戯曲『ランナウェイ』(1/4)
これまでに手がけてきた戯曲を公開します。
今回投稿するのは、『ランナウェイ』という作品です。
全4回に分けて投稿していきます。
公演時の詳細情報については、前回の記事をご覧ください。
上演時間2時間程度の作品で、それなりに長いので、ぜひお時間あるときにでも読んでいただけたらうれしいです!
あらすじ
初夏。
島で暮らす主人公・淳(あつし)のもとに、東京で暮らす妹・かずなとその仲間たちがやって来た……。
女優を目指しているかずなは、仲間たちとともに自主制作映画の撮影をするのだという。
そんななか、淳のもとに思いがけない客が訪れる。
それは、かつて淳たち家族を捨てた父・総一郎と親しかった人物で……!?
【登場人物】
田所淳(39)………………………… 陶芸家
田所かずな/ヨシコ(25)………… 淳の妹、女優
丸山真太郎(28)…………………… 陶芸好きな会社員
望月由梨(26)……………………… 淳の恋人
小林みちお(30)…………………… 淳の友人
石井/キノシタ(32)……………… 映画監督
清水わかば/キョウコ(28)……… 女優
ケンタロウ緑山/コウジ(26)…… 俳優
依田・よっつん(28)……………… カメラマン
本木ヨウコ(35)…………………… 録音マン
沢田栄治(32)……………………… 制作
田所総一郎(65)…………………… 故人・声のみ
森田真澄(45)……………………… 淳の父の恋人
1
東京・竹芝から、高速船で二時間弱。
そこには、観光地として知られる小さな島がある。
一年を通して、比較的穏やかな気候のその島には、海があり、山があり、自然があり、訪れる者は絶えない。
初夏。
心地よい暑さが、心を解放する季節。
島には、きっと今日も、のんびりとした時間が流れているのだろう。
舞台は、なだらかな起伏のあるその島の、見晴らしの良い丘の上に建つ一軒家。そのガレージ。
十年ほど前に行われた増築工事によって、新たに建て増したその場所は、住居の玄関と、陶芸のための工房を繋ぐ、ガレージのような空間になっているのだった。
古い木材の家具と共に、不要になった生活用品や、陶芸のための道具が置かれている、住居と工房と物置が混在したような、白壁の空間。
舞台上手(客席から向かってステージ右側)に入口。
そこから出てすぐ外には、トイレと水場、ガレージから庭に出る扉があるだろう。
舞台下手(客席から向かってステージ左側)奥に、薄いカーテンで仕切られた(透けて見える)住居入口。
この家では、その先にある住居の玄関部分で靴を脱ぐことになっている。
(※ 住居は、玄関を入って、左手にトイレと風呂場。右手に階段。正面の廊下を進むと台所と居間。二階部分は、階段上の廊下の右手に二つの和室を繋げた、淳の部屋。かつては、奥が父母の部屋、手前が子供部屋だったが、母の死後は、奥が淳、手前がかずなの部屋となった。)
舞台下手に、工房への入口。
こちらも薄いカーテンで仕切られている。工房には、陶芸のための窯、ロクロ、大きな作業台や、着色用の道具が並んだ棚などがあるだろう。
舞台上、上手の壁は、増築後に設置した簡易的な壁で、ガレージの団らん部分と、ガレージ入口・(壁の設置時に作った)トイレ・水場部分を仕切っているもの。
壁際には、棚、不要な生活用品や陶器の失敗作が入ったダンボール、自転車などが置かれている。
舞台中央に、大きめのテーブルと椅子が四脚。
奥の壁際にも棚があり、ここには、陶芸の資料や、淳の読んだ漫画や本が置かれている。
下手壁側には、一段高い、畳が敷かれた、くつろぐためのスペースがある。
時刻は、ちょうど昼時。
舞台上には、いま誰もいない。
と、舞台奥の入口から、沢田栄治が来る。
栄 治 (部屋に誰もいないのを見て、工房を覗き、それから外へ行こうとする)
と、舞台奥(住居)から、声がする。
石井の声 オンリー本番!
栄 治 (ので、誰もいない部屋に向かって)はい、オンリー本番。音録りまーす。お静かにお願いしまーす。
と言って、しばし立ち止まったまま。
栄 治 ……。
住居では、録音(オンリー)の本番を行っているのだろう。
栄治、やがて静かに歩き、中央の椅子のひとつに座ると、テーブルに上半身をうつぶせる。
栄 治 はぁ〜ぁ。
と、上手入口から、タオルで手を拭きながら、田所かずながやってくる。
かずな (栄治を見て)あ。サボってるよ。
栄 治 (顔を上げると、かずなに向かって、「本番」を知らせる「指で円を描く」動作をする)
かずな ……。
二人、しばし静止したまま……。
やがて、舞台奥(住居)から、再び声がする。
本木の声 はい。オッケーです。
石井の声 はい、オッケー!
ので、二人は緊張を解き、
栄 治 サボってないよ。
かずな そう?
かずなは、タオルを首にかけ、工房へ向かう。
かずな でも疲れたんじゃない?
栄 治 いやいや、雑用ですから、制作スタッフは。
かずな それが一番大変なんじゃん。
と、かずな、下手(工房)入口のカーテンを開けて去る。
栄 治 大丈夫大丈夫。
栄治、工房の入口前まで行って、カーテン越しに工房の中を覗く。
かずなは、工房の中で陶器を選んでいるのだろう。
栄 治 ……今回はほんと助かりましたよ、かずなちゃんがいてくれて。
かずなの声 なにそれ?
栄 治 いやいや、だって、すっかりかずなちゃんに甘える形になっちゃって。
かずなの声 だって私も出てるんだし。
栄 治 そうだけどね。ほんとは僕も自主映画だからって、女優さんにねえ、スタッフみたいなことさせたくないんだけど……今回はほんとすいません。
かずな、陶器をひとつ手にして、下手(工房)入口から出て来る。
かずな 好きでやってるやつだからいいんだって。
栄 治 お兄さんも、大丈夫かな? 突然だったし。
かずな いいんじゃない? さっき楽しそうに見てたでしょ。
栄 治 (椅子に戻りながら)ならいいけど。
かずな、栄治の向かいに座る。
栄 治 (顔を近づけ)ちょっといい男だよね、お兄さん。
かずな そうかぁ?
