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人類最後の救世主|SFショートショート

「ついに、完成した・・・」

「やりましたね!教授!」

ついに・・・

人間が『死』から解放される時が来た。


私達の研究チームは、人間の脳と量子コンピューターをつなぎ、人間の『記憶』『人格』の全てをコンピューターへ転送する事を可能にした。

転送された者はコンピューターの中に形成されたVR(バーチャルリアリティ:仮想現実)世界の中で生活し、永遠に生きる事ができるようになる。

全ての人から『怪我や病気の苦しみ』、『大切な人との別れの悲しみ』を取り除いてあげられる。

「私達は『人類最後の救世主』になれたわけだ。
 みんな誇りに思え!」

チーム全員から喜びの歓声が上がる。


ピシッ

・・・ん?

「大丈夫ですか、教授?」

「いや、なんでもない」

きっと気のせいだ。


― それから数年後

この技術は公開された後、驚異的なスピードで一般普及まで進んで行った。

まずは、不治の病や死期が近い人々から順に転送され、数十年掛けてほとんど全ての人類が量子コンピューターの中に入る事となった。

ただ、一部の人々は頑なに入ろうとしなかった。

非常に理解に苦しむ行動だが、我々が無理強いする事ではないだろう。

「よし、そろそろ我々も行くとしよう」


― 量子コンピューター内のVR世界

すごい!・・・すごいぞ!

研究中に体験してはいたが、体を完全に捨てて体験するこの世界の解放感は凄まじい。

この世界のものは、思っただけで全てのものが手に入る。

美味しいものを好きなだけ食べたり、行きたい所にどこへでも行ける。

働く必要もない。

まさに天国だ。

我々は欲望の限りを尽くして、このVR世界での生活を満喫した。


― VR世界で過ごして数百年が経過した頃

ある問題が浮上してきた。

それは、考えうる全ての贅沢を経験してしまった事で多くの人々に『飽き』が生まれてきた事だ。

実は、それは当初から懸念されていた。

人間の生物としての性質上、『制限』があるからこそ『達成感』が生まれ、楽しみに価値を感じる事ができるからだ。

そこで、敢えて『制限』が欲しいと思う人々を別のVR世界へ移動させ、制限を加えていった。

『制限の種類』は人々の意見を聞きながら、"重力"、"体の動き"、"痛み"など、徐々に増やしていった。

そして最終的に落ち着いた先は、いつの間にか現実世界と全く同じものになってしまっていた。


― 『制限』を加えて更に数百年が経過

やはり、どうしても様々な問題が発生する事が分かった。

まず、人間関係だ。
このVR世界の住人の数はずっと変わらない。

数百年も経過すると全ての人と顔見知りになってしまい、人間関係における新たな刺激は無くなってくる。

また、永遠に続く人生に恐怖を感じてしまう者も現れた。

彼らの多くは、VR世界特有の精神病に罹ってしまい、治療も困難なものとなる。


この状況をどうしたものか、と思った時、研究メンバーの一人がアイディアを出してくれた。

「特定の期間が経過した後、『全てを忘れて赤ん坊になってやり直す』という仕組みを入れてはどうですか?」

そのアイディアは即採用された。

そして、『期間』と『赤ん坊としてやり直す家』については、毎回ランダムに決定される事となった。


ー その仕組みが加えられて数十年が経過

私もそろそろ赤ん坊になってやり直す時が来たようだ。

この世界の人たちはとても幸せそうだ。

もう大丈夫。

あとはこのまま永遠に幸せな時が続いていくはず・・・。


教授が赤ん坊に戻った日を境に、この世界の仕組みを知る者が急激に減り始めた。

それが記された記録は残っていたが、ほとんどの者はおとぎ話か何かと思い、信じる事ができなくなってしまっていた。

そして、この仕組みを知る者が完全にいなくなった頃、『全てを忘れて赤ん坊になってやり直す事』はいつしか『死』と呼ばれるようになり、人々は死に恐怖を持つようになった。


― そんな期間が数百年続いた後

このVR世界の中である技術が開発された。

『人間の脳と量子コンピューターをつなぎ、人間の"記憶"、"人格"の全てをコンピューターへ転送する』という技術である。


「やりましたね!教授!」

この技術で全ての人から『怪我や病気の苦しみ』や、『大切な人との別れの悲しみ』を取り除いてあげられる。

ついに・・・人間が『死』から解放される時が来たんだ。

「私達は『人類最後の救世主』になれたわけだ。
 みんな誇りに思え!」

チーム全員から喜びの歓声が上がる。


ピシッ

・・・ん?

この光景・・・前にもあったような・・・。

「大丈夫ですか、教授?」

「いや、なんでもない」

きっと気のせいだ。



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