見出し画像

秋 私に起こる全てのことに捧げる・四季

私は一人で何もつけずに、彼の脇に横たわる。

愛した後のけだるさをたずさえ、目は冴えわたる。

フォロ・インペリアルを望む、ゴージャスなベットルームで、そのとってつけたような美しい景色に、私はうんざりする。

旅行雑誌に出てくるような、ローマの数々の遺跡は月に照らされ、ベネチア広場が背景に見える、お決まりでわざとらしいくらいの情景。
数分前までは、美しいと愛でていられたのに。今となっては趣味の悪い、吐き気をもよおす風景。

数百年前16世紀に、ローマのいたずら好きな侯爵が建てた宮殿は、21世紀には、いくつにも区切られ、ボルゲーゼ風味のこじゃれたアパートに改装されている。
選ばれた人だけが味わえる、特権階級のレジデンス。

そこに、私は迷い込んでいる。目の前に繰り広げられる景色は、数千年前には、ローマ皇帝の所有物だった。
目の前に広がるフォロ・トライアーノ、ここではマーケットがあり、活発に物や人がいきかわし、生きていたはず。
今では死にかけたローマの遺物が飾られている、美術館となっている。

画像1



バルコニーから見える左わきの建物は、マルタ王国の所有の宮殿。
眺めのいい、広いテラスでのパーティはすでに終わり、スマートな人たちのざわめきはもう聞こえない。
いくつかの、テーブルと置き忘れられた、空のグラスが、月明かりの下に取り残されている。

私は起き上がりガウンを羽織る。
その美しいグリーンの絹のガウンでさえ、なにか気恥ずかしく、もの悲しいものとなる。
何かを飲めばまた眠りにつけるかと思い、電気をつけず、月明かりの下裸足でキッチンまで行く。よく整備された白を基調とした、生活感のないキッチン。
天井はそんなに高くなく、イタリアの古い家によくある、木の板と柱で支えられている。
私たちが数時間前に食べ残したサラダと、汚れても洗う必要さえない皿を横目に、冷蔵庫を開ける。クランベリージュースと、オーガニックグレープフルーツジュース、のみかけの数本のワイン、数本の開けてないワイン、数種類の選りすぐりのコーヒー豆、夜中の3時に気がひくようなものはなく。
きりきりと胃が痛む。

私の気がひくようなものは、ここには何もない。

キッチンに転がっているブーブ・クリコの空き箱の中身は空瓶となって、なぜか本棚に飾ってある。これなら飲めたかも。
そんなに美しい思えない、飾ってあることで悪趣味となった、ボトルを意地悪く眺める。ブーブ・クリコって、空き瓶を飾るほどの高価なものだったっけ。
お金持ちの趣味ってわからない。
まだあけてないワインはネロ・ダーボロで、夜中にのみたくなるものではないし。

Domusに出てくるような、白を基調とした、ミニマルシックな居間に戻ってくる。壁一面に本棚が広がっている。白いカウチに座り本棚を眺める。本棚には彼の過去がある。
聞いてきた音楽があり、読んだ本意味を持つ写真、数多くの訪れた場所の思い出をたずさえたエスニックなものたち。日本の徳利から、アフリカの彫刻、彼の祖父が使っていた植民地時代のナイフ、ラグビーや、ゴルフのトロフィーまで、美しく優雅に、スノッブに置かれている。
月光の下のローマの遺跡に見守られながら、一つ一つ、注意深く私は品定めをする。

画像4



サイドテーブルには。平積みされている雑誌を眺めながら、いったい、待合室でもないここローマで、誰がニューヨーカーやヴァニティフェアーをみるのかしら?雑誌を見ながら、ふと私のように、彼のアパートで眠れない誰かが、ページをめくったのかもしれないと思い直す。もしくは、私のためにあるのかもしれない。

贅沢に空間を使って、本や、美術書や写真集が平積みに並べられていて、中身のない飾りは気分を悪くする。本がインテリアになるなんて、私には考えられない世界だから。
私はやっとのことで、サイドテーブルのランプをつける。

