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戯曲『モノガタリ・デ・アムール』(3/5)


戯曲『モノガタリ・デ・アムール』の3回目(全5回)の投稿です。



ここまで読んでいただいてありがとうございます!

今回もお楽しみください!




登場人物


遠藤花男(45)……………… 長男

遠藤達也(43)………………… 次男

遠藤圭祐(40)………………… 三男

遠藤サキ(22)………………… 花男の娘

中瀬美枝子(25)……………… 出版社の女性編集者

森下夏子(30)………………… 女性ホームヘルパー

楠(29) ………………………… 探偵

星野(35)……………………… 近所の派出所勤務の警察官

木村ショウタロウ(32)…… サキの恋人

近藤アキラ(28)……………… サキの友人

鳩田(33) ……………………… 新しいホームヘルパー

安田(35) ……………………… 中瀬の同僚・編集者

芦沢リナ(18)………………… 近所の女子高生




数日後。

夕方。辺りは徐々に夕闇が迫り、暗くなってきている頃。

庭に、近所の派出所勤務の警察官・星野が立っている。

ダイニングテーブルの椅子に、達也と森下がいて、達也はノートに何やら書き込んでいる。

居間のソファには、木村と近藤がいて、チラチラと庭の星野や、達也と森下の様子を眺めつつ、黙ってお茶を飲んでいる。

星野もまた、家の中を気にしながら、黙っている。


達 也 (ノートにメモを書いている)

森 下 ……あのう、私そろそろ。

達 也 あ、ちょっと待って。もう少し。

森 下 はあ……(星野に)すいません、何か。サキちゃん、もうすぐ降りて来ると思うんで。

星 野 ああ、大丈夫です。

達 也 えーと(と顔を上げて)じゃあ次は、高一の時に付き合ってた三上くんのことなんだけど。 

森 下 はあ。

達 也 どこまでいったんですか?

森 下 え? そんなことまで言うんですか?

達 也 いいじゃないですか、それくらい。

森 下 えぇー。

達 也 具体的に知りたいんですよ。

森 下 ……(小声で)Bまでです。

達 也 ビーマデ?

森 下 だから、その、ペッティングですよ。

達 也 え?

森 下 ペッティング。

達 也 ……や、そっちじゃなくて、デートとか、どの辺まで行ったのかなって。

森 下 え? デートした場所ですか?

達 也 ええ。

木村・近藤 (思わず吹き出して)くっくっくっ。

森 下 ……。

達 也 でもまあ、一応(とメモして)ペッティング……。

森 下 ちょっと、メモらないでくださいよ!

達 也 (メモを読んで)森下夏子。三十歳。夏に産まれたので夏子と命名してくれた大好きなおじいちゃんは、夏バテが原因で他界。中学二年の時に、両親が離婚して大きなショックを受ける。高校に入ると、当時付き合っていた三上くんとBまで。かっこ、ペッティング。夏子十六歳、大人の階段を登りはじめる……だんだん具体的になってきました。

森 下 ……私のことなんか調べて、どうするんですか?

達 也 聞きたいんですよ、生きてる人の言葉を、たくさん。

森 下 ……じゃあ、達也さんの話も聞かせてくださいよ。

達 也 え? 別にいいけど。


と、二階からサキの声がする。


サキの声 森下さーん。ちょっとー。

森 下 (ので)あ、すいません。行かないと。

達 也 や、まだ終わってないよ。もうちょっとだから。

森 下 ……だったら、上でやりましょうよ。

達 也 ああ。

森 下 じゃあ(二階に)はーい。


と森下と達也は、二階に去る。


近 藤 ……いい?

