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花園神社で新宿梁山泊『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』を観る

私が初めて新宿梁山泊のテント劇を観たのは、夫と婚約した頃だから、今から30年くらい昔だろうか。
当時の私は演劇についてはド素人で、何もわからなかった。ましてやアングラ劇のことも唐十郎さんのことも何も知らなかった。でも、先に新宿梁山泊に魅了された夫の導きで、初めてこの劇団の劇を観た時、一つ一つのシーンでの俳優たちの動きがまるで絵のように美しく「なんて綺麗なんだろう」と心が動いた。描かれている世界は、昭和のドブ川臭さと人間の脂臭い体臭が絡み合うような娑婆のドロドロなのに、そこで描かれる人々は、泥の中から美しい花を咲かせる蓮の花のような崇高さを放っていた。

その後、私は夫と共に、今までに何度か観劇してきたのだけど、今回の公演は今まで見てきた中でも最高傑作だった。

新宿梁山泊 第77回公演
『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』作・唐十郎/演出・金守珍

出演は新宿梁山泊の俳優陣に加えて、中村勘九郎、豊川悦司、寺島しのぶ、風間杜夫、六平直政…と驚くほど豪華なキャストてある。

昨年『少女都市からの呼び声』を花園神社の紫テント公演で観た後に、風の噂で「来年はすごいらしい…」と小耳にはさんでいたのだけど、まさか本当に実現するとは…!「これは何が何でも観てみたい!」と切望し、その願いが叶った。

6月21日金曜日、東京新宿にある花園神社へと向かった。

境内に張られた紫テント。雨が上がり、この晩はひんやりと涼しかった。

開場前から多くの人がテント前に立ち並び、もう既に熱気ムンムン。飾られたのぼり旗を見て心が躍る。
この中で、どんな世界が繰り広げられるのだろう。ワクワクしてくる。

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パンフレットをゲット!宇野亜喜良さんのイラストが素敵✨

一体どんな感じになるのだろう?…全く想像できないまま幕が開いたのだけど、始まった瞬間、それは新宿梁山泊の世界観そのものだった。六平直政さんや風間杜夫さんは過去に新宿梁山泊の劇に出られているので理解できるけど、勘九郎さん・トヨエツ・寺島しのぶさんが出られるとなると、はたしてどうなるのかしら?ドキドキしながら見ていたけど、いやはや、誰も彼も全てが金守珍演出の新宿梁山泊の世界観にしっかり落とし込まれていた。アングラ劇の色に完全に染まって一丸となっている。ここだけで思いっきり圧倒されて心底感動した。


初っ端から目が離せない。勘九郎さんが演じる傘職人おちょこにグイグイ引き込まれる。あんなに激しい動きをしながら、息を切らさず完璧かつ明瞭なセリフ回し。心底驚嘆した。愛らしくて純真でキュートなおちょこに対して、一癖ありそうな男・檜垣(豊川悦司)が絡んでくる。汚れ役でも下品なシーンでもトヨエツはやっぱり渋くてセクシーでカッコいい。そこに、トラック運転手(六平直政)のおっちゃんが飛び込んできて(←さすが六平さん!古巣なので生き生きしていらっしゃる)わちゃわちゃしたところで、ヒロイン・カナ(寺島しのぶ)が登場。可憐で清楚な女性でありながら、時折見せる彼女の淫靡さと闇の深さに鳥肌が立つ。新マネージャー役で登場した風間杜夫さんも、舞台のスピーディーなテンポにしっかり乗っかり、渋い演技と笑いの両方で観客の心を掴みにかかって、さすが大御所だなぁ…と唸る。

これら大俳優を支える役者陣も素晴らしかった。私はいつも、今までの観劇で名前と顔を覚えた俳優さん達が、この劇ではどんな役をやられるのか?楽しみなのだが、今回も新しい一面を見るようで楽しかった。
この劇団の看板女優の水嶋カンナさん。この方が登場すると、その安定感と存在感にホッとする。今回も明るくも妖艶な演技で、元気をいっぱいいただいた。また、劇団代表であり演出を手がける金守珍さんの登場もすごく楽しみにしていたのだけど、今回は怪我をされて途中降板とのこと。金さんのエネルギッシュな御姿を舞台で拝見してパワーをいただいていたので、お会いできなくて残念。どうか無事にご快復されますように…。

途中、休憩を挟みながらの約2時間半の長丁場。
最後のクライマックスシーンは、さすが新宿梁山泊らしい派手な演出でド肝を抜かれた。最初から最後まで息つく間もないほど、深くグッと引き込まれた。凄いものを観せてもらった気分。舞台からほとばしるエネルギーを全身に受けて、なんだか新しく生まれ変わったような気分になった。

劇が終わった後も興奮冷めやらず。
帰るのが名残惜しくて、しばしテントの前にたたずむ。
奇跡の公演。しかと心に刻み込もう。

唐十郎さんの脚本は、夢の世界のような、あるいは死者の世界のような、現実社会のようでそうではない、現実から乖離していて実態があるようでない、陽炎かげろうのような夢まぼろしの世界。そんな言葉では表現しにくい、掴みどころのない不思議な世界観が緻密に描かれている。そんな世界観を見事に具現化した新宿梁山泊のテント劇は、観た後、壮大なパラレルワールドを生き抜いたような不思議な心地になる。深い眠りで見た夢からハッと目覚めたような気分。今回もそうだった。

紫テントを出た後は、新宿の「世界の山ちゃん」に立ち寄り、一緒に観劇した夫とプチ感想会。

生ビールで乾杯
昔名古屋に住んでいたのに、「世界の山ちゃん」に入るのは実はこれが初めて。
スパイシーで美味かった。

20代の頃は舞台の迫力と芸術美に感動しながらも、すごく難解に感じられたアングラ劇。しかし50代の今は、ようやく肩の力が抜けて楽に自由に楽しめるようになった。それだけ歳を取ったってことだろうか。それとも、この半世紀の間に、娑婆で散々揉まれて人生の酸いも甘いも知り尽くしたってことだろうか。
カナの狂気は決して他人事ではなく、私たちの誰もが心の中に秘めているのではないか…とふと思う。あれは現実から遠く隔たれた別世界の夢物語ではなく、もしかしたら、私たちが生きている現世とそれほど違わない、表裏一体の世界かもしれない。カナを取り巻く人々もまた、明日の私かもしれないし、未来の私たちの姿かもしれない。あるいは過去の自分だったかもしれない。
全ては儚く消えていくものばかりなのに、今回もまた私の心に深く刺さったのだった。

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