戯曲『ランナウェイ』(2/4)
戯曲『ランナウェイ』の2回目(全4回)の投稿です。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです!
【登場人物】
田所淳(39)………………………… 陶芸家
田所かずな/ヨシコ(25)………… 淳の妹、女優
丸山真太郎(28)…………………… 陶芸好きな会社員
望月由梨(26)……………………… 淳の恋人
小林みちお(30)…………………… 淳の友人
石井/キノシタ(32)……………… 映画監督
清水わかば/キョウコ(28)……… 女優
ケンタロウ緑山/コウジ(26)…… 俳優
依田・よっつん(28)……………… カメラマン
本木ヨウコ(35)…………………… 録音マン
沢田栄治(32)……………………… 制作
田所総一郎(65)…………………… 故人・声のみ
森田真澄(45)……………………… 淳の父の恋人
2
一時間後。
淳、畳に寝転び、手に持ったカセットテープを見ている。
淳 ……。
やがて、舞台奥から、望月由梨がお茶のペットボトルを手にやって来る。
由梨、首からデジタルカメラを下げている。
由 梨 ……森田さんって人、なんか号泣してるけど。台所で。
淳 なんで?
由 梨 知らない。ひとりでブツブツ言いながら泣いてたよ。
淳 ……。
由 梨 行かないの? ご飯。
淳 ……。
由 梨 ねえ。
淳 ……。
由 梨 あの人はどこ行ったの? 丸山さん?
淳 みちおと一緒に出てった。
由 梨 え? そうなの?
淳 そのうち戻って来るよ。
由 梨 ……じゃあ、戻って来たら行く?
淳 ふん。
由 梨 ……
由梨、デジカメを出して、横になっている淳を撮影する。
由 梨 (撮った写真を確認して)……ふてくされる陶芸家。
淳 ……それ意味ないから、もうやめたら?
由 梨 継続、継続!「継続は力なり」だよ。
淳 ……。
由 梨 ブログ見て、淳くんの商品に興味もってくれる人だっているんだから。
淳 ほんとかよ。
由 梨 いたじゃん、こないだ(と、椅子に座る)。
淳 ひとりでしょ? しかもあの時さ、結局買ってくれたの千五百円の茶碗ひとつでさ、それなのに由梨が「初めてのお客さんだから」って勝手にメールで送料タダにしちゃったもんだから、赤字だったじゃん。
由 梨 まさか北海道の人だとはね。
淳 ……由梨はさ、こう、感情で動くのちょっと考えた方がいいよ。それで人に迷惑かけることだってあるんだから。
由 梨 はいはい。
淳 ……なに?
由 梨 別に。
淳 言いたいことがあったら言ってくれよ。
由 梨 じゃあ言う。
淳 いいよ。
由 梨 淳くんだって、今思いっきり感情で動いてふてくされてるんじゃないの? それ人のこと言えないでしょ? 私もあるかもしれないけど、感情で動いて人に迷惑かけてるのって基本的に淳くんだと思うんだけど。
淳 知らねえよ……(と、由梨に背を向けて寝転がる)。
由 梨 ほら。
淳 ……。
由梨、ペットボトルのお茶を飲む。
由 梨 ……最近、なんかイライラしてない?
淳 はあ?
由 梨 ちゃんと話し合った方がいいと思う、私たち。
淳、立ち上がり、上手の棚へ行く。
由 梨 なに?
淳 ちょっと出て来る。
淳、棚に置いてあった町内の回覧板を手にする。
由 梨 どこ行くの?
淳 なに? そういうの全部由梨に言わなきゃいけないの? 俺は。
由 梨 そんなこと言ってないじゃん。
淳 ……回覧板。忘れてたから。
と、淳は上手に去る。
由 梨 ……。
と、舞台奥から、携帯電話の着信音が鳴る。
続いて、かずなが来て、手にしていた携帯電話に出る。
かずな (電話に出て)はい?……あ、栄ちゃん? どうしたの?……迷った? ほんと? 今どこ? わかんないか……うん、うん……そしたら、それ逆に進んじゃってるから、ちょっと戻って……そうそう。その郵便局の三叉路で、逆に行っちゃったんだよ、たぶん……うん、バス停のある道だから……はいはい。じゃあね……。
かずな、電話を切って、
かずな (由梨に)撮影の人。買い出し行ってて、道に迷ったって。
由 梨 へえ。
かずな お兄ちゃんは?