木 村 うん。


と近藤は、木村と自分の空になった湯のみを台所に持って行くと、台所でタバコを吸う。


星 野 ……今の、達也さんですよね? 久しぶりに見たけど……。

近 藤 ……。

星 野 ……サキちゃん、遅いですねえ。

木 村 ……。


木村、トイレに去る。


星 野 ……こないだ花見したんですよ。ウチの庭に、イイ桜の木がありまして……デカイんですよ。

近 藤 ……。

星 野 ここの庭だと、おさまり切らないんじゃないかぁ。ウチの庭の端っこにあるんですよねえ。ウチのおじいちゃまが生まれた時に植えた木なんですけどね。見事な花を咲かせるんですよ、毎年。今年もキレイだったなあ。


二階から、花男の食べ終わった食器をトレイに乗せて、サキが来る。


サ キ (星野を見て)あ。

星 野 あ、どうも。

サ キ ……。


サキ、食器を台所のシンクに置く。

トイレから、水の流れる音が聞こえる。


星 野 今ねえ、ちょうど花見の話をしてたんですよ。ちょっと前の日曜日にやったもんだから。サキちゃん見たことあったっけ? ウチの桜。

サ キ ……。

星 野 あ、そうだ。来年あたりご招待しますよ。花見。ねえ?

サ キ (答えず、ソファへ)


トイレから、木村が来る。


星 野 サキちゃん。

木 村 (庭の星野を見ながら、サキに)おい、話しかけてるぞ? なんなんだよ、あいつは?

サ キ (ソファに座って)あっちの角曲がってった先に、デカイ家あるでしょ?

木 村 うん。

サ キ あそこの、金持ちのバカ息子だよ。

木 村 ああ。

星 野 おや? サキちゃん、私の噂ですか?

サ キ ……。

星 野 ねえねえ、サキちゃん。私の婚姻届け、隣の欄がまだ空いてるんですけどね、どうですか? サインしてみませんか?

サ キ ……。

木 村 だぁ〜おらぃ! なんだオメーはよぉ! 俺が誰か知っててそういうこと言ってんのか? この野郎! ああん?

星 野 な、なんですか、急に? 野蛮な人だな。

木 村 俺はよぉ、木村ってんだけどな。サキはよぉ、俺のフィッアンセよ!

星 野 フィアンセ?

木 村 そうだよ!

星 野 フィアンセ? キミが?

木 村 「キミ」じゃねえよ、「木村」だよ! ぶっとばすぞ、オラ!

星 野 いいですよ。公務執行妨害で逮捕しますから。

木 村 なにぃ?

星 野 なんですか?

木 村 ……くぅぅ。権力に負けたぁ〜(よくわからない悔しがり方で)きいぃぃいっ。


と、木村は床に崩れ落ちる。


近 藤 (ので)あ〜あ、負けちゃったよ。

サ キ ……ねえ、星野くんさあ。なにしに来たの?

星 野 「なに」ってパトロールですよ。最近、なんだかこの辺に変な奴らがウロウロしてるみたいなんで。

サ キ ……変な奴らって?

星 野 空き巣が多発してるんですよ、市内でここ最近。知らないですか? この辺りでも何件かあったんで見回ってるんですよ。町の安全を守るために。

サ キ あっそ。

星 野 ちょっとちょっと! 我々、町の安全を守るために働いてるんですから、もっと理解してもらいたいなあ。

サ キ ……。

近 藤 大変だよねえ。

星 野 そうですよ。まったく。世の常ですね。一握りの悪のために、多くのものが失われていく……許せないな。

近 藤 そうだよな、まったく。

星 野 わかってくれますか?

近 藤 わかるよ。大変だよねえ、警察官って。

星 野 そうなんですよ。

近 藤 で、その強盗団って、どんな奴らなの?

星 野 え? 強盗団?

サキ・木村 ……。

星 野 ああ、おそらくそうですね。単独氾ではないと思いますけども。

近 藤 どんな奴らなんだろうなぁ。

星 野 日本人なのか、外国の犯罪組織が絡んでるのか、まだ詳しいことは何も。中学生くらいの犯行かもしれないし。

近 藤 ああ、中学生ね。中学生は怪しいよな。あいつら、頭悪いし。

星 野 中に女がいるのはわかってるんですけどね。

近 藤 女?

星 野 ええ。仲間の中にひとりは。

近 藤 ……へえ、そうなんだ。

サ キ なんでわかるの?

星 野 なんでって、目撃者がいるんですよ、ひとり。

サ キ 目撃者?

