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戯曲『モノガタリ・デ・アムール』(1/5)


これまでに僕が手がけてきた戯曲を公開します。


今回は、戯曲『モノガタリ・デ・アムール』の1回目(全5回)の投稿です。


(公演時の詳細情報については、前回の記事をご覧ください)


戯曲の形式が読み慣れない方は、最初少しとっつきにくい感じがあるかもしれませんが、読み進めるうちにすぐ慣れると思いますので、気楽に読み始めていただけたらうれしいです。

ぜひ、最後までお楽しみください!




登場人物


遠藤花男(45)……………… 長男

遠藤達也(43)………………… 次男

遠藤圭祐(40)………………… 三男

遠藤サキ(22)………………… 花男の娘

中瀬美枝子(25)……………… 出版社の女性編集者

森下夏子(30)………………… 女性ホームヘルパー

楠(29) ………………………… 探偵

星野(35)……………………… 近所の派出所勤務の警察官

木村ショウタロウ(32)…… サキの恋人

近藤アキラ(28)……………… サキの友人

鳩田(33) ……………………… 新しいホームヘルパー

安田(35) ……………………… 中瀬の同僚・編集者

芦沢リナ(18)………………… 近所の女子高生



舞台設定


舞台は、遠藤家の居間。

それは、都心から電車で一時間三十分程度に位置する、東京近県の主要都市郊外に建つ小さな一軒家。

舞台下手手前に、団らんスペース。ちゃぶ台や、二人掛けのソファ。壁際には、テレビと小さな棚。

その奥に、達也の部屋(2場からは壁が外されて内部が見える)。


舞台中央奥は、廊下。客席からは見えないが、上手側が玄関、下手側がトイレ・風呂、そして二階への階段に続いているだろう。

舞台中央やや上手奥に、台所スペース。壁に沿って冷蔵庫や食器棚が置かれている。

その手前、舞台中央やや上手側に、小さめのダイニングテーブルと椅子。


舞台上手は、部屋から一段下がった小さな庭(窓や仕切りは無く開放のまま)。

庭部分から伸びる客席側への通路は、裏道へ通じる小道である。


居間の家具はどれも古いが、シンプルな木製のそれらや、部屋のところどころに施された装飾品からは、ある種の人々が夢見る「理想」が感じられる。

それは、「ヒッピー」と呼ばれる文化だ。

そして、その理想を象徴するように、壁には、大きなロックスター(ジョン・レノン)のポスターが貼られているのだった。



(ここから本編です!)



プロローグ


開演。

2場と3場の間に位置する、ある日。

スポットライトの元、ダイニングテーブルの椅子に、遠藤サキが座っている。

サキ、達也の書いた小説の原稿を読んでいる。


サ キ (原稿を読んで)……ママが死んだのは、私が三歳の時だった。だから私は、写真の中のママしか知らない。写真の中のママは笑っている。いつでも、私に向かって、笑いかけてくれる。いつまでも若くて、キレイなママ……。私のパパには、二人の弟がいて、私は、パパと二人の叔父さんに育てられた。「ママは、どうして死んじゃったの?」そんなふうに私は、パパや二人の叔父さんに何度か尋ねたことがある。パパは、「ママが死んだのは、僕の不注意だったんだ。ママをちゃんと見ていてあげられなかったから」と言った。真ん中の叔父さんは、「ママが死んだのは、きっと哀しいことで心がはち切れたんだ」と言った。そして、一番下の叔父さんは、「ママが死んだのは、特別なことじゃない。みんないつかは死ぬんだよ」と言った。……けれど、だれの答えも、私の心を癒してはくれなかった。私のママは、自殺したのだった。


暗転。




暗闇の中、ふいに下手奥から、女(森下)の叫び声がする!


森下の声 ああぁっ! やぁめぇてぇ!


しばし間の後、明転。


とある春の日の午後。


やがて、ドタバタと二階から、森下が来る。


森 下 (手の甲で唇を拭って)……。


森下、憂鬱な表情で、ダイニングテーブルの椅子に座る。

ダイニングテーブルの足下には、スポーツバックがある。


森 下 ……。


森下、ゆっくり立ち上がる。

と、その膝裏にひっかかった椅子が傾くが、森下は気にしないままで……。


森下、ゆっくり振り返って、舞台奥(二階)の方を見る。

と、傾いた椅子が倒れる。

ドンッ!

