へへっ。杉森さんも優しいよ。でもほんとすごいよねぇ、甲子園目指してるって。私、尊敬してるんだよね、ひそかに。
石黒 (あきれて)お前、ひどいな……。
奈江 なにが?
杉森 奈江ちゃん、ひそかじゃなくていいよ。
奈江 ははっ。そうだよね。
杉森 でも、さっきトイレでフッと思い出したんだけど、俺が卒業しないって最終的に決断したのって、奈江ちゃんのおかげなんだよね。
奈江 え?
杉森 奈江ちゃんが言ってくれたでしょ。「大学だけが人生じゃない」って。あれが背中を押してくれたよね。
石黒 (奈江を責めるように見て)ほらみろ。
奈江 えー、私、そんなこと言った?
杉森 言った言った。俺、ばっちり覚えてるから。
奈江 言ったかなぁ……。
石黒 バカ。
奈江 ていうか、お兄ちゃんがなにか話があるんだって。
石黒 おい。
杉森 なに?
石黒 え? いやあ……今年は、甲子園行けるかねえ?
杉森 どうかなぁ。中西も悪くないけどねえ……どうした急に?
石黒 いや……行きたいなあ、甲子園。
杉森 行きたいよ。行きたい。
石黒 亮子も行きたいと思ってるもんな。
杉森 あいつな……ほんとそろそろ学校来ないとヤバいだろ。
石黒 ……。
奈江 亮子さんって、ずっと学校休んでるんだ?
杉森 そうだよ。知ってるでしょ。今日もさあ、18年も休んでるのはおかしいとかブスが言ってたけど、あいつら想像力ってのがないんだろうな。他人の事情とか考えたことないんだろ、きっと。あるよな、18年くらい学校休むこと。
石黒 あるのかな……。
奈江 あるよ。普通普通。
杉森 ほら、奈江ちゃんはよくわかってるよ。想像力だよ。
石黒 ……(奈江に)無理だな。俺は無理だ、言えないわ。
奈江 ……。
杉森 なになに? なんの話?
石黒 ん? なんでもないよ。
杉森 なんだよ……行こうな、甲子園。みんなで。
石黒・奈江 ……。
音楽④。
転換――。
5 帰り道(1)
同じ頃――。
千恵、不安げな様子で片隅に立っている。
手には、引き出しに入っていたラブレター。
千恵 (手紙を眺め)……。
やがて、部活帰りの中西がやって来る。
千恵 中西くんっ。
中西 (立ち止まり)ああ、千恵さん……どうしたんすか?
千恵 え? あの……。
中西 いいっすか?
千恵 え?
中西 用事がないなら、帰ってもいいっすか?
千恵 待って待って。だから、あの……。
中西 なんなんすか?
千恵 ……手紙。手紙、くれたよね?
中西 手紙?……ああ……。
千恵 返事……したほうがいいかなって。
中西 ああ……。
千恵 ……返事、します。
中西 ……どうぞ。
千恵 ……私でよければ……。
中西 よければ?
千恵 え?
中西 「よければ」なんすか?
千恵 え? や、よければ、お付き合い、私と……。
中西 マジっすか?
千恵 はい……。
中西 (大げさに)マジっすか?
千恵 ……え?
中西 ……すいません、なんか、突然だったんで。
千恵 ああ。うん……。
中西 じゃあ、帰っていいっすか?
千恵 え? うそ……あの、もしよかったら、少しお話しでも?
中西 ……じゃ、座りますか?
千恵 うん……。
ふたり、近くのベンチに座る。
千恵 (緊張して)……。
中西 いいっすよ、なんか、話があればしてくださいよ。
千恵 えー、なんだろう? 話? 面白い話?
中西 つまんない話する気ですか? 俺、そんな暇じゃないっすよ。
千恵 そうだよね、ごめん……面白い話か……。
中西 マジっすか? ないんすか?
千恵 いや、ある。あると思う……えーとね……面白いって、笑える話?