由 梨 いま出てった。
かずな うそ。
由 梨 回覧板だって。
かずな じゃあすぐ帰ってくるか。
由 梨 なに?
かずな や、森田って人、さっきから台所で黙って泣いてるから。
由 梨 言った。
かずな ほんと? なんだって?
由 梨 もうよくわかんない、あの人。
かずな ……。
かずな、由梨の向かいの椅子に座る。
かずな 由梨ちゃん、なんかあった?
由 梨 ん?
かずな なんかあるなら相談してよ。
由 梨 うん……。
かずな 言いたくなかったらいいんだけど。
由 梨 ……私、妊娠しちゃうかもしれない。
かずな ……え?「しちゃうかも」? って?
由 梨 このままじゃ妊娠しちゃうかもしれないの。
かずな ……ん? それは、どういう?
由 梨 淳くん、最近すごいんだよ。毎晩呼び出してくるし、来たら絶対そういうことになって、しかも、一回や二回じゃないんだよ。毎日、何回も……よく続くなっていうくらい、求めてくるの。
かずな ……えーと、
由 梨 ごめん。こんなことかずなに言っても困るよね?
かずな ま、正直いま困ってるけど。
由 梨 ……今までは、どっちかって言うと少ない方だったと思うんだ。それがなんか、ここ一、二ヶ月すごい数になってて。なんだか、私怖くって。
かずな ……避妊してる?
由 梨 ゴムはつける、あの人絶対。でも、ゴムしてても妊娠するって言うじゃん。
かずな それはまあ、つけるタイミングとかね。
由 梨 どうしよう? 妊娠したら?
かずな そうだなぁ……。
由 梨 淳くん、明日誕生日でしょ? 男の人の四十歳っていろいろあるって言うじゃん。だから、そういうこともあるのかなって思うんだけど……。
かずな でも、何もないよりはいいんじゃない?
由 梨 そうだけど……。
かずな 結婚とか、話はしないの?
由 梨 全然。
かずな 由梨ちゃんも?
由 梨 タイミングが難しくって。
かずな そうだよね。
由 梨 ……ぶっちゃけ、今のその回数が、嫌ってわけじゃないんだけど。なんか、不安になるっていうか。
かずな ちゃんと話してみたら? お兄ちゃんと。
由 梨 さっきもそう言ってはみたんだけどね。
かずな 煮え切らないからなぁ。
由 梨 ふん。
かずな 聞いてもらったら? みちおくんに。飲んでる時とか、男同士なら話すこともあるかもしれないし。聞いてもらうのもアリじゃない?
由 梨 みちおくんか……。
かずな なに?
舞台奥から、森田が来る。
森 田 (二人に会釈)
かずな ……大丈夫ですか?
森 田 ええ。すいません。
かずな や、いいですけど……どうぞ(と、椅子を進める)。
森 田 (座って)……泣いたら、少し気分が落ち着きました。
由 梨 ……なんで泣いてたんですか?
森 田 まあ、それは。
かずな ……。
と、上手から、買い出しに行っていた栄治と依田が、大きなビニール袋を二つずつ持って入ってくる。
栄 治 ただいまぁ。
かずな あ、おかえりなさい。
栄 治 ごめんねぇ、電話。
かずな わかった?
栄 治 わかったわかった。バス停を見逃しちゃってたんだよ。
依 田 いやぁ遠いっすね〜、スーパー。汗かいた。
かずな 歩いて行っちゃったから。
依 田 ふぅ〜。
と、栄治と依田、ビニール袋をテーブルに置く。
由 梨 こんにちは。
栄 治 あ、こんにちは。
依 田 お邪魔してます。
森 田 こんにちは。
かずな (由梨を指し)由梨ちゃん。お兄ちゃんのカノジョ。
由 梨 望月です。
栄 治 え? そうなんですか!
依 田 なんだ。彼女いたんだ。
かずな なにそれ?
栄 治 や、ちょっとさっきね。
かずな え? 怪しいんだけど。
依 田 あ、こっちの勝手なアレで。気にしないでください。
かずな ……。
森 田 ……。
栄 治 (森田と由梨に)僕ら、あの、自主映画の撮影でお借りしてて。
森 田 ああ。
由 梨 聞きました聞きました。
依 田 依田です。
栄 治 沢田です。
由 梨 (会釈)
森 田 あ、森田です。
かずな ねえねえ、あのさ、監督と本木さんって付き合ってんの?