栄 治 うん。かっこいいよ。
かずな ……(顔を近づけ)栄ちゃんって、やっぱりちょっとそっちの気があったりするの?
栄 治 は? ないない。ないよ。
かずな けっこう反応するよね? いい男に。
栄 治 そうかな? そうでもないと思うけど。
かずな 怪しいんだけど。
栄 治 だって好きだよ、かずなちゃんのこと。
かずな ほら、そういうこと言っても、口説かれてる感じしないもん。
栄 治 えー、ひどいなぁ。
かずな あ、でも、お兄ちゃんの前では男らしくしとかないとダメだよ。あの人嫌いだから、そういうの。
栄 治 え? そうなんだ。
かずな なよなよっとしてると、出てけって言われるから。
栄 治 ほんと? なんかそれワケあり?
かずな まあね。ウチ、お母さんも早く死んじゃったし、いろいろあったから。
栄 治 そうなんだ。
舞台奥から、田所淳と丸山真太郎が来る。
淳 沢田さん。
栄 治 はい。
淳 呼んでますよ、あっちで。
栄 治 あ、はい。すいま……おうっ。悪いな! 助かるぜっ。
淳 ?
栄治、男らしく、舞台奥に去る。
淳 なにあれ?
かずな や、悪い人じゃないんだけど。
淳 ふん……あ、ここどうぞ(と、椅子を勧める)。
丸 山 はい(と、椅子に座る)。
かずな 麦茶でいい?
淳 そうね。
丸 山 すいません。
かずな いいえ。ごゆっくり。
かずな、舞台奥に去る。
淳、舞台上手の棚へ行き、資料をまとめる。
丸 山 ……いやぁ、面白いですね、映画って。
淳 ああ。僕もはじめて見たんですよ、撮影現場って。
丸 山 なんか作業が細かいから、よくわからないですけど、一個ずつ撮っていってるわけですもんね、アレ。それで一本の映画になるんだから、大変ですよね。
淳 ええ。
丸 山 僕なんか、職場もほとんどパソコンに向き合ってるだけですし、休みっていうと陶芸で、ずっとひとりの作業ですから、人と一緒に何か作るっていうのが新鮮というか。
淳 わかりますよ。僕も一緒だな。陶芸なんかやってる人間は向いてないんでしょうねえ。
丸 山 ですよね。
淳、資料を持って、丸山の向かいに座り、資料を丸山に渡す。
丸 山 (受け取って)あ、すいません。拝見します。
淳 今でもまだ、たまに問い合わせなんかがあるんですよ、父の作品について。だからまあ、しょうがないんで簡単にまとめたんですけど……わかる範囲なんでね、なかなか細かいとこまではアレなんですが。
丸 山 (資料を見ながら)……やっぱり似てらっしゃるんですね。
淳 え?
丸 山 この写真。今の淳さんと同じくらいの頃じゃないですか?
と、丸山は、資料の中の、子供の頃の淳と「父・田所総一郎」が一緒に写った写真を示す。
淳、写真を一瞥して、
淳 ああ。
丸 山 ……二十五年前に失踪されて、それから一度もお会いになってないんですか?
淳 会ってないですねえ。
丸 山 じゃあ、今どうされてるかも、やっぱり……。
淳 どうしてんでしょうねえ? まあ、もう会いたいとも思わないですけど。
丸 山 ……。
淳 (名前が出て来ず)えっと……、
丸 山 あ、丸山です。
淳 丸山くんは、どこで父のこと知ったんですか?
丸 山 あ、僕が通ってた陶芸教室の講師の人が、昔ちょっと田所さんとお知り合いだったっていうアレで。
淳 ああ、そういう。
丸 山 ええ。で、その講師の人が勤めてる大学のアトリエに、ひとつだけ残ってる田所さんの、「私の愛」っていう作品を見せてもらって。
淳 「私の愛」ね……あれ、ムーミンのニョロニョロみたいな奴でしょ?
丸 山 ええ。それがなんか衝撃で、ハマっちゃったんですよね、僕……最初は結構びっくりしたんですよ。田所さんの作品ってすごい、なんて言うんだろう、前衛じゃないですか。僕なんて陶芸っていったら茶碗とか、コーヒーカップとか、そういうイメージだったから。
淳 前衛芸術なんて必要ないですよ、普通。
丸 山 ……(資料を指して)コレなんか、陶芸っていうか、建築みたいですよね。
淳 ええ。
舞台奥から、かずなが、麦茶の入ったコップ二つと、(さきほど選んだ陶器に入れた)果物を、お盆に乗せて来る。
かずな、丸山と淳の前に、麦茶と果物を置く。
かずな どうぞ。
丸 山 あ、いただきます。
かずな 借りた、これ(陶器)。
淳 うん(と、陶器を見て)これも、なんだかイメージと違っちゃって。
かずな 全然いいじゃん。
淳 惜しかったんだよなぁ。
かずな (丸山に)細かいんですよ。
淳 なに?
丸 山 だって作家さんですもん。
かずな ま、そうですけど。
淳 お前そんなことよりさ、出番ないの?
かずな え? あるよ。まだ呼ばれないから、時間かかってんじゃない?
淳 ふうん。かずなが主役じゃないの?
かずな 主役じゃないよ。
淳 主役じゃないのかよ。
かずな 違うよ。そんなことひと言も言ってないじゃん。
淳 主役にしてもらえよ。せっかく俺の家まで提供してんだから。
かずな は?
淳 言ってきてやろうか?「兄貴の家を借りて撮影してんだから、妹を主役にするべきだろう」って。
かずな やめてくれる? 恥ずかしいから、ほんと、そういうの。
淳 (丸山に)こいつね、ダメなんですよ。優しすぎて。
丸 山 ああ。
かずな お兄ちゃん映画のことわかってないんだから。
淳 わかってるよ。
かずな わかってないよ。
淳 わかってるよ。
かずな わかってないよ。
丸 山 (淳に)え? 主役は誰なんですか?
