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戯曲『ランナウェイ』(3/4)


戯曲『ランナウェイ』の3回目(全4回)の投稿です。



どうぞ最後までお楽しみください!




【登場人物】


田所淳(39)………………………… 陶芸家

田所かずな/ヨシコ(25)………… 淳の妹、女優

丸山真太郎(28)…………………… 陶芸好きな会社員

望月由梨(26)……………………… 淳の恋人

小林みちお(30)…………………… 淳の友人

石井/キノシタ(32)……………… 映画監督

清水わかば/キョウコ(28)……… 女優

ケンタロウ緑山/コウジ(26)…… 俳優

依田・よっつん(28)……………… カメラマン

本木ヨウコ(35)…………………… 録音マン

沢田栄治(32)……………………… 制作

田所総一郎(65)…………………… 故人・声のみ

森田真澄(45)……………………… 淳の父の恋人




数時間後。

夜。

窓からこぼれ落ちる外灯の光の揺れから、外で雨が降っているのがわかる。

下手の畳の上には、印象的に照明が落ちていて、その下に、かずな、石井、緑山、わかばの四人が、向き合って座っている。

また、上手の入口あたりには、引きの絵をセッティングした三脚に乗ったビデオカメラを覗く依田と、マイクブームを差し出しヘッドホンをしている本木、立て膝をついた姿勢の栄治がいる。

いま、七人は、黙ったまま、なんとなく外から聞こえてくる町内放送に耳を傾けている……。


放送の声 夜半に向けて、雨脚が強くなって来るとの予報が出ています。高潮の危険もありますので、沿岸にお住まいの方々は、ご注意ください……繰り返しお知らせいたします。夜半に向けて、雨脚が強くなって来るとの予報が出ています。高潮の危険もありますので、沿岸にお住まいの方々は、ご注意ください。


やがて、放送が終わると、


本 木 はい。お待たせしました。音はオッケーです。

石 井 うん。じゃ、本番行こうか。

栄 治 はい!

石 井 (依田に)いい?


依田、「オッケー」と身振りで答え、石井は、劇用のカツラをかぶる。


石 井 本番。

栄 治 はい、本番! よーい、ハイ!

かずな (台詞)お兄ちゃん。ほんとにこの人と結婚したいの?

石 井 (台詞)したい。(わかばを見て)結婚する。

かずな (台詞)コウジくんだって、キョウコさんのことが好きなんだよ?

緑 山 (台詞)もうええねん! もう、ええねん……。

わかば (台詞)いま私は、キノシタさんのことを、愛してるんやから。

かずな (台詞)そんなの勝手すぎる!

わかば (台詞)ヨシコちゃん……私は、確かにコウジくんを別の意味で愛してるんやわ。だから、ヨシコちゃんが言うみたいに、もしかしたら今までは、私、キノシタさんに対してもズルイ考えを持っとったんかもしれん……そら、そら私は卑劣な女やもの。キチガイみたいな女やもの……そやかていっつも考えるんよ。『こんな風にしとったら、これからは、こない汚れた私、軽蔑するに違いない』って。

石 井 ……はい。カット。

栄 治 はい、カット!

石 井 うんうん。よっつん、どう?

依 田 まあ……引きなんで、感情も何も、わっかんないっすけどね。監督がいいなら、いいんじゃないっすかぁ。

石 井 ……。

わかば 監督。台本の意味がわからんのやけど。

石 井 ん? どこ?

わかば 「どこ」っていうか、キョウコって女の気持ちがわからんわ。全然。

石 井 ん〜、だからキョウコはさ、好きなんだよ。この、コウジのことも、キノシタのことも……とりあえず、それはわかる?

わかば わからん。だって浮気やん。

石 井 や、まあそうだけど……。

わかば 何か難しいことやろうとしてんちゃうん?

石 井 え?

わかば ていうか、監督がなんで役者もやるん? どっちかにしいや。どっちもまともに出来へんのやし。

石 井 ……ちょっと、休憩しようか。


石井、立ち上がると、舞台奥に去る。


一 同 ……。

依 田 栄ちゃん、ちょっと見てきたら? 監督。

栄 治 うん。


栄治、続いて舞台奥に去る。

依田、棚に移動して置かれていたラジカセの電源を入れて、ラジオのチューニングを合わせる。

雑音交じりの音楽が流れる。


かずな 私もちょっと。


かずなもまた、舞台奥に去る。

わかばは、台本を置いて、立ち上がると、棚に並んだ物を眺める。

緑山は、畳に寝転んで台本を読む。

依田と本木は、カメラとマイクを隅に寄せる。

と、そこへ、上手から、淳と由梨がやって来る。


 淳  あどうも。

依田・本木 (ので)お疲れさまです。

本 木 なに食べたんですか?

 淳  え?

