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戯曲『モノガタリ・デ・アムール』(2/5)


戯曲『モノガタリ・デ・アムール』の2回目(全5回)の投稿です。



長いので、お時間あるときにでも、気楽に楽しんでいただけたらうれしいです!




登場人物


遠藤花男(45)……………… 長男

遠藤達也(43)………………… 次男

遠藤圭祐(40)………………… 三男

遠藤サキ(22)………………… 花男の娘

中瀬美枝子(25)……………… 出版社の女性編集者

森下夏子(30)………………… 女性ホームヘルパー

楠(29) ………………………… 探偵

星野(35)……………………… 近所の派出所勤務の警察官

木村ショウタロウ(32)…… サキの恋人

近藤アキラ(28)……………… サキの友人

鳩田(33) ……………………… 新しいホームヘルパー

安田(35) ……………………… 中瀬の同僚・編集者

芦沢リナ(18)………………… 近所の女子高生





★達也の部屋の壁(パネル)が外され、内部が見えるようになっている。


翌日、午後。

達也と中瀬が、ダイニングテーブルに向き合って座っている。

達也はあいかわらず寝間着姿で、テーブルにはコーヒーが二つ。


中 瀬 (達也の小説の原稿を読んでいる)……。

達 也 (中瀬の様子を伺いながら)……。


縁側に置かれた灰皿には、火がついたタバコがあって、先ほどまで誰かがいた余韻を感じさせる。


中 瀬 (読み終えた原稿をテーブルに置いて)……。

達 也 ……どうですか?

中 瀬 昨日の今日で、ここまで書き換えられてるとは思いませんでしたよ。

達 也 いや、書き直し自体は、中瀬さんに最初に原稿送ってからちょこちょこやってたんで。

中 瀬 そうですよねえ。さすがに。

達 也 ええ。一晩では。


トイレから、水の流れる音がする。


中 瀬 (原稿を手にして)……イイですよ。すごくイイと思います。

達 也 ほんとですか。

中 瀬 ええ。私、この作品、すごく売れると思うんですよ。もちろんあの、売れる売れないだけが作品の価値じゃないですけど、でもやっぱり、小説だって、たくさんの人に届くものには力があるって私は思うから、たくさん売れるものを作りたいんです。

達 也 はあ。


トイレから圭祐が来て、縁側でタバコを吸う。


中 瀬 私、達也さんが、この広い広い宇宙の中で、偶然フューチャーパブリッシングという出版社の小説賞に応募されて、私がそれを読んで、しかもそれが面白かっただなんて、こんな出会い、奇跡みたいだなって思うんですよ。

達 也 はい。

中 瀬 だから大切にしたいんです、この出会いを……恋愛みたいなものですから。

達 也 恋愛?

中 瀬 だって、私が心を惹かれたたったひとつの小説が、出会うはずのない二人を結びつけたんですよ? すごいなって……私、達也さんと話しながら、ずっとドキドキしてる。ドキドキしてます。

達 也 ……。

圭 祐 そんなこと言ったら、勘違いするよ、こいつ。

中 瀬 いや、言い方は怪しいかもしれないですけど、本心ですから。

圭 祐 ふうん……でも、そんな面白いんなら、すげえじゃん達也。

中 瀬 出て来ますよ。圭祐さんも。

圭 祐 え? そうなの?

中 瀬 圭祐さんたちご家族の物語ですから。

圭 祐 マジかよ。お前、なに勝手に書いてんの。

達 也 設定だけだよ。

圭 祐 えー、じゃあ、俺にも読ませろよ。

達 也 ヤだよ。

圭 祐 遠慮すんなって。

達 也 なんで遠慮なんだよ。

中 瀬 読んでもらいましょうよ、ぜひ。

達 也 いいですよ。こいつ口悪いし。

圭 祐 こらこら。

中 瀬 大丈夫ですよぉ。こんなに面白いんだもん。読んで貰いましょうよ!