栄 治 あれ? かずなちゃん知らなかったっけ? ラブラブなんだよ。
かずな へえ。びっくりしちゃったよ。
依 田 ここって海までどれくらいっすか?
かずな え? 海、車なら十分くらいだよね?
由 梨 そうだね。
依 田 海行きてえなぁ。
栄 治 この家いいよね。海も近いし、丘の上だから景色もいいし。
かずな ザ・島の生活って感じでしょ?
栄 治 うん。東京から二時間ちょっとだし。まあ多少、不便といえば不便だけど、自然があってさ、のんびりしてて。歳とって暮らすのとか、よさそう。
かずな ふん。
森 田 かずなさんは、東京にお住まいなんですか?
かずな あ、はい。そうですね。
森 田 そうですか。
由 梨 こっち戻りたくなったりしないの?
かずな ん。たまに思うけど……あ、監督たち呼んでこようか。
栄 治 あ、そだね。
かずな 由梨ちゃん、あっちでコーヒーでも飲む?
由 梨 うん。じゃあ。
森 田 ……。
かずなと由梨は、舞台奥に去る。
依 田 ……カノジョがいたとはな。残念だったね、栄ちゃん。
栄 治 だから違うってばぁ。もう!
森 田 ……。
栄治と依田は、袋から買って来たものをテーブルに出す。
お菓子、ペットボトル、お菓子、ペットボトル、お菓子、お菓子、ペットボトル、お菓子……出てくるのはお菓子ばかり。
森田、畳に移動して座る。
栄 治 そんな滅多にいないんだって、そういう趣味の人。
依 田 そうか? いると思うけどな、結構。
栄 治 ほんと?
依 田 うん。栄ちゃんとか。
栄 治 もう! やめてよぉ!
森 田 ……。
栄治と依田がじゃれ合っていると、舞台奥から、石井、本木、緑山、わかばがやって来る。
緑 山 お疲れさまでーす。
依 田 お疲れさまです。
石 井 遅いよ! 腹減って死ぬかと思った。
栄 治 ごめんなさい。
一同、テーブルの食べ物を見て、
石 井 なにこれ? お菓子ばっかりじゃん!
栄 治 スーパー行ったらさ、弁当とかおにぎりとか売ってなくて。
石 井 それで?
栄 治 とりあえず腹にたまるものを。
石 井 お菓子じゃたまんねーよ!
栄 治 ……。
石 井 なあ、ケンタロウ?
緑 山 まあ……でもいっぱい食べれば。
石 井 いっぱい何? 俺はお弁当が食べたいの!
栄 治 ……ごめん。
石 井 ただでさえ押してるのに、昼飯なんかでモタついて、撮りきれるの? 今日。
栄 治 ……。
石 井 ねえ?
栄 治 もう一回行ってきます。
石 井 撮りきれるのかって?
栄 治 みんなで頑張れば。
石 井 栄ちゃんだよ。栄ちゃんが頑張りゃいいんだよ!
栄 治 はい……車出してもらって、すぐ買ってきます。
石 井 車って誰の?
栄 治 ……かずなちゃんに相談してみる。
石 井 じゃあ、行ってこいよ、早く!
栄治、舞台奥に去る。
わかば、畳に座って、お菓子を食べる。
石井、椅子に座り、
石 井 はぁ〜あ。しょうがねえな……ヨウコ、ちょっとこれ片付けちゃおう。
本 木 うん。
と、テーブルのお菓子を片付けて、
石 井 じゃあ、カット割りなんだけどさ。
依 田 はい。
と、石井は台本を見る。
依田と本木も、台本を持って、石井のそばへ行く。
石 井 ここ、三ページ目の頭から、六ページの終わりまでが、ワンカットで、引きで……で、七ページ目の頭から、カメラは部屋の外に出て、八ページのシーン終わりまで、ワンカットで、引きで……あと、次の、シーン十二も続けて撮るけど、ここはシーンの最初から最後まで、ワンカットで、引きで……ちなみにここ、狙いとしては、風目線になって撮影したいんで、そよ風の気持ちになって、ワンシーン・ワンカット、手持ちの引きでいっちゃいましょう!
依 田 ……あのさぁ、石ちゃん。
石 井 ん?
