戯曲『モナコ』(2/4)
前回に続いて、戯曲『モナコ』の2回目(全4回)の投稿です。
コメディ作品ですので、気楽に楽しんでいただけたらうれしいです。
登場人物
九条ユウゴ(35)…… 九条家の長女・ハルコの夫(婿養子)
島ダイスケ(31)…… 九条家の次女・サチの夫
庄田ミノル(39)…… 九条家の三女・ナオミ(故人)の夫
赤坂アキラ(27)…… 九条家の四女・カナの夫
サトミ / ナオミ……… 宿の従業員/ミノルの亡き妻
稲毛 ………………… 謎の男
トミオ ……………… 宿泊客
ちかげ ……………… 売春婦
片山シンジ ………… 旅人
田口ミヤコ ………… 旅行中の女子大生
鈴木ミドリ ………… 旅行中の女子大生
ベディベベ ………… 宿の主人
2
数時間後。
舞台上に設置されたランプなど、間接照明が灯っていて、すでに夜になったことが示される。
テーブルには、灰皿と、デキャンタに入った水、コップがいくつかある。
九時を少し過ぎたころ。
九条はソファに座っていて手にした携帯電話でメールをしている。
赤坂は、その前で腕立て伏せをしている。
一番舞台奥のベッドに、庄田が横になって眠っている。
奥の部屋からだろうか、槇原敬之の音楽が流れている。
赤 坂 (腕立て伏せをして)ほっ……ふおっ……はいっ……。
九 条 (メールを終えて)あっちの部屋でやれよ。
赤 坂 (腕立て伏せをしながら)やっ……終わったら行きます……すいません……。
九条、ベッドへ行き、カバンに携帯電話をしまう。
赤 坂 ハルコさんですか?
九 条 うん。
と、九条はベッドに座り、
九 条 よくやるね。
赤 坂 はい(と、腕立て伏せを終了し、次に腹筋を始めながら)……高校、大学でラクビーやってたんですよ。センターバック。部活の癖が抜けないっていうか、なんか、やらないとどうも落ち着かない体になっちゃったんすよね……ふぅ……ふぅ。
九 条 ……アキラくんとこはもう半年だっけ?
赤 坂 はいっ?
九 条 ちゃんと家で飯食ってる?
赤 坂 ええ。まあでも、仕事があると、なかなか一緒にってわけにはいかないですけど。
九 条 料理できるんだっけ? カナちゃん。
赤 坂 一応。味付けが、ちょっと薄いっすけど。
九 条 言っといた方がいいよ、そういうのは(と、テーブルの椅子へ)。
赤 坂 ですかね?
九 条 ためるとな、ポロッと出た時に大げんかだから。
赤 坂 そっすか。ありますか? そういうの。
九 条 あるある。大抵そういう、ささいなアレだよ。
赤 坂 へえ。
赤坂、腹筋を終え、タオルで汗を拭いたり。
赤 坂 ……お義兄さん、仕事はどうなんすか?
九 条 俺こないだ風邪ひいちゃってさ。
赤 坂 へえ。
九 条 結構、熱も出たんだけど、そん時は寝たね。寝たなぁ。18時間ぐらい寝てたんだよ。
赤 坂 ……仕事はどうなんすか?
九 条 どうって?
赤 坂 お義姉さん、なんて言ってるんですか?
九 条 や、バイトはじめたんだよ。コンビニ。週2だけど。
赤 坂 ……気まずくなりません? お義母さんと一緒に住んでて、
九 条 ていうか、それより小説が、いよいよ書けそうなんだよ……3年。苦労したよ。
赤 坂 ちょっとはお金になったりするんですか?
九 条 ならない。なるわけないじゃない。そんな簡単にお金にならないよ。
赤 坂 ……お義兄さん、運がいいですよね。普通結婚できないっすよ。
九 条 こないだ映画観ててさ。あれ、ケイト・ハドソンっていうのはイイ女だね。
赤 坂 ケイト……知らないっす。
九 条 いいんだよ。観た方がいいよ。
赤 坂 なんて映画ですか?
九 条 なんだっけな。なんか、恋愛するやつだよ。
寝ていた庄田が、「う~ん」と寝返りをうつので、九条と赤坂は、ふと、寝ている庄田を見る。
赤 坂 ……1年なんて、あっという間なんでしょうね。
九 条 ……ああ、1年。あっという間だったな。
赤 坂 俺は好きでしたね、ナオミさん。てか、すげえ似てたんじゃないっすか、昼間の人。
九 条 ん?