圭 祐 中瀬さん、褒めますね。普通、こいつの顔見たら、褒める気なくしそうですけどね。


二階から、森下が、花男の尿が入った尿瓶を持って来る。


中 瀬 なんでですかぁ。素敵ですよ、達也さん。

達 也 ……。

森 下 (立ち止まり)……。

圭 祐 ほらほらぁ。こいつ惚れちゃいますよ?

達 也 (おおげさに)なに言ってんだぁ、お前はぁ!

圭 祐 あ〜あ、もう惚れてますよ。

達 也 うるさい。

中 瀬 達也さんに惚れられたら光栄ですよ。

達 也 ……え? ほんとですか?

中 瀬 もちろん。惚れてもらえるなんて、光栄です。

達 也 ……。

中 瀬 あそうだっ! 仕事場見せてくださいよっ!(と立ち上がる)

圭 祐 仕事場?

達 也 いいとも。

中 瀬 やったぁ。

圭 祐 仕事場っていうか、部屋だよ、ただの。

中 瀬 達也さんの小説が、どんな場所から生まれてきたのか、知りたいじゃないですかっ。

圭 祐 汚くて臭いよ。

中 瀬 そんなことないですよぉ。臭いわけないじゃないですか。臭くないですよ。(達也に)臭くないですよね?

達 也 え……うん……あの、ちょっと待ってて。

中 瀬 はい。待ってます私、いつまでも。達也さんが「いいよ」って言ってくれるまで、待ってます。

達 也 ……すぐ呼ぶよ。

中 瀬 ええ。ここにいるわ。

達 也 ああ。まかせとけっ。


達也、自分の部屋に入ると、扉を閉め、ファブリーズを使って大急ぎで部屋を消臭する。


中 瀬 (コーヒーを飲む)

森 下 ……どういう展開ですか?

圭 祐 さあ?

中 瀬 売れると思うなぁ、この小説……元天才子役が、赤裸々に描いた半生の物語。

圭 祐 ……なんですか、それ?

中 瀬 売れそうでしょ? タバコ、いいですか?

圭 祐 え? ええ。


中瀬、タバコを吸って、


中 瀬 まあねえ、いろいろ言う人はいると思いますよ。いると思いますけど、売るためには、そういう宣伝文句も必要ですからね。

圭 祐 ああ……。

中 瀬 元天才子役……いいですよ。

圭 祐 ……。

森 下 ……。


森下、尿瓶を台所のシンクに置いて、棚からダイニングテーブルに灰皿を持っていく。


森 下 (黙って灰皿を置く)

中 瀬 (会釈して)……。


中瀬、タバコを消すと、原稿をカバンにしまう。

と、部屋の消臭を終えた達也が扉を開ける。


達 也 中瀬さん。お待たせ。

中 瀬 ううんっ。全然待ってないよ。

達 也 そう? じゃ、おいでよ。

中 瀬 ええ。行くわ。

達 也 どうぞ。

中 瀬 お邪魔します。


と中瀬は、達也の部屋の中へ。


中 瀬 あっ。なんか、良い匂いがするぅ。

達 也 そうかな? あはははっ。


達也、圭祐に自慢げな視線を投げかけながら、ゆっくりとドアを閉める。


★以下、A(居間)と、B(達也の部屋)の芝居を、同時進行とする。


◎ A(居間)


圭 祐 ……なんだよ、あれ。しょうがねえな。昨日まで引きこもってたくせに。

森 下 ……なんか、ヤな女ですね。偉そうにタバコ吸っちゃって。

圭 祐 達也だよ、どっちかつったら。

森 下 ……。


圭祐、達也の部屋の中の物音を伺う。

森下は、しばし考えていたが、


森 下 でも、やっぱりヤな女ですよ、アレ。男を利用して。

圭 祐 ……苦手そうだもんね森下さん、そういうの。

森 下 私だってそりゃあいろいろ経験してますから。

圭 祐 経験してんだ?

森 下 そうですよ……聞きたいですか?

圭 祐 いや、いいや。

森 下 ……二十歳の頃の話しです。

圭 祐 話すのかよ?

森 下 (大声で)ああ! 二十歳の私を、見せてあげたかったなぁ、圭祐さんに。

圭 祐 なんだよ、突然。

森 下 輝いてたと思う! どこかの街角で、今の私があの頃の、二十歳の私とすれ違ったら、「ああ、この娘はなんて輝いてるんだろう」って、きっとそう思うだろうな!