星 野 そう。犯人は、黒い服の三人組で、ひとりはスカートをはいてたって。

サ キ ……。

近 藤 (木村を睨む)

木 村 (ので)……。

星 野 キャッツアイだか、なんだか知らないけど、マンガやアニメに影響されて目立ちたがるバカがいるんですよ。

木 村 バカとは何だ、この野郎!

星 野 誰もキミのことは言ってないだろっ。

木 村 ……(ぼそっと)「木村」だよ。

星 野 ……。

サ キ 誰? 目撃者って。

星 野 あー、それは言えないなぁ、いくらサキちゃんでも。

サ キ ……いいけど別に。


玄関から、達也の小説を手にした圭祐が来る。


近 藤 (ので)あ、どうも。アキラっす。

木 村 お邪魔してます。木村です。

圭 祐 なんだよ、また来てんのかよ。

木 村 へへっ、すいません。

星 野 お疲れ様でございます。

圭 祐 (星野を見て)あ、星野くんじゃない。どうしたの?

星 野 や、ちょっと見回りでして。

圭 祐 そう。大変だねえ。

星 野 仕事ですから。

圭 祐 で、どう? 役に立った、俺が提供した情報は? 黒い服の三人組。


思わず、圭祐を見るサキ、木村、近藤。


星 野 いやあ、なかなか難しくて。

圭 祐 へえ、そう。

近 藤 ケイちゃんかよ……。

圭 祐 ん、なに?

近 藤 ……。

サ キ ……。

圭 祐 ……なんだよ、気持ち悪ぃなあ。変だぞ、空気が。

サ キ ……。

星 野 ……じゃあ、私はそろそろ。サキちゃんの顔も見れたし、まだまだ、回らないといけないんで。

圭 祐 あ、そういう?

星 野 いやいや、まだ深い関係ではないですからご安心を……また何かありましたら、ご一報ください。

圭 祐 うん。

星 野 じゃ。

圭 祐 お疲れ。


星野、去る。


木 村 あんな奴が警察官になるからいけないんだよ。


圭祐、手にしていた達也の小説をダイニングテーブルに置いて、椅子に座る。


近 藤 それ、タッちゃんの小説っすか?

圭 祐 うん。

近 藤 (タイトルを見て)ラブストーリー……え? これタイトル?

圭 祐 じゃないの?

近 藤 サキも、読んだの?


サキ、小説を手に取り、


サ キ 読んだけど。

近 藤 ふうん(と、ソファへ)。

圭 祐 ……気にすんなよ。適当なことばっか書いてんだから

サ キ なにが?

圭 祐 だから「なにが?」って……その、アレだよ。

サ キ ……ママ、ほんとは自殺だったの?

圭 祐 違うよ。

サ キ じゃあ、いいんじゃないの、別に。名前が同じだけで、母親が自殺した女の子の小説なんでしょ。

圭 祐 ……うん。ただの小説だよ。引きこもりが書いた、ただの小説だよ。

サ キ ……。

圭 祐 なんかアレだな、そうだよな、小説だもんな。そうだよ。サキのお母さんは、だって、事故だったもんな。

サ キ なんでケイちゃんがキョドってんの? 小説だよ。ただの。つまんない小説だよ。

圭 祐 ……そうだな。

サ キ どうせあの、中瀬だかって女にそそのかされたんでしょ。「達也さん! 面白いですよぉ。才能ありますよぉ〜。そうだ! これ、お母さんが自殺したっていう設定にしたらどうですかね? もっと面白くなるんじゃないですかぁ」って……バカみたい。ヘラヘラして。だらしない顔しちゃってさあ。引きこもってるより、よっぽど恥ずかしいよ……さっきもさあ、なんか意味わかんない取材みたいなことしててさあ。


二階から、達也が来る。

サキと圭祐は、達也に気付かず会話を続ける。


サ キ 森下さんだっていい迷惑だよ。

圭 祐 取材?

サ キ だから、森下さんに。高校の頃どんな恋愛してたんですか? とかって質問してたんだよ。

圭 祐 マジで?