赤 坂 昼間の、ホテルの従業員。サトミさんでしたっけ?
九 条 ああ。
赤 坂 そっくりでしたよ。ホクロの位置も一緒だったでしょ? ナオミさんもありましたよね? この辺に(と自分の顎を指す)。
九 条 そうね。
赤 坂 いやぁ、あるんですね本当に。言うじゃないっすか、世界に同じ人が3人いるって。
九 条 似てる人だよ。
赤 坂 はい。同じ人が3人。
九 条 同じ人じゃなくて、似てる人。
赤 坂 九条さんって変なとこ細かいっすよね。
九 条 なにが。
赤 坂 や、だって。なんか。
と、部屋の入り口から、ドアノブをひねるガチャガチャッという音がし、やがて、サトミが来る。
サトミ あの。
赤 坂 お、噂をすれば。どうぞどうぞ。
サトミ 失礼します。大丈夫ですか?(と、庄田の様子を伺う)。
赤 坂 眠ってます。
サトミ (庄田のそばに寄り)……眠ってますね。
赤 坂 ええ。
サトミ ……あ、そうだ。そこ、ベッドひとつ空いてますよね? 新しい人が来ますんで。
赤 坂 あ、でも、昼間いたんですよ、ひとり。
サトミ 奥にいる方じゃなくてですか?
赤 坂 あの人じゃなくて、トミオくんっていう。
サトミ ああ、あの方はここじゃなくて、上の個室に宿泊されてるんですよ。
赤 坂 そうなんだ。
サトミ お喋り好きみたいですからね。いろんな部屋に。
赤 坂 あ、そういう。
奥の部屋から、島がやって来て、
島 (赤坂に)あのさ、なんで僕、マッキーのCDなんか持って来たんだろう?
赤 坂 知らないですよ、そんなの。
島 ですよね。
サトミ こんばんは。
島 え? あ、どうも(と、サトミをじっと見て)……そうだ! そうだ、そうだ。思い出した。貰ったんですよ、ナオミさんに。マッキー。だからだ。アレなんの時だったけな。なんか、「ダイスケくん見てるとマッキー思い出す」って……それで持って来たんです、僕。なんか、サトミさん見てたら(思い出しました)。
赤 坂 ダイスケ義兄さん全然マキハラに似てないじゃないっすか。
島 「似てないけど、なんか思い出す」って言ってたのよ……(サトミに)似てないですよね?
九 条 似てないよ。
赤 坂 ああ。確かに、そういうとこありましたね、ナオミさん。
島 そう。
赤 坂 ちょっと間違うと、不思議ちゃんみたいな。
島 でも素敵な人でしたよね。
赤 坂 あの人って、雰囲気が若干ほら、エロかったじゃないっすか。アレが好きでしたね、俺。
ふと、九条、島、赤坂は、サトミを見る。
サトミ 若干エロいですか? わたし。
赤 坂 や、それは。はははっ。
島 でも、似てます。似てる、魅力的な人だったんですよ、すごく。(九条に)ねえ、お義兄さん。
九 条 うん。
サトミ (庄田を見て)でも、すいません。そのせいで、なんか、せっかく楽しんでらしたのに。
島 別にサトミさんのせいじゃないですよ。
赤 坂 そうっすよ。びっくりして熱だす方が悪いんですって。
サトミ いえいえ。
島 トイレで、なんか噛まれてましたから。
赤 坂 どんくさいんすよ。
サトミ そんな。
一同は、しばし、眠っている庄田を見る。
サトミ ……じゃあ、私は。
島 あ、ありがとございました。
赤 坂 ありがとうございました。
九 条 ありがとうございました。
九条は、サトミを部屋の入り口まで送る。
島と赤坂は、再び、眠っている庄田を見て、
赤 坂 すげえ汗だな。ビチョビチョだよ。
島 貸して(と、赤坂のタオルを取ろうとする)。
赤 坂 (ので)ちょっとちょっと! これは嫌っすよ。そうだ。ダイスケ義兄さんのアレでいいじゃないっすか(と、奥の部屋へ)。
島 は? アレって何だよ!
島と赤坂が、奥の部屋へ去ると、舞台上を去った九条とサトミが、玄関前あたりで話す声が聞こえる。
九条の声 仕事もう終わりですか?