★唐突に、サスペンスを盛り上げるような音楽が流れる。


森 下 ……。


森下、しばし倒れた椅子を眺めていたが……やがて、椅子を元に戻そうとすると、ガチャリと鍵の開く音がして、達也の部屋のドアが、ゆっくりと開いていく。


森 下 (達也の部屋のドアを見て)……。


しかし、達也の部屋のドアは、しばしの後、バタンッと再び閉じられ、鍵がかかる音がする。


森 下 (閉じられたドアを見て)……。


森下、二階に去る。


再び、しばし無人。


玄関から、ボストンバックを持った男・遠藤圭祐がやって来る。

居間に入って来ると、しばし部屋の様子を眺めつつぶらぶらするが……やがて、ボストンバックを置いて、椅子に座る。

★音楽が消える。

圭祐、立ち上がると、二階の方へ、


圭 祐 ただいまぁ!


しかし、反応はない。


圭 祐 ……(達也の部屋のドアを見て)……ただいま!


達也の部屋からも反応はなく、


圭 祐 ……。


圭祐、達也の部屋のドアを開けようと手を伸ばす。

ドアノブを掴んで回すが……カギがかかっていて開かない。


圭 祐 ……。


と、二階から、森下が花男の使った食器を持って、ドタバタとやって来る。


圭 祐 (ので、慌ててダイニングテーブルの椅子に座る)

森 下 (来て)……あ。

圭 祐 (会釈)

森 下 えっと、あの……。

圭 祐 上、花男兄ちゃんだけ? 

森 下 え? あ、はい。

圭 祐 そう。

森 下 あ、森下です。

圭 祐 ああ、ヘルパーの人?

森 下 はい。

圭 祐 へえ(と台所へ)。

森 下 ……あのう、圭祐さん、ですか?

圭 祐 え? ええ。

森 下 (納得して)ああ。

圭 祐 なんですか?

森 下 や、お会いするの初めてですもんね。

圭 祐 はあ。

森 下 お茶でも入れましょうか?

圭 祐 ああ。

森 下 じゃあ、いま。

圭 祐 すんませんね。


森下、台所でお茶の準備をしながら、


森 下 帰ってらしたの、久しぶりですか?

圭 祐 まあ、そうですね。一年ぶりくらい。

森 下 へえ。私は、まだ半年くらいなんで。

圭 祐 ……なんかこの辺、変な奴ら増えたね。

森 下 変な奴?

圭 祐 なんか奇声あげて走ってる奴らがいたよ。

森 下 ああ。最近この辺、物騒な事件が増えてるんですよ。

圭 祐 あそう。

森 下 ええ。

圭 祐 大丈夫? ウチのもうひとりの兄貴は?

森 下 (達也の部屋を見て)大丈夫だと思いますけど……どうしたんですか? 今日は。

圭 祐 や、ちょっと。

森 下 やだ。意味深だわ。

圭 祐 は?

森 下 でも、あんまり似てないんですね。ご兄弟。三人とも。

圭 祐 まあ、血も繋がってないですしね。

森 下 え、繋がってないんですか?

圭 祐 ええ。

森 下 え、繋がってないんですか?

圭 祐 ……上の花男はお袋の連れ子で、達也は養子ですから。

森 下 そうなんですか……思いがけず、複雑な家族の深淵を覗いてしまいました。


圭祐、ソファへ。


圭 祐 ……あの、俺、しばらくこっちで生活しますんで。

森 下 え? お仕事とか、大丈夫なんですか?

圭 祐 辞めたんで。

森 下 派遣?

圭 祐 違いますよ。

森 下 じゃあ、バイトですか?

圭 祐 普通に正社員ですよ。

森 下 彼女とか大丈夫なんですか?

圭 祐 え?

森 下 (勝手に納得して)へえ〜、なるほどねぇ。

圭 祐 (その反応に)……。

森 下 いやぁ、でも、だいぶ暖かくなってきましたけど、東京に比べるとちょっと低いですか? こっちの気温。

圭 祐 ……バカにしてんの? 俺のこと。

森 下 ええ!?