本のタイトルを一つ一つ読む。彼の本棚には神学の本がたくさんあり、皮肉な目でその一つ一つを眺める。神、宗教、プロテスタント、偽善。

私が彼の宗教観について尋ねた時、複雑すぎて説明できないと、言われた
ことがあった。
彼の人生のプライベートな関係に、影を落とし障害となっていた宗教観は、
今では、もうそういうことを気にしていないって言っていたけど。つまり私との関係は、その宗教観の外にある。忍耐強く説明したくないのか、まあ私の英語力の問題なのか、宗教観がプライベートな関係にどういう影響を及ぼすかなんて、しかもセクシュアリティに関係あるなんて、日本に生まれ育った私にはわかるはずもなく、彼の、答えを受けいれる。
わかりえない大きな溝を覗き込んで、馬鹿なふりをする。生粋の英国人で厳しいプロテスタントの影響を受けてロンドンで育った、彼のことはわかるはずもなく。だからこそ、その本たちは限りなく陳腐に見える。

本を逆にしタイトルを見えなくする。私のささやかなささやかな復讐。彼の行為には神なんて見えない。はりぼてな神々。

偽善な神々

画像2

3冊のアルバムを見つける。過去の景色が映っているはずの写真を好奇心をもってめくっていく。彼が数年、青春時代に過ごした美しいアフリカの景色、サバナにくつろぐ数々の野生動物たち。障害物は何もない、ただただ広く、青く、透明な海。
デジタルになる前のフィルムで撮った写真。20年前の彼の姿、まだこなれていず、倦怠にあふれていることはなく、そして無防備にただ無邪気に見える。
彼が話していた渇望していた海はここにある。
2人の若い女性と、もう1人の若い男性、2組のカップル。
兄弟姉妹なのだろうかと思わせるくらい、浮かれることなく、バカンスを人気のない海の近くのコテージですごしている。ごくごく普通の若い時代のバカンス、時間に縛られずすべてを共有できたあの頃。平凡すぎて、退屈なくらい幸せなブルジョアジーな写真。

朝シリアルを食べるシーンでさえもうとり戻すことはできない物になる。今のように仕事に追われることもなく、星がつくレストランを、次からつぎへと穴を埋めるためだけのために歩き渡り、週末に他の街へとフライトし、嘘をつく必要もなく、誰かと一緒にいても孤独を感じる夜を過ごすこともない、若い時代。

複数のパートナーと複雑なそして、ライトでクールな関係を持つことを、考え付くこともなかった時。そして、半分のアルバムは空白のまま、そこで写真は終わる。彼の若い時が終わったのか、アナログな写真はデジタルに
なってしまったのか。彼のアナログ時代は終わってしまったのか。

画像3



私は過去に読んだことのある小説を見つけ、これなら英語でも読めるかと、ページをめくる。

この小説を読めるような感受性を持った人が、なぜあんな行為ができるのかはわからない。15歳の少年を主人公とした小説を読み進み、私は安堵する。私がいつも逃げ出し、そして迎えてくれた場所、それは本であり、映画館であった。

懐かしく感じる感触。常にうけいれてくれる場所。孤独から逃れる。この本と一緒に夜を明かす覚悟をする。一人じゃなくなる。ランプの光に照らされ、カウチに膝を抱え、絹のガウンを身にまとい。

秋の気配を感じつつ本を読む。裸足の足が冷える。
彼が脱ぎ捨てた、カシミアのプルオーバを足にかける。

私はなぜこんなところで、夜中に本を読んでいるのかしら。
疑問は浮かびそれを拭い去るために、言葉をたどる。
どこまでも追ってくる、自分の思考から逃げ去るために。


画像5



彼は目を覚ます。私がベットにいないことに気付き、私のもとへ来る。
大きな体を引きずりながら、冬眠から起きたクマのように、眠たそうに。

私は少しうんざりしながらも、彼の注目を浴びたいがために目を覚まし、起きだし、本を読み、そのことで気を引きたかった自分に気づく。

「大丈夫?僕のいびき大きかった、ごめん。」彼は尋ねる。
「うん、少し」私は笑いながら、答える。
「ごめん。」そんなことで、謝ってほしくない、不可抗力なのだから。
「眠れないの、だから、ここで本を読んでるの」私は少し責めるように答える。
「うん、大丈夫?」彼は繰り返し、尋ねる。
「うん、全部、大丈夫よ。」