サ キ 意味わかんないじゃん。それでまた、きっと適当な物語に勝手に書き換えるんだよ……ママは自殺で、ひとり娘の主人公は、いじめられて、それで学校辞めて。きっとそのうち、レイプされて、妊娠して、病気ののパパのことも絞め殺したりするんだよ。どうでもいいよ、そんなの。

圭 祐 ……。

達 也 ……。

サ キ あの中瀬って女は超〜ムカつくけど。

木 村 (達也を気にして)サキ。

サ キ (無視して)ちょっと可愛い顔してるからってさぁ、絶対アレだよ、タッちゃんを利用しようとしてるだけだよ。

木 村 ちょっとサキ。

サ キ なによ? うるさいな。

木 村 ……。

圭 祐 役者やってた時みたいにならないといいけどな。

サ キ そうだよ。タッちゃんバカだから忘れてんだよ。

木 村 サキ。

サ キ どうせ小説だって、適当に消費されてポイって捨てられるんだよ。中瀬って人、絶対そうやって男とかもポイポイ使い捨ててるタイプだもん。

木 村 サキ。


と、木村が言おうとした時、達也は木村を押しのけて、


達 也 サキ!


木村、達也に押し飛ばされて、尻餅をつく。

サキと圭祐は、達也に気付いて、


達 也 美枝子ちゃんの悪口言うなよ! 知りもしないで。

サ キ ……誰? 美枝子って?

達 也 中瀬美枝子ちゃんだよ!

サ キ ……。

圭 祐 なんだよ。いつからいたんだよ?

達 也 勝手なこと言うな、想像で。

サ キ タッちゃん、騙されてるよ。

達 也 なにが?

サ キ あの女に、騙されてるんだよっ!

達 也 騙されてねえよ。美枝子ちゃんはイイ人だよ。ちゃんと俺の小説のこと、評価してくれたんだよ!

サ キ 違うよ。

達 也 そうだよ! あの人は俺のこと見つけてくれたんだから。勝手なこと言うなよ、お前なんかが。

サ キ ……がんばってよ、タッちゃん。

達 也 なんだよ、それ。俺、がんばってるよ。

サ キ がんばってよ。

達 也 だから、がんばってるって!

サ キ もっとがんばってよ。

達 也 がんばってますぅ!

サ キ 嘘ばっかり。

達 也 嘘じゃねえよ、バカ! 今日だってもう、ずーと考えてんだから、小説のこと。書き直して書き直して、サキに軽蔑されながら取材もして。がんばってるよ! 俺、がんばってるの!

サ キ ……(ぼそっと)別に軽蔑なんかしてないよ。

達 也 (聞き取れず)なに? とにかく! 俺は、今もう必死でやってんの! 超がんばってるの! 超超超がんばってるんです! そんな俺を発見してくれたのは美枝子ちゃんなんだから。悪口言うんじゃねえよ!

サ キ ……色ボケじゃん。

達 也 は?

サ キ 色ボケ。

達 也 おいっ。

サ キ 色ボケ! 色ボケデブ。

達 也 なんだと!

サ キ タッちゃんの色ボケデブ!

達 也 サキ!


と達也がサキの腕を掴もうとするので、サキはそれを避けて、達也を押し倒し、尻を蹴り上げる。


達 也 あっ。

サ キ デブ!


と言い捨てて、サキは玄関に走り去る。


達 也 くそぉ……ただの悪口じゃねえかよ。

圭 祐 ……。

木 村 ったく。すいません、俺見てきますから……アキラ、行くぞ。

近 藤 おう。


と、木村と近藤はサキを追うために、玄関に去る。


達 也 ……。


圭祐、達也の肩に手をかけて、


圭 祐 ……気にすんな。達也、そんなにデブじゃねえよ……アメリカなら、Mサイズだよ。

達 也 ……。

圭 祐 俺もね、わかるよ、達也の気持ち。ありゃ無理ねえって。中瀬さん、美人だもん。しょうがねえって。

達 也 そうだけど、俺はもっと純粋に小説を、

圭 祐 (遮って)わかるわかる。わかってるよ……でも、モテようとしてる自分を否定しちゃいけない。

達 也 別にモテようとなんかしてないよ。

圭 祐 別に俺は、達也を責めてるわけじゃないんだよ。これは、達也ひとりの問題じゃないって言いたいんだよ……まあ、立て。

達 也 (立って)……別にモテようとは、

圭 祐 まあ座れ。


と圭祐と達也は、ダイニングテーブルの椅子に座る。


圭 祐 つまり、モテの格差社会をどう生き延びていくかっていう、それが問題なんだよ……今の世の中ね、モテ的にもデフレスパイラルが起こっちゃってるわけよ。

達 也 えぇ?