本 木 なに食べたのかなあって。

由 梨 お好み焼き。

本 木 へえ。いいなあ。何玉?

 淳  (無視して依田に)ここ、まだかかりますよね?

依 田 そうですね。すいません、迷惑かけちゃって。

 淳  いえいえ。あっち(工房)は?

依 田 あっちは大丈夫っすよ。

 淳  (由梨に)ブログの写真でも撮る?

由 梨 うん。

 淳  今朝出来たのがあるから。

由 梨 あ、いいじゃん。


などと言いながら、淳と由梨は、工房に去る。

と、舞台奥から、栄治が走ってやってきて、


栄 治 ねえ! 監督、トイレに閉じこもって出て来ないんだけど!

依 田 え? なんで?

栄 治 わかんないよぉ。呼んでも返事しないんだもん。

依 田 マジで? しょうがねえな。

栄 治 ちょっと来てよ。

依 田 はぁ〜あ。

本 木 もう!


と、本木、依田、栄治は、舞台奥に走り去る。


わかば ……。

緑 山 (台本を読む)


わかば、椅子に座ると、ふいに着ていたTシャツを脱いで、水着姿になる。


わかば (音楽を聴いて体を揺らす)。


台本を読んでいた緑山が、タバコを吸おうと体を起こし、ふと、わかばを見て、


緑 山 わっ、びっくりした!

わかば なによ?

緑 山 ……タバコ、いいっすか?

わかば どうぞ。


緑山、タバコに火をつける。


わかば あんな、私、ミクシィで知り合った人がおるねんけど、その人さ、銀行員でな、私が日記に「暇や」って書くと、すぐ「風呂行こう」とか誘ってくんねん。


わかば、話しながら立ち上がると、棚のラジカセの電源を切って、音楽をとめる。


緑 山 風呂?

わかば 銭湯な、銭湯。なんか話しとったことがあんねんやんか、「近くに良い銭湯があるよー」とかさ、町のコミュニティやから、それで盛り上がったことがあんねん。

緑 山 ああ、なるほどね。


わかば、棚から灰皿を取って、椅子に戻る。

緑山、立ち上がって、テーブルの椅子に座ると、台本をテーブルに置く。


わかば せやけどさあ、あっちは男やし。嫌やなぁって思っとったら、今度その人、マニラに転勤になったねん。マニラ。

緑 山 へえ。

わかば 帰りたいなぁ、東京。

緑 山 え?

わかば 彼氏がさあ、今日は会える日やのにさあ。もうこんなん、すごい嫌やわ。

緑 山 なにやってるんですか? 彼氏(と、タバコを消す)。

わかば パチプロ。パチプロ、すっごい忙しいねん。東京とか埼玉とか横浜とか、関東全体がテリトリーやから、毎日飛び回ってんねん、店。

緑 山 へえ。

わかば だから、会うだけでも難しいねん。

緑 山 へえ。

わかば ほんま大変やなぁ思うわ、生きるって。

緑 山 へえ。

わかば ケンタロウくん、今めっちゃ私の胸見とったやろ?

緑 山 へえ……え?

わかば もう帰ったろかな。

緑 山 ダメですよ。

わかば ……ビール飲みたいなぁ。ビール買いに行こか? 暗いから付いて来てよ、ケンタロウくん。

緑 山 いいですけど。

わかば ほな、行こ。


わかば、脱いだTシャツを取って、緑山と共に、上手に去る。


舞台は、しばし無人。


と、工房から、はだけた服を直しながら、由梨が出て来る。

すぐ後を、淳が追って来る。


 淳  ちょっと由梨! 待ってよ!

由 梨 (立ち止まり)……なんで? なんで、そんなにしたいの?

 淳  ……頼むよ。

由 梨 理由を教えてよ。理由があるんでしょ? なにか。

 淳  ……しなきゃいけないんだよ。

由 梨 は? なんで?

 淳  だから、頼むよ。

由 梨 頼まれても困る!

 淳  ……。

由 梨 言ってよ、なんでも。話しをしてよ!

 淳  ……昼間、回覧板回しに行ったろ? 隣の石坂さん家。

由 梨 うん。

 淳  最近さ、あそこの犬が俺のこと変な目で見るんだよ……石坂さん家の犬って、昔っから放し飼いになってて、女の人にだけ噛み付くって有名なんだけどさ、ウチの親父、何度か噛まれてたんだ。男なのに。

由 梨 で?

 淳  ウチの親父だけなんだよ。男なのに噛まれたのは。

由 梨 だから?

 淳  ……俺も、もうすぐ噛まれるかもしれない。

由 梨 ……甘えてるだけじゃないの?