圭 祐 へえ。


森下、突然落ち込んで、椅子に座る。


森 下 ……もう、遠い昔ですけど。

圭 祐 ……忙しい人だな、おい。


と言って立ち上がると、圭祐はトイレに去る。


森 下 (見送って)……。


森下、尿瓶を持ってトイレへ行こうとする。

が、ふと達也の部屋の中からかすかに聴こえてくるその音楽に、


森 下 (立ち止まって)……。


森下、ダイニングテーブルに戻ると、テーブルに置かれていた、中瀬のコーヒーに、尿瓶に入った尿を入れる。


森 下 ……。


◎ B(達也の部屋)


部屋に入った中瀬は、部屋にある物を手に取って眺める。

そんな中瀬を、達也は、少し緊張した面持ちで見守っている。


達 也 「惚れて貰えたら光栄です」って……。

中 瀬 え?

達 也 男に言い寄られて悪い気はしないっていう一般論的なものでしょ? ダメだよ、気軽に言っちゃ。

中 瀬 一般論的なものじゃないですよ! だって、達也さんは一般の人なんかじゃないですもん……役者の才能があって、その上、小説家としても才能があるなんて、ほんとすごいことですよ!

達 也 ……。

中 瀬 (微笑)


中瀬、棚の本を手に取ってパラパラと眺める。


達 也 ……。

中 瀬 それに、モテると思いますよ、達也さんみたいに才能のある男の人は。

達 也 ……。

中 瀬 絶対モテますよ、達也さん。

達 也 ……。


達也と中瀬は、居間の森下の声に反応して、顔を見合わせる。


中 瀬 ……ふふっ(と微笑む)

達 也 ……。


中瀬、再び、本を眺める。


達 也 (中瀬を見つめて)……。


達也、ラジカセで音楽を流す。

★静かに、サティのジムノペティが流れる。


達 也 (中瀬に向かって微笑み)……。

中 瀬 ……。


しばし間。


中 瀬 ……あの、よかったら、踊りませんか?

達 也 え?……喜んで。


達也は、中瀬に導かれ、音楽にあわせて二人は踊りはじめる。

と、突然、達也は中瀬を抱きしめる!


中 瀬 あっ……。


部屋の中、達也は中瀬を抱きしめていて、


中 瀬 (達也に抱きしめられるまま……)

達 也 (力いっぱい中瀬を抱きしめる)

中 瀬 (ので)……く、苦しい。

達 也 あ、すいません(と達也は中瀬から離れる)。

中 瀬 ……激しい人なんですね、達也さんて。

達 也 ……。



★A(居間)・B(達也の部屋)の同時進行は、ここまで。



トイレから、水が流れる音がする。


森 下 (ので、尿瓶を再び台所のシンクに戻す)


達也の部屋の中、中瀬は、ラジカセの音楽をとめる。

★音楽が消える。


森 下 ……。


達也の部屋から、中瀬が出て来る。


森 下 (思わず顔をそむける)

中 瀬 (部屋の中にいる達也へ)今日は、帰ります。

達 也 ……はい。

中 瀬 (森下に)お邪魔しました。

森 下 ああ。お疲れ様でした。


中瀬は、唇を拭ってから、椅子に置いてあったカバンを取って、玄関へ向かう。

と、トイレから圭祐が来て、


圭 祐 あれ? 帰るんですか?

中 瀬 ええ。お邪魔しました。

圭 祐 じゃあ、気をつけて。

中 瀬 ありがとうございます。


中瀬、玄関の方へ去り、


中瀬の声 失礼します。

圭 祐 (玄関を出て行くのだろう中瀬へ会釈する)


そんな会話の中、台所にいた森下は、扉の開いた達也の部屋の中にいる達也と目が合う。

達也は、森下と目が合うと、ドアを閉める。


森 下 ……。


達也は部屋の中でベッドに座る。

圭祐は、中瀬を見送って居間へ来ると、そのままソファへ。


圭 祐 (携帯電話で、楠にメールを書く)


森下、ダイニングテーブルの椅子に座る。

達也は部屋の中で、ベッドに横になる。と、姿が見えなくなる。


森 下 いいですよね、男の人は。年取っても、若い女の子と恋愛出来ますもんね。

圭 祐 ……。

森 下 アラサーとか言って、ほんと、冴えないですよねえ、なんか。

圭 祐 いいんじゃないの? 十年引きこもってた悲惨な男もいるんだし。

森 下 え?