圭 祐 バカにしてんだろ?

森 下 ……え、バカに?

圭 祐 ちっ(と舌打ち)……。

森 下 え? なんですか?

圭 祐 いいよ、もう。

森 下 ……。


森下、ソファに座っている圭祐にお茶を持って来ると、


森 下 ここでいいですか?


と、ソファ脇のサイドテーブルに置く。


圭 祐 ……で、どうなの? 花男兄ちゃんは。

森 下 あ……こないだちょっと熱っぽかったんですけど。二、三日前まで。でももうすっかり良くなったんで……しょうがないですよね、季節の変わり目だし。

圭 祐 そう。

森 下 ……さっき、なんか、キスされちゃったんですよ。

圭 祐 キス?

森 下 体拭いてたら急に。

圭 祐 花男兄ちゃん?

森 下 ええ……今までも、お尻はよく触られてたんですけど。お尻を、こうギュッと。

圭 祐 ……。

森 下 でも、キスは初めてだったから……あ、でもあの、それはもう全然いいんですけど。いいって言うか、よくはないけど、そんなに、サラッとした感じだったし……びっくりはしましたけど。ていうか、キス、久しぶりだったんで。

圭 祐 ……それで?

森 下 はい?……ないですよ、何も! それ以上のことは!

圭 祐 じゃなくて。「キスされちゃった」ってことを俺に伝えて、それで、森下さんは何が言いたいの? 俺に。

森 下 や、何がって……別に何も。

圭 祐 言っとくけど、この家には金なんかないですよ。

森 下 ……そんなつもりで言ったわけじゃ。

圭 祐 へ〜え。

森 下 ……え、なに? なんですか?

圭 祐 別に。

森 下 ……圭祐さん、私に何か言わせようとしてます? え? 何を言わせようとしてるんですか? え? 何を言わせたいんですか?

圭 祐 あー、わかったわかった。ごめんごめん。忘れて。

森 下 ……「忘れて」?


と、二階から花男の叫び声が聞こえる。


花男の声 はっはっはっ! ちょえーい! ちょえーい!


圭祐、その声に驚いて立ち上がる。


圭 祐 (声のした方を見て)……。

森 下 はい。今行きます。


と森下は、二階に去る。


圭 祐 ひどくなってんのか……はぁ〜。


圭祐、ため息をついてソファに座ると、ボストンバックから携帯電話を出して、電話をかける。


圭 祐 (電話に)……あ、もしもし。遠藤です……楠さん、今いいですか?……や、明日のことなんですけど……楠さん、ウチわかります?……俺は駅でもいいんだけど……ええ、それは別に……そう。じゃあ、お願いします……はい。じゃあ。


と圭祐は電話を切ると、お茶を飲みながら、しばし部屋をぶらぶらする。


圭 祐 ……。


圭祐、湯のみをダイニングテーブルに置くと、ゆっくり、奥の廊下へ向かう。


圭 祐 (奥で立ち止まって、二階の方を眺める)……。


やがて、圭祐は二階へ去る。


再び、しばし無人。


と裏道から庭に、覆面をした遠藤サキが駆け込んで来る。

サキは、息を弾ませながら、外の様子を伺うように、庭の隅に身を潜める。


サ キ はぁはぁはぁ……(と覆面を取る)。


全身黒ずくめの服装をしたサキは、やがてポケットに手を入れると、そこから四、五十万円はあるだろう札束を出して、確認する。


サ キ (金を数えて)……。


サキ、再び札束をポケットに入れると、外の様子を気にしながら、居間に上がる。


サ キ (誰もいないのを見て)……ふぅ……。


サキ、黒い上着を脱ぐと、もう一度ポケットからお金を取り出して、そのうちの十万円ほどを取り分ける。

残りをポケットに戻して立ち上がり、下手の壁際にある小さな棚の前まで行き、棚に並んだ本の中の、一冊の分厚いマンガ雑誌を手に取ると、中がくり抜かれたそのマンガ雑誌に、十万円を隠し入れる。


サ キ ……。


サキ、棚に漫画雑誌を戻す。

と、庭に木村と近藤が笑いながら駆け込んでくる。

二人とも全身黒の衣装。


木 村 変じゃねーよ! なんだよ、バカにすんなよっ。

近 藤 変だよ。超やばいって、マジで。ショウちゃんひどいよ。


サキ、冷蔵庫からお茶を出して、飲む。


木 村 ひどくねーよ。超凛々しい顔してるって、絶対。

近 藤 いやいやいや、ほんと、走ってる時、こんな顔してたからね!