圭 祐 モテのデフレスパイラルだよ。わかるだろ? 俺は達也に、モテ難民なんかになって欲しくないんだよ。

達 也 モテ難民……話しの筋がまったく見えないんだけど。

圭 祐 見ろよ(と壁のジョン・レノンを指し)……親父もお袋もさ、あんなロックスターに憧れてさ、バカみたいなフラワーチルドレンで、大したもんは何にも残してくれなかったけどさあ……俺、この写真見ると思うんだよ……イマジンって大切だなって。イマジンだよ。想像力だよ。わかるだろ? 国境なんてねーんだよ。男と女の間に、国境なんてねーんだよ!

達 也 ……。

圭 祐 乗り越えてみろよ! 達也も、その国境!

達 也 男と女の国境……圭祐、なんか変な宗教でもやってんのか?

圭 祐 ちげーよ、バカ。

達 也 だって。

圭 祐 イイ女だからって、こっちが惚れてるだけでいいのかって話だろ? 達也が惚れさせてみろよ! そういうことだよ、俺が言ってんのは!

達 也 よくわかんないよ、論理が。

圭 祐 好きなんだろ? 中瀬さんのこと。正直に言えよ。好きだって。ハートに火がついたって。

達 也 ……言えるわけないだろ。

圭 祐 好きじゃねえのかよ?

達 也 ……好きだけど。

圭 祐 なに?

達 也 好きだけど。

圭 祐 なんだって?

達 也 好きだよ。

圭 祐 じゃあ惚れさせてみろよ。

達 也 ……そんなの、お前、無理だよ。

圭 祐 無理じゃねえよ。

達 也 無理だよ。

圭 祐 無理じゃねえよ!

達 也 無理だよ!

圭 祐 無理じゃねえよ!

達 也 無理だよ!!


と達也は立ち上がって、圭祐に背を向ける。


達 也 無理なんだよ。

圭 祐 だから、なんでだよ?

達 也 ……俺、デブだし、髪型だって変だし。

圭 祐 は? そんなの関係ねーじゃん。

達 也 関係なくねえよ。

圭 祐 ……。

達 也 変な髪型のデブだぞ? 全然関係なくねえよ……だけど、そんなのしょうがないだろ? 腹が減るから食うんじゃん。だって、腹が減ってんだもん! そうだろ? 毛根が弱いから髪の毛が抜けるんじゃん。だって、毛根が弱いんだもん。そうだよな? 髪の毛なんか勝手に抜けてくんだよ。気付いたら抜けてんだよ。そんなのしょうがねえだろ!

圭 祐 ……どんだけ卑屈なんだよ。

達 也 卑屈だよ。あーそうだよ。俺は卑屈だよ。卑屈のかたまりだよ。でもそれ俺に言わないでくれる? 俺の、この体に言ってくれよ! 俺の体に! 俺の心を卑屈にしないでくれって!

圭 祐 ……。

達 也 ……わかってるよ。美枝子ちゃんが、俺のこと、小説のためにおだててることくらい。わかってるよ。

圭 祐 ……。

達 也 だけど、俺のこと見つけてくれたのは美枝子ちゃんなんだから……ずっと忘れられて、見捨てられてた俺のこと、美枝子ちゃんが見つけてくれたんだから。

圭 祐 ……達也。

達 也 怖ぇよ、現実見るの……ちょっとくらい、夢見たままでいさせてくれよ。

圭 祐 ……。

達 也 ……くそっ。なんで涙が出てくるんだ。


達也、しかめっ面で上を向き、涙がこぼれないようにする。


圭 祐 ……あきらめんなよ。人間ハートで出来てんだろ?

達 也 知らねえよ。

圭 祐 ハートで出来てんだよ! お前がデブでもハゲでも、生きてれば、ハートの鼓動が相手にも伝わんだよ……見せてくれよ。達也のハートの、グッドなヴァイブレーション!