淳 主役はねえ、えっと……。
かずな 主役は、えっと、ちょっと背の高い、キレイな人で、清水わかばさんって人。
丸 山 へえ。
淳 お前の方が可愛いじゃない。
かずな は? 気持ち悪いんだけど。
淳 こいつ可愛いですよね?
丸 山 はい。可愛いです。
かずな ちょっと丸山さん。
淳 バカ、お前、家族が言うんだから間違いないよ。
かずな ……。
淳 結構歳が離れてるじゃないですか、かずなと僕。一回りちょっと違うんですけど、歳の離れた妹だからか、可愛くてねえ。
丸 山 お父さんは天才アーティストですし。
淳 いやまあ、それはアレですけど。
かずな やっぱ、お父さんって天才なんだ。
淳 天才はどうかな。
丸 山 や、僕はそう思いますよ。
淳 ま、陶芸の腕は認められても、なんだかんだ言って結局、家族を捨てて失踪したダメ親父ですからねえ、こっちにしてみたら。
丸 山 ああ。
かずな 私なんか、生まれてすぐだったから思い出もないし、顔だって写真でしか知らないですから。
丸 山 そうなんですか。
かずな 天才より、家族を大切にしてくれる人の方がいいよね?
淳 そりゃそうだろ。
丸 山 ん〜。
かずな 私、お兄ちゃんが結婚しないのだって、お父さんが原因だと思うんだけど。
淳 なんだよ、それ。
かずな 思わない? 絶対あると思うんだけど、そういうの。
淳 ないです。
かずな 結婚したいと思うなぁ、由梨ちゃん。
淳 どうしてそこに繋がるんだよ。
かずな すればいいのに。
淳 お前、人のこと言えないだろ。
かずな は? 私の話は関係ないじゃん。
淳 東京で付き合ってる男とかいないのかよ?
かずな そうやって誤魔化して。
淳 誤魔化してないよ。
かずな 結婚すれば? もう四十なんだし。
淳 まだ三十九だよ。
かずな あ! お兄ちゃん、明日誕生日じゃん。ちょうどいいからプロポーズしちゃえば?
淳 おいっ……いま仕事してんだから、もうあっち行け。
かずな 行くけどさ(と、立ち上がり)……してあげなよ、結婚。私は賛成だよ、由梨ちゃんなら。
淳 そのうちな。
かずな またぁ。ちゃんと話し合った方がいいって。
淳 わかってるよ。
と、舞台奥(住居)から、声がする。
石井の声 テストいこう!
栄治の声 はい。テスト!
三人、なんとなく静止して……。
石井の声 テスト! よーい! はいっ!
三人、本番の間、なんとなく台詞を聞いている……。
緑山の声 待てよっ、キョウコ!……好きだ! キョウコのことが好きなんだよ!……おっさんじゃねーか、あんなの。汚いおっさんじゃねーかよ! どこが良いんだよ! ダメなのか? え? 俺じゃダメなのか!
緑山の台詞が続く中、かずなは、丸山を盗み見する。
すると、ふいにかずなを見た丸山と目が合い、かずなは、慌てて視線をそらす。
淳は、そんな二人のやりとりを気付かないまま、しばし静止した後、果物を食べはじめる。
石井の声 カット!
栄治の声 はい。カット!
三人、緊張を解いて、
丸 山 ……深刻な恋愛ですね。
かずな え?
淳 ダメだよ、ありゃ。あんなに熱い男、うっとうしいだろ。嫌われるよ。なあ?
かずな 私に聞かないでよ。
淳 暑苦しい。あんなんやめとけよ。
かずな 役だから。
淳 役でも、もっとあるだろ、なんか。
かずな 知らないよ。脚本なんだから。
淳 あ、もしかしてお前がカノジョなの?
かずな は?
淳 お前、あんな男と付き合ってんの?
かずな 付き合ってないし。
淳 役だよ、役。キョウコっていう役。
かずな だから私は違うって。
丸 山 え、かずなさんはどんな役なんですか?
かずな 私は……あのキョウコって人が好きになる男の人の妹。
丸 山 キョウコって人が? 好きになる男の人の、妹?
淳 それわかりにくいから、やっぱり主役にしてもらえって。
かずな うるさい。
淳 ……。
舞台奥から、撮影隊の面々が現れる。
栄治、カメラを持った依田、マイクブームを持った本木、俳優のケンタロウ緑山。
かずな あ、お疲れさまです。
撮影隊 お疲れさまでーす。お邪魔してまーす。
などと、口々に言いながら入って来る。
依田、本木は、機材を畳の上に置く。
かずな 休憩?
栄 治 うん、お昼。
かずな もうそんな時間だ。
淳 (丸山に)あ、そろそろ焼き上がったんじゃないかな?
丸 山 窯ですか?
淳 うん。工房、見てみる?(と、資料を持って立ち上がる)
丸 山 はい。ぜひ。
淳と丸山は、下手(工房)に去る。
本 木 かずなちゃん、トイレある?
かずな あるよ。こっち。
と、かずなと本木は、上手入口へ去る。
依 田 (栄治に)「トイレある?」って失礼にもほどがありますよね?
栄 治 え?
依 田 バカにしてるじゃないですか、「お前ん家、トイレあんのかよ?」って。
栄 治 (淳を気にして)……。
依 田 先輩あいかわず超ドンクサイから、腹立っちゃって。
栄 治 (工房の方を気にしながら)……バカやろう! 男は男らしく、人の悪口を慎みたまえ、依田くん!
依 田 ……は?
栄 治 (工房を気にして)……(小声で)うそうそ。
依 田 なんすか? 今の。
栄 治 (小声で)やだ、怒んないでよ〜、よっつん。
依 田 意味わかんないんすけど。
栄 治 (小声で)や、なんかさぁ、男らしいのが好きなんだってさ、お兄さん。ちょっとでも女々しいと怒っちゃうって言うんだよ。
依 田 お兄さんが? 優しそうに見えるけどなぁ。
栄 治 (小声で)借りてる立場だから気をつけないとさ。撮りきれなくなっちゃうし。
依 田 まあ、そうですけど。(小声で)男らしいのが好きって、それ、ホモってことですか?
