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戯曲『モナコ』(4/4)


戯曲『モナコ』の4回目(最終回)の投稿です。



ここまで読んでくださって、どうもありがとうございます。

ぜひ、最後までお楽しみください!



登場人物


九条ユウゴ(35)…… 九条家の長女・ハルコの夫(婿養子)

島ダイスケ(31)…… 九条家の次女・サチの夫

庄田ミノル(39)…… 九条家の三女・ナオミ(故人)の夫

赤坂アキラ(27)…… 九条家の四女・カナの夫

サトミ / ナオミ……… 宿の従業員/ミノルの亡き妻

稲毛 ………………… 謎の男

トミオ ……………… 宿泊客

ちかげ ……………… 売春婦

片山シンジ ………… 旅人

田口ミヤコ ………… 旅行中の女子大生

鈴木ミドリ ………… 旅行中の女子大生

ベディベベ ………… 宿の主人




翌日。昼前。

部屋には、片山の洗濯物などが散らかっている。

これまで散らかっていた九条のベッドは綺麗に整えられ、その上に、九条の荷物がまとめて置かれている。

奥の部屋の窓の外、遠くから、祭りの音楽が聴こえる。


テーブルに島、ベッドに九条がいて、それぞれインドカレーを食べている。

また、テーブルには、赤坂の、食べかけのインドカレーがある。


しばしの間、ふたりはカレーを食べているが……。

やがて、部屋の入口から、赤坂とミヤコがやって来る。


赤 坂 なんで鍵がかかってんだよ?

ミヤコ わかんないけど。何やってんだよ、トミオ。

赤 坂 本当に、トミオなの?

ミヤコ チラッとだけど、廊下から見えたんだよ。

赤 坂 あいつも怪しいからな。

ミヤコ リストラされて、家庭が崩壊したんだって、トミオ。顔も気持ち悪いし。

赤 坂 怪物は?

ミヤコ ミドリ? わかんない。昨日の夜、めまいがするって言ってたけど。どこ行ったんだろう?

九 条 どうしたの?

赤 坂 トミオが、隣りの部屋に入って、鍵かけちゃったんですよ。

ミヤコ なにやってんだろ、あいつ。

九 条 あそこから見えるよ、隣り。

ミヤコ え? マジで?

九 条 うん。

赤 坂 なんすか?


九条、赤坂、ミヤコは、舞台奥の壁に行き、穴を見る。


九 条 ほら。

赤 坂 あ、穴だ。


九条、穴を覗く。


赤 坂 どうですか? トミオ、います?

九 条 (覗きながら)んー……あれ?

ミヤコ なに?

九 条 ……ケツ?

赤 坂 ええ?

九 条 なにやってんだろ?

赤 坂 ちょっと代わってくださいよ。

九 条 うん。


赤坂、九条と代わり、穴を覗く。


赤 坂 ……トミオが、怪物と抱き合ってるよ! ベッドで。

ミヤコ ちょっとちょっと。代わってよ。


と、ミヤコ、赤坂と代わり、穴を覗く。


ミヤコ ああ。ミドリ……。


三人、なぜか落ち込んで、


ミヤコ ミドリ、誰でも良かったのかな?

赤 坂 なんか、気持ち悪いもん見ちゃいましたね。

九 条 ……。


と、九条と赤坂はテーブルの椅子へ。

ミヤコは、ソファに座る。

九条と赤坂は、カレーを食べながら、


 島  どうしたんですか? トミオくん?

赤 坂 ダイスケ。腹から声だせよ。腹から。

 島  え? はい。

九 条 これ、スパイス入れるとうまいらしいよ。


と、九条は、島のカレーに、美味しくなるスパイスを入れてあげる。


 島  ありがとうございます。


島、カレーを食べる。


九 条 うまい?

 島  はい。うまいです。

赤 坂 俺、臭くないっすか? こっち来て洗濯してないから、臭くないっすか?