私は答える。そして、少し間をおいて、全然大丈夫でなかったことに、今気が付いたように。一瞬目をそらし、そして私の前に立ちはだかる彼を見すえる。


「大丈夫じゃない、全然大丈夫じゃない。」

と答え直す。シックじゃないけどそう答える。自分の気持ちをさらけ出す必要なんてない関係なのに。大丈夫って嘘をついて、大人になったタフなふりだってできる。でももうそれはできない。そして言葉をつづる。


「とてもいい気分ではないし、傷ついた。セックスが終わったすぐ後に、あんなことするなんて、私は嫉妬深くない方だけど、セックスってインサートが終わったら、終わるものじゃないのよ。もしかしたら、私はセックスに必要以上に、重要性をおいているのかもしれないけど。」


「ごめん、悪かった。」彼は素直に、謝る。
「あのね、あなたが私のことをセックスするだけの関係だと思っていたとしてもそれは構わない。他にガールフレンドがいったっていいわ。あなたに常に、すごい厚い壁を感じる。常に何かのバリアを感じる。それだっていいわよ。でもね、私と一緒にいる時は、私と一緒にいてほしいの。それ以上のことは求めない。私はあなたと一緒にいると、ハッピーだと感じるけど、あなたのこの行為は、あなたはハッピーじゃないってことでしょ。それなら、私と一緒にいる必要なんてないじゃない。」

一線を越えた言葉をいう。

彼との関係には必要のない言葉のはずだったのに。強がりなのかもしれない、でも、そういう関係を求めている。

もしくは、私は何かを求めすぎているのかもしれない。


「本当にごめん、悪かった。バカだった。単なる癖なんだ。全く意味のないことなんだよ。」
彼らしく、真摯にただひたすら謝る。間違えを素直に認められる、強さを持つ男。


「あなたにとっては意味のないことでも、私にとっては意味のあることなの、違うのよ。あなたにとっては、数々の女性を狩猟するゲームは意味のないことかもしれないけど、私にとっては意味のあることになってしまうの。明日の朝には、私は出ていってたわ、どうして、それまで待つことさえできなかったの?」
「ごめん、本当にごめん。まったく意味のないことだって約束する。君としか付き合ってない」

彼は手を顔の前にかざしながら、そう答える。私はそんな約束に、どんな意味があるの?心の中で反芻する。

話すことの無意味さを感じ、深く傷つき始める。私も嘘をついているのに、なぜ彼を責められる。


「あのね、私はリアルな人間で、私とはリアルな関係なの。私には皮膚も血も心もあるの。私は感じることも、見たり聞いたりすることもできるの。」私は訴える。
「そんなこと、わかってる、だから僕が本当に間違ってた。バカだってことだから。」


彼は素直に謝る。何度もI,m sorry を繰り返す。


「I,m sorry for you」


と私は答える。皮肉を込めて。


「僕と一緒にベットに来て寝てくれるかい?」」彼は私に尋ねる。

私はとても疲れていて素直にベットに戻る。

彼は私を抱きしめ、顔をなでる。言葉を使わず。何かを伝える。それが一層意味を持ち、悲しさが増すことに気づく。

彼は私を慰める。私は少し救われて眠りにつく。ローマの遺跡に見守られながら。ほんの数時間眠りにつき、夜明け前に目を覚ます。

彼は深い眠りについている。一時間ほど身動きをせず、ベットの中で夜が明けるのを待つ。少しづつ夜が明けていき、部屋に光が入り始め、フォロインペリアルも朝を迎える。

画像6

ベットの周りの床に散らばった、服を拾い上げ、薄明りの中で、ピアスをつける。化粧もせずに、彼のにおいを髪にたずさえ、挨拶のキスもせず、ドアを開ける。

肌寒い、秋の朝焼けの中に、飛び出す。人影のない、モンティの坂をのぼり
ながら、一日の始まりの空気が私をみたす。読み切れなかった、カバンに入りきらない分厚い本を、手にたずさえて速足で歩きさる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?