栄 治 ええ!?(小声で)お兄さん、そうなのかな?
依 田 栄治さんちょうどいいじゃないですか。
栄 治 バカァ。僕は違うよぅ。
と、舞台奥から、石井が来る。
栄 治 お疲れさまぁ。
石井、それには答えず、
石 井 (緑山に)ダメだよ。全然ダメ。わかってない。
緑 山 ……。
石 井 お前に言ってんだよ! ケンタロウ!
緑 山 はい。
石 井 ケンタロウ緑山!
緑 山 はい。
石 井 大体よぅ、なんだよ「ケンタロウ緑山」って。お前、「緑山ケンタロウ」だろ?
緑 山 ケンタロウ緑山です。
石 井 ……芸名付けてもさぁ、芝居出来なきゃ意味ねーじゃん!
緑 山 ……。
石 井 なんなの? なんで変える必要があるわけ? 名前なんか。
緑 山 あの、大器晩成だったんで。
石 井 何が。
緑 山 姓名判断で見てもらいまして。「緑山ケンタロウ」だと大器晩成なんですけど、それだと売れるの遅いってことじゃないですか。だから、もうちょっと運気が早く上がるようにって。それで……。
石 井 どうでもいいな!
緑 山 や、でも大器晩成だったんですよ。
石 井 何がだよ?
緑 山 俺、大器晩成だったんで。
石 井 はぁ〜ぁ。言葉が通じねえよ。ったく……ちゃんとさあ、芝居の流れを考えてくれよ。コウジは、料理してる途中で追いかけてくんだから。あるでしょ、いろいろ。もっと考えろよ!
緑 山 ……はい。
石 井 空いてる時間に、わかばちゃんと合わせとけよ。
緑 山 はい……(栄治に)あ、わかばさんは?
栄 治 さっき「外で電話してくる」って。
緑 山 ありがとうございます。
と、緑山は、上手に去る。
石 井 ……あのさ、大体栄ちゃんも栄ちゃんだよ。
栄 治 え?
石 井 わかばちゃんがいないとケンタロウだって芝居出来ねーじゃん。告白シーンなんだから。
栄 治 や、だって監督、写らないって言ったから。
石 井 言い訳すんなよ。
栄 治 ……ごめん。気をつける。
石 井 飯食ったらやるからね。わかばちゃんも。
栄 治 はい。
石 井 で? 飯は?
栄 治 飯は……今から買ってきます。
石 井 おいっ! 何してたんだよ、今まで! 休憩入って飯なかったら、それ何? 何の時間?
栄 治 や、休憩……。
石 井 バカばっかりだな! バカばっかり!
栄 治 しょうがないじゃん、人が少ないんだから。
石 井 いい、もう! 行けよ。早く買って来いよ、飯。なんでもいいから!
栄 治 ごめん……(と、涙ぐむ)。
石 井 泣くなよ……はぁ〜ぁ。
依 田 ……栄ちゃん、一緒に行くよ。
栄 治 ぅん。ありがと。
栄治と依田は、上手に去る。
石 井 (台本を出して、読む)
しばし間。
やがて、上手から、本木が来る。
本 木 いい天気だよぉ。
石 井 ふん。
本 木 ……ガム食べる?
石 井 うん。
本木、石井にガムをあげる。
その流れで、二人はキスをする。
石井と本木が、長くて濃厚なキスをしていると、上手から、石井と本木を伺うような格好で、かずなが来る。
かずな ……。
と、上手入口から、清水わかば、それを追って、栄治、石井、本木が来る。
栄治の声 ちょっと、わかばちゃん!」……ちょっと! わかばちゃん!
かずな !?
かずな、思わず工房に隠れる。
出て来たわかばは、苛立った様子で、椅子に座る。
栄 治 わかばちゃん、まあ、そう言わずに頑張ってよ。
わかば もう無理。
栄 治 え〜、なんで?
わかば だから言ってるやん、それは。
栄 治 や、わかるけど。
わかば 別にお金もらって出てるわけやないんやから、考えてくれたってええやん。
栄 治 まあそうなんだけど……。
わかば それが出来んのやったら、私も出来へん。
栄 治 ……。
上手から緑山、工房からかずなが出て来て、わかばたちの様子を伺う。
石 井 (栄治に)なに? どういうこと?
栄 治 いやあ……。
石 井 どうしたの? わかばちゃん。
わかば 私、もう帰りたい……。
石 井 え? なにそれ? どうして? 栄ちゃんがまたなんかやっちゃった?
わかば ……別に。
石 井 じゃ、どうしたの?
わかば ……(立って、舞台奥に向かう)
石 井 わかばちゃん!
わかば トイレ!
石 井 ……トイレこっちだよ(と、上手を指す)。
わかば 奥にもあるでしょ!
石 井 ……。
わかば、舞台奥に去る。
石 井 なに? 説明してよ。
栄 治 ん〜。
石 井 なに?
栄 治 ……さっき撮りかけてた告白シーンなんだけど。いま外でケンタロウくんと段取り合わせてたら、なんかケンタロウくんがストーカーっぽくって、怖いから出来ないって。
石 井 は? 怖い?
栄 治 わかばちゃん、昔あったらしいのよ、ストーカー被害に。
石 井 ……そんなこと言ったってなあ。
栄 治 僕もそう言ったんだけど、ふてくされちゃって、台本変えてくれって一点張り。
石 井 いや、それは出来ないでしょ、今更。
栄 治 だから、それで「もう帰りたい」って言ってるのよ。
石 井 ええ? ったく。どんな大女優だよ……。
緑 山 ……大丈夫ですか?
石 井 大丈夫じゃないよ!