九 条 大丈夫だろ。

赤 坂 ちょっとダイスケ、嗅げよ。

 島  (赤坂の服に鼻を近づけ匂いを嗅ぐが)……カレーで、よくわからないんですけど。

赤 坂 (黙って島を見る)

 島  (ので)え?(と、愛想笑いをする)

赤 坂 (島の頭を叩く)

 島  痛っ。

赤 坂 (カレーを食べる)

九 条 ……モナコに行けば出来るよ、洗濯。

赤 坂 はい。

九 条 食ったら、ちょっと、祭りでも行ってみる? 時間ないか。

赤 坂 大丈夫じゃないっすか。ちょっとなら。

ミヤコ 昨日、行って来たんだよね、祭り。なんか、地味だったよ。

九 条 地味って?

ミヤコ なんか、基本、祈り系っていうか、白い、KKKみたいなの着て、「カアァァァー、スッラスラスラスラ」って、唱えてるっていう。断食的な、ストイック系なんだよ。

九 条 へえ。

ミヤコ 7日間祈りつづけると、降りて来んだって、ブラフマーっていうのが。みんな必死なんだよね、そのブラフマーに。

 島  稲毛さんも、それだったんですね。持ってましたよね? 白いの。

九 条 ああ、あれか。

 島  昨日、あの人捕まったじゃないですか。僕、大使館の帰りに見かけたんですよ、バザールで。こんな草の入った袋を、黒人と売り買いしてて、

赤 坂 その話はもうしたよ。ダイスケ、黙ってろよ。お前つまんねーんだから。

 島  ……。

赤 坂 ていうか、あのサトミさん。あの人ダメですね。全然働かないじゃないっすか。稲毛のベッド、まだあいつの荷物残ってるし。

九 条 ああ。

 島  ミノルさんと一緒に出かけてるんですかね?

赤 坂 どうなってんですか? あれ。イチャイチャして。仕事しろって感じですよね? まあ、ミノルさんが一方的にイチャついてましたけど。

 島  大丈夫ですかね? 出発の時間。一応、伝えましたけど。

九 条 わかってるだろ。それくらいは。

赤 坂 気持ち悪ぃおっさんだよな、マジで。

九 条 ……(ミヤコに)課題があるんだって? 大学の。

ミヤコ 祭り? うん。レポート書かなきゃいけないんだけど、ミドリにやらせるから。でも、レポートやらせる前に、トミオにヤラれちゃってるけどね。へへへっ。

九 条 キミ、口が悪いね。

ミヤコ や、ほら、私って、すぐ男に影響されちゃうから。

九 条 どういう男と付き合ってんだよ。

赤 坂 シンジですよ。死神みたいな顔の。

ミヤコ まあ、イケメンだよね。

九 条 ああ。

赤 坂 俺、臭くないっすか?(と、自分の匂いを気にする)

九 条 ……。


九条は、島のカレーに美味しくなるスパイスを入れる。


九 条 俺のも食って。


と、九条は、自分の食べかけのカレーを、島の前に差し出す。


 島  はい。いただきます(と、カレーを口いっぱい食べ)……うまいっす。

赤 坂 でも、祈ってるだけなら健全ですよね。健全っていうか、話に聞いた感じと、全然違いますよね。祭り。封鎖とか、そんなねえ。ひどい話じゃないっすか。宗教タマアツ(弾圧)って奴ですよ。


なんとなく、誰も答えず、しばし間。


赤 坂 (ので)なんだよ、ダイスケ。なんとか言えよ。

 島  はい? いや……。

九 条 クーデターじゃなくてよかったね。

赤 坂 ビビりすぎなんすよ、いちいち。

 島  ……。


九条、さらに、島のカレーに美味しくなるスパイスを入れ、


九 条 うまい?

 島  うまいっす。ありがとうございます(と、カレーを食べる)。

ミヤコ 稲毛って人は、なんで捕まったのよ?

赤 坂 あいつ、だから密売してたらしいよ。大麻。ここのオーナーがさあ、秘密警察っていうか、そういうのなんだって。トラップだよ、この宿も。いろんな奴が泊まって、ゴキブリホイホイみたいに捕まってくんだよ。

ミヤコ そうなんだぁ。

赤 坂 や、俺の勘だけど。でも、もういいよ、こんなとこ……暑いんすかねえ? モナコも。

九 条 ん? だろうね。

赤 坂 そうかぁ……やべえ! 超楽しみになってきましたよ、俺。モナコっすよ! モナコ! 綺麗でしょうね、青い海。

九 条 荷物まとめたら、ロビーでいいんでしょ?