サトミの声 ええ。もうちょっとで。
九条の声 大変ですよね。
サトミの声 楽しまれてますか? 街のほうなんか、面白い所もありますよ。
九条の声 昼間行ったんだけど、失敗しちゃったんですよ。
サトミの声 そうなんですか。じゃあ、私、紹介しますよ。良いお店。九条さん、お酒は飲まれます?
九条の声 ええ。好きなんですよ。
サトミの声 よかった。じゃあ、ロビーで。待ってますね。
九条の声 あ、はい……。
そんな会話の中、ティッシュペーパーを手にして、奥の部屋から戻ってきた島と赤坂は、庄田の汗を拭きながら、ふと、九条とサトミの声に動きをとめて、耳をすます。
と、九条が、部屋に戻ってくる。
島と赤坂は、九条を見ている。
九 条 (ので)なに?
島 いえ。
島と赤坂は、奥の部屋へ去る。
九条は、ベッドに横になる。
やがて、奥の部屋で流れていた音楽が消える。
九 条 ……。
しばらくすると、ベッドで眠っていた庄田が目を覚ます。
庄 田 (天井を眺めて)……う~ん(と、唸りながら、体を起こす)。
九条、体を少し起こして、庄田を見る。
庄田は、立ち上がり、トイレに行こうとするが、思わずふらついて、壁に手をつくので、
九 条 あ、ミノルさん。大丈夫ですか?
庄 田 ええ。
庄田、手をついた、舞台奥の壁に、小さな穴が空いているのに気付く。
庄 田 ……ここ、穴が空いてるよ。
九 条 穴?
庄 田 穴が空いてます。
九条、庄田のそばへ行く。
庄 田 (穴を覗いて)……部屋ですね。……隣の部屋だな。位置的に……(顔を戻して)……すいませんでした。
九 条 ええ? ちょっと、なんでミノルさんが謝るんですか。
庄 田 や、さっきは、迷惑かけちゃって(と、テーブルへ向かいながら)……すいません。なんか、昔っからそうなんですよ、修学旅行とか、今でも決まってなんかしら、行った先で風邪ひいたり、あるんです。
九 条 タイプなんでしょうね、そういう。
庄 田 自分でも呆れるんですけど。
九 条 まあ、ゆっくりしましょうよ。
ふたり、テーブルの椅子に座る。
九条と庄田は、テーブルの上のデキャンタの水をコップに注いで飲む。
庄 田 お義兄さんたちはもう寝ちゃったんですか?
九 条 や、あっちに。起きてますよ。
庄田、立ち上がり、棚の時計を見る。
庄 田 まだ9時か。
九 条 ええ。
庄 田 ……いくつぐらいなんだろう?
九 条 え?
庄 田 や、あの、サトミさんっていうのは、いくつぐらいなんでしょうね?
九 条 さあ。
庄 田 ……どうしたらいいのか分からないんです。
九 条 何の話?
庄 田 九条さんはやっぱりレオンとかニキータとか読んでるんですか?
九 条 雑誌? 読まないよ。
庄 田 でも、どちらかと言えば、チョイワルですよね、九条さん。
九 条 バカにしてんの?
庄 田 教えて欲しいんですよ、どうしたらいいか。だから、その……私、ナオミとしか交際したことがないんです。どうしたらいいのかわからないんですよ。
九 条 どうしたらいいって、なにを?
庄 田 だから、アレというか、コレというか……いわゆる、ひとつの、その、恋愛という奴ですけども。
九 条 恋愛? 恋愛したいの? ミノルさん。
庄 田 そんなこと考えてもなかったんですけどね……なんだか急に、胸のあたりがモヤモヤすると言いますか。いや、お恥ずかしい話なんですが。
九 条 ……いいじゃないっすか。恋愛……うん。だって、ミノルさん生きてるんだから。
庄 田 はい……しかしながら、その、どのように、その、恋心というものを育てていけばいいか? という問題がありまして。そしてまた、それを花開かせる、方法と言いますか、どういったわけでその、男と女はそういったアレがアレして、アレするんでしょうか? 例えばあの、サトミさんは、私のこと、どういう印象でしょう? やっぱりどんくさいなって感じですか? ファーストインパクトが悪かったですかね?
九 条 それは聞いてくださいよ、本人に。
庄 田 まんざらでもないような、感触はあるような……いや別にサトミさんをどうこうしようっていう話ではなくてですね……ただ、サトミさんの目は、私を拒否していない。それは確かなんですけど、でもそれがどういった意味なのか、拒否じゃない、拒否ではないけれど、見極めがつかないと言いますか、
九 条 さっき1回会っただけですよね?