 淳  違うよ。「うぅー」って唸るんだから、あいつ。

由 梨 そんなこと言ったって、淳くん男じゃん。

 淳  男だよ。男だと思ってるよ。

由 梨 「思ってる」って、男だよ、間違いなく。

 淳  だけどあの犬は、女にしか噛まない犬なんだよ!

由 梨 そんなのわかんないじゃん。お父さんだって噛まれたんでしょ?

 淳  ……ウチの親父、ホモだったんだ。

由 梨 ……うそ。

 淳  親父が家を出てったの、何歳だったか知ってる?

由 梨 ……いくつだったの?

 淳  四十歳。あいつ、四十歳になって初めて、自分がホモだって自覚したんだよ。

由 梨 ……。

 淳  家族がいるのに、ホモだって自覚した途端、全部捨てて若い男と消えちゃったんだぜ。すげえよな、ホモって。

由 梨 ……。

 淳  俺、明日誕生日だろ? いくつになるかわかる?

由 梨 四十歳……だけどさ、

 淳  ねえ! 明日、四十歳になってさ、急に自覚しちゃうんじゃないの? 俺も。

由 梨 考え過ぎだよ、そんなの。

 淳  そう? そう思う?

由 梨 そうだよ。

 淳  だけど、俺にはあいつと同じ血が流れてるんだよ……だから、「まだ大丈夫」「まだ俺は男だ」って、毎日言い聞かせてないと、不安で……。

由 梨 でもそんなことって……。

 淳  ないかな? ないと思う? わかんないんだ、俺には。

由 梨 ……。

 淳  陶芸、窯焼き……とうゲイ! カマ!やき……バカみたいだけど、そういうキーワードがさ、なんか誘ってくるみたいで、怖くってさ。とうゲイ! カマ!やき。とうゲイ! カマ!やき。


淳、力なく、その場に座り込む。


由 梨 バカみたい。

 淳  だから「バカみたい」って言ったじゃない!

由 梨 ……大丈夫だって。


由梨、淳の前にしゃがんで、淳の頭を撫でる。

と、淳は由梨の体を掴み、


 淳  しよう。頼むよ。してくれよ。

由 梨 淳くん……。

 淳  由梨!


淳、由梨を押し倒そうとするが、由梨は、必死に抵抗する。

二人のもみ合いは、舞台上手の壁際で行われ、やがて、由梨が力一杯、淳を振り払うと、淳が体勢を崩し、そのせいで、壁際のダンボールがひとつ倒れ、中の物がこぼれ出る。


 淳  ……。

由 梨 やめてよ。こんなの。

 淳  ……。

由 梨 やめてよ……。


由梨、上手に去る。


 淳  ……。


淳、立ち上がり、ダンボールからこぼれた物を片付ける。

と、その中にあった古いファイルを手に取って見る。

紙製のファイルには、淳が小学生の頃の、作文が綴じられている。


 淳  (ファイルの中の作文を読む)


淳は、しばしの間、作文を読んでいたが、やがて、ファイルを壁に投げつける。


 淳  ……。


と、舞台奥から、かずなが来る。

淳、気付いて、平静を装う。


 淳  おお。いやあ、ちょっと倒しちゃってさ。


と、淳は、ダンボールからこぼれた物をまとめて片付け、ダンボールを元の位置に戻す。


かずな なにやってんの?

 淳  ん? だから、倒しちゃったんだよ。

かずな ふうん。

 淳  なに? どうした?

かずな 別に。


かずな、畳に寝転がる。


 淳  撮影は? 終わったの?

かずな まだ。監督がトイレから出て来ないんだって。

 淳  トイレ? 悪いの、どっか?

かずな 主演の女の人に嫌われちゃったから、落ち込んでるんだよ。

 淳  ……大変なんだな、映画って。

かずな 違うよ。監督がバカなだけ。

 淳  お前、すごい人だって言ってたじゃない。

かずな 言ってないよ。

 淳  映画祭で賞をとったすごい人だって言ってたろ?

かずな ああ、それは、来月やる映画だよ。石井さんのことじゃないって。

 淳  そうか……。


淳、ダンボールを片付けると、椅子に座り、テーブルに置かれていた、緑山の台本を見る。


 淳  (台本を開いて)……セリフいっぱいだな、これ。覚えるの大変だろ?

かずな まあね。

 淳  (台本を読んで)そら私は卑劣な女やもの。キチガイみたいな女やもの……。

かずな (寝返りをうつ)

 淳  (台本を数ページめくって、しばし黙読していたが)……なんか、難しいね、これ。

かずな お兄ちゃん。森田さんのこと、どうするの?

 淳  ん? どうもしないよ。

かずな 一緒に暮らすの?

 淳  なんでだよ。

かずな でも養子じゃん。

 淳  そんなのあいつらが勝手にやったことだろ。関係ないよ。

かずな そうなのかな?

 淳  そうだよ。

かずな ……由梨ちゃんは? 一緒に食事行ったんじゃなかった?

