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世界の終わり #2-2 ギフト

「やぁ。おはよう」
 福岡市内の動物園跡地を拠点としている、人権擁護を目的とした市民団体〈TABLE〉メンバーである掛橋真(かけはしまこと)は、小獣舎の檻の前に立つと、彼の瞳を物憂げに見つめている五体のグールへ声をかけた。グールとは感染者の呼称であり、その呼称は、日本国内において浸透している。
 時刻は午前九時。陽の光を好まないグールたちにとっては辛い時間帯だが、人間らしさを取り戻すためには、少しでも長く太陽のしたで活動するべきであるとの考えから、掛橋は毎朝決まってこの時間に小獣舎を訪れ、グールたちに声をかけて、日なたへ誘導している。
「今日は、羽鳥(はとり)さんがきてくれるから、美味しいものを食べられるぞ」
 掛橋は檻をつかんで座っているグールの少女へと、優しく呼びかけた。
 グール化したことによって言葉は通じなくなっているはずながら、見つめ返される表情に微笑みを読み取った掛橋は、顔を綻ばせて浅く頷いた。
「二週間ぶりだな……羽鳥さんの九州入りは。なぁ、ルルカ、憶えてるかい? 羽鳥さんが前回きてくれたときのことを」
 掛橋が口にしたルルカとはグール化した少女のことであり、羽鳥とは市民団体〈TABLE〉の代表を務める五〇代後半の男性である。
 掛橋は羽鳥と出会ったことによって〈TABLE〉の活動に加わる決意をした。彼にとって羽鳥は憧憬の的といった存在であった。
「外国産でも構わないから、今回も肉類を多く運んできてくれたら嬉しいんだけど……あぁ、いけない。食べものの話ばかり口にしていると、山岡のやつに馬鹿にされちまうな。ほら、ルルカ。今日のぶんだ。みんなで仲良く食べろよ」
 小分けしたパンとフルーツを入れた紙袋を檻の中へ投げこむと同時に、いつも着用している安全ベストに取りつけた無線機が鳴りだし、噂をしていた山岡の声で、『急いで正門に集合』と告げられた。
 羽鳥の到着報告を期待したが、事実は異なっていた。〈TABLE〉の活動を快く思っていない団体が、抗議に現れたとのことである。
 掛橋は嘆息して空を仰ぎ見た。一羽の鳥が上空を旋回していた。檻の中のグールたちは日陰で身体を寄せ、手に取った紙袋の中を覗いていた。

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