圭 祐 残念な兄貴だろ? あいつ、寝間着だったしなぁ。寝間着で打ち合わせする大人なんていないぜ。

森 下 「残念なお兄さん」なんかじゃないよ。

圭 祐 え?

森 下 だってかわいいじゃないですか、達也さん。

圭 祐 かわいい?

森 下 顔も、不器用そうなところも。

圭 祐 ……。

森 下 ……え、え? なんですか?

圭 祐 や……森下さん、もしかして、ああいうのがタイプなの?

森 下 は? なに言ってんですか! はぁ? ちょっと! 待ってくださいよ! タイプって……。

圭 祐 ……。

森 下 え、なんですか? 私、好きなんて言ってないですからね。あ~、もう、なんか汗出てきた……内緒ですよ。


と森下、台所に置いてあった尿瓶を持ってトイレに去る。


圭 祐 ……マジかよ。


ふいに、圭祐の携帯電話が鳴る。


圭 祐 (電話に出て)はい……あ、今どこですか?……え、迷っちゃったんですか?……じゃあ、やっぱり駅の方がよかったですね……あ、さっき一応メールで住所は送ったんですけど。


外の方から、楠の声がかすかに聞こえる。


 楠  見ました見ました。でも、この辺同じような家が多いですね……あれぇ?

圭 祐 え、なに?

 楠  なんか、変な所に入って来ちゃいました。

圭 祐 なに、大丈夫?

 楠  この辺だと思うんですけど。

圭 祐 ほんと? 住所表示とかない?

 楠  そうですねえ……。


と、いかにも探偵然とした服を着た楠が、携帯電話で話しながら、裏道から庭に来る。

圭祐は庭が見えない方向を向いていて、楠に気付かない。


 楠  (家の様子を伺いながら)……。

圭 祐 どう? 近くに出てない?

 楠  (と家の中にいる圭祐を見つけて)あっ、遠藤さん!

圭 祐 (突然の大声にびっくりして携帯を離して)……(電話に)なに!? ちょっと楠さん、いきなりデカイ声出さないでよ。

 楠  (大きな声で)こっちこっち!

圭 祐 だから、声が、

 楠  左、左!

圭 祐 左? え、あったの? 住所。

 楠  違う違う! 遠藤さん、こっち。

圭 祐 はぁ? ちょっと待って。今、表に出るから。

 楠  後ろ後ろ!

圭 祐 うしろ?


と圭祐は楠に気づかないまま、玄関へ去る。


 楠  (電話に)もしもーし! 遠藤さーん!……(やがて、電話を切って)しょうがねえなぁ。


と楠は、庭から居間に入ってくる。

と、森下がトイレから居間に戻ってくる。


森 下 (楠を見て)……。

 楠  (会釈)

森 下 いやぁぁぁ〜!

 楠  え? いや……。


森下が「あーあー」騒ぐので、楠は慌てて庭から去る。

森下、楠の後を少しだけ追うが……どうしようかと悩んだ挙句、居間に置いてある電話を手に取り、かけようとした時、圭祐が居間に戻ってくる。


森 下 (ので)圭祐さん!

圭 祐 なに?

森 下 なんか今、変な男が、家の中に!

圭 祐 変な男?

森 下 不審者ですよ。不審者。庭から勝手に入って来て。

圭 祐 えぇ? 

森 下 私、襲われるんじゃないかって……。

圭 祐 それ、黒づくめの三人組? 俺も昨日見たんだよ。

森 下 や、一人ですけど。デカイ顔の、伊部雅刀みたいな男が……。

圭 祐 伊部雅刀が?

