【Vol.5】マイルス・デイビスとブラジル音楽とケペル木村さんのこと for『MILES : REIMAGINED』
『MILES : REIMAGINED 2010年代のマイルス・デイヴィス・ガイド』➡ https://www.shinko-music.co.jp/item/pid1643178/
今回、マイルス・デイビスについての本を作るということで、持っているカードは全部使おうと思った。ジャズ評論家が持ってないスペシャルなカードを。その切り札の一つが南米音楽の専門家のケペル木村さんだった。
ちなみに僕とケペル木村さんの付き合いはけっこう長い。元々はブラジル音楽が好きだった僕がケペルさんに会いに行ったのがきっかけだった。音楽誌とか『ムジカ・ロコムンド』とかでライターとしてのケペルさんの文章ももちろん読んでいたし、
ケペルさんが選曲したミルトン・ナシメントのベスト盤『ミュージック・フォー・サンデイ・ラヴァーズ』も好きだった。これ、本当にいい選曲で、何かというとこればっかり聴いてしまう。
それにケペルさんのレーベルが帯付き国内盤を出していたフアナ・モリーナ『セグンド』や『トレス・コローサス』が好きだったし、そのレーベルで発行していたフリーマガジン『MPB』を僕は馴染みのジャズ喫茶で熱心に読んでいた。ケペルさんは僕みたいないろんなジャンルの音楽を聴く人が楽しめるような南米音楽の紹介者として、最も信用できる人だと思っていた。今、振り返ってみても、南米の音楽に憑りつかれていたころの僕はケペルさんの文章からいろんなことを教わっていたなと改めて思う。
その後、仲良くなってからは、エグベルト・ジスモンチ、エルメート・パスコアル、ウーゴ・ファットルーソ、ミルトン・ナシメント、ナナ・ヴァスコンセロスを紹介するイベントを(ディスクユニオンの江利川くんも)一緒にやったりした。
他にもウアクチやフアナ・モリーナ、フェルナンド・カブサッキ、マルコス・スザーノ、ハミロ・ムソットなんかの話をいつもしていた。まぁ、わかりやすく言えば、僕とケペルさんは、ストレンジ南米音楽愛好家同士だったって感じかもしれない。
ただ、ケペルさんにはもう一つ顔があった。ケペルさんに会うと、僕は南米音楽の話を聞き出したくて、いろいろ話しているんだけど、いつのまにかケペルさんに流れを持ってかれて、気が付くとマイルス・デイビスの話に変えられてしまうのである(笑。「ショーターとミルトンの『ネイティブ・ダンサー』が」「ハンコックとミルトンとナナの『ミルトンス』が」「アイアートの『フィンガーズ』が」とか言いながら、話がだんだんクロスオーヴァーしていって、いつの間にか73年のエレクトリック・マイルスのブートレグの話に変わっているのがお決まりのパターンだった。ケペルさんは実はとんでもないマイルス・デイビス・ヲタだったのだ。ちなみに関心があるのは68年から75年の間。つまり、正確に言えば、エレクトリック・マイルス・デイビス・ヲタということになる。
「最近聴いたブートでこんな箇所が見つかった」「あのブートを聴き比べていたら、あんなことに気付いた」と、そんな話のオンパレード。
ただ、ケペルさんが面白いのはただのマニアでもただのコレクターでもなかったこと。南米の音楽への知識が豊富で、特にブラジル音楽とロックとフュージョンが入り混じっていた時代のミルトン・ナシメントやトニーニョ・オルタ、ジスモンチ、エルメートが好きな人なので、その延長として、当然、ウーゴ・ファットルーソやパット・メセニー、ペドロ・アスナール、ウェザーリポート、ジョージ・デュークやフローラ・プリムもついてくる。南米の状況と当時のアメリカの状況をパラレルに語りながら、そこにマイルスとマイルス・バンドの出身者たちを結び付けてくれるから、南米の音楽をジャズリスナーにとって、すごくリアルに語ることができる。しかも、マイルスに関する知識が尋常じゃないので、結び付け方を外すことがないし、南米音楽側の都合や論理で押し切ったりすることもない。意外とこういう人は他にいないのだ。
また、70年代のジャズ~フュージョンを、「ジャズの外の南米音楽」という視点から、別の形で整理してくれることで、ジャズのリスナーが見落としがちなことにも気付くこともできる。これは僕としても大いに勉強になったから、どこかでシェアしたいなと思っていた。
すごくシンプルな例を挙げると、ジャズのリスナーから見たら【ブラジルのパーカッション】だとしても、その個々のパンデイロやタンボリンやクイーカをどのように使っているか、それはサンバに基づいている使い方なのか、ジャズやルンバやマンボの何かに置き換えているのか、それとも全く別の使い方なのか。そう言う切り分けを丁寧にするだけでも音楽の見え方というのはずいぶん変わってくる。
だから、僕がジャズの本を監修する時には「ジャズの側から見るのとは違った視点で、様々なジャンルが混ざり合った時代のジャズを語ってもらいたい」とずっと思っていたし、その中で「ブラジル音楽」の視点でマイルスについて考える役割をケペルさんにやってもらいたいと思っていた。今回のマイルス本はその機会がついに来た、という感じだろうか。
自分でいうのもなんだが、アイアートだけの話に4ページも割いたマイルス本もなかなかないだろう。ここは個人的にかなり重要な項だと思っていて、なぜならアイアート・モレイラがどんな経歴でどんなプレイヤーだったのかってことが正確にわかるだけで、マイルスがサウンドにどんな設計をしてようとしていたかの一端が見えるような気がしたのだ。実際にここではそういうことが見えてくる原稿をケペルさんが書いてくれている。
ちなみにブートレッグや音源の細かな違いを分析することに関しては今回は控えてもらった。別の機会に誰か依頼してみるといいと思いますよ。
そういえば、ケペルさんと南米音楽の話をしていたころ、『イン・ア・サイレントウェイ』=ジョー・ザヴィヌル(ウェザー・リポート)、エルメート・パスコアル、ウーゴ・ファットルーソみたいな流れで、シンセ奏者の系譜を考えてみたらどうかって話とかをしていた気がする。弾いた音を並べるというより、鳴らしたものが重なるっていう感覚を持った人たちの演奏が、後にデトロイトテクノのURだったり、トリップホップのポ-ティスヘッド(ウェザー・リポートをサンプリングしている)だったり、アルゼンチン音響派のモノ・フォンタナ辺りに繋がっているんじゃないかみたいな話とかもしていた気がする。
※このあたりは『オール・アバウト・ウェザー・リポート』に「あちこちに届いたウェザー・リポートの波」として書いた。
今ならそこにアンドレス・ベエルサエルトとか、シャソールとかも加えてもいいかもね。
みたいな感じで、なんだかんだ言って、昔からいつもそんな話をしていて、何も変わっていないみたいだが、そんな昔からしているけど、多くの人に知ってもらいたい重要な話をケペルさんにしてもらえる場が作れただけでも、僕はなかなかに達成感があったりするのだった。
「非ジャズ評論家によるジャズ評論が機能する本作り」ってことは、僕の監修作法のひとつだったりするから。というのもあり。
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