緑 山 ……。
本 木 私、見て来る。
と、かずなと本木は、舞台奥に去る。
石 井 この映画はだってさあ、まっすぐに愛を告白してくるコウジをフるからこそ、無職の中年男キノシタとキョウコの恋愛が強く描かれるわけでしょう? そしてそれがまた、キョウコという女の魅力でもあり……ってそういうことをさ、栄ちゃんがちゃんと説明してくれないとさあ。
栄 治 それも言ったんだけど。
石 井 ……じゃあなんて言ってるの? どうしてくれって?
栄 治 とにかくシーンを変えて欲しいって。例えば、その……ケンタロウくんの演じる「コウジ」が、交通事故で死ぬとか。
石 井 死ぬ? 殺せって? そんなこと言ってんの?
栄 治 ま、例えばっていう話でね。
石 井 勘弁してくださいよ〜。
石井、椅子に座って、頭を抱える。
緑 山 ……俺、死にましょうか?
石 井 は?
緑 山 物語的には、俺が死んでも、キョウコとキノシタの恋愛の流れは変わらないですよね? 俺の出番が減っても、撮影がうまくいくなら……。
石 井 だから、それだとキョウコのキャラクターが変わっちゃうだろ! 好きだっていう男をフるのと、死なれるのじゃ全然違うじゃないかよ。
緑 山 ああそうか……。
石 井 芝居も出来ない、本も読めないじゃ、お前どうすんだよ。
緑 山 すいません。
石 井 死神みたいな顔しやがって。お前のそのストーカーっぽい顔が問題なんだよ! 緑山ケンタロウさんよぅ!
緑 山 ケンタロウ緑山です。
石 井 ……ストーカーっぽくなきゃいいんでしょ? ストーカーっぽくなくするにはどうすりゃいいんだ……。
一同、しばし黙考……。
緑 山 ……Tシャツに、「私はストーカーじゃありません」って書いたらどうですかね?
石井・栄治 ……。
緑 山 すいません。
石 井 ん〜(と、考える)……。
栄 治 ……スポーツマン?
石 井 なに?
栄 治 や、スポーツマン。あの、さわやかなイメージがいいのかなって。
緑 山 俺、水泳なら得意っすよ。
栄 治 あ、いいんじゃない? うん。スキューバとかのインストラクターみたいなイメージで。どうかな?
石 井 ……。
栄治・緑山 ……。
石 井 ん〜(と、考える)……。
栄 治 ……あ! じゃあ、訛りはどう? 訛りがあると良い人に感じない?
緑 山 俺、去年沖縄行ったんですけど、沖縄の人とか、なぜかみんな良い人っぽいじゃないですか!
栄 治 そうだよね? いいよ、沖縄の人!
緑 山 いいですよね。
栄 治 どうかな?
石 井 ……。
緑 山 すいません。
石 井 いや、いいんじゃないか。
緑 山 え?
石 井 ほら、ここ島だしさ、コウジもこれまでそんなに長い台詞喋ってないし。
栄 治 確かに……いけそう?
石 井 沖縄の人で、スキューバのインストラクターか。いいかもね。
栄 治 水着、持って来たって言ってたよね? ケンタロウくん。
緑 山 ありますよ! 泳げるって聞いたんで!
石 井 撮影に水着持って来てるのが腹立たしいけど……いいよ! 水着の沖縄県民! ストーカーっぽくないよ!
緑 山 見えました?
石 井 見えた。完全に見えた! よし! ちょっと動いてみようか、ケンタロウ! とりあえず上だけ脱いで、やってみてくれる?
緑 山 はい!
緑山、上着を脱いで、上半身裸になる。
栄 治 じゃあ、僕がキョウコやるよ。
石 井 沖縄の人だぞ!
緑 山 はい!
緑山と栄治、スタンバイする。
石 井 じゃ、いくよ! よーい、ハイ!
緑山と栄治、役を演じる。
緑 山 (台詞)待てよぉ、キョウコ!……好きさぁ! キョウコのこと、デージ好きさぁ!……オジーだよぉ、あれ。デージハゴー(とても汚い)オジーだよぉ! どこが良いのさぁ! ダメなの? ヌ?(え?) ワー(俺)じゃダメなの!
栄 治 (台詞)ごめんなさい。
緑 山 (台詞)ワンヌ(俺の)気持ちぃ、わかってくれないさぁ?
栄 治 (台詞)私の愛は、もうキノシタさんのものだから。
緑 山 (台詞)キョウコ……うぅぅぅ(と、泣き崩れる)。
石 井 ……はい、カット!
と、声をかけ、うつむく石井。
栄 治 ……どう?
石 井 ……泣けた。(と、顔を上げ)泣けたよ!
緑 山 俺もなんか、気持ちを乗せやすかったですね、今。
栄 治 僕も思った。今乗ってたもん、ケンタロウくん。
緑 山 ですよね?
石 井 よかったよ! やれば出来るじゃないか、ケンタロウ!
緑 山 はい!
石 井 ケンタロウ緑山だな! いま産まれた気がしたよ! ケンタロウ緑山が!
緑 山 ありがとうございます!
三人、微笑み合い、
石 井 じゃあ、わかばちゃんには話しとくから。飯買ってきてよ。
栄 治 うん。
緑 山 俺もちょっと一服して来ます。
石 井 して来い、して来い。
緑 山 はい。
と、栄治と緑山は、上手に去る。
入れ違いに、下手(工房)から淳と丸山が来る。
石井、淳と丸山に会釈すると、テーブルで、台本に変更点を書き込む。
淳と丸山は、椅子に座って、
淳 順調ですか?
石 井 ああ、お疲れさまです。
丸 山 へえ、これが台本?(と、覗き込む)
石 井 ええ……(丸山に)どうも、監督の石井です。
丸 山 あ、丸山です。今日ちょっと偶然撮影と重なっちゃったんですけど、淳さんのアトリエを見学させてもらってるんですよ。
石 井 陶芸の?
丸 山 僕は趣味でやってるだけなんですけど。淳さんのお父さんのファンでして。
石 井 ああ。
淳 なんか、かずなに聞きましたけど、石井さんって、調布の映画祭で賞をとった、すごい監督さんなんですって?