庄 田 はい。
九 条 客だからさぁ。あっちにしてみれば、客に対する態度ってもんがあるじゃないですか。
庄 田 いや、それよりはもう少し、気持ち肯定寄りと言いますか、そういった感触は受けさせて貰ってるんですよ。個人的には。
九 条 なによ? 「個人的に」って……え? ミノルさんって、アレ? 「あの人よく目があうな。もしかして、あの人オレのこと好きなのかな?」って思ったりします?
庄 田 はい。え? 違うんですか?
九 条 それ中学生だよ。
庄 田 いや、そんなことないですよ。何人かいましたけどね、そういう女性。好きだったと思いますよ、私のこと。
九 条 でも付き合うとかそういうことじゃないわけでしょ?
庄 田 そりゃ結婚してましたから、私。
九 条 告白されたんですか?
庄 田 いやいや。先に言います。「キミが私のこと好きでも、私は結婚してるから。すいませんね」って。
九 条 それ何? 言うの?
庄 田 ええ。相手が言う前に言いませんと、効果ありませんでしょ。「私は結婚してるから、キミとは付き合えないぞ」って、バシッと言いますね。
九 条 それで何て答えるの? それ言われた女は。
庄 田 そうですね。「やだ〜。ミノルさんウケる〜」とかですかね。
九 条 ああ。
庄 田 大抵そういう感じで、うまく気持ちを処理してるみたいですね。女の人は大人ですよ。
九 条 ……じゃ、結構モテるでしょ? ミノルさん。
庄 田 ま、そんな大きい声で言うことじゃないですけどね。モテます。モテるんですけど、経験がないもので……モテるはモテるんですけどね。
九 条 ……。
と、入り口の方からドアノブをひねるガチャガチャッという音がして、やがて、片山が部屋に入って来る。
片 山 (九条と庄田を見て)どうも。空いてる? ベッド。
九 条 そこが(と、空いている、真ん中のベッドを指す)。
片 山 どうも。
と、片山は、ベッドに荷物を置いて座ると、ポケットから煙草とマッチを取り出しながら、
片 山 疲れたなぁ~……あ、タバコいいっすか?
九 条 あ、どうぞ。
片 山 悪いね。灰皿は……あったあった。
片山、テーブルの上に灰皿を見つけ、テーブルの椅子に移動すると、タバコに火をつける。
九 条 (庄田に)あ、ちょっと俺、出て来ますわ。
庄 田 え? 相談したいんですけど。
九 条 また今度。先に寝ちゃっててください。
庄 田 そんな。
九 条 すいません。
九条、部屋を出て行く。
片 山 (水を飲む)
庄 田 ……あの、1本いただいてもいいですか?
片 山 あ、いっすよ。
庄 田 すいません。
片 山 こっちのだから不味いけど。
庄 田 禁煙してたんですけどね。
庄田、片山から煙草を貰い、火をつける。
片 山 あ、俺、敬語話さない主義だから、悪いけど。
庄 田 ああ、はい。
片 山 嫌いなんだよね、日本の、そういう、なんつうの?
庄 田 ええ、わかります。
しばし、ぼんやりタバコを吸う二人。
庄 田 あ、お名前は?
片 山 俺? シンジ。よろしく!(と握手を求める)
庄 田 (ので、握手して)……ミノルです。
片 山 ミノルは何? さっきのは、ツレ? 社員旅行かなんか?
庄 田 いや、家族で。
片 山 え? 兄弟? 敬語だったじゃん。
庄 田 いやいや、あの、義理の。だから、四人姉妹がいましてね、その連れ合い共が、偶然こんなことになっちゃって。
片 山 ああ、義理の。こんなことって?
庄 田 や、空港で。乗り遅れたんですよ、トランジットに。そうしたら、封鎖で、緊急の、そういう。
片 山 ああ、今ね。すげえらしいからな、祭り。終わるまではダメだろうな。で? どこ行く予定だったの?
庄 田 モナコなんですけど。
片 山 おお、金持ちだね、さては。
庄 田 いえ、そんなことは……シンジさんはどちらへ?
片 山 俺? 俺は、ブラブラしてんだよ、ひとりで。半年くらい。ていうか、ミノル、「シンジさん」って何だよ。「さん」はいらねーよ。
庄 田 あ、はあ。
片 山 ミノルミノル。でっかいぞぅ、世界は! ワクワクするだろ?
