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冷えたコーヒーと雑音のカフェ

恋人同士において「話したいことがあるんだ」というメッセージから想像できる流れは”別れ”か”距離を置く”だろう。
正直どちらが濃厚かは計り知れなかった。
おめでとうのない誕生日
手をつながなくなった最近のデート
つまらなそうにしている君
心が離れていることに気づいていなかったわけではない。

メッセージを読んで以来、しっかりと失恋の準備をした私は当日には2kgほど痩せていた。でも見てわかるわけではないだろう。
必死に目の下のクマと激しい食欲減退によりカサついた肌を隠して待ち合わせ場所へ向かった。全身が内蔵までソワソワして吐きそうだった。
一方、最後の意地で、彼が見ることがないかもしれないこの先の季節の服をあえて着て行った。白地のさわやかなワンピースだ。

待ち合わせ場所で相変わらず吐きそうな私は、傍から見たら街に馴染んで、デートの待ち合わせに心を弾ませているひとりのように見えるだろう。
それでいい。

時間通りに待ち合わせ場所に来た君。
自分の都合なら遅れないし前々日に確認のメッセージまで送ってくるんだね。
私がやってみてほしいとお願いしたパーマは今、旬を迎えている。
似合っているし、少しエキゾチックな君の顔だちをワイルド方向に引き立てている。
悔しさと切なさが押し寄せてくる。胸が締め付けられて吐きそうだ。

カフェに入り席に着いた。話はまだ始まらない。注文をしてコーヒーが来たら話始めるのがセオリーだが、その時を待つこちらの気持ちも考えてほしいと思う。もちろん君もこれから話すことにわずかな緊張くらいはしているんだろうけれど。

2人の間にコーヒーが置かれた。
さぁ、覚悟をしなければ。せめてしっかり話し合いたい。
できるなら話し合いの中で解決したい。
話し合いができる2人になりたかった。

”実は…
2月くらいから仕事が忙しくなって、2月3月とすごく忙しかった
これからまた転勤がありそうで、それは断れないし
転勤は決まったわけでもないし、どこに行くかもわからない
仕事も最近は楽しくなってきたところなんだ
それで仕事に集中したいと思って
だからこの関係を終わりにしたい
ずるずる続けるのはよくないと思うし
君のためにもそのほうがいいと思うんだ”

考えてきた言葉を順番に並べ、プレゼンをしてくれた。
”この関係を終わりにしたい”
想像してはいたが、その言葉を聞いた瞬間、
頭から冷や水を浴びるような胃が浮くような感覚があった。
ショックだった。
わずかな希望…話し合いの可能性はなくなったのだ。
この先が心許なく、吐きそうだ。

聞き出せるものは聞き出そうと思い、
黙って聞いた。
気まずい時ほど沈黙に耐えられず話し出すのが人間だ。
さぁ吐け。
そんなことを考えている自分もどうなんだろうと思いつつ、
今夜、眠れない間に少しでも別れの原因を探り、自分を納得させるためには彼しか知らない情報を引き出しておくことが必要だった。

コーヒーは冷えていった。
ようやく一口飲んだ時、私の冷えた胃を益々冷やした。
私は笑った。そして自分の思いを隠して話した。

”それはもう決めたんだよね?
それなら受け入れるしかないと思っている。
ちゃんと話してくれてありがとう。
(こうなる前に話合いできなかったのか?私聞いたよね、3月末に。私と付き合っていて楽しめているかどうか)
君がちゃんと考えてくれたならその決断は尊重する。
(心変わりも尊重するよ?)
私も君の心が離れていることは気づいていたよ。
だけど、君が笑顔の時はそのまま笑顔でいてほしくて、
浮かない表情の時は今じゃないな、って。
だからいつも言い出せなくて、一人で悩ませてしまってごめんね。
(これからは話し合いをしていい関係を築いていこうよ)
気づいてたから私も悩んでた。
(悩んでたんだぞ、私だって)
こんなに好きなのにうまくいかないなんて恋愛下手すぎるね。
(なんでこんなことになるの~?)
本音を言うとまだ君がいいって思うし、
転勤ならどこでもついていくよ。仕事なら何とでもなるから。
(何とでもするってのが正解だけど)
でも、君はそれを望んでないんだよね…。
(かすかに頷いたな?あーぁ。ダメか。)
笑って!
君の笑顔はすてきだから!いつも元気をもらっていたよ。
また会いたいな、元気にしてるかな?って笑顔を思い浮かべて想っていたよ。
だから、いっぱい笑って幸せになって!

そこから間が少し。
普段の会話が始まって冷えたコーヒーをすすっていた。
そのあとは君が何を言っても聞こえにくかった。
途端に周囲の会話や食器音が大きくなったように感じた。
2人の時間が終わったのだろう。

コーヒーが冷めていく間に恋人から元恋人へと変化していた2人。
やがて2人の時間が終わり、2人はカフェにいる大勢の客の1人1人になったのだ。

いつかこのカフェで温かいコーヒーと賑やかな時間を過ごしたい。
それがこれからの密かな目標だ。


#私のコーヒー時間

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