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高揚感


ただの仲の良い上司と部下。なんでも話せる先輩と後輩。私たちは2年間そういう関係だったと思う。

今も別に何かが大きく変わってしまったわけではなくて、以前よりは距離が近くなったけれどなんだかぎこちない。そんなよくわからない先輩と私。




私が入社した当時、先輩は私が配属されたチームのリーダーだった。


最初の印象は、ザ・営業っぽいな、お客さんに好かれそうだな、なんかやたらと距離感近いな、そんな感じだったと思う。

第一印象通り距離感の近さが異常で、今まで出会ってきた人の中で群を抜いて物理的な距離が近かった。だからこそなのか、社内で部署や役職問わず誰とでも仲が良く、私も例に漏れず親しくなるのに時間はかからなかった。

いつもあまりにも近くて座っている時に肩や腕が当たることがよくあって、「近いです笑」と遠ざけることもよくあったりするぐらいだった。


1年目の1年間は教育担当が定期的に変わるシステムだったから、先輩が教育担当だった期間があった。うすうす、というかしっかり気づいていたけれど、営業力と仕事に対するエネルギーが人並み外れていた。

年末、それまで月間達成できずに苦しんでいた私が、彼の下について1ヶ月後には気づいたら初めての月間達成をしていた。

足りない数字を作るためにはどうしたらいいのか、決して簡単ではないはずなのに先輩と話すととても簡単そうに思えて、そうするためのサポートもしてくれて、業務はちょっとしんどかったけれどなんだかとても前向きに楽な気持ちで仕事ができた。

先輩にはそういう不思議な力があって、だから私はこの人に着いていけば大丈夫、この人の下で働いていたい、そう思った。


そのあと、2年目になってからはチームが変わって関わる機会は減ったけれど、私のできる仕事が増えて先輩の苦手な仕事を任されることが多くなって、頼られるのが嬉しかった。

残業を一緒にすることもよくあって、他の人も含めて飲みに行くこともよくあって、そうやって徐々に、でも確実に先輩との距離は縮まっていった。


でも、もともと誰に対しても距離が近い人だし、お互いの恋人の話やけっこう突っ込んだ下ネタの話とかもよくしていたし、本当にただただ仲が良いだけ、だった。



そんな関係に若干の気まずさとなんとも言えない感情が混ざってしまったのは、2週間前の飲み会の2次会の後だった。


金曜日、会長・社長も交えた飲み会を無事に終えて、張り詰めていた気が緩んで、尚且つ体調が万全ではなかったこともあり、2次会を終えた頃には私はけっこう酔っ払ってしまっていた。

そのあと、みんなが終電に向かっていく中で、先輩があそこの寿司が食べたいと言って、私は終電がなくなることも考えず、もうちょっと飲みたいしなという気持ちもあってふらっと着いていった。

お店に着いたら、もう終わりです〜と言われて2人は行き場を失い、「うちで飲んでく?」というなんとも怪しい提案を私はすんなりと受け入れて家に向かった。


多分、というか確実に、下心というか好意というか期待感というか、そういうもやもやした気持ちが私の中にあった。そしてその気持ちの始まりはその1週間前だった。

1週間前の金曜日にも飲み会があって、2次会後に帰宅した時、「もう帰った?」「俺のそばにいてほしい」というLINEが来た。翌日酔っ払っていたと謝られたが、そこで芽生えたなんとも言えない感情は1週間経ったこの日もまだ鮮明に残っていた。


その感情を消せないままコンビニでお酒やおつまみを買って行って上がった先輩の家。フレグランスの良い香りがした。

ソファに並んで座ってお酒を飲みながら、何を話したのかはよく覚えていないけれど、多分仕事の愚痴とかをだらだら話していたと思う。

だんだん酔いが強くなっていって気持ちよくなり、なんだかすっかり安心しきってしまった私は、ちゃっかり部屋着を借りて着替えていた。

先輩が腕を広げて私を引き寄せて、私は少しだけ拒んで、でもすぐに先輩の腕に捕えられて、キスをした。

「私のこと好きなんですか?」
「うん、好きだよ」
「私もけっこう好きですよ」

そんなやり取りをしたのをうっすらと覚えている。

そのあとコンタクトを外して一緒に寝た。
それ以上のことは何もしなかった。


朝目覚めてすぐに自責の念に苛まれた。先輩は昨日のことをなかったことのように振る舞うわけでもなく、私の頭を撫でたり肌に触れたりしながら、おはよう、歯医者行ってくるねと言って出かけて行った。ほっとした。