と近藤は、ひどい顔で走る木村を真似てみせる。


近 藤 (真似して)ひぃひぃひぃ。

木 村 そんな顔したことねーっつうの。

近 藤 ひぃひぃひぃ(と、真似を続けている)。

木 村 (ので、思わず笑ってしまう)あはははっ。

近 藤 あはははっ。


サキ、庭で笑っている二人に、


サ キ ちょっと! ちょっと!

木 村 え? なに?

サ キ 大丈夫だったの?

近 藤 撒いた撒いた。

サ キ ほんと?

近 藤 撒いたよ。

木 村 嘘ついてどうすんだよっ。なんだよ、サキはよーったく。

サ キ ……。

木 村 今日も可愛いなぁ。愛してるぞっ。結婚しよう!

サ キ バカ。


木村、居間に上がって、逃げるサキを追いかけながら、


木 村 こらこら。愛してるって言えよぉ。愛してると言ってくれよぉ。

サ キ うるさい。

木 村 愛してるか? 言えっ!「愛してる」って言えよぉ。

サ キ うるさい、バーカ。

木 村 じゃあ、「好き」でいい、「好き」って言って。「好き」って!

サ キ もぉ〜、甘えん坊さんだなぁ。好きだよ。

木 村 おおおっ!


そんなやりとりの中、近藤はしばらくそれを眺めていたが、ふと、庭に落ちたソーセージに気付くと、それを拾って、


近 藤 (手にしたソーセージをじっと見る)……。

木 村 ちょっと聞いた? 今の! アキラ! こいつ魔性の女だよ! やべーよ!

近 藤 なに?

木 村 お前、聞いてなかったのかよ!

近 藤 あ、ごめん。

木 村 なんでだよぉ〜、もう〜。

サ キ (近藤の手にしたソーセージを見て)アキラ、なにそれ?

近 藤 ん? これ、ソーセージ……だよね?

サ キ え? なんで?

近 藤 「なんで?」って……ソーセージだろ?

サ キ ほんとに?


近藤、あらためて、じっとソーセージを見て、


近 藤 ……ソーセージだよ。

木 村 ソーセージだろ。

サ キ ……タッちゃんかな?

近 藤 タッちゃん? これ?

サ キ うん。タッちゃん、ソーセージには目がないから。


近藤、なんとなくサキにソーセージを渡す。


サ キ (ソーセージを持って)……。


ふいに、木村はダイニングテーブルの湯のみを手に取ると、


木 村 温かいよ、これ。

サ キ え?

木 村 まだ暖かい……やっぱり、ちょくちょくこっそり出て来てんじゃないの? 外に。

サ キ ……。

木 村 それでお茶飲んだり、ソーセージ食べたり。

近 藤 ありえるな。

サ キ ……。


三人、ドアが閉まったままの、達也の部屋を見る。

と、突然サキは、手にしていたソーセージを床に投げつけると、気が触れたように、


サ キ いい加減出て来なさいよ! 四十三にもなって! タッちゃん!


しかし、部屋からは何も反応がない。


サ キ ……。

木村・近藤 (サキを見て)……。

サ キ (ので)……(笑顔で)たまには言ってやんないとダメなんだよ。


とサキは、ダイニングテーブルの椅子に座る。


近 藤 あー、疲れたなぁ。


と近藤は、洋服を着替えはじめる。


木 村 や、しかし今日はちょっとヤバかったなぁ。全然下調べしてなかったもんな、あの家は。

近 藤 ショウちゃんが、こんな衣装提案するからだろっ。キャッツアイじゃねーんだから。


木村と近藤は、お互いが着ている黒い服を見合って、


木 村 でもこれ良くねえ? やっぱユニフォームは必要だろ、せっかくやるなら。何事も、形は大切だよ。

近 藤 つってさあ、これ目立つんだよ。

木 村 カッコイイじゃん。

近 藤 しかもショウちゃん、なんかでっけえ声出してたし。

木 村 だから、あれはちょっと興奮しちゃったんだよ!