依 田 俺はさあ、作家性とかよくわかんねーけど、なんで引きばっかなの? ロングショットばっかりじゃなくて、ちゃんと押さえるところはアップとか撮っといた方がいいじゃないの?
石 井 え? ほんとに?
依 田 今回さ、今まで一回もちゃんとアップの絵撮ってないじゃん。ものすごく分かりにくい作品になると思うんだけど、これじゃあ。
石 井 アップ? いる?
依 田 いるでしょ。
石 井 (本木)いるかな?
本 木 いるんじゃない。普通は。
石 井 ああ……。
本 木 ていうか、引いた絵ばっかりでマイクも遠いから、これまでひとつも使える音は録れてないけどね。
石 井 え? ほんとに?
本 木 (鼻で笑って)いやいや無理でしょ。音だけ別で録らないと。一個も使えないよ。
石 井 ……。
本 木 まあ別に、石ちゃんのこだわりなら、尊重したいと思うけど、私は。
依 田 でもそれは、計算した上でならいいけどさあ。感覚でやってたら、成立しないぜ。引き絵ばっかだと。
石 井 え? ほんとに?
本 木 石ちゃん、頑張って。
石 井 ……なんか、お腹痛くなってきちゃった。
と、舞台奥から、栄治、由梨、かずなが来る。
栄 治 すいません。じゃあ、ちょっと買い物行ってきます。
緑 山 あ、かずなちゃんも行くの?
かずな ううん。由梨ちゃんにお願いしたから。ちょっと表まで。
緑 山 ああ。
由梨、デジカメで、撮影隊の様子を撮影する。
一 同 ……。
由 梨 (満足げに撮影した写真を見る)
栄 治 じゃあ、行ってきます。
緑 山 行ってらっしゃい。
由 梨 行ってきまーす。
栄治、由梨、かずなは上手から去る。
わかば (お菓子を食べている)
依 田 ……とりあえずさ、もう一回台詞聞いてみて、ちょっと考えてよ。このシーンとか、ちゃんと割って撮った方がわかりやすいと思うし。
石 井 え? ほんとに?……じゃあ、ケンタロウとわかばちゃん、もう一回合わせてもらってもいいかな?
緑 山 はい。
緑山、ポケットに入れてあった台本を出して、シャツを脱いで、石井の近くの椅子に座る。
下に着ているTシャツには、手書きで「私はストーカーじゃありません」と書いてある。
わかばは、お菓子を食べながら、
わかば はぁ〜。
と、ため息をついて立ち上がり、椅子に座る。
石 井 ……じゃあ、読んでみようか。
緑 山 はい。
森 田 (石井たちの様子を眺めている)
石 井 よーい、ハイ!
緑 山 (台詞)待ってくれや、待ってくれや、キョウコ!……好っきゃねん! キョウコのこと。好っきゃねん!
と、どこからか、「ラ〜ラ〜ラ〜♪」と、小田和正の「言葉にできない」の着ウタが鳴る。
一同、気になるが、誰も動こうとしないので、出所がわからない……。
一 同 ……。
ので、台詞合わせが、なんとなく続く。
緑 山 ……(台詞)好きやねん。ワテ、キョウコのこと、好きやねん……おっさんやんけ、あんなもん。ど汚ないおっさんやんけ! どこがええねん! あかんのか? え? ワテじゃあかんのか!
わかば (台詞)……ごめんやで。
緑 山 (台詞)ワテの気持ち、なんでわかってくれへんねん?
わかば (台詞)もう、ウチの心は、キノシタさんのものやから。
緑 山 (台詞)そやかて、キョウコ、
森 田 (と、ふいに気付き)あっ。すいません! 僕でした。
と、森田は、ポケットから携帯電話を出して、着ウタを止める。
森 田 すいません。なぜか目覚ましがセットされてたみたいです。
一 同 ……。
わかば、ふいに立ち上がると、舞台奥に走り去る。
森 田 ……。
石 井 ……次はなに?
緑 山 さあ?
依 田 石ちゃん、行ってきてよ。
石 井 え? ほんとに?……ごめん。ちょっと、お腹痛くなっちゃったから。
と、石井はお腹を押さえて、上手に去る。
依 田 ……先輩行って来てくださいよ。
本 木 私?