石 井 いやいや、たまたまとっちゃったんですよ、アレ。
と、淳の携帯電話が鳴る。
淳は、ズボンのポケットから携帯電話を出して、話しだす。
淳 (電話に)もしもし?……(が、電波が悪いのか)もしもし?……(と、しばらく話しかけていたが、やがて電話が切れる)
石 井 (その間も、石井は話し続けて)元々僕、映画の専門学校に行ってたんですけど、俳優コースだったんですよ。だけど、女優ばっかりで監督がいなかったんで、先生に突然「お前監督もやれ」って言われちゃって。あの映画祭も、知り合いの監督たちみんな応募してたんですけど、なぜか僕だけ入賞しちゃったんですよ。
淳 (電話から戻って)へえ。
丸 山 すごいじゃないですか。
石 井 そんなことないですよー。キャリアで言ったら僕が一番短いんで。ほんと、たまたまなんですよ。遊びで撮ったようなもんですから。
また淳の携帯電話が鳴る。
淳 (ので、電話に出て)もしもし?……(立ち上がって)うん……ちょっと電波が……そうなんだ。三十分くらい? 三十分? あそう……うん。わかった。はい(と、電話を切る)。
そんな風に、淳が電話で話している間も、石井は話し続ける。
丸 山 才能なんでしょうね。
石 井 そんなことないですよー。ほんと、たまたまなんですよ。他の監督なんてすごいですから。撮影や照明のスタッフもプロの人だったりして。
丸 山 はあ。
石 井 僕なんて人望もないじゃないですか? だから撮影も自分ひとりで作るしかなくて。しょうがなかったんですよ。それに、審査員の評価もアレなんですよ、中にはダメだっていう人もいたんですけど、でも審査委員長っていう人が絶賛してくれて。「お前の映画すごくいいよ」って、それで入賞させてもらっちゃったんですよ。たまたまだと思うんですよね、ほんと。
丸 山 ……。
淳が、電話を切って、椅子に座る。
丸 山 今回はどんな内容なんですか?
石 井 今回のお話しは、そうですねえ。
と、石井が話しはじめると、淳はメールが来たのか、再び携帯電話をいじりはじめる。
石 井 (話し続ける)キョウコっていうOLが主人公でして、しなびた食堂で出会った男と恋をするんですけど、その男がまた、無職の中年男性なんで、家族なんかを巻き込んで一悶着起こるっていう……まあなんですか、恋愛下手な現代人に送るストレートな純愛映画ですね。
淳 (メールを終えて)自分で書かれてるんですか?
石 井 そうなんですよ。脚本家に書いてもらってもいいんですけど、なんか浮かんできちゃうんですよね、アイデアが……あ、またアイデアが!
と、石井、台本にメモを書き込み、ふいに顔を上げると、
石 井 僕、ちょっと。
と、石井、舞台奥に去る。
丸 山 ……。
淳 あ、丸山くん、今日は別にこの後って予定ないですよね?
丸 山 ええ。
淳 今ちょっと遅れるって電話だったんですけど、カノジョが来るんで、よかったら一緒に飯でも行きませんか?
丸 山 あ、はい。ぜひ。
淳 運転できないんですよ、僕。だから足代わりに。
丸 山 そんな……付き合って、もう長いんですか?
淳 そうですね、四年くらい?……元々、妹の同級生だったんですよ。
丸 山 あ、そうなんですか?
淳 うん。まあ、それはたまたまですけど……こんな島だと、人も少ないから。
丸 山 そんな照れなくても。
淳 や、そういうわけじゃないけどね……ごめんなさい。ちょっとトイレに。
丸 山 はい。
淳、上手に去る。
丸山、しばし部屋を眺め、やがて立ち上がると下手(工房)に去る。
しばし無人の部屋。
丸山は、工房で陶芸品を見ているのだろう。
と、下手(工房)から、「ガッシャーンッ!」と、陶器の割れる音がする。
丸山の声 うあっ、やっべ!
舞台奥から、かずなが来て、椅子に座る。
かずな はぁ〜。
と、ため息をつく。
工房から、どうしたものか思案しながら丸山が来る。
かずな、丸山に気付いて、
かずな あ。
丸 山 (かずなに気付いて)!!……はい(と言った声が裏返っている)。
かずな (ので)え?
丸 山 いや……、
かずな え?
丸 山 (首をふる)
かずな ……どうかしました?
丸 山 なんでもないですよ。
と、丸山、下手(工房)の入口を遮るように立つ。
かずな (ので)なんですかぁ?
と、下手(工房)へ向かう。
丸 山 や、なんでもないですよ。ちょっと見させてもらってて。
かずな あっ、良いのありました?
丸 山 え? ええ(と、かずなの前に立つ)。
かずな (ので)?
丸 山 (微笑む)
かずな ?……どれがよかったですか?
丸 山 ん? ああ、その、左の、かなぁ?
かずな 左の? どれだろう?(と、丸山を避けて覗く)
丸 山 まあまあ、いいじゃないですか。
かずな どれですか? 気になりますよ。
丸 山 いいですって。
かずな いいじゃないですか、ちょっと……(と、丸山の脇から工房へ入ろうとして、何かを見つけたのか)あれ?
丸 山 !!
かずな ……(工房に入ろうとする)。
丸 山 (ので)かずなさん!
と、丸山、かずなを後ろから抱きしめる。
かずな え? ちょっと。
丸 山 あ、えっと、
かずな なんですか!?
丸 山 ちょっと、あの……。
と、丸山は、かずなを抱きしめたまま、下手(工房)から部屋の中央へ連れ出して来る。
かずな やめてください! もう!
かずな、丸山を振り払う。
かずな ……なんなんですか?
丸 山 いや……ごめんなさい。ちょっと貧血が。
かずな うそ。
丸 山 一瞬だけフラッと来るんですよね。
かずな ……。
丸 山 ごめんなさい。もうしません。
かずな ……しないでください。
丸 山 はい。約束します。
かずな ……。
かずな、椅子に座る。
丸 山 ……。
かずな ……。
みちおの声 お邪魔ぁ〜。
と、上手から、小林みちおと、森田真澄が来る。
みちお、丸山を見て、
みちお あ、こんにちは。
丸 山 こんにちは(と、みちおと森田に会釈)。
森 田 (会釈)
かずな みちおくん!