 淳  ふん……。

かずな ケンカ?

 淳  違うよ。

かずな 大切にしてあげてよ。

 淳  ……。

かずな って、何も言わないし。

 淳  ……ちょっと出て来るわ。

かずな ……。


淳、上手に去る。


かずな ……。


と、バランスが悪かったのか、淳が片付けたダンボールから、さきほどのファイルが床に落ちる。

かずな、立ち上がり、ダンボールの所へ行くと、ファイルを拾って、何気なく開き、中に綴じられている作文を見る。


かずな ……(作文を読む)「僕の夢」。3年1組、田所淳……僕のお父さんは、とうげい家です。とうげい家というのは、とうげいを作る人のことです。とうげい家は、とてもカッコイイと、僕は思います。僕の夢は、お父さんといっしょに、とうげいでできた家をたてることです。とうげいの家で、僕は、お父さんとお母さんと、いっしょにくらしたいです……。


かずな、ファイルを閉じダンボールに戻すと、続いて、ダンボールの中を探り、「日記」と書かれたノートを取り出す。


かずな ……日記なんか書いてたんだ、お兄ちゃん。


かずな、ノートを開いて、読む。


かずな (日記を読む)……八月十三日。今日、僕に妹ができた……なんだかうれしいので、今日から日記をつけることにする。父さんが考えた「かずな」という名前の、新しい家族……僕は「お兄ちゃん」になった……。


上手から、傘を持った森田が来る。

森田、かずなを見て立ち止まると、黙ってその姿を眺める。


森 田 ……。

かずな (日記を読んでいる)八月二十一日。スナック「イルカ」に父さんを迎えに行ったら、二十歳くらいの、すごくカッコイイ客と一緒にいた。その美少年は、父さんが、イク子ママに頼まれて行った東京旅行で知り合った人らしい……。


ふと、かずなは顔を上げる。


かずな (森田と目が合う)……

森 田 ……。

かずな ……(再び、日記を読む)八月二十五日。一昨日から、父さんが帰って来ない。

森 田 ……。

かずな (日記を読む)九月三日。今日、イク子ママが家に来て、母さんと話をしてた……父さんは、失踪したらしい。こないだの、カッコイイ、美少年と一緒に。

森 田 ……。

かずな ……。


かずな、日記を閉じ、ダンボールに戻す。


かずな (森田に)帰ったんじゃなかったんですか?

森 田 ……雨を見ていたんですよ。

かずな 雨?

森 田 バス停で雨を見ていて……気付いたら、三時間経っていました。

かずな ……大丈夫ですか?

森 田 そうしたら、なんだか総一郎さんに呼ばれた気がして……ココに戻ってきてしまいました。

かずな ……。

森 田 ……総一郎さんは、お酒を飲むと、よくお二人のことを話してたんですよ。

かずな ……。

森 田 愛してるのに、どうしたらいいのか、わからないんだって……愛し方がわからなくなってしまったんだって。

かずな ……愛し方なんて、わからないですよ。みんなそうじゃないですか? みんな同じですよ。

森 田 そうかもしれません。

かずな そうですよ。

森 田 ……寂しいですね。生きてるって。

かずな ……森田さんは、私たちが、ほんとに家族になれるなんて思ってるんですか?

森 田 僕は、そのために来たんです。

かずな それは森田さんの望みですか?

森 田 え?

かずな だって、いくら森田さんがお父さんを愛していて、養子になってるからって、私たちは初めて会ったんですよ? そんな人と、ほんとの家族みたいに、なれると思いますか?

森 田 ……一緒に暮らしたいとか、僕のことを好きになってくれとか、そんなこと、僕は望んでないんです……ただ、今はもういなくなってしまった人を……総一郎さんを愛していたのは、僕も、淳さんも、かずなさんも、同じですから。

かずな ……私は愛してるんでしょうか? お父さんのこと。

森 田 ……。

かずな というか、誰かのこと、愛するなんて出来るんでしょうか? 愛し方もわからないのに。

森 田 出来ますよ。

かずな なんで? なんで言い切れるんですか?

森 田 年の功ですかね? それでも、それは出来る。言い切れます。

かずな ……。


上手から、丸山の声がする。


丸山の声 お邪魔します。


ので、かずなは、やがて来る丸山に背を向けるように、下手に移動する。

上手から、丸山が来る。


丸 山 (かずなを見て)こんばんは。

かずな ……。

森 田 こんばんは。

丸 山 (森田に会釈して)……かずなさん。

かずな なに?

丸 山 ごめんなさい。行っちゃいました、「イルカ」。みちおさん、しつこいから、一杯だけ飲んで来ちゃったんです。すいません。

かずな ……。

丸 山 撮影どうですか? ドライブ、行けます?