依 田 女の方がいいでしょ。
本 木 ……。
本木、舞台奥に去る。
依田、買い物袋を手にして、
依 田 (ケンタロウに)これ、あっち持ってっちゃおう。
緑 山 あ、はい。
緑山、残った買い物袋を持って、依田と共に、舞台奥に去る。
森 田 ……。
森田、テーブルの椅子に座ると、携帯電話を置いて、ポケットから財布を出す。
財布から、写真を取り出して見ると、
森 田 (写真を見て)……総ちゃん。
と、再び、着ウタが鳴りはじめ、森田は涙ぐんできたのか、ポケットからハンカチを出して、目頭を押さえる。
上手から、かずなが来る。
かずな (森田を見て)……。
かずな、そのまま舞台奥へ行こうとするが、ふとした拍子に森田と目が合う。
森田、慌てて写真を仕舞うと、
森 田 なんで何回も鳴るんだ!
と、携帯電話の着ウタを止める。
森 田 すいません。なぜか、目覚まし時計がスヌーズ機能になっていたみたいで。
かずな スヌーズ……。
が立ち止まり、森田の向かいの椅子に座る。
森 田 (顔を上げて)……。
かずな 森田さん。
森 田 はい?
かずな また泣いてたんですか?
森 田 あ、すいません。お恥ずかしいところを。
かずな ……理由を教えてください。
森 田 ……。
かずな 気になるじゃないですか。突然いらっしゃって、泣いてばかりいたら。
森 田 すいません……言うと、お兄さんに殺されてしまいますから。
かずな そんなわけないじゃないですか。さっきは勢いで出ちゃっただけですよ、「殺す」なんて。
森 田 でも僕は、争いの種をまくために来たわけじゃないですから。
かずな ……泣きにきたんですか?
森 田 そういうわけでもないですけど。
かずな ……お父さんのこと知ってるんじゃないですか? 森田さん。
森 田 ……かずなさんは、お父さんのこと、どう感じてるんですか?
かずな 「どう」って、私は一緒に暮らした記憶もないですから、別に……。
森 田 でもお父さんでしょう。
かずな ……お母さんもお兄ちゃんも、大変だったと思うんですよ。お父さんに勝手にいなくなられて。お母さんが死んでからも、私はまだ小学生だったから、お兄ちゃんが全部親代わりだったわけだし。
森 田 ……。
かずな 好きとか嫌いとか、そういう感情はないですよ。でも……人間ってそんなに簡単に家族を捨てられるもんなんだなって……なんか、あきらめみたいなものが、植え付けられてると思うんですよね。私には。
森 田 ……。
かずな でも知りたいですよ。知れるなら……一応は、自分の親ですから。いま何をしてるか? どういう風に生きてるのか? 私のこと、どう思ってるのか?
森 田 ……。
上手から、丸山と、ラジカセを持ったみちおが、話しながら入って来る。
丸 山 ほんとですか? だって五十過ぎてるんですよね?
みちお そうだよ。そうなんだけど、すごいんだよ、イク子ちゃんのテクは! 培って来たものが違うから、本物は。
丸 山 元AV女優。
みちお スナック「イルカ」。ぴゅーぴゅー潮吹いちゃうから。
丸 山 すごいなぁ。イク子ママ。
みちお にゃはははっ。今夜行ってみる?
丸 山 お願いします。
みちお うんうん。
かずな みちおくん。変なこと誘っちゃダメだよ。
みちお ええ? 別に変なことじゃないもんねえ。
丸 山 そうですよ。女は海だっていう、良い話です。
かずな ……。
みちお あ、ラジカセあったよ、家に。
かずな うん。
森 田 淳さんは?
かずな もう帰ってくると思うけど。
みちお 淳くんも落ち着かないねえ。
と、みちお、ラジカセをテーブルに置く。
みちお 丸山ちゃん。ちょっとコーヒーでも飲む?
丸 山 あ、いただきます。
かずな 自分家みたいに言っちゃって。
みちお かずなさん、いいですか? コーヒーいただいても。
かずな どうぞ。
みちお やったぁ。行こうぜっ丸山ちゃん!
みちおと丸山は、舞台奥に去る。
かずな、ラジカセの電源を入れて、ラジオチューナーをいじる。
が、雑音が鳴るだけで、うまくチューニング出来ない。
森 田 工房を見させてもらっていいですか?