近 藤 子供かよ。

木 村 (サキに)ネチネチネチネチ、やだねぇ、こういう男。

サ キ ……。

近 藤 とにかく、この衣装はもう無しな(と、黒い上着を脱ぐ)。

木 村 ええ〜。せっかく揃えたのにぃ。

近 藤 危険なんだよ、だから!

木 村 ……でも、今日は結構いったんじゃないか? いくらだった?

サ キ (ポケットからお金を出して)……三十万くらい?

木村・近藤 おおぉ!


サキ、三人分に分けて、木村と近藤にお金を渡す。

三人はお金をポケットにしまいながら、


木 村 アホだよなあ、みんな。家に現金なんか置いとくなよなあ?

近 藤 今月もう、これで十分じゃん。

サ キ まあね。

木 村 じゃあ次は、時間もあるし、ちゃんと下調べして、新しい衣装も考えないとな。

近 藤 服なんかどーでもいいよ。

木 村 やっぱ、覆面か? プロレスラー的な!

サ キ ちょっとショウちゃん、声!

木 村 ……。


と、二階から圭祐が来る。


圭 祐 おう、サキ。

サ キ あ、ケイちゃん。

木 村 (慌てて上着を着る)

サ キ 超久しぶりじゃーん! なになに? いたの?

圭 祐 上にいたんだよ。

サ キ そうなんだぁ。もぅ〜、元気ぃ?

圭 祐 元気じゃねえよ。

サ キ ちょっと前に連絡したんだよ。連絡先変えたでしょ?

圭 祐 変えてないよ。


圭祐、冷蔵庫からお茶を取り、ソファへ。


圭 祐 (木村と近藤を見て)……友達?

サ キ そうそう。

近 藤 (立って)俺、ツレの奴らには、アキラって呼ばれてます!

圭 祐 ……は?

近 藤 本名だけど、あだ名っていうか。こんにちは!

圭 祐 ……。

木 村 (立って)木村ショウタロウです。サキさんの、フィアンセ、やらせてもらってます!

圭 祐 ……。

サ キ ちょっと! なに言ってんの!

木 村 え? あれ? まだ言ってなかった? うおー、やっちまったよ!

サ キ もう〜。

木 村 あの、フィアンセはまだ秘密で、だからあの、脳内で軽く消去してもらえたら、だから、ゴミ箱のアイコンにポイッと。で、グシャグシャグシャって。その、つまりあの、サキさんの、お友達でございます。

圭 祐 ……あそう。

近 藤 ケイちゃんは?

サ キ ケイちゃんは、一番下の叔父さん。

近 藤 へえー。(順番を確認するように)花男さん、タッちゃん、ケイちゃん?

サ キ そうそう。

木 村 やっべぇ、緊張してきたぁ!

サ キ うるさいから!

木 村 ……。


サキ、圭祐のそばへ行って、


サ キ 今日なに? どうしたの?

圭 祐 ん?……ちょっと、しばらくこっちで暮らすことにしたんだよ。

サ キ そうなんだ。彼女は?

圭 祐 ……。

サ キ あれ? 一緒に住んでるって言ってなかったっけ? 若い彼女と。連れて来てないの?

圭 祐 ……。


圭祐、立ち上がると黙って玄関へ向かう。


サ キ (ので)なに?

圭 祐 ちょっとタバコ買ってくるだけだよ。

サ キ ……ふうん。


圭祐、玄関に去る。


サ キ (見送って)……なんか、怪しいなぁ。


と、サキはダイニングテーブルの椅子へ。


木 村 ……怒っちゃったかな?

サ キ 変なこと言うからじゃん。


と二階から森下が、圭祐を探しながら来る。


森 下 (サキを見て)あれっ、サキちゃん帰ってたの?