中西 いいっすよ、なんでも、テキトーで。
千恵 ……(思い出し笑い)ふふっ。
中西 笑ってるよ。
千恵 ごめんごめん、いま思い出しちゃって……あのね、昨日ウチでね、あ、ウチ、猫を飼ってるんだけど、その猫がね、あ、ていうか、ピンチって言う名前なんだけどその猫、三毛猫、このくらいの、四歳で、ピンチって名前で……ピンチがピンチ! みたいな。あ、それオチか。えっと……。
中西 あ、オチ言っちゃったんすか?
千恵 うん、でも、あの……それでね、昨日の話なんだけど……。
中西 あ、話すんだ?
千恵 家族と一緒にテレビ見てたら、そのピンチがね、なんか、部屋の隅っこで、(思い出し笑い)ふふっ……。
中西 あの、その話、もういいや。
千恵 ええ?
中西 帰っていいかな?
千恵 そんなに帰りたい?
中西 ……帰りたいっていうか……や、別にそういうわけでもないっすけど……じゃあ、キスでもしてみます?
千恵 え?(照れて)やだぁ、もうー。
と、千恵が中西を叩く。
中西 痛っ。(ムッとして)……。
千恵 あ、ごめん。
中西 ……。
千恵 ……(落ち着いて)うれしかったんだ、本当に……手紙もらうなんて初めてだったから……ありがとう。全然、気付かなかった。
中西 ……。
千恵 ……私、今年は卒業しようかなって思ってるんだよね。ずっと考えてはいたんだけど。
中西 へえ。
千恵 同世代の友達とかさ、みんなもう結婚して、出産とかしてるんだけど……私も、子供産みたいし……高校生活だけじゃなくて、そろそろ第二の人生を踏み出すタイミングなんじゃないかなって……。
中西 いいんすか、他のふたりは?
千恵 ……スギくんはアレだけど、でも、竜也も悩んでると思う。あいつ、無理してるんだよね、きっと。
中西 ふうん……。
千恵 30過ぎたら、子供だって産みづらい体になるし、ていうかもうなってるし……このままずっと高校でモヤモヤしててもアレだなって……私だって、いまよりもう少し、なにか、価値のある人間になれるんじゃないかなって、思いたいから……。
中西 でも、高校生だって子供くらい産めるんじゃないっすか?
千恵 産める? 産めないでしょ。大変だよ、そんなの。
中西 学校休めばいいじゃないですか。死んだマネージャーの人みたいに。育児休暇とか言って好きなだけ休んで、また子供と一緒に学校通えばいいんじゃないっすか?
千恵 ちょっと、バカにしてるでしょ?
中西 まあ、ちょっと。
千恵 やめてよぉ。私は真面目に言ってるの……私、変わりたいんだよ……。
中西 へえ。
千恵 いいよね、男の人は。年取っても若い女と結婚して子供作れるもんね……女は無理だもん。切実だよ。
中西 ……正直、そういうのはよくわかんないっす。
千恵 中西くん、まだ若いもんね。
中西 そうっすね。
千恵 ……。
気まずい間。
中西 俺、そろそろ帰んないと。
千恵 あ、そうなんだ、ごめん。
中西 いや……(立って)じゃあ、また明日。
千恵 明日。
中西、去って行く。
千恵 (見送って)……。
音楽⑤。
暗転――。
6 1995年の夏・駅前
17年前(1995年7月)――。
夏の全国高校野球大会・地区予選・決勝戦当日(亮子が死んだ日)。
会場に向かう野球部のメンバーたちが、駅前に集合している。
杉森は野球部のエース、石黒は正捕手、千恵はマネージャーだ。
野球部のユニフォームを着た杉森と石黒は、キャッチボールをしている。
千恵がやって来る。
千恵 (周囲を見回し)……遅いよね、亮子。平松くんも。あと、二人だけ?
石黒 珍しいよね、亮子が遅れるの。
杉森 ……。
千恵 なんかあった?
杉森 え? 別になんもねーよ。
石黒 え、なに?
千恵 ううん……。
杉森 ……俺、今日試合に勝ったら、言うわ。
千恵 ついに?
石黒 なにを?
杉森 だから……。
千恵 告白しちゃうんだぁ?
石黒 え、え? なにそれ?
千恵 だから、告白だよぉ。
石黒 誰が? 誰に?