かずな (ラジオチューナーをいじりながら)……ええ。商品もあるんで気をつけてくださいね。
森 田 はい。
森田、下手(工房)に去る。
かずな (ラジオチューナーをいじっている)
が、雑音が鳴るばかり……。
やがて、かずなは、ラジカセの電源を切る。
舞台奥、カーテンの後ろに丸山が来る。
丸 山 (黙ってかずなの様子を伺っている)
かずな ……。
かずな、立ち上がって、下手(工房)へ行こうとする。
と、舞台奥の入口のカーテン越しに丸山が立っているのに気付く。
かずな え?
丸 山 ……。
かずな 何してるんですか?
丸 山 (カーテンを開けて出て来る)……「ヤマト屋」って民宿わかりますか?
かずな わかりますけど……。
丸 山 今日、そこに泊まるんですよ。
かずな そうですか。
丸 山 ちょっと来ませんか?
かずな え?
丸 山 夜、ドライブでも。
かずな ……なんで?
丸 山 「なんで?」って……かずなさんと、ゆっくり話がしたいんです。
かずな ……デートですか?
丸 山 すいません。誘い方が下手くそで……ご飯でもどうですか? 一緒に。
かずな 行くんじゃないの? 「イルカ」。
丸 山 行かないですよ〜。元AV女優ですよ? 汚らしい。
かずな ……さっき、なんで嘘ついたんですか?
丸 山 え?
かずな 割ったのに。
丸 山 ……見てたんですか?
かずな 見てないけど。
丸 山 誰も見てないんですよ? 割れた瞬間を。誰ひとり、ここにいる人たち……それなのに、なんで僕が割ったなんて言うんですか?
かずな だって、焦ってたじゃないですか、丸山さん。明らかに焦ってましたよ。
丸 山 焦りやすいんですよ。小心なんで、僕。
かずな ……。
丸 山 ……そんなに苛めないでください……好きですよ、僕。かずなさんのこと。なんでだろう? 好きだなぁって思うんですよ。
かずな ……。
丸 山 (かずなに向かって歩き出す)
かずな (ので)なに!(と、後ずさる)
丸 山 (立ち止まり)……また後で。
丸山、舞台奥に去る。
かずな ……。
上手から、淳が来る。
かずな (淳の厳しい表情を見て)……どうしたの? お兄ちゃん。
淳 こりゃ降り出すぞ、雨。
かずな そう……ちょっと外の空気吸ってくる。
と、かずなは上手に去る。
淳、ラジカセを見て、近づくと、テーブルの椅子に座る。
淳 ……。
淳、ポケットからカセットテープを出して、見る。
淳 ……。
淳、カセットテープを置いて立ち上がると、上手の壁際へ行き、ダンボールの箱の横に立てかけてあった、プラスチックのベースボールバットを手にすると、それを振り上げて、ダンボールを叩く。
淳、憤りをぶつけるように、何度もバットを振り下ろす。
淳 んっふっ……っんっふ……。
やがて、淳は、バットを投げ捨てると、テーブルに戻り、カセットテープを再び手に取る。
淳 ……。
淳、ラジカセの電源を入れ、カセットテープを入れると、再生ボタンを押す。
カセットテープが回りはじめる。
淳 ……。
やがて、カセットテープから、父・田所総一郎の声が流れ出す。
父の声 ……んおっほん……えー、テス、テス。ハロー……えーと、はじめまして……って、はじめましてじゃないか……。
下手(工房)から、ゆっくり森田が現れる。
淳 ……(テープを聞いている)
父の声 ……こんにちは。私がお父さんです……淳くん、かずなさん、お久しぶりでございます。お元気ですか?
淳 ……。
父の声 これを聞いてるってことは、つまり、そういうことなわけです。うん……こんなこと言っても、信じて貰えないかもしれないけど、君たちや、亡くなったお母さんは、僕にとって本当に大切な人です……そして、その、ごほっごほっごほっ……。
淳、ふと顔を上げると、下手(工房)入口に立つ森田と目が合う。
淳 ……。
森 田 ……。
淳、思わず、カセットテープの停止ボタンを押す。
森 田 聞いてください。
淳 ……。
森田、淳の向かいに座ると、ラジカセの再生ボタンを押す。
淳 ……。
父の声 ……えっえー、あらためて……こんにちは。お父さんです。君たちが、これを聞いてるということは、真澄がそこにいるってことだろう。まずわかってもらいたいのは、真澄が、君たちと同じように、お父さんにとって大切な人だということです……お父さんは、君たちに迷惑ばかりかけて生きてきてしまったけれど、この期に及んで、もうひとつご迷惑をおかけしてしまいます。先に謝る。ごめん!
