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世界の終わり #3-12 ハンター



 前回、ツアーの仕事をやったとき、おれと組んだ男は髪を茶色く染めて前歯の欠けた二〇代後半の痩せた男やった。男は毎日毎日だるい、だるい、だるいと連呼して、隙あらば、ポケットに忍ばせていた大麻入りのパイプを口にくわえてニヤけとった。そんな男と一緒に働いて、物事真剣に考えるなんてあらへんわ。男は店舗内でグール化して行く不法入国者どもを横目に見ては、気持ち悪ッ、吐きそうや。なんやこの声、この臭い。早いとこ死ねや、扉に近寄んないうて、無駄にスタンガン放電しまくっとった。おれも悪態ついて連中から目をそむけとった。そうすればいらんこと考えて悩む必要なかったし、気分的に楽やったし、それが正解やと、そんときは思えたんや。


 前の前のツアーで相棒に選ばれた男は、口数が少なくて、なにを考えとるんかわからん薄気味悪い男やった。そいつはいつもイヤフォンを耳にはめとったんで、なんの曲を聴いとるんか気になって、尋ねて、聴かせてもらったんやけど、聴いとったのは曲やなくて、どこの国の言語かわからん変な言葉を呪文のように喋っとる、気持ち悪い男の声やった。そいつはどこぞの宗教に属しとる信者やったらしいが、呪文を聴かせてもらったあとは、ほとんど言葉を交わさんかったんで、詳しいことは知らへんし、以後、一度も顔をあわしとらん。一緒に働いとった間は、ずーっと、早く終わらんかな、家に帰りたいわ、いま何時やろか、早う寝たいわって、そんなことばっかり考えてアホになれアホになれ自分にいい聞かせとった。なんも考えんかったいうのが正解かもしれんけど。


 それ以前――おれがこの仕事に就く前に穴掘りや草抜きやグール監視を担当しとった男は、薄汚い中年ジジイで、さらには同性愛者やったと聞く。そいつは一緒に仕事をしとったシンタロウとかいう名前の若い男をスタンガンで脅して、盗んだ車で一緒にどこかへ逃走したらしい。っていうか、連れ去ったそうや。閉鎖されとる九州に他所への出口なんてあらへんし、ガソリンスタンドかて全部使いモノにならんのやから、戻ってくるか、路上でくたばるかしか道はないのに、なにを考えとるんか理解できん。そんとき、現場に居合わせたカンバヤシの話によると、イカれたオッサンは、シンタロウと二人っきりの楽園を築きたくて逃走した――シンタロウはいまごろ、どっかの柱に縛りつけられてオッサンに愛でられ、愛でられ愛でられ愛でられまくって号泣しとるに違いない、と笑いながらいうとった。ほんま虫酸が走る。イカれとるんや、ここにおる連中は。皆が皆、揃いも揃ってイカれた連中ばっかりや。そんな中で平静を保とうなんて無理な話やろ。与えられた仕事もイカれとる。真面目にやっとったら発狂してまうわ。自分自身を失わんためには、一緒になってヘラヘラ笑って、頭ん中空っぽにしてアホになるのが一番や。見ても見んふり、聞いても聞こえんふり。なんも悩まず、なんも考えず、なんも知らん。おれは知らん。おれは関係ないて思うとらんとやっていけへん。穴掘って、愚痴こぼして、草抜いて、愚痴こぼして、防護服着せられて、愚痴こぼして、監視を命じられて、しんどいわ眠いわ同じ姿勢きっついわァて愚痴こぼしとけば、それでええねん。ええはずなのに、なんで。なんでや。なんでこんな雑念ばっかし。おれは余計なことばっか考えてしもうとるんや。


「雨、降りそうです」とウディ。
 降ったら泣くで、ほんまに。

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