かずな ……森田さん。

丸 山 え?

かずな 森田さん!

森 田 はい。

丸 山 ……。

かずな 似てますか? 私は……似てますか? お父さんに。

森 田 ……人に気を使う、優しいところが。

かずな ……。

森 田 それに、口元が、似てると思いますよ。

かずな ……お兄ちゃんもそうですよ。

森 田 え?

かずな ……人に気を使う、優しい、兄なんです。

森 田 ええ。

かずな ずっと二人で、そりゃあ大変なこともあったけど……私の人生はそんなに悪くないんだぞって、私、思うようにしてきたし、実際そう思えたりする時だっていっぱいあるんですよ。

森 田 はい。

かずな ……。


かずな、舞台上手のダンボールの所へ行き、さきほどのファイルを取り出して、森田に渡す。


かずな お兄ちゃんの、小学校の頃の作文。

森 田 (受け取って、ファイルを開き、作文を見る)

かずな ……でも、私は、知らなかったです。ずっと。そういう家族の感覚。

森 田 ……。

かずな 縁がないものだと思ってましたから。

森 田 ……遅くないですよ。今からでも。遅くない。

かずな それも年の功ですか?

森 田 ……。

かずな だって、お父さんはいないんですよ? いなかったんですよ? 産まれた時から。

森 田 でも、未来はあるわけだから。

かずな 未来……。

丸 山 頼りない話ですね、それ。

かずな え?

森 田 そんなことないですよ。生きていれば。

かずな ……(丸山に)丸山さん。

丸 山 え?

かずな 丸山さんは、私と家族を作ったら、どんな家庭にしたいですか?

丸 山 え? なんですか? いきなり。

かずな 例えばの話ですよ。例えば、私と家族を作ったら。

丸 山 いやいや、ちょっと待って。唐突だなあ。どういう文脈ですか? それ。

かずな 例えばの話ですよ。

丸 山 僕は、かずなさんのことドライブに誘っただけですよ? それがなんで家族になることと結びついちゃうんですか?

かずな え?

丸 山 嫌だなぁ。なんか誤解されちゃったのかな……ドライブですから! ただの。そりゃあ、人はそれをデートと呼ぶかもしれませんけど、ドライブですから! たかがドライブに誘っただけじゃないですか。やめてくださいよ。

かずな ……。

丸 山 なんか……さっきから聞いてましたけど、ちょっと深刻だなぁと思って。

かずな 深刻?

丸 山 苦手なんすよね、僕。そういう、深刻なの……勘弁してくださいよ。

かずな ……。

丸 山 あっ、そうだ。読んだんですよ、この島に来る前に。観光ブックみたいなもの。で、……や、そこにね、書いてあったわけですよ。「のんびり流れる『島の時間』に浸る、極上のひととき」とかなんとか……騙されちゃったなぁと思いましたよ。今、聞いてて。

かずな ……。

丸 山 あ、それじゃ言葉が悪いですね。なんか、あるんだなぁと思って。ここにも生活が。吐き気がするくらい凡庸な、生活が。

かずな ……。

森 田 当たり前じゃないですか。そんなの。

丸 山 まあ、そうですけどね……なんか。期待しちゃいました。天才陶芸家が、かつて家族と暮らした島っていうから。

かずな ……。

丸 山 がっかりしちゃったなぁ。なんだか。


丸山、森田が手にしているファイルを取り、開いて見る。


丸 山 (作文を読む)……僕の夢は、お父さんといっしょに、とうげいでできた家をたてることです……(鼻で笑う)ははっ。

森 田 ちょっと。

丸 山 お兄さんの字、汚いですねえ。

かずな ……。

森 田 あなたちょっと失礼ですよ。

丸 山 そうですか? すいません。


と、丸山、ファイルを棚に投げて置く。


丸 山 行きます? ドライブ。

かずな ……撮影があるから。

丸 山 ……そうっすか。じゃあ、帰ります。


丸山、上手へ向かう。


丸 山 (と、入口あたりで立ち止まって振り返り)……かずなさん。

かずな はい。

丸 山 あんまり、幻想を持たない方がいいですよ。父親とか、家族とか。

かずな ……。

丸 山 僕も父親がいなかったんで、わかります……でも未来なんて嘘かもしれないんだから。あきらめちゃった方がいいんですよ。

かずな ……。

丸 山 田所総一郎は、家族を捨てた、ゲイの、天才陶芸作家だからこそ、「良い」んですから。

かずな ……。

森 田 ……。

丸 山 じゃ。


丸山、上手に去る。


かずな・森田 ……。


遠くから、町内放送が再び聞こえて来る。


放送の声 引き続きお知らせです。雨脚が強くなってきています。大雨になると、高潮の危険もありますので、みなさんご注意ください。

かずな・森田 (放送に耳を傾けている)

放送の声 繰り返します。雨脚が強くなってきています。大雨になると、高潮の危険もありますので、みなさんご注意ください。


と、上手から、雨に濡れた緑山が、気を失ったわかばを背負って来る。


かずな (ので緑山に)なに?