 島  はい。車で迎えに来てくれるみたいなんで。

九 条 30分くらい?

 島  ですね。


最後まで食べていた島も、カレーを食べ終え、食器などを、トレーにのせて、一同、立ち上がる。

と、そこへ、部屋の入り口から、庄田とサトミが手を繋いでやって来る。


 島  あ、ミノルさん。どこ行ってたんですか?

庄 田 え? それは言えません。ねえ? サトミさん。

サトミ ちょっと川の方まで行ってて。

庄 田 おいおい。口が軽いぞ。

サトミ ……。

赤 坂 あと30分くらいですって。

庄 田 はい。わかってますよ。


島、赤坂、ミヤコは、部屋の入り口から去る。

九条は、入り口で立ち止まり、庄田とサトミの様子を眺めている。


庄 田 サトミさん、こっち。

サトミ はい。


と、二人は、ベッドに座る。


庄 田 サトミさん。

サトミ ミノルさん。

庄 田 サトミさん。

サトミ ミノルさん。

庄 田 愛してる?

サトミ ……愛してます。

庄 田 ふふふっ。ありがとう……(と、九条を見て)あ。なんか見てますね、あの人。

サトミ ええ。

庄 田 羨ましそうに見てますよ。可愛いですね。

九 条 ……。

庄 田 でも、ちょっと顔が怖いですね。奥の部屋、行きましょうか?

サトミ はあ。


と、庄田とサトミが、立ち上がるので、


九 条 いいよ。俺、行くから。


九条、部屋の入り口から出て行く。

庄田とサトミは、座り直して、


庄 田 よしよし。邪魔者は去った、と。

サトミ ……あの、ちょっと手を離してもいいですか?

庄 田 え? なんでなんで?

サトミ えっと、少し、汗が。

庄 田 汗……本当だ。汗ばんでますね。二人の手のひらの間で。

サトミ ええ。

庄 田 ああ。なんでだろう? 私いま、ものすごい幸福を感じました。幸福に包まれたような一瞬がありましたよ。

サトミ ……。

庄 田 二人の手のひらの汗に……二人の手のひらの間で、この汗は生まれたんですね。二人の、愛の結晶。愛のしるし……どうです? どんな気持ちがしますか? サトミさんは。

サトミ ……ベトベトします。

庄 田 ベトベトしてるんだぁ。そうかぁ、そうですね。私もベトベトしています。ベトベトしてるんですね。二人の愛は。

サトミ ……。

庄 田 この幸福の中で、でも私はサトミさんを私の愛で縛り付けるようなことはしませんよ。さあ、サトミさんは自由だ。


と、庄田は握っていたサトミの手を離す。


サトミ ありがとうございます。


サトミは、手のひらをベッドのシーツで、ごしごし拭く。


庄 田 ああ! 二人の愛の結晶が、シーツのシミになっていく……それも幸福。

サトミ (思わず手をとめて)……荷物、まとめなくていいんですか?

庄 田 そうですね。


庄田、立ち上がり、自分の荷物をまとめる。

サトミ、テーブルの椅子へ。


庄 田 ……さっきの話。その、会社の取引先の男、サトミさんはどこがよかったんですか?

サトミ え?

庄 田 サトミさんには「離婚するから」って言って、きっと家では、理想的な夫を演じていたんでしょう? 卑怯な男じゃないですか。どこがいいんだろう? そういう人の……はははっ、九条さんみたいだな。「俺は離婚したくない」。はははっ。

サトミ 私、きっとミノルさんに似てるんでしょうね。

庄 田 え?

サトミ ミノルさん、女の子みたいですもんね。

庄 田 ……サトミさん。

サトミ なに?

庄 田 あ、違う違う。違いますよ〜。さっき言ったじゃないですか。「サトミさん」って言ったら、「ミノルさん」って返してください。

サトミ ああ。

庄 田 ね? サトミさん。

サトミ ……ミノルさん。

庄 田 ……。


庄田、テーブルの椅子に座る。


庄 田 サトミさん。

サトミ ミノルさん。

庄 田 ん〜……なんか、こう、いまひとつ、心がこもってないですね。もっと、「ミノルさん」って、「ミノルさん」って、こう、優しい感じで。わかります? そういう部分ちょっと、気を使ってもらえますか?