庄 田 ワクワクというか、根が小心者なので。
片 山 なんだよ、殻をやぶれ! 殻を!
庄 田 ははっ。
片 山 ていうかさ、この宿、女がいるって聞いたんだけど、知ってる?
庄 田 女?
片 山 だから、ヤレるっていう。安く。そういう日本人の女がいるって聞いたんだよ。
庄 田 ああ……いるみたいですね。
方 山 どう?
庄 田 どうって、そうですね、胸は立派だったような。
片 山 へえ、そうなんだ。ミノルはもうヤッたの?
庄 田 いえいえ、ヤリませんよ。
片 山 勿体ねえな、ヤレよ。
庄 田 いや、私は。
方 山 ホクロがあるんだろ?
庄 田 おっぱいに?
片 山 や、その女。(顎を指して)ココにホクロがあるって。
庄 田 え?
片 山 なかった? ホクロがあるって聞いたよ。
庄 田 ……。
片 山 見ないか、ホクロなんか。
庄 田 ……。
片 山 でもここだけの話、イイらしいんだ、その女。なんか金がなくて、それで日本に帰れなくなったとかで、それで売春はじめたらしいんだけど。噂だけどさ。イイらしいのよ。
庄 田 ……。
片 山 盛り上がってきたな! え? ヤッたら報告すっから、ミノルもヤレよ。
庄 田 ……。
片 山 (庄田の様子に)おい、どうしたんだよ、急に。元気ねぇなぁ、おい!
庄 田 ええ……。
方 山 しょうがねーな……あ〜あ、寝るわ。
と、片山は煙草を消して、ベッドに行き、横になる。
庄 田 ……。
稲毛、奥の部屋からやって来ると、片山を一瞥して、トイレに入る。
庄 田 (煙草を消して)……。
片 山 (体を起こして)ちょっと。
庄 田 はい?
片 山 俺、知り合った奴はみんな友達だと思ってっからさ。なんかあったら言えよな。溜め込まずに。なんでも相談乗るから。あ、金以外だぞ。言っとくけど、俺は金はないからな。
庄 田 はあ。
片 山 (ベッドの上に座り直して)……ミノル。お前、どれだけ苦労してきたんだ!
庄 田 は?
片 山 何があったか知らないけど、50過ぎたって、人生は絶対やり直せるからな。がんばろうぜ!
庄 田 ……39です、わたし。
片 山 39? マジで?
庄 田 マジですよ。
片 山 嘘つけよ。39?
庄 田 ええ。
片 山 じゃあ……うん、寝るわ(と、再び横になる)。
庄 田 ……。
と、奥の部屋から、島と赤坂が顔を出す。
庄 田 (ふたりを見て)ん? なに?
島 ええ、あの、
と、トイレから稲毛の声がする。
稲毛の声 だぁぁぁぁ、か、噛まれたぁ!
島と赤坂は、奥の部屋へ顔を引っ込める。
稲毛、トイレから出て来る。
庄 田 大丈夫ですか?
稲 毛 (股間を押さえながら)油断しとったな。
片 山 (起き上がって、稲毛を見る)……。
庄 田 ……。
稲 毛 (そのまま部屋を出て行く)。
庄 田 (ので)いってらっしゃい。
稲毛は、部屋の入口から出て行く。
片 山 なんだよ(と、寝る)。
庄田が、奥の部屋の方へ振り返ると、再びそこから、島と赤坂が顔をだして、
島 行きました?
庄 田 うん。
赤 坂 やっと行ったよ(と、部屋から出て来る)。
庄 田 なに?
島 や、ちょっと見てくださいよ、ミノルさん。
と、島は、持っていた白装束の衣装を庄田に渡す。
庄 田 ん? 何ですか?
島 あの人ですよ。
庄 田 稲毛さん?
島 ええ。
赤 坂 あいつ頭おかしいですよ。さっきこれ着てなんかブツブツ言ってて。
庄 田 KKKかな。って、んなわけないですね。何を呟いてたんですか?
赤 坂 わかんないですよ、そんなの。
庄 田 (その口調に)え?
赤 坂 大体、俺はミノルさんが「ベッド代わって」て言わなきゃ、こっちの部屋だったんすよ。
庄 田 あ、それは……すいません。
赤 坂 なんで「代わって」なんて言ったんすか? 知ってたんすか?
