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010:笑顔担当。



 彼の配信が好きだった。きょうもお決まりのあいさつに、彼とそこに集まったリスナーのみんなが反応してくれる。彼の配信は、聴いているだけでも笑顔になれるし、コメントもセンスがよくて、愉快な気持ちになった。1日の疲れは彼の配信で溶けていく。”笑顔担当”そんな役割が彼にはぴったりだと思った。

 自分の配信に彼が来たときは驚いた。マメな性格で、彼の配信に遊びに来てくれる子の配信には、積極的に顔を出しているようだった。長居してくれることも多く、彼の笑顔のアイコンがそこにあるだけで、わたしも笑顔になった。
 あるとき彼が、”他の人のところで感じるプレッシャーとか、ここでは感じない。”、”長居できないところが多いけど、ここは居心地がいいから、隠れに来てる。”なんて話してくれた。飛ぶほど嬉しくて、いつでも彼が隠れに来られる場所になろうと思った。



 ある日の配信後に、お礼のメッセージを送ったのが、初めてのメッセージだった。彼からは、短い文章で返信が来た。配信者は芸能人よりは、手の届きやすい存在とはいっても、自分からは軽率に関わることのできない存在だった。リスナーとの距離感を保って、こういうところまで配信者なんだなと、感心した。
 ほどなくして彼もわたしをフォローしてくれて、そこからは頻繁にメッセージでのやり取りをするようになった。いろんな話をして、少しずつ中身の茜くんのことが好きなのかもしれないと思うようになっていった。プライベートな内容も話すようになって、淡い期待を抱く。この人と、声でお話がしたい。断られても平気なように、心構えしてメッセージを送る。

”欲を言えば、普通に声でお話したい!”

 さっきまでスムーズにやり取りが続いていたのに、流れがぴたりと止まる。あぁ、言わなきゃよかったなぁ。後悔が押し寄せる。すぐになかったことにしようか迷ったけれど、寝てしまっただけということに賭けて目を閉じた。翌朝、了承するメッセージを通話用アプリのIDが届いて、上がった口角が下がらないとはこういうことを言うんだなと実感した。



 初めての通話。名前で呼び合うのもくすぐったいような気持になる。なんだか中学生に戻った気持ちになった。彼のやさしいあいづちに、わたしの話は止まらない。いつの間にか朝になっていて、覗いたスマホは通話中のままで。布団のこすれる音に、寝起きの君の声。正午を知らせる町内放送は聞こえないふりをして、さっきまでの話の続きのように、話し出して笑い合った。午後の日差しの中で、きょうの予定の話を伝え合って、通話は終了。また、通話することを約束して、いつかのその日を待ち遠しく思った。

 少ししてやってきたその日には、自分の話し方についてコンプレックスを持っていることを話した。オチのない話を長々してしまうこと、結論から述べるように何度も注意されたこと話すと、『僕はあやめの話し方が好きだよ。』と言って、わたしの話をいつまでも聞いてくれた。

 ”生活が落ち着いた頃、お互い大切な人ができてなかったら、会いたいと思っててもいいかなぁ。”思い切ってそんな話をして、お互いに大切な人ができたら報告し合おうねなんて話していたけれど、そんな必要はなさそうだった。



 知り合ってから、カレンダーを数枚めくって、季節がひとつ過ぎた頃、プライベートで使っている連絡先を交換した。
 この頃には、わたしも隠すことなく彼への想いを伝えるようになっていたから、わたしの気持ちはばれている。口裏合わせたわけではなかったけれど、なんとなく、付き合うのは会ってから。そんな風に思っていて、友達以上恋人未満というにふさわしい関係が出来上がっていた。
 いくら好きとは言え、恋人ではない。拘束力も持たない。彼が他の女の子と合うことを止める権利すらない。”早く彼女にしてくれないかなぁ”、心の中で思うにとどまらず、口に出してしまっていた。告白は僕からしたいと言われて、我慢していたけれど、もう無理みたい。言い出したが最後。わたしたちは、文字と声のやり取りで恋人同士になった。




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