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【イスラエル=ハマス戦争とアメリカ世論②】抗議活動の“中心” 若年層と世論の動向

 こんにちは。雪だるま@選挙です。この記事では、イスラエル=ハマス戦争で、イスラエルへの抗議活動の中心となっている若年層の動向について、分析します。

 世論全体の動向については、前編の記事で分析しました。若年層は全体として戦争への関心が低いことが明らかになっていますが、抗議運動はどのような影響をもたらしているのでしょうか。


開戦直後からの動向

バイデン政権の支持率に影響? 若年層のパレスチナ支持

 昨年10月の開戦直後、バイデン大統領の支持率が下落する動きが捉えられました。支持率下落の理由について、民主党支持層がバイデン政権の親イスラエル政策に反発したとの見方が出ています。

Gallup "Democrats' Rating of Biden Slips; Overall Approval at 37%" October 26, 2023

 調査を実施したギャラップ社は日別の動向から、民主党内の支持率が86%から75%に低下した原因は、バイデン氏がハマスの越境攻撃直後にイスラエル支持を表明したためだと分析しています。

 民主党支持層の中では、特に若年層がバイデン氏の対イスラエル政策に不満を持っている可能性があります。

 NBCニュースの世論調査では、若年層の70%がバイデン氏の戦争対応に反対しています。
 また、CNNの世論調査でも、バイデン氏の支持率が特に若年層で低く、イスラエル=ハマス戦争への対応が影響している可能性があります。

 ここまで、若年層がバイデン政権の対イスラエル政策に不満を持っていることについて見てきました。
 この不満は、具体的にはどのような層に広がっているのでしょうか。直近の世論調査から、若年層と戦争の今を分析します。

若年層とイスラエル=ハマス戦争の“今”

戦争への関心と態度

 若年層に対象を限定した調査として、4月に行われたHarvard Youth Pollの結果を用いてみることとします。

 10月に始まったイスラエル=ハマス戦争で、イスラエル側とパレスチナ側のどちらのアクターに共感するか尋ねた調査の結果は、次のようになっています。

 イスラエル政府とハマス双方への共感が低く、市民への共感は双方に対して広がっていることがわかります。
 政府組織に対する共感が低いのに対し、市民への共感度が高い現象は、若年層だけでなく全年代を対象にした調査でも確認されています。

 若年層では、全年代での調査結果と比較すると、さらにパレスチナ側に傾斜した回答になっています。

 バイデン氏の政策についても、中東政策の転換を求める声が大きくなっています。
 民主党支持層では、親イスラエル政策への反発が強まっているのに対し、無党派層や共和党支持層では戦争の泥沼化に対してバイデン政権が有効な手を打てていないことへの失望があるとみられます。

 しかし、若年層で戦争への関心が高くないことも、同時に明らかになっています。Harvard Youth Pollでは、戦争に関するニュースを注視しているかも尋ねています。

 この設問では、戦争に関心を持って「ニュースを注視している」と答えたは38%で、「気にしていない」と答えたのは60%に上っています。特に「とても注意してみている」と答えたのは、僅か9%に留まっています。

 反イスラエル運動の中心となっている若年層では、戦争への関心がかなり低いことがわかります。それでは、戦争に関心を持っている層は、若年層の間でどのような特徴を持っているのか考えます。

 次に示すのは、「学歴別」「党派別」「居住地域別」の結果です。

 関心を持って注視している人は、大卒の中では50%、非大卒の中では32%で、大卒有権者のほうが関心を持っていることが明らかになっています。

 党派別では、民主党支持者で49%、共和党支持者で32%、無党派層で31%となっています。この結果からは、左派のほうが関心を持っている可能性が示唆されます。

 居住地域では、都市で46%、郊外で42%、農村で36%となっています。都市部では民主党支持の傾向が強く、また、教育水準も一般に高いとみられています。

 この結果からは、イスラエル=ハマス戦争に関心を持っているのは、若年層の中でも「教育水準が高めの有権者」で、さらに民主党支持の傾向があるとみられます。
 選挙の勝敗を分けるような無党派層や、民主党が近年苦手としている教育水準が低めの有権者に重視されるような課題ではない、という点には留意する必要があります。

 つまり、イスラエル=ハマス戦争は、若年層の中では従来から民主党を支持してきたような、比較的イデオロギーがはっきりした有権者の支持動向に影響する可能性が高い、ということです。

大学内で行われる抗議活動と世論

 アメリカの大学では、キャンパス内でイスラエルへの抗議活動が行われています。抗議活動は、ガザでの即時停戦や、“devest from Israel”をスローガンに、イスラエルと関係のある企業への投資をやめることを大学に求めるなど、パレスチナ側に立った要求を展開しています。