サトミ はあ。

庄 田 じゃ……サトミさん。

サトミ ミノルさん。

庄 田 サトミさん。

サトミ ミノルさん。

庄 田 ちょっと止めます……だから、違うんですって。サトミさんの、心の、優しい部分から、声を出して欲しいんですよ。いま、内面が全然動いてないじゃないですか。もっとこう……今のサトミさんのは、(サトミの口調を真似して)「ミノルさん」だもん。それ誰に言ってんの?って感じですから。私にかかってきてないですから、声が……優しく。ね? もう一回やってみましょう……サトミさん。

サトミ ……ミノルさん。

庄 田 違うって! もう一回……サトミさん。

サトミ ……ミノルさん。

庄 田 ん〜、どう言えばいいのかな……。


部屋の入口から、鼻歌を歌いながら、片山が入ってくる。


片 山 ♪んんぅ〜ふん〜ぅん〜♪ おう。ミノル。

庄 田 どうも。


片山、テーブルの椅子に座ったサトミを見て、


片 山 あ、こんちわ。シンジです。

サトミ (会釈)

片 山 あれ?

サトミ え?

片 山 (サトミを見ている)……。

サトミ (ので)なにか?

片 山 ホクロ。

サトミ え?

片 山 ミノル! お前、見つけたな!

庄 田 ……。

片 山 なんだよ〜。お前。お前みたいな奴を、隅に置けないって言うんだな。このやろ、このやろ。

庄 田 ……。

片 山 (サトミに)次、俺お願いします。

サトミ なに?

庄 田 違いますよ、この人は。違いますから。


庄田、片山を、サトミから離そうと、ベッドに連れて行く。


片 山 なんだよ「違う」って。お前、独り占めはダメ。独占禁止法だよ。

庄 田 シンジさんの言うような人は、ココにはいませんから。

片 山 おいおい。どういうことだよ。その女だよ。間違いねーよ。ホクロだってあるじゃんよぅ。

庄 田 でも違うんです。

片 山 あ! お前、アレだぞ。惚れたってダメだぞ。これは純粋な資本主義の問題なんだから。気持ちじゃなくて、金。金で動く女なんだから。ね?

サトミ ……。

庄 田 違うって言ってるだろ!

片 山 なんだよ、ミノル。怒ることねーじゃん。

庄 田 違うものは違うんですよ!

片 山 ……わかったよ。


片山、ベッドに寝転がると、サトミに口パクと動作で「あとで」と伝える。


サトミ ……。

庄 田 (サトミに)無視してください。

片 山 しょうがねーな、ミノルは。欲張りはダメよ。

庄 田 シンジさん。礼儀は、大切なんですよ。

片 山 なにが?

庄 田 散らかった荷物も。全部あなたのでしょう。

片 山 そうだよ。

庄 田 片付けなさいよ!

片 山 おいおい。どうした? ミノル。

庄 田 部屋を片付ける! そして、敬語を使う!

片 山 え? なにキレちゃってんだよ、お前。言ってんじゃん。俺、敬語話さねえって。

庄 田 私は年上だぞ。

片 山 それが?


庄田、立ち上がると、部屋を見回し、棚の雑誌を手に取ると、それで片山に殴りかかる。


片 山 おいおいおい。ミノル! やめろって!

庄 田 敬語で喋れ!(と、雑誌を振り回し、片山を殴りながら)

片 山 痛っ。ちょっちょっちょ。何すんだよ!

庄 田 敬語で喋れ! 敬語で喋れ!

サトミ ミノルさん!

片 山 ミノルミノルミノル! バカ、お前、やめろよ!

庄 田 敬語で喋るか! 敬語で喋るのか!

片 山 なんだよ、お前よー。わかったよ、わかったよ。喋るから。やめろって!

庄 田 「喋ります」だ。え?

片 山 はいはいはい。喋りますよ。喋ります。


庄田、振り回していた雑誌を止め、手をおろす。

サトミ、庄田に近づき、


サトミ ミノルさん。それ。


庄田、雑誌をサトミに渡す。


庄 田 すいません。大人げなくて。

サトミ いえ。

庄 田 シンジさん、片付けてください。

片 山 ……。


片山、部屋に散らかった洋服などをまとめて、自分のベッドの上に集める。


片 山 これでいいですか?