千恵 えー? 気付いてない?
石黒 なになに?
千恵 マジかよー。スギくんスギくん。
石黒 スギくん? スギくん、誰か好きなの?
杉森 まあ……。
石黒 うっそ。誰?
千恵 マジで? 三年一緒にいてわかんないの? 竜也ヤバいね。
石黒 だってわかんねーもん。誰、誰?
千恵 (杉森に)誰って、ねえ?
石黒 誰?
杉森 (ごにょごにょと)ピョオクォだよ。
石黒 え?
杉森 (ごにょごにょと)ピョーゴ。
石黒 誰?
杉森 だから、ピョッコォだよ。
石黒 ちょっと誰、誰? はっきり言ってよ。
杉森 言ってるよ。言ってんだろうがよ!
石黒 ……(苛立って)スギくん、前から思ってたけど、そういうとこおかしいよ。
杉森 あ? 精一杯はっきり言ってんだよ!
石黒 ごまかしてんだろ!
杉森 あぁ?
石黒 は?
千恵 亮子だよ、亮子。
杉森 あ、言うなよ。
千恵 ケンカするからでしょ。
石黒 亮子? え、マジで?
杉森 勝ったらね。勝ったら、告白する。負けたらしないけど。
石黒 勝とう。それ、絶対勝たなくちゃダメじゃん。
千恵 勝とうよ。勝って、告白して、絶対うまくいくよ。
杉森 絶対とか言うなよ。わかんねーじゃん。
千恵 わかんないけど、わかるじゃん。亮子だって、わかってるよ、絶対。
杉森 ……バレてるかな?
千恵 バレてるバレてる。
杉森 ……どう? いけそうかな?
千恵 いけるでしょ。たぶん。
杉森 たぶん、か……(落ち込む)。
千恵 (慌てて)それは、だって、わかんないけど……大丈夫だと思うけどさあ。
杉森 (喜んで)マジで?
千恵 わかんないよ、亮子もはっきり言わないし。
石黒 そうなんだ……でも、大丈夫っしょ。
千恵 あ、無責任ー。
杉森 (うなずいて)とにかく、今日が勝負だよ。
千恵 うん……。
石黒 ようやくここまで来たんだから。
杉森 来たよ。
千恵 もう一歩だもんね、甲子園まで。
杉森 来たよ。
石黒 行こう、甲子園、みんなで。
杉森 行こぜ、甲子園。勝とうぜ。
石黒 勝とう。
千恵 うん。勝ちたい。
杉森 よし! もう一回投げるぞ。
石黒 おし、来い!
そこに、平松が来る。
一同、平松を見る。
平松 ……。
千恵 遅いよ、平松くん。
平松 あのさ、いまさ……あの……。
杉森 なんだよ、言い訳すんなよ。寝坊だろ。
平松 や、あの、違う……。
石黒 大丈夫だよ、亮子もまだ来てないし。先生もまだだよ。
平松 ……亮子は、来ない……。
千恵 え、なんで?
平松 来る途中で、亮子がいて……なんか、事故で……。
石黒 事故? どこで?
平松 あの、あっちの……亮子、事故で、病院、一緒に行こう……。
杉森 え、なに?
石黒 ちゃんと言えよ。
平松 だから、亮子が事故……。
千恵 亮子が? 亮子が事故?
平松 亮子が事故……事故で救急車、だから、病院で、みんなで、行かないと。
一同 ……。
千恵、客席に向いて語りだす。
千恵 その日、私たちはみんなで病院に行って、それから球場へ向かった……試合どころじゃなかったけど、亮子のご両親が「大丈夫だから試合に行きなさい」って言ってくれて、先生も「亮子のためにも試合に行こう」って言って、だから、私たちは試合に行くことになって、でも、やっぱり試合には負けた……スギくんは動揺しまくってて、ボロボロに打たれて、竜也も平松くんもヒット一本打てなくて、私たちは笑っちゃうくらいの点差で負けてしまった。負けてしまった……私たちが負けた頃に、亮子は、病院で亡くなっていたのでした……。
音楽⑥。
転換――。
(次回に続きます。楽しみにお待ちください!)
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