みちお おおっ、いたよ、大女優が!
かずな なにそれ。
みちお 聞いたよ! なんか撮影で来てるんだって? すっかり女優さんじゃないかぁ、かずなちゃん!
かずな いやいや。
みちお 島のみんなでファンクラブ作ろうかって話してたんだよぉ。にゃはははっ。
かずな どうせ、いつものスナックで話してるやつでしょ?
みちお そうだよ。アレがこの島の首脳会談ですから。にゃはははっ。
かずな ……みちおくん、相変わらずキモイねえ。
みちお おっとっと。一本取られました。にゃははっ。
丸 山 ……。
みちお あっそうだ。お兄ちゃんは?
かずな いるけど……。
丸 山 あ、トイレに、さっき。
みちお そう。や、さっき偶然、郵便局の前で会ってさ。
と、みちおが森田を指すと、森田が会釈するので、
森 田 (会釈)
かずな 誰?
みちお 東京から来た森田さん。
かずな あ、お疲れさまです。
森 田 はじめまして。森田です。
かずな 田所です……あ、ちょっと呼んで来ますよ。監督。
森 田 カントク?
かずな、舞台奥に去る。
みちお (丸山に)この人ねえ、来る道、全然喋らないんですよ。(森田に)秘密主義なんだもんなぁ、業界の人は。
森 田 え?
みちお またまた〜、とぼけちゃって! サイン貰わないと、サイン。
と、みちおは、棚にペンを取りに行く。
森 田 サイン?
みちお すいません。お名前なんでしたっけ?
森 田 森田真澄です。
みちお おお! 岡田眞澄みたいですねぇ。そう言えば、ちょっと似てますもん、岡田眞澄に! さすがだなぁ、森田さん。役者だよ! ファンファンって呼んでいいですか?
森 田 いや、困ります。
みちお えー、いいじゃないですか。
森 田 あの、なんでサインを……、
丸 山 ああ、主役の。
みちお え? 主役!? ファンファンさん、主役なの?
丸 山 や、主役の子が恋する相手の。
みちお へえ〜。そうだったんですか! 言ってくださいよ、それならそうと。
森 田 なんの話ですか?
みちお やっぱり違うんだなあ、貫禄が。そういうのは経験ですかねえ?
森 田 えっと、
みちお サインお願いします。ファンファンさん。
みちお、森田にペンを渡し、着ているTシャツにサインを貰おうと差し出す。
森 田 え?
みちお サイン、お願いします!
森 田 いやいやいや、いいですよ。
みちお お願いします! ドカッと書いちゃってください!
森 田 無理です無理です。
みちお お願いしますって!
森 田 や、いいですって。
みちお お願いします! ここに、ここに! んもう!
と、みちおは、Tシャツを脱いで、森田に差し出し、すがりつく。
みちお どうか、どうかどうか! どうかお願いします!
森 田 いやいやいや。
みちお サインが欲しいんです! お願いします! ここに、ササッと書いてもらえればいいんで!
森 田 なんで僕の、
みちお 欲しいんです! ファンファンさんのサインが!
森 田 ……ここでいいんですか?
みちお はい! ありがとうございます!
森田、渋々みちおからTシャツを受け取り、テーブルに置くと、自分の名前を書く。
みちお (書いているサインを覗き込み)……ファンファンさん、意外と普通ですね。
森 田 だから、その呼び方はちょっと。
丸 山 (サインを見て)確かに、普通ですね。
みちお (丸山に怒って)でも、ファンファンさんの優しそうな人柄が出てるよ!
丸 山 ああ。
みちお いやぁ、役者だなぁ。ファンファンさん。
森 田 ……。
森田、サインを書き上げ、Tシャツをみちおに渡す。
みちお やったぁ! ありがとうございます!
みちお、Tシャツを着る。
と、舞台奥から、かずなが麦茶が入ったコップを二つお盆に乗せてやって来る。
かずな ちょっと監督、まだ取り込み中みたいで……麦茶、よかったらどうぞ。
森 田 あ、はあ。
かずな みちおくんも。
かずな、麦茶をテーブルに置く。
みちお うん。かずなちゃん! ファンファンさんにいろいろ教えてもらわないと! 見てみ、この貫禄!
かずな ああ。よろしくお願いします。
森 田 あの、
みちお サイン貰っちゃった!
かずな へえ。いいなあ。
みちお かずなちゃんと共演するシーンもあるんでしょ? ファンファンさん。
かずな え?
森 田 いや、あのですね、
かずな 共演?
みちお 主役の相手役なんだって。
かずな キノシタ役?
森 田 あの、何か勘違いされてるのではないかと……。
みちお 勘違い?
かずな 私、監督がやるって聞いてるけど。
みちお ん? なに?
かずな キノシタっていう、その相手役。監督がやるって。
みちお 監督? 何を?
かずな だから、その相手役。キノシタっていう。
みちお 監督が役者もやるの?
かずな うん。元々役者だし。
みちお じゃあ、ファンファンさんは? 何役なの?
かずな 何役っていうか……。
森 田 だから僕は、役者じゃないので。
みちお 役者じゃない?
森 田 違います。
みちお え? 違うんですか?
森 田 はい。
みちお ファンファンさん、役者じゃないの?
森 田 ええ。
かずな プロデューサーですよね?
森 田 違います。
かずな ええ!?
丸 山 ……。
みちお ……じゃ、なんでサイン書いたんですか!
森 田 や、だって、あなたが書いてって言うから。
みちお ええ!?
森 田 勢いで、書いてしまいました。
みちお そんな……。
森 田 ……ごめんなさい。
みちお (サインを見て)……くそぅっ! こんなもの!
と、みちお、Tシャツを脱いで、床に叩き付ける。
みちお 何がファンファンだっ、バカやろう! このっこのっ!
みちお、Tシャツを足蹴にする。
森 田 ……。
みちお 一瞬でもノボせた自分が憎いっ!!
かずな ちょっと、みちおくん!