庄 田 いいですよ。

片 山 ……ったく。なんだよ、お前。キチガイかよ。

庄 田 敬語!

片 山 キチガイですか?

庄 田 違います。


部屋の入口から、九条、島、赤坂がやって来る。


 島  あ、ミノルさん。もう下に迎えの車が来てるんで。ちょっと早いんですけど、行こうかって。

庄 田 はあ。

赤 坂 ダイスケ。俺の荷物も持って来いよ。

 島  はい。喜んで。


島、奥の部屋へ去る。

庄田とサトミは、ソファに座る。

九条は、自分のベッドへ。

赤坂は、ベッドに横になっている片山に、


赤 坂 シンジ。ちょっとこっち来てみ。

片 山 ……。


と、舞台奥の穴を示し、


赤 坂 ここから、すげえもんが見えるよ。

片 山 はあ?

赤 坂 見たら死ぬかもしれないけど。早く! 見て見て!


片山、赤坂を無視し、立ち上がると、九条に、


片 山 狂ってんぞ、あんたらのツレ。

九 条 なに?

片 山 あーあ、つまんねえなぁ!

庄 田 ……


片山、部屋の入口から去る。


赤 坂 ……あいつ、マジで死神みたいじゃねーすか?

九 条 どうしたんですか?

庄 田 いえ、別に。


庄田、サトミの手を握る。


サトミ ……。

赤 坂 ミノルさん。出発だって。

庄 田 ええ。

サトミ モナコへ?

九 条 え? ええ。お世話になりました。

サトミ いえ、こちらこそ。


奥の部屋から、島が、自分と赤坂の荷物を持って来る。


 島  アキラくん。荷物。

赤 坂 持ってろよ。

 島  はい。喜んで。じゃあ、下、行きますか。

九 条 うん。

 島  ミノルさんも。

庄 田 すぐ行きます。

 島  え? もう出発ですよ?

庄 田 すぐ行きますから。

 島  もう車来てるんで。

庄 田 わかってます。

 島  ……。


庄田、立ち上がると、棚の時計を見て、


庄 田 ちょうど1年前の、今ごろですね……このくらいの時間に、事故が起きたんですよ。妻の……みんなで黙とうしませんか? お願いします。


庄田、テーブルの椅子に座り、


庄 田 じゃあ、一分間の黙とうです。


と、手を握りしめ、目を閉じる。

一同、目を閉じた庄田を見ている。


しばし間。


庄 田 ……はい(と、目を開けて)……ありがとうございました……じゃあ、サトミさん。最後にトランプやりましょうか。トランプ。

 島  あの、ミノルさん。行きましょうよ。

庄 田 すぐ終わりますよ。

 島  ……。

庄 田 さ、トランプトランプ。

サトミ ふたりでですか?

庄 田 ええ。思い出を作らせてください。

サトミ ……。

庄 田 じゃあ、こっち。来て。ほら。


と、庄田は、サトミをテーブルに呼び寄せ、トランプの準備をする。


庄 田 (トランプを配りながら)えーと、じゃあ、そうだな、ま、ダウトでもやりましょうか……僕ね、弱いですから。ははっ。


庄田、トランプを配って、


庄 田 はい。じゃあ、サトミさんからいいですよ。

サトミ ああ……1。

庄 田 2。

サトミ ……3。

庄 田 4。

サトミ ……5。

庄 田 ダウト! ダウトダウト! いいですか? 開けますよ?


と、庄田、サトミの出したカードを開くが……開いたカードは、「5」なので


庄 田 あちゃぁ! やっちゃったよ。強いなぁ、サトミさん。

サトミ ……。

庄 田 ちょっとこれじゃ、負けちゃうかなぁ?


と、捨てられていたカードを全部手元にとって、


庄 田 よーし。じゃあ、いきます。6。

サトミ 7。

庄 田 8。

サトミ 9。

庄 田 10。

サトミ ……11。

庄 田 ダウト! ダウトダウト! いいですか? 開けますよ?