緑 山 ちょっと、なんか倒れちゃって。

かずな え? 大丈夫?


緑山、わかばを畳に寝かせる。


かずな どうしたの?

緑 山 あの、ビール買いに行ってて。で、わかばさん、携帯でパチプロの人と話してたんすけど、なんか、雨で携帯がバリバリってなって、そしたら、バターンって。

かずな 倒れたの?

緑 山 はい。

森 田 感電ですか?

緑 山 わかんないっすけど。

森 田 救急車は? 呼びました?

緑 山 や、俺、住所がアレだったんで。

かずな アレ?

緑 山 わかんなくて。

かずな するよ。電話。

緑 山 すいません。


かずな、舞台奥に去る。


緑 山 携帯がビリビリってなったんですよ! あ、タオルを。


と、緑山も続いて舞台奥に去る。

森田、横になっているわかばを見る。


森 田 (わかばを見て)……。


舞台奥から、栄治がタオルを持って来る。


栄 治 あ、なんか倒れちゃったって。

森 田 ええ。感電したみたいだって。

栄 治 (わかばを見て)わかばちゃん……ああ〜。もう撮影出来ないよ〜。まったく……。すいません。ちょっと見ててください。

森 田 はい。


栄治、森田にタオルを渡すと、舞台奥に去る。

森田、わかばの近くに座ると、タオルでわかばを拭く。

それから、わかばの腕をとって脈をはかる。


わかば (気を失っている)

森 田 ……。


森田、わかばの腕を下ろし、わかばの髪を撫でる。


森 田 ……。


と、上手から淳が来る。

淳、森田と、倒れているわかばを見て、


 淳  ……なにやってんだよ? 


と、舞台奥から、かずなが来る。


かずな (森田を見て)どうですか?

森 田 (わかばの髪を撫でている)

 淳  なに? どうしたの?

かずな え? なんか、倒れちゃったみたいで。


と、わかばの髪を撫でていた森田が、突然、何かを思い出したのか、わかばから離れ、嗚咽をこらえるように、


森 田 んん……。

かずな 森田さん?

 淳  ……。

森 田 (舞台奥に向かって)誰か……誰か! 早く! 救急車を! 誰か!

かずな 今、呼びましたよ。

森 田 いませんか! 誰か! すいません!


叫ぶように大声をだす森田は、まるで現実と記憶の中の出来事が混同している様子で……。


 淳  ……。

森 田 どうしたらいい? どうしたら……誰か! 助けて! 誰か!……総ちゃんが、総ちゃんが……誰か! 救急車を! 早く! 助けて……助けて……。


と、森田は、ふいに力が抜けてしまったように、椅子に座る。


森 田 ……。

 淳  ……。

かずな ……大丈夫ですか?

森 田 ええ。

 淳  なんですか? 今の。

森 田 ごめんなさい。

かずな ……。

 淳  なんなんだよ。

森 田 え?

 淳  なんすか? 下手くそな芝居して。

森 田 ……ごめんなさい。思い出してしまって。

 淳  芝居でしょ? 役者でもないのに。

森 田 ……。

 淳  わかんないなぁ……養子だからって、今日からすぐ「家族です」みたいな顔出来ると思ってるんですか?

森 田 そんなこと、思ってないですよ。

 淳  欠落してんじゃないですか? 何か、人として!

森 田 ……否定は出来ませんけども。

 淳  欠落してんだよ! おかしいよ!

森 田 ……かずなさんにも伝えましたけど、僕は、別に今日から一緒に、淳さんやかずなさんと暮らしたいとか、僕のことを好きになってもらいたいとか、そんなこと思ってるわけじゃないんです。

 淳  当たり前だよ。

森 田 ただ、ただ僕らは、同じ、総一郎さんという、同じ人間を愛していたわけだから……。

 淳  同じじゃないでしょ?

森 田 え?

 淳  どう考えても同じじゃないでしょ? 違いますか?

森 田 どうしてですか?

 淳  「どうしてですか?」って。俺やかずなは、知りたくても知れなかったんですよ! 一緒にいたくても、父親と一緒にいることが出来なかったんですよ! 愛? 愛ってなんですか? 俺に愛があるんですか? 父親に対して!

かずな ……。

森 田 ……。

 淳  ……俺の話ですよ、あくまで。かずなのことまで代弁しようって言うんじゃない。けど、でもきっとこいつだって同じですよ。

かずな ……。

 淳  俺たちは、父親がいないまま二十五年間生きてきたんです。生活してきたんですよ! 二十五年間! 二十五年間の生活ですよ! それをあなたは、愛とか言う言葉でチャラにしようとしてる! そういうことを言ってるんですよ、俺は!