達 也 ……わかんねえんだよ……達也のハートの、グッドなヴァイブレーションのスイッチの入れ方が(と、崩れ落ちるようにソファに座る)。

圭 祐 ……。


圭祐、達也の隣りに座って、


圭 祐 そもそも、お前にスイッチが付いてるのか、正直俺にもわからない……でも、まずは、達也が自信をもって女と向き合うことが大切だと思うんだ……そのために、俺が知ってる限りのことを、これから伝えようと思う。

達 也 ……うん。

圭 祐 自信を持って女と向き合うための秘訣は……。

達 也 秘訣は?

圭 祐 女は……褒めろ。

達 也 ……。


達也が立ち上がって行こうとするので、


圭 祐 (止めて)おいおいおい、どこ行くんだよ

達 也 褒めときゃいいって言われてもさあ。

圭 祐 バカ。「褒める」っていうのは、相手を認めるってことよ。

達 也 認める?

圭 祐 相手を認めて受け入れる。つまり、「俺は、キミのことよくわかるよ」これです!

達 也 話しの繋がりが、よく見えないんだよ。

圭 祐 あー、なんつったらいいんだろうな……例えば、じゃあ、達也さあ、どんな食べ物が好き?

達 也 俺? ソーセージ。

圭 祐 あ、ソーセージ? 俺も俺も。俺もソーセージ大好きなんだよね。

達 也 あ、そうなの? なんだよ、好きなら好きって言えよ。ソーセージってさあ、なんであんなに美味いんだろうな?

圭 祐 ま、ソーセージはどうでもいいんだけどさあ。

達 也 え? なんで? ソーセージの話ししようよ。

圭 祐 どうでもいいんだよ、ソーセージは。嘘だから。

達 也 は? お前ソーセージ好きじゃねえの?

圭 祐 全然。

達 也 なんだよ、それ!

圭 祐 でも俺が「ソーセージ好きだよ」って言った時、達也、うれしかっただろ?

達 也 うれしかったよ。感動すらしたよ。

圭 祐 そういうこと!

達 也 なにが?

圭 祐 だから、「キミのこと、よくわかるよ」ってことだよ。

達 也 あ……。

圭 祐 さらに大切なのは、ここぞって所では、恥ずかしくても大胆に攻めなきゃいけないってこと。

達 也 ……難しいな、それは。

圭 祐 そんなことねえよ。そうだな……ひとつ手としてはね、「お礼に」っていうのがあるね。「お礼に今度食事でも」っていうやつ。

達 也 そんな言葉、一生使わねえよ。

圭 祐 使えよ。

達 也 ヤダ。

圭 祐 しょうがねえな……例えばこんな感じだよ。「今日キミと話せて楽しかったなあ。お礼に僕の知ってる美味しいソーセージの店、紹介してあげるよ」。

達 也 それどこだよ?

圭 祐 え?

達 也 美味しいソーセージの店。俺にも教えてくれよ。美味しいソーセージが食いてえよ。

圭 祐 知らねえよ、そんなの。

達 也 お前また嘘か?

圭 祐 だから、いいんだって、嘘で!

達 也 ソーセージの嘘つくなよ! がっかりするから!(と落ち込む)

圭 祐 (ので)……だから、そう卑屈にならずに試してみろって。

達 也 ……。


二階から、森下がカバンを持って来る。


森 下 すいません、私、今日はそろそろ。

圭 祐 あ、はい。

森 下 花男さん、今もう眠って落ち着いてますんで。

圭 祐 ええ。

森 下 じゃあ、お疲れ様でした。


と森下が玄関に行こうとするので、


圭 祐 あ、森下さん。

森 下 はい?

圭 祐 (達也に目配せする)

達 也 (ので)……。


達也、森下の前に行くと、


達 也 あの、えっと……今日は、ありがとうございました。取材というか、付き合って貰っちゃって。

森 下 いえいえ。今度達也さんの話しもちゃんと聞かせてくださいよ。

達 也 はい。

森 下 ……じゃあ(と行こうとする)。

達 也 (ので)あ、そうだ! 森下さんって、どうしてホームヘルパーさんになったんですか? なにか、好きな病気とかあるんですか?