と、庄田、サトミの出したカードを開くが……開いたカードは、「11」なので


庄 田 あちゃぁ! やっちゃったよ。サトミさーん。ものすごく強いじゃないですか。すごいなぁ。

サトミ ……。

庄 田 次は頑張るぞー。


と、捨てられていたカードを全部手元にとって、


庄 田 よーしよーし。じゃあ、いきます。12!

サトミ ……茶番じゃないですか?

庄 田 何を言ってるんですか。ほらほらー、12!

サトミ やめましょうよ。意味ないですから。

庄 田 いいから。サトミさんですよ。12ですからね。12。

サトミ すいません。


サトミ、立ち上がり、ソファへ。


庄 田 ……ゲームじゃないですか。こんなの、ゲームですよ。ただの。思い出を作ろうっていう。

サトミ 思い出なんか作ってどうしようっていうんですか? 間違ってますよ。ミノルさん。

庄 田 間違ってるのかぁ……私、間違えてばかりですね。

サトミ ……私、そろそろ。

庄 田 え? なんで?

サトミ もう時間ですから。

庄 田 あ、もう時間ですか?

サトミ そうですね。

庄 田 じゃあ、待って。


と、庄田は財布からお金を出して、サトミに差し出す。


庄 田 延長お願いします。

サトミ またですか?

庄 田 お願いします。

サトミ だけど、もう出発する時間でしょ?

庄 田 お願いします。

九 条 ミノルさん。何やってんの?

庄 田 なんですか?

九 条 何やってるんですか? お金なんて。おかしいって。

庄 田 関係ないでしょ、九条さんには。私とサトミさんの、ビジネスですから……擬似ですよ。擬似。清く正しく、擬似恋愛ですよ。

九 条 おかしいよ。

庄 田 無料サービスの人にはわからないですよね? サトミさん。

サトミ ……。

庄 田 受け取ってください。


庄田、サトミにお金を握らせる。


庄 田 はい。

サトミ ……。


庄田、ソファの、サトミの横に座ると、サトミの手を握って、


庄 田 ナオミ。

サトミ ……。

庄 田 ほらほら〜。ダウトですよ! 「ナオミ」って言ったら、「ミノルさん」って言わないと。何度も言ってるじゃないですか。ね? ナオミ。

九 条 ミノルさん!

庄 田 擬似ですよ。擬似。

九 条 ……。

サトミ わからないな。何を求められてるんですか? 私はミノルさんに。

庄 田 ミノルさんって言えばいいんですよ。

サトミ 言えるわけないじゃないですか。

庄 田 なんで?

サトミ 私の名前、カズコですから。

庄 田 え?

サトミ ナオミ、ナオミって、サトミとかけてるんですか? でも里見って、苗字ですよ。苗字。里見カズコって言う名前なんですよ……何を重ね合わせてるのか知りませんけど、全然違いますから、ナオミとカズコじゃ。

庄 田 かずこ?

サトミ ミノルさんも、九条さんも、なんなんですか? おっぱい飲んでるんじゃないですか? まだ。

九 条 ……。

庄 田 ……。

サトミ ネチネチ、ネチネチ。格好悪いですよ。

庄 田 ナオミ。

サトミ 格好悪いし、気持ち悪い。ほら、これが本当のことですよ。本当のこと。知りたいんでしょ?

庄 田 ナオミ! なんでそんなこと言うんだよ。昔は違ったじゃない!

サトミ やめてください、もう! 付き合いきれませんよ。

庄 田 ……。


と、ふいに、トイレから、虫の暴れる音がする。


一 同 (トイレを見て)……。


庄田、立ち上がると、再び雑誌を取り、トイレに向かう。


 島  ミノルさん。


庄田、トイレに入る。

と、トイレの中で、庄田は雑誌を振り回し、虫を退治しようとする。

ドタバタと音が聞こえる。

赤坂、トイレの扉を開き、


赤 坂 おっさん。何してんだよ! 出発だよ!

 島  ミノルさん。時間ですよ、もう。ロビー行きましょう。

庄田の声 虫ですよ。こいつをどうにかしないと!

赤 坂 いいっすよ、そんなの。

庄田の声 噛むから。やっつけないと!

 島  ミノルさん!

庄田の声 安心できないでしょう、これじゃあ。安心できないですよ!