サ キ うん。

森 下 (落ちていたソーセージを拾って)いま、圭祐さん来なかった?

サ キ タバコ買いに行くって。

森 下 あ、そうなんだ……じゃあ、ちょっと申し訳ないけど、あんた達、手伝ってくれない?

木 村 なんだよー、また下働きかよ。

森 下 いいじゃん。お願い。

木 村 しょうがねーなぁ、おばさんは。

森 下 ちょっとちょっと。

近 藤 おばさん、なんか悪魔みてーな顔してるしな。

木 村 あ、悪魔だ。やべぇ、逃げろ!


と木村と近藤は二階へ去る。


森 下 ちょっと!


と森下も二人を追って二階に去る。


サ キ (見送って)……。


サキ、テーブルに残されたコップや、カバン等を片付けると、ポケットからお金を出して、棚のマンガ雑誌に隠し入れる。

★達也の部屋から音楽が流れ出す。


サ キ (ので)……。


と二階から、木村と近藤が「えっさ、ほいさ」と声をかけながら、花男をかついで来る。

すぐ後ろに、森下が続いて来る。


木 村 おばさん、どこにする?

森 下 (庭の方を指し)そっちに座らせてあげて。

木 村 はいはい。

サ キ (花男を見て)……。


木村と近藤は、花男を縁側に座らせる。

★いつの間にか、達也の部屋で鳴っていた音楽は消えてしまった。


サ キ ……。

森 下 花男さん、いい天気でしょう? ねえ、たまにはひなたぼっこしないとね。

花 男 ……。

近 藤 花男さん、もうちょっと食わないと。痩せすぎっすよ。

木 村 髪の毛もさあ、もっとさっぱりした方がいいんじゃないっすか?

森 下 あーそうねえ。花男さん、どうしよっか? 髪の毛、ちょっと切ってみる?

花 男 ……。

森 下 ん〜、切ってもいいかもねえ。

サ キ 勝手に、切るとか切らないとか言わないでよ!


森下、木村、近藤は、サキを見る。


サ キ (来て、花男の背中に)……ねえ、パパ。

花 男 (しかし、振り返りもしないで)……。

サ キ パパ……。

木 村 (サキの様子に)どうした?

サ キ ……(笑顔で)もうっ! パパ、完全にボケちゃってんじゃん! はははっ。ダメじゃん、このウチ。なんだよ、みんなそろって。最悪じゃん。(森下に)ねえ?

森 下 ……。


サキ、台所に行くと、顔をバシャバシャと洗う。


森下・木村・近藤 ……。


サキ、棚にかけてあったタオルで顔を拭く。

と、花男が突然遠くに呼びかけるように、大きな声を出す。


花 男 おー、ママン! おー、ママーン! ママーン! ママーン!

サ キ (花男を見て)……。


サキ、花男に近寄ると、手にしていたタオルでその背中を叩く。


サ キ (黙って花男の背中を叩き続ける)

木 村 (ので)ちょっと、サキ。やめろって。


と木村は、サキを抑えて、ダイニングテーブルの椅子に座らせる。


サ キ ……。

花 男 (まったく気にかけず)……。


近藤、木村からサキの手にしていたタオルを受け取って、台所の棚に戻す。

と玄関から、圭祐の声がする。


圭祐の声 あ、どうぞどうぞ。

中瀬の声 すいません。お邪魔します。

圭 祐 ただいま。


と居間の方へ声をかけながら、買ったタバコを手にした圭祐が来る。

一同、圭祐を見る。


森 下 おかえりなさい。

圭 祐 お客さんだよ。

森 下 あ、はい。

圭 祐 (玄関の方へ)どうぞぉ。


玄関から、中瀬が来る。


中 瀬 ……。


中瀬、居間に思いがけず人が大勢いるので、若干驚きつつ、軽く会釈する。


サ キ ……誰?

圭 祐 出版社の人だって。

サ キ 出版社?

中 瀬 こんにちは。フューチャー・パブリッシングの中瀬です。

木 村 フューチャー?

圭 祐 達也に、会いにきたんだって。

サ キ タッちゃんに?

圭 祐 打ち合わせで。

サ キ 打ち合わせ?