森 田 ……。

 淳  愛がなんですか! 俺に、父親への愛情なんて無いですよ、もう!


淳、近くにあった傘を投げ飛ばして、


 淳  無いんだよ! 愛なんて! ふざけんなよ! ホモのくせしやがってよう! 愛がなんだ、愛が! お前らケツの穴じゃねーか! ケツの穴に愛があんのか? あ? どうなんだよ! ホモ!

森 田 ……淳さん。「ホモ、ホモ」って言いますけど、「ホモ」はやめて下さい。「ゲイ」って、言ってもらえますか!

 淳  ゲイじゃねえんだよ、ホモ!

森 田 人を傷つけようとする言葉ばかり使わないでください。

 淳  上に立つな! 上に! あんたは兄貴でも親でもないんだよ!

森 田 ……。

かずな お兄ちゃん。

 淳  は?

かずな 私……森田さんと、話がしたい。たくさん。お父さんのこととか。私の知らないこと……。

森 田 かずなさん……。

 淳  ……なんでだよ? お前、捨てられたんだぞ?

かずな わかってる……だけど……。

 淳  なんでそんなこと言うんだよ。

かずな ……お父さんの声、優しかったから。

 淳  ……。

かずな 想像してたのと、全然違ったよ。お父さんの声。

 淳  ふざけた話し方だったよ。バカにしてたんだよ、家族のこと。

森 田 そんなことはない! 総一郎さんは、淳さんやかずなさんのこと、大切に思っていました!

 淳  嘘だよ、そんなの。

森 田 淳さん!

 淳  ……。

かずな 死ぬのわかってて録ったんでしょ? あのテープ。それなのに、ふざけてたなら、すごいじゃん。

 淳  ……。

かずな ……お父さんの声聞いたら、私、苦しかったこととか、憎いと思ったこととか、どうでもよくなっちゃったよ。

 淳  ……でも、戻ってくるよ、憎しみは。今だけだって、そんなの。後から絶対後悔するんだって。

かずな いいよ、それでも。

 淳  ダメだよ! そんなのダメだろう!

かずな なんで?

 淳  なんでもだよ!


淳、かずなに背を向けた際に、ふと、棚のファイルが目に入る。


 淳  (ファイルを手にして)これ。

かずな なに?

 淳  見たのか? 誰か?

かずな (ファイルに気付き)……。

 淳  見たのかって!

かずな 見たよ。

 淳  お前ふざけんなよ!


と、淳は、ファイルをかずなに投げつける。


かずな ……。


かずな、黙って俯いたままなので、


 淳  ……ごめん。


かずな、ファイルを拾って、


かずな ……私のお父さんは、とうげい家です。

 淳  ……。

かずな とうげい家というのは、とうげいを作る人のことです。とうげい家は、とてもカッコイイと、私は思います。

 淳  なんだよ、それ……。

かずな 私の夢は、お父さんといっしょに、とうげいでできた家をたてることです。とうげいの家で、私は、お父さんとお母さんとお兄ちゃんと、いっしょにくらしたいです……。

 淳  やめろよ!


と、淳は、かずなからファイルを取り上げる。

ファイルを奪われたかずなは、淳を叩く。

淳、かずなが振り上げる腕を払いのけるが、何度も何度もかずなは、淳を叩こうとする。


 淳  なんだよ……やめろって……ちょっと。


やがて、淳は、かずなの腕を押さえ込む。

と、かずなは、しゃがみ込んで、


 淳  ……。

森 田 ……。

かずな ……私、あきらめてた……もうずっと、小さい時から。あきらめてたよ……大人になっても、恋人だっていらないと思ってたし、家族は、お兄ちゃんがいれば、それでいいって思ってた。

 淳  ……。

かずな でも……なんでだろう? お父さんの声がさあ、「大丈夫だよ」って、「大丈夫だよ」って言ってるみたいでさあ……まだ、こんな私でも、出来るんじゃないかって……誰かのことを大切に想うこととか、繋がりたいって思うこととか……わかんないけど、私、まだあきらめたくないなって、思ったんだよ……誰かと家族になること、誰かを大切な人だって思うこと、私はまだ、あきらめたくないって……。

 淳  かずな……。

森 田 ……。

かずな 養子って聞いて、びっくりしたけど……私だって、家族が欲しいよ。

 淳  ……。

かずな お兄ちゃんだって、そうでしょ? もういないんだよ? お父さんは。死んじゃったんだよ。お兄ちゃんの好きなお父さんは。

 淳  好きじゃねえよ。

かずな 「一緒にいたかった」って今言ったじゃない。

 淳  ……。

森 田 総一郎さんも同じでした。「一緒にいたかった」って。

 淳  嘘だろ、それは。一緒にいることだって出来たわけだから。

森 田 ……。

かずな お兄ちゃん……。


しばし間。


遠くから、救急車のサイレンの音が聞こえる。


 淳  ……親父は、俺の憧れだった。

かずな ……。

 淳  子供の頃の話だよ。今はもう顔だって思い出せない。写真見たって、あの人がどういう人だったかなんて、どんどんわかんなくなる。

かずな うそ。

 淳  嘘じゃないよ。

かずな ……。

森 田 ……そういう時は、出来事を思い出すんです。

 淳  はあ?

