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ちゃんと距離を感じる旅

 久しぶりに映画館で観た映画は、『ドライブ・マイ・カー』だった。村上春樹さんの小説が原作と知り、気になっていた映画だ。約3時間もあると聞いて少し心配したが、時間の長さを感じさせない映画だった。車で移動する主人公と一緒に、私もさまざまな景色を目にした。

『ドライブ・マイ・カー』で遠くまで

 映画『ドライブ・マイ・カー』の原作となった村上春樹さんの小説は読んだことがあったが、すっかり内容を忘れてしまっていたので、どんな展開になるのか分からないまま映画を観た。『ドライブ・マイ・カー』という短編小説をベースに、他の短編『シェエラザード』『木野』のエピソードや演劇作品の要素も取り込み、紡ぎ出された物語。

 西島秀俊さん演じる主人公・家福が、東京を離れ、地方での仕事に向かうところからぐっと物語に引き込まれた。家福は仕事先の都合で専属ドライバーに運転を任せることになる。専属ドライバーは、みさきという名の若い女性だ。物語の終盤、家福とみさきは、北へ向けて長い距離を車で旅する。

 飛行機や列車で行った方がよいのではないか、と素朴な疑問が湧いてきたが、ふと思った。これはちゃんと距離を感じることが大事なのではないかと。時間をかけて辿り着いたのは、遠い場所であり、遠い過去であったのかもしれない。

 私は運転があまり得意でないのだが、この映画を見て、車でどこかへ出かけてみたくなった。

 原作となった短編が収められた村上春樹さんの本『女のいない男たち』を、映画を見終わってから再読した。こんな話だったのか、ともう一度楽しめた。映画にエピソードを取り入れたという短編『木野』は、読んだ時にぞっとした怖い話だ。今回もまた、ぞっとした。

 映画のパンフレットに、濱口竜介監督の言葉が紹介されている。「小説と往復するように見返していただけたら、こんなに嬉しいことはありません」。小説を読み返した後で、また映画を見てみたくなった。

世界の広さを知る『深夜特急』

 映画を観て「距離を感じる」、そんなことをぼんやりと考えていたら、沢木耕太郎さんの『深夜特急』の中に、こんな記述を見つけた。

ユーラシアを陸路で行こうと決めたのには、僅かながら理由らしきものがないではなかった。日本を離れるにしても、少しずつ、可能なかぎり陸地を伝い、この地球の大きさを知覚するための手がかりのようなものを得たいと思ったのだ。たとえ町から町の、点と点を結ぶ単なる線の移動に過ぎないにしても、いくつかの国を陸路で越えていくことで、ある距離感を身につけられるかもしれない。

『深夜特急1 ー香港・マカオー』「第一章 朝の光」(沢木耕太郎)

 『深夜特急』は、沢木さんがインドのデリーからイギリスのロンドンまで、バスで行く壮大な旅の話だ。陸路を行くことで、距離を感じ、世界の広さを体感することができる。

 久しぶりに手に取りページをめくると、初めて読んだ時の湧き立つような気持ちが甦ってきた。書き出しがいい。

 ある朝、眼を覚ました時、これはもうぐずぐずしてはいられない、と思ってしまったのだ。

『深夜特急1 ー香港・マカオー』「第一章 朝の光」(沢木耕太郎)

 話はインドから始まり、香港、マカオでの出来事を振り返る。熱気溢れる香港、手に汗握るマカオ。マカオのカジノでのハラハラするような体験も綴られる。

 海は青く透き通ってはいなかった。ブルーではなくグリーン。

『深夜特急1 ー香港・マカオー』「第三章 賽の踊り」(沢木耕太郎)

 香港からマカオへ向かう船で目にした海の描写に、引きつけられた。海を表現する時、深く考えもせずに「青い海」と書いてしまいがちだが、海が青いとは限らない。

車で、バスで、感じる距離

 初めての海外で、カナダのバンクーバーからアメリカのシアトルまで車で移動した。陸路で国境を越えた経験は、考えてみたらこの時だけだ。

 バンクーバーに住む伯父と伯母、いとこのいとこに当たるMちゃんと朝早く出発した。どこまでもどこまでも続くまっすぐな道、走り続けるうちに、周囲に建物も見えなくなっていく。もしトラブルが起き、こんな所で車が止まっちゃったらどうなるんだろうと思った。大陸の広大さを感じた。

エディンバラ

 長距離バスでの旅も何度か経験した。イギリスでは、ロンドンとスコットランドのエディンバラの間を夜行バスで移動した。あまり眠れなくて、早朝にエディンバラに到着した時はぐったり疲れていた。

▼その時の旅の話はこちら。

 ギリシャでは、ペロポネソス半島やクレタ島をバスで巡った。キティラという島からの帰りには、アテネまで行くバスを利用した。途中フェリーにも乗り、ドライブインでのランチ休憩もあった。ペロポネソス半島のモネンヴァシアという町まで、車で連れて行ってもらったこともある。

 車やバスと鉄道とでは目線が違うし、距離感が違う。その土地の雰囲気をもっと身近に感じられる。

世界に朝がくる

 旅について考えていたからだろうか、谷川俊太郎さんの詩『朝のリレー』を思い出した。初めて読んだのは国語の教科書だ。テレビCMでも使われていた。

カムチャツカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている

『朝のリレー』谷川俊太郎

 「ぼくらは朝をリレーするのだ」という言葉が続く。地球が回転するに連れて、朝日の位置が移動していく。そんな光景が思い浮かぶ。世界の街に、順番に朝がくる。

 最近、書店で見つけた谷川さんの本が気になり購入した。『幸せについて』というタイトルだ。旅ができるというのは、幸せなことだ。その幸せが、世界中に広がることを祈りたい。

 映画や本をきっかけに、自分自身の懐かしい旅も思い出した。やたら昔を思い出してしまうのは、年を取った証拠かもしれない。でも、思い出すことができてよかった。

▼映画『ドライブ・マイ・カー』、 「第94回アカデミー賞®」で国際長編映画賞 を受賞。おめでとうございます!!

■紹介した作品
映画『ドライブ・マイ・カー』
女のいない男たち』(村上春樹・文藝春秋)
深夜特急1―香港・マカオ―』(沢木耕太郎著・新潮文庫)
『朝のリレー』(谷川俊太郎)
幸せについて』(谷川俊太郎・ナナロク社)

▼このnoteを書きながら、村上春樹さんのラジオ番組を聴いていました。
「村上RADIO特別版」〜戦争をやめさせるための音楽〜

(Text:Shoko, Photos:Mihoko&Shoko) ©️ elia

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