森 下 犯すぞって目で私を見てたんですよ! 伊部雅刀が。


と、楠が玄関から居間に入って来て、


 楠  こんにちは。伊部雅刀です。

森 下 いやぁっ! あの人です!

圭 祐 え?

 楠  遠藤さんが中に入っていくのが見えたんで、勝手に上がっちゃいました。

森 下 あの人が私を犯そうとしたんです!

圭 祐 なんだよ、楠さんのこと?

森 下 え?

圭 祐 俺が呼んだんだよ。

森 下 ……えぇ? そうなんですか?

 楠  ごめんなさいね。迷っちゃったから。

森 下 なんだぁ……いえ、すいませんでした。

圭 祐 まあ、座ってくださいよ。

 楠  ええ。失礼します。

森 下 じゃあ、コーヒーでも。


楠、ダイニングテーブルの椅子に座ると、


 楠  ちょっとノド乾いちゃって。これ、飲んでいいですか?


と楠は、置いてあったコーヒーを飲む。


森 下 あ……。

 楠  (飲み終わって)うっ……うまい!

森 下 ……。


森下、コーヒーを台所へ持って行く。


圭 祐 いやぁ、わざわざ遠くまで来て貰ってすいません。

 楠  こっちこそ、なんだか強引に来ちゃって、申し訳ないです。

圭 祐 ……で? 撮れました?

 楠  あ、はい。撮れました……見ますか?

圭 祐 そうだね。


楠、カバンから封筒を出して、圭祐の前に差し出す。


 楠  ここに。

圭 祐 うん……。


圭祐、封筒を手に取り、中身を取り出す。

と、それは何枚ものスチール写真。

様々な街角で写されたのだろう、圭祐の恋人・滝野菜々子の姿。


圭 祐 (写真を見て)……。


そこへ、森下が二人にコーヒーを持って来る。


森 下 どうぞ。

 楠  あ、いただきます。

森 下 (圭祐の見ている写真を覗く)


ので、圭祐は、大げさに写真を隠す。


森 下 (ので)……じゃあ私は、二階に。

圭 祐 うん。


森下、二階に去る。


圭 祐 (再び写真を見て)……これはどこ?


と一枚の写真を楠に示す。

楠、飲んでいたコーヒーを置いて、


 楠  それは、渋谷ですね。待ち合わせの喫茶店です。

圭 祐 ああ、喫茶店……菜々子は、いつもここで男と?

 楠  そこは多いですね。静かで、意外と空いてる時が多いから落ち着けるんですよ。値段も、割とリーズナブルだし。

圭 祐 ふうん……しかし、すごいね、プロの探偵さんは。

 楠  え?

圭 祐 ずいぶん近い距離で撮ってるでしょう、これ。

 楠  そう、ですね。

圭 祐 これで、尾行バレないの?

 楠  ……バレないと言えば、バレないですね。

圭 祐 すごいよ、この盗撮……(しげしげと写真を眺め)まるで、菜々子と一緒の席に座ってるような距離感だもんなぁ……(と、顔を上げ)まさか、楠さんが菜々子の浮気相手なんじゃないでしょうね?

 楠  (大げさに動揺し)ええ! え? まさかぁ……。

圭 祐 ははっ。うそうそうそ。冗談ですよ、嫌だなぁ。

 楠  ……。

圭 祐 (別の写真を見て)……これは? 誰と喋ってるんですかね? これ、ラブホテルの前じゃないですか?


楠、圭祐が示した写真を覗いて、


 楠  ……どうでしょう。

圭 祐 隠すことないじゃないですか。


楠、ポケットから手帳を取り出して開く。


圭 祐 おっ、いいねえ、秘密の手帳。さすが、プロの探偵ですねぇ(と手帳を覗いて)……三月二十八日十四時、恵比寿。ハートマーク……これはなに? このハートマークは?

 楠  ハートマークですか……これは……。

圭 祐 あー、わかった。俺、ピンと来ちゃったよ! これはアレでしょ? 菜々子が浮気した日のマークでしょう?

 楠  ……。

圭 祐 ほら、ビンゴ! ね?