森 田 一緒にご飯を作ったこととか、一緒に買い物に行ったとか。そういうこと。

 淳  ……。


しばし間。


 淳  (ふいに小さく笑い出し)……一回、親父がすげえ酔っぱらった時があったよ。すっ裸になってさ、庭で電線音頭はじめやがって……そしたら、石坂さん家の犬がものすごく吠えて、裸で追い回されてたよ、あいつ。「敦ぃ、助けてぇ!」って、裸で走り回って……。

かずな ……。

 淳  あの時、俺はじめて軽蔑したなあ。自分の親を。

かずな ……。

森 田 ほら、思い出せたでしょう?

 淳  ……くだらない、どうでもいい思い出ですよ。

森 田 そんなことが、一番大切じゃないですか。

かずな ……ねえ、そういう話、もっと聞かせてよ。聞きたいよ、私。

 淳  ……中学入ってすぐの頃に、親父と一緒に風呂に入ったんだよ。そしたらあいつ、俺のを見て、「おお、淳もチン毛がボーボーになってきたなぁ」って嬉しそうに……息子の股間見て、なに考えてたんだろうな。気持ち悪い。

森 田 ……。

かずな もうちょっと普通の話しがいいんだけど……。

 淳  ないよ。息子の股間見て笑ってる親だぞ。普通の話なんかあるわけないだろ!

かずな ……。

森 田 でも男親なら、息子のチン毛が嬉しいものなんですよ。

 淳  おい! 適当なこと言うなよ。大体、ホモは子供作れないだろ!

森 田 作れないけど、わかりますよ、それくらい……子供がいたらって、そういうことは、人一倍妄想しますから。

 淳  ……。

森 田 自分の子供に、チン毛が生えるなんて、奇跡ですよ! ああ、この子も生きてるんだなぁって、立派に大人になっていくんだなぁって、親なら思うはずですよ!

 淳  あのさあ! 何か、ちょっと良い話にしようとしてるけどさあ、あんたがしてるの、チン毛の話だぞ! わかってんのかよ!

森 田 いいじゃないですか! しましょうよ、チン毛の話! したいですよ、家族でチン毛の話。子供に生えてきたチン毛の話で、夕食がおいしくなるんですよ! 絆が深まるんですよ! だって、それが家族でしょう! 子供にチン毛が生えてきたってことが、一番の酒のつまみになるんですよ! それが家族だから!

 淳  ……だから下品だって言われるんだよ、ホモは。

森 田 人間らしいと言ってください。

 淳  そうだそうだ、めげないんだよな、ホモは。

森 田 羨ましいんですか?

 淳  ホモがチン毛の話しして、何をどう羨ましがれって言うんだよ。ふざけんなよ。

森 田 ……。


救急車のサイレンが近付いて来る。


一 同 (なんとなく外を気にして)……。


と、舞台奥から、栄治と緑山が来る。


緑山の声 (栄治に)バリバリって言ったんですよ。バリバリって……。

栄 治 来たから、来たから(と、言いながら出て来て、森田たちに)あ、どうも……ちょっと、外見てきますね。救急車。

かずな うん……。


栄治、上手に去る。

緑山、眠っているわかばを見て、


緑 山 (かずなに)……大丈夫ですかね? この人。

かずな ……。

 淳  (森田に)俺はあんたとチン毛の話をするつもりはないですから。

森 田 ……。

緑 山 え? なんですか、チン毛の話しって?


と、上手(外)から、犬の吠える声がする。


犬の声 ワンッワンッ! ゥゥゥウウッ! ワンッ、ワンッワンッ!!

栄治の声 うわぁぁ! 痛っ、痛っ、痛いってば!


犬に噛まれたのだろうか、栄治の悲痛な声が響く。


 淳  バカ……。


と、淳は上手に走り去る。


緑 山 ワンワンって言ってるよ! ワンワンって!


と、緑山も叫びながら上手に去る。

残された森田とかずなは、しばし無言で目を合わせる。


森田・かずな ……。


救急車のサイレンが近付いて来る。

雨の音が激しくなる。

続いて森田も、上手に走り去る。


かずな ……。


暗転。



(次回が最終回となります。お楽しみに!)


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