みちお (森田に向かって)あんた一体何者なんだよ! 勝手に人の家に入り込みやがって!
かずな ちょっと! みちおくん!
みちお だって見てみなよ、かずなちゃん。こいつの顔! ああ! 憎らしい!!
森 田 ……。
丸 山 ……。
森 田 (かずなを見て)……田所かずなさんですね。
かずな え?
みちお おいおいおいおい! なに口説こうとしてんだよ! ファンファン気取りか? ファンファン気取りなのか!
森 田 いや、私は、
みちお この子はこの島みんなのアイドルなんだぞ! ファンクラブだって出来るんだよ、もうすぐ! お前みたいな、練馬のドン百姓は、足下にも及ばない存在なんだから、近寄るんじゃないよ!
と、みちおは、森田とかずなの間に入り込み、
みちお 百姓! 何しに来たんだよ! おっさん何者だ!
森 田 ……。
みちお 納得のいく説明をしてもらおうか!
森 田 つまり、その……。
みちお あん!!
森 田 ……。
かずな ……お父さん?
森 田 ……。
かずな あなたは、私の、私たちのお父さんじゃないですか?
森 田 え?
丸 山 ……。
かずな お父さんですよね?
みちお なに言ってんの? かずなちゃん……かずなちゃんだって、お父さんの顔は知ってるでしょ。
かずな でも。
みちお かずなちゃんのお父さんは、違うよ。全然似てないし。
かずな でも、
みちお そんなわけないじゃん。
かずな でも、お父さんと同じ匂いがする!
みちお ……え?
森 田 ……。
みちお 匂いなんて……知らないでしょ? かずなちゃんが産まれてすぐいなくなったんだから。お父さん。
かずな 匂いっていうか、なんか……。
みちお ……。
かずな じゃあ、あなたは誰なんですか?
森 田 ……私は、
と、上手から淳が来る。
淳 (みちおを見て)おう。来てたんだ。
みちお ……。
淳、水場で手を洗う……が、ふと顔を上げて、
淳 (森田を見て)あ、お疲れさまです。
森 田 ……。
淳 ……(一同を伺う)。
が、誰も何も言わないので、
淳 ?……(森田を見る)。
森 田 ……お久しぶりです。
淳 え?
森 田 田所淳さん。
淳 はい。
森 田 森田です。
淳 森田さん?……。
森 田 森田真澄です。
淳 森田?……森田って……あんた……。
森 田 お久しぶりです。
淳 ……。
森 田 二十五年ぶりですから、覚えてらっしゃらないかもしれないですが。
淳 随分、変わって……。
森 田 ええ。もう歳ですから。
淳 ……ははっ。かつての美少年も、だいぶ落ちぶれましたね。
森 田 ……。
淳 全然面影ないじゃないですか。あんなに、東京の男はキレイだ格好いいだ言われてた人が。ブクブク太っちゃって。
森 田 ……淳さんは、変わらないですね。
淳 ……最初に言っときますけど、今ここで下手なこと言ったら、あんたのこと殺しますからね。
かずな ちょっと!
森 田 わかってます。
かずな ……。
淳 冗談ですよ。
森 田 ……。
淳 ……何しに来たんですか? 今更。
森 田 ……淳さんとかずなさんに、聞いていただきたいものがあります。
淳 ……聞く?
森田、ポケットからカセットテープを出す。
森 田 (淳に差し出し)ここに。
淳 ……それが何であれ、興味がないですね。
森 田 聞いてください。
淳 聞かないですから。俺も、妹も。持って帰ってください。
森 田 ……。
みちお せっかくだから、聞いてみたら?
淳 いいんだよ。
みちお あ、あるよ、ウチにラジカセ。持って来るよ。
みちお、駆け出すと、上手に去る。
淳 ……(森田に)聞きたくない。持って帰ってください。
森 田 ……お願いします。
淳 聞きたくないんだよ!
と、淳は、森田のカセットテープを差し出した手を叩き払う。
カセットテープが、床に転がる。
森 田 ……。
かずな お兄ちゃん。
淳 ……。
森 田 (カセットテープを拾って、テーブルに置く)
かずな ……(森田に)どういうことですか? 二十五年ぶりって。
森 田 ……。
淳 ……。
淳、テーブルのカセットテープを手にして、森田に差し出す。
淳 持って帰れよ。
森 田 ……。
森田、カセットテープを受け取らない。
淳、森田に押し付けるように、カセットテープを差し出す。
と、かずなが、手を差し出す。
かずな 私、聞きたい(と、受け取ろうとする)。
淳 (が、渡さず)……大したもんじゃないよ、どうせ。
かずな いいよ。
淳 ……。
淳、カセットテープを手にしたまま、下手(工房)に去る。
かずな ちょっと、お兄ちゃん!
かずな、淳を追って、下手(工房)に向かう。
と、唐突に、舞台奥から、わかばが走って来る。
かずな、驚いて立ち止まる。
わかばも、思わず立ち止まり、場の雰囲気に一瞬戸惑うが、
わかば ……(上手入口に向かう)。
続いて、舞台奥から石井が来て、
石 井 ちょっと、わかばちゃん! 沖縄のどこが怖いの! 沖縄の人は、みんな良い人だよ!
わかば 変えたっていいやん! 私は普段大阪弁なんやから!
石 井 いやいやいや。大阪弁じゃあ、良い人にならないでしょ!
わかば 大阪の悪口言わんといてよ!
石 井 わかばちゃんは標準語でいいじゃない。
わかば 変更してよ! バカ! もっと大切にしてよ、私のこと!
と、言い放って、わかばは上手から去る。
下手(工房)から、淳が来る。
石 井 わかばちゃん!
と、石井も、わかばを追って上手に去る。
下手(工房)の入口の前に淳が立っている。
部屋にいる、かずな、森田、丸山は、淳を見る。
淳は、手に持った、割れた陶器の欠片を皆に指し示す。
淳 ……。
かずな、丸山を見る。
丸山は、目をそらす。
誰も、何も言わない。
暗転。
(今回は以上です。次回もお楽しみに!)
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