赤 坂 ……ダイスケ、行こうぜ。

 島  え? はい。喜んで。

赤 坂 先行ってますよ、下。

九 条 うん……。


島と赤坂は、部屋の入口から出て行く。

トイレから、ドタバタと音がする。

サトミ、トイレの入り口に行き、中を見る。


サトミ ……ミノルさん。


しばし間の後、トイレの中の音が止み、蛇口で手を洗う水の音がする。

やがて、トイレから、庄田が出て来る。


サトミ 殺してしまったんですか?

庄 田 これで、すっきりしましたよ。

サトミ ……。

庄 田 トイレ問題、解決しましたね。九条さん。

九 条 ……。


庄田、雑誌をテーブルに置き、座る。


サトミ ……そんな風にしか生きられない者がいるって、想像したことがありますか?

庄 田 え?

サトミ 汚い、みすぼらしい場所で、日本から遠く離れた国で、でも生きてる者がいるってこと……それは、どうでもいいことなんですか? 死んでもいいんですか?

庄 田 なんの話ですか? 私は虫をやっつけただけですよ。

サトミ 虫の話ですよ……安宿のトイレで……光も差さないような暗い場所で、ウンコにまみれて、ウンコを食べながら、ウンコみたいに、日本に帰ることも出来ずに、ウンコみたいに生きることしか出来ない、そういう人間がいるってこと……同じでしょう? 何が違うんですか?

庄 田 ……。

サトミ ミノルさんには理解出来ないってことでしょう? それが……私は、そういう風に生きてるんですよ。虫みたいに。ウンコみたいに。

庄 田 ……。

サトミ 不幸だったでしょうね。ナオミさんは。

庄 田 ……。


サトミ、テーブルの雑誌を手にとる。


サトミ こんな風に殺したんでしょう?


と、雑誌で庄田を叩く。


庄 田 ……。

サトミ こんな風に(と、何度も叩きながら)……ミノルさんは殺したんでしょうね。ナオミさんを。

庄 田 ……。

九 条 ちょっと、サトミさん。


九条、サトミの手をとり、雑誌を奪う。


サトミ ……チェックアウトの時間です。出て行ってください。

九条・庄田 ……。


二人が動かないので、


サトミ じゃあ、私が出て行きます。


と、サトミは、部屋の入口から去る。


しばし間。


九 条 ミノルさん……行きましょう。

庄 田 ……。


九条、ベッドの荷物を取り、


九 条 トランジット。すいませんでした……俺、わざと時間を間違えたんですよ。

庄 田 ええ……知ってましたよ。

九 条 ……やっぱり、離婚したくないですから。

庄 田 はい。

九 条 すいませんでした……こんな寄り道、無い方がよかったですね。

庄 田 ……。

九 条 過去が追っかけてくるとしたらどうしたらいいんでしょうね?……追っかけてくるんですよ。「うおー」って。「逃がさないぞー」って。過去が。昔の俺が。

庄 田 ……。

九 条 ……なんか疲れちゃいましたね……遠いんだろうな、モナコも。

庄 田 そうですね。


いつの間にか、祭りの音楽は消え、静寂が訪れる。

と、ホテルの前からだろうか、車が走り出す音が聴こえる。


九条・庄田 (それを聴いて)……。


やがて、車の音が消える。


九 条 間違ってばっかりですからね、俺も。

庄 田 みんなそうですよ。

九 条 ……そうなんですかね。


再び、祭りの音楽が遠く聞こえる。

と、部屋の入口から、ミヤコが来る。


ミヤコ ねえ、車、出ちゃったよ。

九 条 うん。

ミヤコ サトミさんが乗っていったけど。

九 条 サトミさんが?

ミヤコ サトミさん、強引にアキラくんと、ダイスケ連れて、行っちゃったんだよ。

九 条 はははっ。あそう。

ミヤコ 大丈夫なの?

九 条 さあ……どうしましょうか? ミノルさん。

庄 田 ……いいんじゃないですか? ここにいれば。

九 条 ……はい。


祭りの音楽は、徐々にレイブパーティのような、トランスっぽい曲になっていく。


ミヤコ ……あの、シンジくんは?

九 条 出てったよ、さっき。

ミヤコ 外?