森 下 好きな病気?

達 也 やっぱり、癌とか、結核とかですか?

森 下 いや……え、なんですか?

達 也 知りたいなぁ、森下さんの好きな病気。何でもいいですよ。比較的好きな病気、教えてよ〜。

森 下 ……じゃあ、胃潰瘍?

達 也 うっそ、マジで? 俺も俺も。俺も胃潰瘍大好きなんですよ!

森 下 あそうなんですか。

達 也 アレって、アレだよね、口が臭いよね? 口っていうか、息っていうか、臭いんだよなあ……いいですよねぇ、胃潰瘍。そっかぁ、知らなかったなぁ。森下さんってそうなんだ。

森 下 なんなんですか?

達 也 いやあ、何ってこともないですけど。じゃあ、お礼に今度食事でもどうですか?

森 下 お礼?

達 也 すっごい楽しかったから、森下さんが胃潰瘍好きだって知れて。

森 下 ……はあ。別に食事はうれしいですけど。

達 也 ほんとですか?

森 下 ええ。

達 也 じゃあ、ぜひ今度。

森 下 はい。

達 也 ええ。

森 下 じゃあ、失礼します(と玄関へ)。


達也、圭祐に向かって小さくガッツポーズ。


森 下 (ふいに)あ、忘れてました。

圭 祐 え?

森 下 昼間、圭祐さんに郵便が来てたんですよ。

圭 祐 俺に?


森下、カバンから封筒を出して、


森 下 滝野菜々子さんって方から。


と森下、圭祐に封筒を渡し、


森 下 すいません、忘れてて。

圭 祐 (封筒を手にして)……菜々子から?

森 下 じゃあ、失礼します。

圭 祐 ……。


圭祐、封筒を開けて、中身を見る。

どうやらそれは、写真のようだ。


達 也 毎日ありがとうね。俺、森下さんに会えてよかったよ。

森 下 いえ。

達 也 俺、森下さんに会えてよかったなあ。

森 下 ……私も、達也さんに会えてよかったです。

達 也 ……。

森 下 (照れて)じゃあ。


と森下は、玄関に去る。

達也も後を追って、


達也の声 気をつけてねー。


圭祐、封筒に入っていた写真を取り出して見る。


圭 祐 ……なんだよ、これ。


達也、戻って来て、


達 也 圭祐、お前天才だな。すごいよ。圭祐が言った通りになっちゃったよ。すごいよ。驚きだな……なんか、頑張ったら小腹が減っちゃったよ。へへっ。


と達也は、圭祐が見ている写真に気付く……それは、探偵・楠が写っている様々な写真。


達 也 (写真を覗き込み)……誰? 伊部雅刀?

圭 祐 ……こんなに楠さんの写真ばっかり、なんで菜々子が……どういうことだよ?

達 也 え? や、俺に言われても。

圭 祐 ……あれ? この喫茶店って。

達 也 なに?


圭祐、隅に置いてあった自分のボストンバックから、楠が持って来た封筒を取り出すと、その中にあった菜々子が写った写真と、手にしていた楠が写った写真を見比べる。

達也も、横から二種類の写真を覗き込む。


圭 祐 この店、同じだよ。同じだよな?

達 也 だな。


圭祐と達也が写真を見ていると、二階から花男が来る。


花 男 ……。


花男、居間を一瞥し、無言のまま、玄関に去る。

圭祐と達也は、花男に気付かないまま、写真を見ていて……、


圭 祐 なんだよ! 楠さん、尾行バレバレだったんじゃないかよ。しかも、逆に写真撮られてるし……。

達 也 尾行って、お前……。


圭祐、しばし写真を見ていたが、やがて写真を封筒に戻すと、ダイニングテーブルの椅子へ。

達也は、ソファに座る。


圭 祐 (頭を掻き)はぁ〜、どうすっかな……。

達 也 ……。


達也、棚の雑誌を眺める。

と、その中にある一冊に目を留める。


達 也 ん? なんだ?