 抗議活動は、大学のキャンパスを占拠する形でも行われています。

 テントなどを張って抗議する学生を排除するため、警察を動員してデモ参加者を逮捕するなどの対応が取られました。

 この抗議活動が支持を得ているのかについて、世論調査から見ていきます。まず、大学キャンパスでの抗議活動を支持するかを尋ねた設問は、次のような結果となっています。

YouGov / The Economist Poll, May 5-7, 2024 より筆者作成

 全体では賛成が26%、反対が50%という結果になっています。党派別では、民主党支持層では賛成が上回るものの、無党派層では賛否が逆転しました。年代別では、18歳~29歳で賛否が拮抗し、年代が上がるほど反対が増えていく状況となっています。

 また、イスラエルと関係のある企業への投資をやめるよう大学に要求していることについての賛否は、次のようになっています。

YouGov / The Economist Poll, May 5-7, 2024 より筆者作成

 全体では賛成が23%、反対が35%となっています。党派別では、民主党支持層でも賛否が分かれ、賛成は27%、反対は32%となっています。年代別でも、18歳~29歳の若年層でも賛成は24%、反対が35%となっています。

 さらに、警官隊の学生デモへの対応については、「やり過ぎだ」と答えた人は全体の2割程度に留まっています。

YouGov / The Economist Poll, May 5-7, 2024 より筆者作成

 民主党支持層、18歳~29歳の若年層では、それぞれ「やり過ぎ」という回答が36%を占めていて、党派と世代で立場の違いが表面化しています。

 これらの結果からは、抗議活動が世論全体で見ると支持を得ていないことがわかります。活動への賛成は広がっておらず、さらに活動の要求への支持は、足元の民主党支持層や若年層でも低くなっています。

 民主党支持層や若年層でも、運動に反対、あるいは関心がない人のほうが多い状況であり、主要な論点にはなっていないと考えるべきでしょう。
 ただし、他の年代と比較して、明らかに抗議活動に共感する人が多いのは確かで、戦争への関心なども考えると「政治参加の意識が高く、リベラル色の強い有権者」がこの問題を重視している可能性があります。

 次章では、アメリカの国内政治にはどのような影響があるのか考えます。

アメリカ国内政治への影響

バイデン政権への“抵抗” 予備選の結果

 バイデン政権の親イスラエル政策への反発が出る中、若年層の抗議運動が選挙の票という形で可視化されることになりました。

 年明けから始まった民主党の大統領候補を選ぶ予備選挙では、投票用紙の「該当者なし」にチェックすることで、バイデン大統領に抗議の意思を示す運動が呼びかけられました。

 抗議活動が実際に選挙の票として表れた予備選の結果から、抗議運動の広がりについて考えます。

 最初に大規模な運動が呼びかけられたのは、2月27日に行われたミシガン州の予備選挙でした。この運動では、バイデン氏の対イスラエル政策に抗議する意思を「uncommited=該当者なし」への投票で示すことが呼びかけられました。

 実際の選挙結果は次のようになりました。

CNN "Democratic Presidential Primary: Michigan Results 2024"より

 該当者なしに投票したのは13.2%で、バイデン氏の得票は81.1%となりました。
 運動の成果を推測するために、過去の予備選で投じられた「該当者なし」の結果と比較してみます。

 オバマ元大統領が2期目に入る2012年に実施された予備選では、該当者なしが10.7%、オバマ氏の得票は89.3%でした。オバマ氏とバイデン氏の得票率には約8ptの差があります。

 該当者なしの割合自体は、2012年と比べて約3pt増となっています。「バイデン不支持」の票は他の泡沫候補にも分散していることを考えると、抗議運動は対イスラエル政策に不満を持つ民主党支持者を一定数可視化したとみられ、この点では成果を収めたといえます。

 しかし、バイデン陣営は2012年と比較して顕著に該当者なしの割合が増えたわけではないとして、冷静に対応していると報じられています。

NPR ”The push to vote 'uncommitted' to Biden in Michigan exceeds goal,” Feburuary 28, 2024.
https://www.npr.org/2024/02/27/1234279958/biden-uncommitted-democrats-michigan-primary-election-2024-

 政権に打撃を与えるほどではなく、また、15%を得票が超えなかったため
全国大会に代議員を送ることもできなかった点では、活動に具体的な成果が伴ったわけではありませんでした。

 ミシガン州で「該当者なし」の得票が多かった地域には、2つのパターンがありました。1つ目は、都市部の中でも特に“学生街”にあたる地域です。
 ミシガン大学がある市では、同じ郡の中でも周辺と比べて「該当者なし」の割合が高かったことが判明しています。