淳 はぁ?
父の声 ……お父さん、どうしても、真澄と家族になりたいと思いました。
淳 家族って……(と、森田を見る)。
森 田 (淳を見て)……。
父の声 どうしたらいいかなぁ〜って考えて、お父さん、真澄を養子にすることにしました。
淳 養子?
父の声 養子ってわかりますか? つまり、そこにいる真澄が、君たちの兄弟になったってことです。
淳 は? なんだよ、兄弟って。
森 田 ……。
父の声 淳くん、かずなさん! お兄ちゃんが出来ましたよ!
淳、ラジカセの停止ボタンを押して、立ち上がる
淳 ……なに言ってんだよ、こいつ。ふざけんなよ!
淳、苛立たしげに、辺りを歩く。
淳 どういうことだよ!
森 田 ……総一郎さんは、五日前に、亡くなりました。
淳 は?
森 田 総一郎さんは、あなたたちのお父さんは……最後は、とても安らかに……まるで眠るように、微笑んで……。
淳 死んだ……?
森 田 ……もっと早く伝えるべきかとも考えたんですが、本人がそれをかたくなに拒んでいて……本人の遺言通り、こちらで葬儀は済ませました。
淳 ……。
森 田 葬儀を終えた後、お二人に会いに行って、伝えて欲しいと、僕に託して……これまでのこと、そしてこれからのことを……っんっくぃ……、
と、思わず涙ぐんだ森田は、ハンカチを出して、涙を拭う。
森 田 すいません……。
淳 ……。
森 田 総一郎さんは、立派な人でした……とても立派な、素晴らしい、
淳 家族ってなんだよ? 養子ってなんの話だよ!
森 田 ……まだ日本では、同性間での婚姻は許されていませんし。
淳 そういう問題じゃねーだろうが! だって離婚してないだろっ。親父とおふくろは、離婚したわけじゃないんだから。
森 田 でも、養子縁組みは出来ますから……よくある話なんですよ。同性のカップルでは。
淳 ……だからって、勝手に養子にするのかよ。
森 田 絆が欲しかったんです。何か形になる、確かに私たちが生きて、愛し合ったんだっていう証が。
淳 ……。
森 田 二十五年間、総一郎さんは私と一緒に暮らしてくれました……素晴らしい日々でした……でも、その時間を裏付けるものが私たちにはなかった! 男同士だから? 男と女じゃないから? そんなのおかしいでしょう? だって、誰よりも愛し合っていたんですから! 私たちは!
淳 そんなくだらないことに巻き込まないでくれよ!
森 田 私と、総ちゃんは、家族になったんです。
淳 ふざけんなよ! 何が「総ちゃん」だよ! 出てけ、ホモ! 出てけよ! ホモ野郎!
森 田 ……。
淳 早く!
森田、上手へ向かう。
森 田 (入口前で振り返り)……また来ます。
淳 ……。
と、森田は上手に去ろうとするが、
森 田 (上手の方を見て)……かずなさん。
淳 !!
上手から、かずなが来る。
森田、立ち止まったまま、かずなの様子を見る。
淳 ……聞いてたのか?
かずな うん。
淳 ……。
かずな、まっすぐテーブルまで行くと、椅子に座り、ラジカセの巻き戻しボタンを少し押して、すぐ再生ボタンを押す。
カセットテープが、途中から再生される。
父の声 ……養子ってわかりますか? つまり、そこにいる真澄が、君たちの兄弟になったってことです……淳くん、かずなさん! お兄ちゃんが出来ましたよ! わー、パチパチパチパチッ! おめでとうございまーす! パチパチパチパチッ。
かずな ……。
父の声 ……というわけで、お父さんから二人に伝えることは、以上です……新しい家族だ。真澄をお兄さんだと思って、いや、新しいお母さんだと思ってもいいかもしれないな……うん。みんなで、助け合って生きていってください! ではまた! みなさん、天国で会いましょう。さようなら……。
一 同 ……。
カセットテープが無音になる。
かずな、ラジカセの停止ボタンを押す。
淳 ……。
かずな ……初めて聞いたよ。お父さんの声……。
暗転。
(次回に続きます。ぜひ楽しみにお待ちください!)
お読みいただきありがとうございます!「スキ」「フォロー」していただけたら、とてもうれしいです! 楽しみながら続けていきたいと思ってます!