庄 田 まさかまさか。知ってるわけないじゃないですか、そんなの。あれはだから、角度が、ナオミに足向けて寝れないから。
赤 坂 え?
庄 田 あっちが、その、モナコの方角なんですよ(と、奥の部屋の窓の方・舞台下手方向を指す)。
島 あっちが、モナコですか?
赤 坂 モナコ。
庄 田 ナオミがいるから。
しばし間。
赤 坂 はぁ〜(とため息をついて、テーブルの椅子に座り)……俺、ソファで寝ようかな。
島 あ、それジャンケン。
赤 坂 (無視して)九条さんは?
庄 田 さっき、「ちょっと」って出て行きましたけど。
島 飲みに行ったんでしょ。
赤 坂 ああ、そっか。
島 九条さん、さっきのナオミさんに似てる従業員、さっそく誘ってたんですよ。
庄 田 なんですか? それ。
島 ナンパですよ、ナンパ。「一緒に飲もうよ」って。
庄 田 九条さん?
赤 坂 あの人最悪だよ、知ってました? コンビニのバイトって。
庄 田 九条さんコンビニでバイトしてるんですか?
庄田と島、テーブルの椅子に座る。
赤 坂 ていうか、ダメでしょ、それ。三十過ぎて夢追って。ひとりでやってんならイイですよ、誰も迷惑しないし、でもあの人は、仮にも九条家に婿入りした跡取りですからね? あり得ねえ、完全なパラサイトでしょ。人間のクズだよ。
庄 田 ……。
島 アキラくん、言い過ぎだよ。
赤 坂 いいんですよ。
庄 田 え? 今その、サトミさんと飲んでるってことですか?
島 ロビーでどうとかって言ってましたよね?
赤 坂 うん。あ、もしかして。あれ? これってミノルさん、意外と複雑な心境だったりします? ナオミさんと似てる女っていうのは。
庄 田 いや、そんな……。
赤 坂 いや、いやいやいや、旅先で出会う、亡き妻に似た女。ロマンチックですよ。ねえ?
庄 田 別にそういうことでは。
赤 坂 なんつったって、ホクロまで同じですからね。
庄 田 ホクロ……。
赤 坂 ダメですよ、あんな人間のクズに遊ばせといたら。ミノルさん奪っちゃってくださいよ。マジで。ねえ?
庄 田 ……。
島 行ってみますか? ロビー。
庄 田 ああ、いや……。
庄田、白装束を持って奥の部屋へ去る。
赤坂、テーブルの椅子に座る。
赤 坂 はぁ〜あ……モナコ行きたいっすね、早く。
奥の部屋から、庄田が戻ってくる。
島 明後日の命日には、なんとか行けてるといいですけど……明日、もう一回行ってみますよ、僕、大使館。
赤 坂 よし!(と、勢いよく腕立てをはじめるが)……とは言ってみたものの、気合いは入らず(と、床に倒れる)あ〜あ……ん?
赤坂、九条のベッドの下に落ちている、一枚の書類を見つけて、手に取る。
赤 坂 ……あの、ちょっと、これ、離婚届けなんですけど。
島 ん? なに?
赤 坂 離婚届け。
島 え? (と、赤坂から離婚届けを受け取り)ほんとだ……。
庄 田 ……。
島 お義姉さんのサインとハンコが。
赤 坂 ……自業自得ってことですか。
島 (庄田に)九条さんどうするつもりなんでしょう?
庄 田 や、私もいま初めて聞いたんで。
赤 坂 離婚問題勃発ですね。
島 ……ま、見なかったことにしましょうよ。
島が、離婚届けを、片付けようとすると、部屋の入口からトミオの声がする。
トミオの声 お邪魔しまーす!
赤坂は、離婚届を受け取り、九条のベッドに横になる。
島はソファへ。
庄田は、テーブルの椅子へ座る。
と、部屋の入口から、トミオが来る。
トミオ トミオくんがやって来ましたよ! なんつって。
一 同 ……。
トミオ ちょっとちょっと、ノリ悪くなーい? ノリ悪くなーい?
赤 坂 なんだよ、お前。どうせ、ヤリまくってテンション上がっちゃったってヤツでしょ?
トミオ いやいやいや、それがですね、大ニュースなんですよ!
片 山 おーい! (と、ベッドから起き上がり)お前らうるさいよ! わかってる? ここドミトリー! ドミトリーなの! わかってる? うるさいと、他の人が迷惑するよね? 違う? ねえ! 違う?