九 条 どうかな。

庄 田 ちょっと、叱ったら、怒っちゃったみたいで。

ミヤコ そうなんだ……ねえ、ミノル。悩みがあるなら言いなよ。私、知り合った人みんな友達だと思ってるからさ。なんかあったら言いなよ。溜め込まずに。なんでも相談に乗るから。ね?

庄 田 ありがとうございます。

ミヤコ 60過ぎたって、絶対、人生やり直せるからさ!

庄 田 はい。

ミヤコ うん。じゃ、また。


と、ミヤコは、部屋の入口から出て行く。

九条と庄田は、祭りの音楽をなんとなく聞いて、


庄 田 なんか、踊りたくなるような音楽ですね。

九 条 ええ。気持ちいいでしょうね、きっと。


庄田は、ベッドに行くと、カバンから筆を取り出す。


庄 田 これ、何かわかりますか?

九 条 筆?

庄 田 ナオミです……浮気を知って、ナオミの下の毛を剃ってやったんですよ。それを集めて、筆にしてみました。

九 条 ……。

庄 田 いいでしょう?

九 条 ……やっぱり言っておかなくちゃいけないことがあります。

庄 田 なんですか?

九 条 俺は、ナオミさんと……モナコに行こうって、誘われたんですよ、ナオミさんに。でももう終わりにしようって、俺……。

庄 田 いいですよ、もう。

九 条 だけど。

庄 田 いいから。

九 条 ……いや、言っておかなくちゃいけないんです。


と、九条は、ベッドに行き、カバンを開けると、なにやら小さな包みを取り出す。
そして、その包みを開ける。

すると、そこから、庄田のものと同じような筆が出てくる。


庄 田 え?

九 条 ……ワキの毛です。

庄 田 九条さん……。

九 条 俺も、ちゃんと愛してたから。ナオミさんのこと。

庄 田 はははっ。しょうがないですね、男って。

九 条 ……確かに、おっぱい飲んでるのかもしれないですね。まだ。

庄 田 ほんとに……でも、すーすーして、寒かっただろうな、ナオミは。

九 条 ……寒がりでしたもんね。

庄 田 冷え性でね。

九 条 それで、人のぬくもりを求めてたんですかね?

庄 田 モテる女でしたから。

九 条 いい女でした。

庄 田 私には勿体なかったですよ。

九 条 そんなことないですよ。似合いますから、美女と野獣は。

庄 田 はははっ。でも変態ですからね、私。

九 条 ああ……言ってましたよ、ナオミさん。ミノルさんが変な格好させるって。セーラー服とか、ウエイトレスとか、看護婦とか。

庄 田 仮装好きの変態ですから。

九 条 ダメですねえ、ミノルさん。

庄 田 九条さんほどじゃないですよ。いい年して小説なんて。

九 条 そのせいで離婚するって言われてね。


庄田、筆先を顔にあてる。


庄 田 ああ……。


九条も、それを真似して、筆先を顔にあてる。


九 条 おお……。


と、二人は目を合わせ、照れたように笑いあう。


九条・庄田 ふふふっ。


二人、筆をカバンにしまう。


庄 田 ……誰かが言ってましたよ。もうすぐブラフマーが来て、世界はもっとよくなるんだって。

九 条 ああ、祭りの。

庄 田 ええ……踊りにでも、行きますか?

九 条 いいですけど。

庄 田 じゃあ。


と、二人、立ち上がる。


九 条 踊れるんですか? ミノルさん。

庄 田 当たり前じゃないですか。ナオミと出会ったの、クラブですよ。クラブ。

九 条 そうなの?

庄 田 そうですよ。これでも私、元DJですからね。

九 条 マジで? DJ?

庄 田 はい。踊って、躍らせて。モテモテですよ、DJミノルは。

九 条 DJミノル……最後に、ものすごい事実が発覚しましたね。

庄 田 いやいや、最後じゃないですよ。まだまだ続きますから、人生は。呆れるくらい。

九 条 ダメなセリフですねえ、それ。

庄 田 そうですか?

九 条 そうですよ。

庄 田 ……行きますか。

九 条 ええ。


九条と庄田は、部屋の入口に向かう。

祭りの音楽が高まっていく。

九条と庄田が、去る。


暗転。


(終)



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