森 下 あ、じゃあ、お茶でも。

中 瀬 すいません。


森下、台所へ。


中 瀬 (手にしていたお土産を)これ、(と圭祐に渡そうとするが)

圭 祐 (気付かず、花男を見て)なに? 降りて来ちゃったの?

近 藤 あ、ひなたぼっこっす。

圭 祐 ああ。

中 瀬 これどうぞ(と、サキにお土産を渡す)。

サ キ (受け取って)すいません。あ、どうぞ。


と椅子を勧める。


中 瀬 ありがとうございます(と座り)……あのぅ、お話し、聞いてないですか?

サ キ なに?

中 瀬 遠藤さんが書いた小説の件なんですが。

サ キ 小説? って?(と森下を見る)。

森 下 (聞いてないという風に)……。

サ キ (ので)……。

中 瀬 ご在宅ですか? 遠藤達也さん。

サ キ え?

圭 祐 まあ、ご在宅っていうか、なあ?(と椅子に座る)

サ キ うん……。

中 瀬 え?

サ キ いますよ、ずっと。もう、何年も、その部屋の中に閉じこもってますよ。

中 瀬 (閉じられたままの達也の部屋の扉を見て)……何年も?……何かあったんですか?


森下、お茶を持って来る。


森 下 お茶どうぞ。

中 瀬 すいません。

圭 祐 (お茶を飲んで)……(中瀬に)どうぞ。

中 瀬 いただきます。

圭 祐 ……昔、子役やっててね、兄貴。テレビとかの。

中 瀬 へえ。

圭 祐 知らないですよね、だいぶ前だから。でもねえ、売れてたんですよ、けっこう。天才子役だなんて言われてね、テレビの主役もやってたんですよ……だけど、やっぱりああいう世界って波があるから。

中 瀬 ああ。

圭 祐 二十歳くらいまでは、いくらか仕事もあったんですけどね。ぱったりダメになって。

中 瀬 そうなんですか。

圭 祐 それ以来ずっと引きこもりがちで。もうどれくらいになるかなぁ。

サ キ 幽霊みたいなもんですよ。生きてんだか、死んでんだか、時々ごそごそ物音がするだけで……家族なのに……。


サキ、立ち上がって、庭の方へ。


中 瀬 ……でも、小説を書いていた。

サ キ ……。

中 瀬 ……面白いですよ、やっぱり!

圭 祐 え?

中 瀬 や、私、ビビッと来たんですよねっ。遠藤さんの小説読んで、この人には何かあるぞって!

サ キ ……。


中瀬、立ち上がると、達也の部屋の前に向かう。


中 瀬 ……(振り返って圭祐に)いいですか?

圭 祐 はい?

中 瀬 ノックしても。

圭 祐 ……え?

サ キ ……。


中瀬、達也の部屋のドアをノックする。


一 同 ……。

中 瀬 ……こんにちは。フューチャー・パブリッシングの中瀬です……遠藤達也さん……そこに、いらっしゃいますか?……開けても、いいですか?

一 同 ……。

中 瀬 ……開けますよ?


中瀬、そっとドアノブに手を伸ばす。


中 瀬 (ドアノブを掴む)

圭 祐 ……中瀬さん。


中瀬、ドアを開けようとする。


一 同 ……。


が、やはりドアにはカギがかかっていて、開かない。


中 瀬 ……(あきらめて、ドアに背を向ける)……。


と、ガチャリと鍵の開く音がして、達也の部屋のドアが開く。


一 同 ……。


部屋の中から、寝間着姿の達也が現れる。


中 瀬 ……(微笑み)はじめまして。

達 也 ……。


中瀬、達也を見つめながら、ゆっくり後ずさる。


達 也 ……。


達也、導かれるようにして、居間に出て来る。


一 同 ……。

サ キ ……タッちゃん。

達 也 (皆を見て)……久しぶり。

サ キ ……。

圭 祐 ……達也。


達也、圭祐を見て、


達 也 ……圭祐(と、微笑む)。

圭 祐 達也……お前、老けたなぁ。

一 同 ……。


ふいに、暗転。



(次回に続きます! お楽しみに!)


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