トミオ すいません。
片 山 今度は殺すからな! 頼むよ(と、ベッドに横になる)。
トミオ ……。
と、トミオは、テーブルの椅子に座る。
赤坂も、テーブルの椅子に移動して、
トミオ ……(小声で)いや、それがですね、大ニュースなんすよ!
赤 坂 なんだよ。
トミオ へへへっ、知りたいっすか? 知りたいっすか?
赤 坂 キミが言いたいんでしょ?
トミオ 違いますよぅ。大ニュースですから。
赤 坂 じゃ、教えてよ。
トミオ 実はですね、ここの隣りの部屋に……、
ふと、トミオは、ベッドで体を起こして、トミオの話の内容を気にしている片山と、目が合う。
片 山 (目が合って)……なんだよ。続けろよ。
トミオ ……(元に戻って)ここの隣の部屋に、なんと! 女の子がチェックインしました!
赤 坂 マジで!
片 山 (聞いている)
島 女の子。
トミオ しかも2人!
赤 坂 おお!
トミオ しかもしかも……女子大生ですっ!
片 山 女子大生っ!
トミオ (片山を見て)はい。
方 山 で? どうなの、それ? 見た目は?
トミオ 可愛いらしいんですよ!
片 山 ひゃっほう! (と、トミオとハイタッチする)
トミオ 行きませんか?
片 山 行こう行こう。
トミオ アキラくんも。
赤 坂 おう。
と、トミオ、片山、赤坂は、勢いよく部屋を出て行く。
島 (しばし躊躇していたが)あ、僕もちょっと。
と、続いて部屋を出て行き、庄田だけが、部屋に残された。
庄 田 ……。
庄田は、ソファから立ち上がり、舞台奥の壁の穴を覗く。
庄 田 (穴を必死に覗いて)……。
と、部屋の入口から、トミオ、片山、赤坂、島が戻って来る。
庄田、焦って、ベッドに飛び込み、寝ているフリをする。
庄 田 ……ぐぅ……ぐぅ(と、イビキをかくフリ)。
赤 坂 とりあえず、作戦立てよう、作戦。
トミオ ですね。
片 山 2対4だからな。
島 そうですね。
一 同 (考えている)……。
トミオ でも、まあ、勢いで、なんとかなるんじゃないですか?
赤 坂 そうだな。
片 山 行こう行こう。
島 はい。行きましょう。
と、再びトミオ、片山、赤坂、島は、勢いよく部屋を出て行く。
ので、しばらく待ってから、庄田は、ベッドから起き上がると、再び、舞台奥の壁の穴を覗く。
庄 田 (穴を必死に覗いて)……。
と、部屋の入口から、再びトミオ、片山、赤坂、島が戻って来る。
庄田、またもや焦って、ベッドに飛び込み、寝ているフリをする。
庄 田 ぐぅ……ぐぅ……。
赤 坂 ノックしても、出てこないよ。
トミオ どうしましょうかね。
片 山 鉄壁の守りだな。
島 そうですね。
一 同 (考えている)……。
トミオ ぶち破りますか?
赤 坂 いや、ルームサービスですって行けばいいんじゃないか?
片 山 それだ!
島 それですね
と、再びトミオ、片山、赤坂、島は、勢いよく部屋を出て行く。
ので、庄田は、再びベッドから起き上がると、懲りずに、舞台奥の壁の穴を覗く。
庄 田 (穴を必死に覗いて)……。
そこへ、部屋の入口から、サトミが顔を出す。
庄 田 (気付かず、体を動かしながら、穴を必死に覗いている)……。
サトミは、入口から誰も見えないので、そのまま部屋の中へ入って来る。
奥の部屋へ向かうと、舞台奥の壁の穴を覗く人影に気付いて、
サトミ !!
庄 田 (穴を覗いて)ん〜、顔が見えない……。
サトミ ……あの、
庄田、何を思ったか、その場で、寝ているフリをする。
庄 田 ぐぅ……ぐぅ……。
サトミ ……あのぅ、体調、大丈夫ですか?
庄 田 (声が、サトミだと気付き、顔を上げる)あ……はい。
サトミ そうですか。よかった。
庄 田 ……。
サトミ あの、九条さんは?
庄 田 あ、さっき、出て行って。
サトミ じゃあ、ロビーかな。ありがとうございます(と、部屋を出て行こうとする)。
庄 田 (ので)えっと、あの……。
サトミ え?