NewYorkTimes "The Michigan Areas Where ‘Uncommitted’ Came Out Ahead," Feb. 28, 2024 

 世論調査の分析からも、若年層の中でも特に教育水準が高い層や、政治意識の高い層の間で、戦争への関心が高いことが示されていますが、予備選の票の出方からもこの見方が裏付けられた形です。

 2つ目は、アラブ系住民の多い地域です。ミシガン州のディアボーンは、住民の半数以上が中東または北アフリカ系で、その大多数がアラブ系住民です。
 今年の予備選では、ディアボーンで「該当者なし」が得票率57%を獲得し、バイデン氏の得票率40%を上回りました。「該当者なし」は6432票に上っています。

 ミシガン州は激戦州の1つですが、2020年の大統領選はバイデン氏が約15万票差で勝利しました。今年の世論調査では、トランプ氏がややリードする傾向が出ている中で、「該当者なし」の約6400票の重みはバイデン氏にとって大きいものになりつつあります。 

11月の大統領選への影響

 イスラエル=ハマス戦争によって、バイデン政権への態度に変化が見られるのは「政治意識が高く、リベラル色の強い有権者」です。もとは民主党支持層で、2020年もバイデン氏に投票した可能性が高いですが、ガザ紛争を機にバイデン氏の支持層から離脱した人も一定数いるとみたほうがよいでしょう。

 他には、アラブ系有権者や黒人層の有権者が、バイデン氏の支持層から離脱するような動きが観測されています。特に、有色人種が多い南部の激戦州では、バイデン氏が支持率を落としていて、実際に情勢への影響が出ています。

 今後を見る上で、政治意識が高い若年層の有権者と、アラブ系をはじめとする非白人の有権者の動きは別のものとして考える必要があります。

 政治意識が高い有権者は、イスラエル=ハマス戦争以外にも複数の争点を判断材料にしていて、その中には中絶権をめぐる問題や、トランプ氏への評価なども含まれます。選挙が近づき、実際に投票行動を決める上では、バイデン氏の戦争対応以外の争点が決め手になり、バイデン氏への投票に回帰する可能性は十分あると、現時点では考えてよいでしょう。

 バイデン氏にとって最もリスクなのは、実際の戦争対応における失敗ではなく、イスラエル=ハマス戦争への対応を通じて「バイデン氏は若年層やリベラル層を無視する大統領」というイメージがついてしまうことです。
 環境問題などでもバイデン氏への支持が低下する中で、実際の政策ではなく「信頼感」に悪影響が出ることが、この政治意識の高いリベラル有権者への対応を決める上で最も重要になります。

2021年のアフガン撤退時、バイデン大統領の支持率は急落しましたが、当時の世論調査でもアフガン撤退や外交政策の重要度が高かったわけではなく、大統領としての信頼感にダメージがあったことが、支持率急落の原因だったと考えられます。
バイデン氏としては、同様の信頼感の崩壊を支持層内で起こさせないことが重要です。

 一方、アラブ系など非白人の有権者の動向はより固定化していると考えています。アラブ系有権者は、自らのルーツを理由として反イスラエル姿勢を示しており、11月の時点で停戦が実現していなければ、戦争対応を理由にバイデン氏への投票を回避する可能性が高まります。この動向については、有色人種の有権者についても、程度は弱まりますが同様です。

 大統領選が4年前よりもさらに激戦になる中で、アラブ系や非白人の有権者の動向が、激戦州の数万票差を分ける決定打になる可能性については十分留意する必要があります。

若年層の抗議活動は広がっているのか

 これまで展開されてきた若年層を中心とする抗議活動は、世論の中でどのように広がっているのでしょうか。

 世論調査や予備選の結果からは、政治意識の高い若年層やアラブ系の有権者の間では、抗議活動への共感が広がっていることがわかります。
 その一方で、若年層の中でも政治意識が低い有権者、民主党支持層でも中道派に位置する有権者には活動や戦争への関心が広がっておらず、無党派層でも活動に共感する人は少ない状況となっています。

 シリーズ第1回で見たように、イスラエルへの支持は世論全体で漸減していますが、抗議活動への共感も広がっておらず、そもそも問題への関心が高まっていないと言うべき状況となっています。

 このような状況を考えると、この抗議活動が世論全体を巻き込むような大衆運動に発展する可能性は極めて低いといえます。
 ただし、戦争が長引くほど若年層や非白人層の一部から募る不信感が強くなることが予想され、支持層の離反を防ぎたいバイデン大統領は何らかの対応を迫られる可能性もあります。

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