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カエルの王子さま。



 『アパートの一室で20代男性の遺体が発見されました。遺体は死後数か月が経過しており、腐敗が進んだ状態です。複数個所の刺し傷があるとのことで、殺人事件とみて捜査しています。元恋人の女が、何等かの事情を知っているとみて、行方を追っています。』

 「うっわ、殺人だって。治安わりぃな、この辺も。」

 「こわいね。まだ捕まってないのかな。」

 「みたいだな。」

 「こんな事件に巻き込まれそうになったら、わたしのこと守ってね。」

 「あぁ。」

 「ねぇ、大好きだよ。」

 「うん。」

 そうそう。このそっけない感じ。どうしたら、彼はわたしのことだけを見てくれるんだろう。でも、彼女という肩書を手に入れたんだもの、もう他に何もいらない。

 「わりぃ。友達から、飲み誘われたから、行ってくる。」

 「うん、気を付けていってきてね。帰るとき連絡してね。」

 「あーい。」

 結局、その日、彼は帰ってこなかった。それでいい。彼が帰ってこなくても、彼の彼女はわたしなのだから。わたしに興味ないところを見ていると、さらに好きになっていくのだった。



 きょうは記念日。部屋に差し込む日差しで、彼の歩く後ろで舞ったほこりがきらめいた。王子さまの歩く道は、キラキラしてないとね。わたしの隣に腰を下ろした彼は、相変わらずわたしに興味なさそうにスマホをいじり始めた。その様子に安心して、隣で読みかけの文庫本を開く。

 「あのさ。」

 「なぁに?」

 「今日って記念日だったよな。」

 「う、うん。そうだけど…、そういうの覚えないタイプだったよね。」

 「あぁ、そうなんだけどさ、なんていうか、友達とかにさ…」

 彼の言葉が、聞こえにくい。記念日を覚えているなんて彼じゃない。
 目の前にいるこの男は、誰だ?

 「もっと記念日とか大事にしろって言われて。なんか、俺のことすごく好きっていうの伝わってきて、そっけなくしても、好きでいてくれそうっていうか…。なんか、照れくさくて、ずっと言おうと思ってたけど言えなくて。ほら、最近は家に遊びに来てくれた日には、飲みに行ったりもしないだろ?」

 あぁ、そうだよ。すごく好き。彼のことはね。でも、わたしのことを大事にしようとしている、あなたは誰なの。そんな目で見ないでよ。

 「これからは、ちゃんと伝えてもらった分、いや、それ以上に言葉にして好きって伝えるし、」

 そんなのいらない。

 「いままでそっけなくしてごめんね…」

 そう言って伸びてきた彼の手が、緑色で。指は4本。あぁ、あの時と一緒だ。

 「いやっ!誰?触らないで!」

 とっさのことで対応できずによろけて、後ろに倒れこんだ。そのすきに、キッチンへ走りきのう研いだばかりの包丁へ手をかける。

 「いってぇ…、って、何持ってんだよ!やめろ、いままでごめんって謝っただろ、そんなに怒るなって…。」

 目の前で必死にわたしを説得する緑の化け物。まさにカエルだ。

 「また、来たのね!?わたしの王子様を返して!わたしの大好きな彼の身体に入っても、わたしがあなたのことを好きになることなんてないわよ!カエルの王子さまなんて、ごめんだわ!」

 「わけわからねぇこと言ってねぇで、それ、置いて来いって。」

 いまだに床に尻もちをついた状態で、わたしを見上げるカエルの化け物に向かって、駆け出す。やや抵抗があって、刃物が体表面を超え、臓器を超え、大きな動脈に到達したのを感じると、刃を引き抜く。
 ドクドクと流れ出す、生暖かいドロドロとした赤い海の中で、透き通りそうな白い肌をした彼が横たわってピクピクと痙攣けいれんを繰り返す。わたしだけの王子さま。

 「おかえりなさい。」

 目覚めのキスは王子さまから、お姫様へするものでしょう。だめな王子さまねぇ。残念だわ、もう目覚めることもなさそうだもの、これは別れのキスよ。
 シャワーを済ませて部屋に戻ると、相変わらず王子さま横たわっていて。かすかな痙攣すらもしなくなっていた。

 「さようなら。」

 そうつぶやいて、別れの匂いが充満した部屋をあとにした。



 「いえ、わたしは彼を殺してなんかいません。救ってあげたんです。あの、化け物から。どんなに場所を変えても、あの化け物はわたしの目の前に現れるんです。もう、17回も。その度にわたしは化け物と戦い勝利してきたんです。」

 取調室で、女はその時のことを振り返り。何度も、化け物と戦った話を繰り返した。




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