庄 田 ……実はまだ、ちょっと気持ち悪くて(と、ベッドに座る)。
サトミ そうなんですか? どうしよう、薬飲みました?
庄 田 ええ、薬は。あの、その、あ、水を一杯、もらえますか?
サトミ はい。
サトミ、テーブルのデキャンタから、コップに水を注ぎ持って来て、庄田に手渡す。
と、庄田は、コップごとサトミの手を両手で包みこむ。
サトミ あの……。
庄 田 ミノルって呼んでください。
サトミ え?
庄 田 ミノルって呼んでください。
サトミ ……はい。
庄 田 (コップを取り、一気に飲み)……ふぅ……ありがとう。美味しかったです(と、コップをサトミに渡す)。
サトミ (受け取って)……大丈夫ですか? 気持ち悪いの。
庄 田 ええ、少し。
サトミ (コップをテーブルに戻して)……じゃあ、わたしは、
庄 田 あの!
サトミ ん?
庄 田 あの、だから、あの……田淵がね、ホームランを打つんですけどね。レフトスタンド吸い込まれるようなホームラン。それ、わたしは、世界で一番美しいと思うんですよ。こう、外角低めの厳しいコースをフルスイングして放つ、滞空時間の長いアーチ。わかります?
サトミ ……野球?
庄 田 塁審ってわかりますか?
サトミ ルイシン? さあ……。
庄 田 一塁、二塁、三塁って、野球の審判なんですけどね、子供の頃からずっと、三塁の塁審になりたかったんです。極めつけが、その田淵のホームラン。一度でいいから、三塁の塁審の、あの位置から、見てみたかった……背番号22番から放たれる、空を舞うようなホームラン。世界で一番美しいホームランなんですよ。
サトミ へえ。
庄 田 高校の教師なんですけどね、わたし。心の中には、そういう夢が、ずっとあります……そういう男です。
サトミ はい。
庄 田 ……死んだ妻はね、浮気をしてたんですよ。黙って。や、黙ってない浮気っていうのはないんでしょうけど、とにかく妻はわたしに黙って男と関係してた……相手はね、知らないんですよ。それは、最後まであいつは言いませんでした。
サトミ ……。
庄 田 はははっ、わたしね、それを知ってどうしたと思います?
サトミ え? どうしたって、奥さんにですか?
庄 田 そう。わたしね、妻のを剃ってやったんですよ。妻の、下の毛を。
サトミ ……。
庄 田 貞操帯のつもりだったんです。
サトミ ……。
庄 田 だって、浮気ですからね。それくらいは当然だと思いますよ。わたしを裏切っていたわけですから。
サトミ あの、
庄 田 いや、言わないで。
サトミ ……。
庄 田 わたしは妻の浮気を知って、妻の下の毛を剃った。そして、次の日、妻はモナコに旅立った……それっきり、あいつは帰ってこなかったんです。
サトミ ……どうして。
庄 田 事故だったんですよ、着陸時の。整備ミスです……わたしは妻を……どう考えればいいのか、わからなくなってしまった。必要だった時間が、永遠に奪われてしまった。
サトミ ……。
庄 田 ……でも、ここであなたと出会った。
サトミ え?
庄 田 ……変ですか? そう考えるのは?
サトミ わたしは、ただの従業員です。
庄 田 ……あ、そうだ。
と、庄田は、ベッドのカバンに駆け寄り、小さな包みを取り出すと、その中からひとつの筆を手にして、サトミに見せる。
庄 田 妻のナオミです。
サトミ ……。
庄 田 モナコへ行くちょっと前に、妊娠がわかったんです……嬉しくてね。ふたりで、立派な虎の子に育てたかった……。
サトミ ……すいません(と、部屋を出て行こうとする)。
庄 田 ロビーに行くんですか?
サトミ え?
庄 田 ロビーで、九条さんと会うんですか?
サトミ え? 何ですか?
庄 田 行くんですか? 飲むとどうなるんですか? 飲んで、何をするんですか?
サトミ 失礼します。
と、サトミは部屋を出て行く。
庄田、ベッドに腰をおろす。
庄 田 (筆に)ナオミ……。
庄田は、その筆を自分の顔にあて、愛しそうに、筆先で顔を嬲る。
庄 田 ああ……ナオミ……。
暗転。
次回記事に続きます!引き続き、お楽しみに!
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