 楠  まいったなぁ。

圭 祐 はははっ、まだまだだね、楠さんも。えー、じゃあ、次(と楠から手帳を奪って)……三月三十日、渋谷ハートマーク。四月二日、吉祥寺ハートマーク(気になったのか、手帳のページを何枚かめくって日付を戻り)……二月一日恵比寿ハートマーク。二月二日新宿ハートマーク。二月三日吉祥寺ハートマーク……ずいぶんたくさんあるよ、ハートマーク。

 楠  すいません。

圭 祐 や、楠さんが書くのはしょうがないけど……あっ、この日は二つも付いてるよ! 二月十一日吉祥寺ハートマーク、ハートマーク……なんで?

 楠  それは……ダブルブッキングですね。

圭 祐 ダブルブッキング?

 楠  ……実は、菜々子さん、浮気相手が何人も。

圭 祐 何人も?……全然知らなかった……。

 楠  (手帳を受け取って)残念ですが。


圭祐、力を落として椅子に座る。


圭 祐 ……浮気なんて。

 楠  お気持ちはわかりますけど……でも、あの、遠藤さんと菜々子さん、もう別れてるんですよね?

圭 祐 ……

 楠  別れてるなら、菜々子さんが男と会ってても、浮気ってわけじゃないと思うんですけど。

圭 祐 おいっ! なんてこと言うんだよ! いくら楠さんだって、黙ってらんねーよ、それは。

 楠  や、だって遠藤さんが「ほんとはもう別れてるんだけど」って言ってたじゃないですか。

圭 祐 言ったよ。言ったけど、だからって、大体さあ、何をもって別れたって言ってるわけ?

 楠  ……。

圭 祐 確かに俺と菜々子は、二人で話し合って、「わかった。じゃあ別れよう」って言いましたよ。それで、菜々子は部屋を出て行った……だけどさあ、二人で話し合って「別れよう」って言ったら、それで二人は別れたことになるんですか?

 楠  ……なると思いますけど。

圭 祐 そんな理不尽な論理は納得できないよ、俺は!

 楠  遠藤さん、言ってること、むちゃくちゃですよ?

圭 祐 いーや。わかんねえ。浮気は浮気なんだよ!……裏切ったのは、菜々子なんだから。

 楠  ……遠藤さん、僕、あの、

圭 祐 (楠が話そうとするのを手で遮って)……楠さん、探偵だろ? あくまで、俺はキミを雇ってるだけだから、探偵の仕事だけしてもらいたいな。

 楠  ……すいません。


しばし間。


達也の部屋の中で、達也がベッドから体を起こす。


達 也 (居間の様子を気にして)……。


圭祐、再び写真を手に取って眺める。

楠、カバンを手に立ち上がる。


 楠  (何か言いたげに)……遠藤さん、あの……。

圭 祐 (写真を見たまま)あれ? この写真、相手の男はどこに写ってるんですか?

 楠  え?

圭 祐 この写真、これも、これも、この写真も(と、何枚か写真をめくりながら)菜々子がホテルに入って行くのは写ってるけど、相手の男が全然写ってないじゃないですか。

 楠  ……。

圭 祐 (写真を置いて)……なんで?

 楠  ……。

圭 祐 なんでです?

 楠  それは……。

圭 祐 ……わざとですか?

 楠  え?

圭 祐 俺に、相手の男を見せないように、わざと……気を使ってくれたんだろ? 楠さん。

 楠  ……。

圭 祐 困るよ。ちゃんと撮ってくれないと……次は、ちゃんと男も撮って来てください。

 楠  ……でも、

圭 祐 頼むよ!

 楠  ……。

圭 祐 頼むよ……男の顔見たら、俺だって、あきらめられるかもしれないんだから。菜々子のこと……頼むよ。

 楠  ……わかりました。

圭 祐 うん。

 楠  ……失礼します。


楠、玄関に去る。


圭 祐 ……。


達也の部屋の中では、達也が、自分の匂いを嗅いで、体にファブリーズを吹きかける。


達 也 ……。


しばし間の後、暗転。



(次回に続きます! 楽しみにお待ちください!)


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