と達也は、そのマンガ雑誌を手に取る。

それは、1場でサキが隠していた金の入った雑誌だ。


達 也 (雑誌を開けて、中を見る)……。


達也、雑誌の中からお金を取り出して、


達 也 ……なんだよ、この金。

圭 祐 え?(と振り返る)

達 也 ほら。


と達也は、雑誌から出した五十万円ほどの札束を圭祐に見せる。


圭 祐 ……え?

達 也 この奥に隠してあったんだよ。

圭 祐 隠してあった?


圭祐、立ち上がると、達也と二人、札束を眺める。


圭 祐 誰が?

達 也 ……花男兄ちゃん?

圭 祐 それはないだろ。

達 也 じゃあサキか?

圭 祐 あいつだって……だって、こんな金どうやって手に入れるんだよ。

達 也 そうだよな。

圭 祐 そうだよ。

達 也 ……。


パンッ! パンッ!

と突然、外で乾いた銃声が二発鳴る!


圭祐・達也 !!


しばし硬直する二人。

圭祐と達也は、庭の方へ行き、外の様子を伺う。


圭祐・達也 ……。


と、庭にサキが駆け込んで来る。

サキは手に一万円札を何枚か持っている。


サ キ はぁっはぁっ。

圭 祐 おっ。

達 也 サキ……。

サ キ (二人を見て)はぁっはぁっ……。

達 也 大丈夫か?

サ キ ……。

圭 祐 なんだよ? どうしたんだよ?……アレ、銃声じゃなかったか?

サ キ ……。

達 也 サキ。


と達也は、サキの手にしているお金を指し、


達 也 ……その金、なに?

圭 祐 (見て)……。

サ キ (お金を持った手を背中に隠し)……なんでもないよ。

達 也 なんでもないって……。

サ キ なんでもないよ。


とサキは顔を上げると、達也が持っている雑誌と札束に気付いて、


サ キ ちょっと! なに勝手にやってんの!

達 也 え?


サキ、居間に上がると、達也から雑誌と札束を奪い取る。


達 也 (ので)お前のか?

サ キ ……。


サキ、二階に去る。


達 也 サキ!

圭 祐 ……。


庭に、拳銃を手にした星野が駆け込んで来る。

星野、やけに興奮した様子で、


星 野 はっはっはっ……。


圭祐と達也は、振り返って星野を見る。


星 野 はっはっはっ……あの、あの、

達 也 ……え? なんだよ?

星 野 今、怪しい女が、こっちに来ませんでしたか?

達 也 女?

星 野 撃ってしまいました。撃ってしました!

達 也 ……。

圭 祐 ……。

星 野 暗くてよく見えなかったけど……ああ! ほんとに怪しい女は、来てないですか?

圭 祐 ……来てないよ。

星 野 そうですか……あー、あー、そうだ、何かわかったら通報してください。僕は女を追わないと……じゃあ。


と星野は興奮したまま、再び駆け出して行く。


圭祐・達也 ……。


二階からサキが駆け下りて来る。


サ キ ちょっと。パパがいないよ!

圭 祐 え?

サ キ パパがいない!

圭 祐 なに言ってんだよ?

サ キ パパ! なんで?

達 也 ……いない?

サ キ いないよ! どうして? なんでいないの?

達 也 ちょっと。


と達也は、二階に走り去る。


サ キ どこ行ったの?

圭 祐 いないわけないだろ。

サ キ いないんだよ!

圭 祐 ……。

サ キ ……私、探して来る。

圭 祐 ちょっと、サキ。


サキ、庭に脱ぎ捨ててある靴を履いて、外へ出て行く。


圭 祐 ……。


二階から達也が来る。


達 也 いないよ。

圭 祐 いない? なんで?

達 也 いないんだよ……サキは?

圭 祐 サキは、だから、探しに行くって今。

達 也 探しに?

圭 祐 うん。え? なんでいないんだよ?

達 也 知らないよ。


パンッ!

と、再び外で銃声が鳴る!


圭祐・達也 ……。


そして、悲痛な、星野の叫び声が聞こえる……。


星野の声 あああぁぁぁぁ!


圭祐と達也は、身動きもせず、その声を聞いている。

暗転。



(次回に続きます! お楽しみに!)


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