先輩が帰ってきて、土曜日なのにこのあとweb商談があると言って、それまで10分くらいだけ一緒にごろごろして、商談が始まってから私はまた寝てしまった。

商談が終わってから、先輩はまだ寝ていた私の横に来て、抱きしめてキスをした。「今日だけだよ」そう言っていた。

そのあと、お昼を食べに行こうと言って家を出て、お昼までちょっと時間があったからカフェのテラスでコーヒーを飲んでから、お昼ご飯は二日酔い気味の体にはきついカツを食べた。最後の一口がどうしても食べられなくて残してしまった。お店を出てから駅まで送ってもらった。

この日、不思議なくらい自然な日常感があって、一緒にいる時間が心地よくて、今日だけじゃなければいいのにな、と思ってしまった。ずるい自分。




週明けの月曜日、会社ではやっぱり普通だった。相変わらずの距離感。やっぱりあの日だけだったのかな、と少し寂しくもあり、これが果たして好きという感情なのかもわからず、1人でずっとモヤモヤしていた。


そして先週の金曜日、あの日からちょうど1週間。仕事が終わってから私は先輩2人と前々から約束していた女子会があった。朝、今日夜何してる?とオフィスのちょっと離れたところから大きめの声で聞いてきた先輩。女子会です、と同じくらいの声量で答えると、えー聞いてないよーといつも通り飲みに誘いたかった様子。


仕事が終わって19時頃、なぜか業務チャットで「暇になったら教えてください」とメッセージが来ていた。少しニヤけた自分を鎮めながら女子会を楽しんで、気づけば終電が近づいていた。

別のメンバーと飲みに行っていた先輩とちょこちょこLINEをしながら、もうすぐ解散することを伝えると、先輩も解散して近くのセブンにいる、というメッセージ。私は駅前で女子の先輩たちと別れて、迷うことなく彼のもとへ向かっていた。

先週から彼が行きたがっていたお寿司はこの日ももう終わってしまっていて、なんとなく先輩の家に向かいながら、通りかかったバーに入った。

女子会で何話したの?、とか、先輩今週忙しそうでしたよね、とか、そんないつも通りの会話をしながら、ビールを一杯ずつ飲んで30分くらいでお店を出た。なんだかとても穏やかな時間だった。

そこからまた再びなんとなく先輩の家に向かって歩みを進めた。

「泊まってく?」

私はその言葉を待ち侘びていたのかもしれない。でも、タクシーで帰ります、と私は何かをグッと堪えた。この前の「今日だけだよ」という先輩の言葉を、私が実行した。


タクシーアプリでタクシーを呼んでからタクシーが来るまでの5〜6分、先輩は一緒に待ってくれた。

私はもうすぐ会社を辞めるのだけれど、先輩はずっと辞めないでほしいと言ってくれて、この時もその話をした。いなくなったら寂しいから残ってほしい、その言葉にバカみたいに私の心は毎度ぐらぐらと揺れてしまう。

ときおり私の体に触れる先輩の手を私も掴みたかったけれど、私も先輩に触れたかったけれど、そうしなかった。




その後も、やっぱり仕事の時は普通だけど、たまにちょっと嬉しくなってしまうようなことを言われて私は簡単に浮かれてしまう、という日々。4月私のサポートのおかげで月間達成できたよ、だとか、私と一緒にご飯を食べてる時が一番落ち着く、だとか。深く考えずに言ってそうなところがずるいなと思う。

これは果たして好きという感情なのか、なんなのか。でも多分恋ではないと思う。人として好きだと思うし、一緒にいて楽しい。ここ数週間の感情は、営業として仕事の面で尊敬していた先輩が、文字通り触れられる存在になったことから来る一時的な高揚感なのだと思う。

きっとこれ以上近づいてしまったら消えてしまう感情で、だから、ここで止まった方が良いと思う。


気づけば今年でもう26歳。一時的な感情で行動を起こした後の虚しさや切なさはもう十分知ってきたのだから、傷つかなそうな選択をしていこうと思う。

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