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■ 其の87■ 現代中国地方事情・・後半:山陰編

🔣子どものケンカにまさるケンカはありません。
ヤクザの抗争や、半グレの喧嘩はたしかに恐ろしいですが、残念ながら大人の喧嘩には邪念が入っています。闘う前からどちらが強いか値踏みしたり、バックに誰が付いているか意識したり、どんな手を使えば自分に有利かなど‥‥どうしたって、そんな風に考えを巡らしてしまいます。その時点で純粋なケンカとは言えません。 相手が気に入らなければ、後先考えずに全力でぶつかる。それこそが本物のケンカです。

🔣島根と鳥取のケンカはピュアで本気です。
まず、誰かが「島根と鳥取は‥」と口にした時点で、鳥取は不機嫌な顔をします。そして「鳥取の方が先じゃないか」と主張するはずです。人口も面積も島根に負けている鳥取は、自分が下に見られることが許せません。ずっと人口最下位の田舎と言われ続けてきたことが、心から離れないのです。
一方島根は、自分は何一つ鳥取には負けてないと思っています。ですから、鳥取がマウントを取ろうとしても、絶対に言い負けない自信があります。また「島根」と「鳥取」は漢字が似ていて、よく区別が付かないと言われることがありますが、島根はそれもシャクに触ります。
山陰地方唯一のお隣さんペアなのに、お世辞にも仲が良いとは言えません。
 以下、島根はS 鳥取はT であらわしています。

🔣島根が自慢して、鳥取が言い返す。よく二人は口ゲンカをします。
いつもの口調で島根が言いました。
S「松江城は全国に五つしかない国宝の城だぞ。それに出雲大社は古来から
 日本人の心のよりどころだ。十月は神無月というが、島根は全国から神様
 が集まってくるから神在月(かみありづき)なんだ。それで大学三大駅伝
 のひとつ出雲駅伝は十月に行われてる」
ふっ、また自慢が始まった。そう思った鳥取は、
T「城も神社も所詮人間が造ったものじゃないか。鳥取砂丘や大山(だいせ
 ん)を見てみろよ。自然の雄大さにかなう物はないぞ」と言いました。
S「ハッ‥?  そんなの、砂が溜まったのと土が集まっただけのものだろ。
 自分が努力して作ったモノに価値があるんだぞ」
T「それなら、うちは二十世紀梨の生産日本1なんだけど」
S「ハイハイ、わかった、わかった。 他にはスイカ、らっきょ、長芋が採れ
 るって言いたいんだろ。建物がないから作れてるだけだし」
T「おいおい、そっちも人のこと言えた義理か。そう言えば、カニは北海道
 に次いで多いし」
S「カニなんて勝手に海から取って来ただけだろ。そんなの自慢するなよ。
 そんなことより山陰合同銀行の本店は松江にあるぞ。世界遺産の石見銀山
 もあるし。宍道湖と中海、それに隠岐の島だってある。自然にも豊富なバ
 リエーションがある。それに引きかえ、鳥取なんて海岸と山だけだろ」
T「失礼な。じゃあ言わせてもらうけど、政治の世界はどうなんだ? つい
 この前まで、平井知事は全国知事会の会長をしてたんだぞ。それに引きか
 え、竹下元総理はリクルート問題で失脚したし、細田衆議院議長は晩節を
 汚したし、どうかしてるんじゃないのか」と、鳥取は思い切って言いまし
 た。
最近の自民党のゴタゴタで、石破さんに再び総理の目が出てきたんじゃないかと、内心期待をしている鳥取に対し、島根が言い返しました。
S「お前まさか、石破氏が総理になったら鳥取の地位が上がるとでも思って
 るんじゃないか。言っとくが、あの人は国民には人気があるが、党内じゃ
 全然らしいぞ」
うわ~、厳しい返しです。ここはもう鳥取が誇る地元出身の漫画家で勝負するしかありません。
T「名探偵コナンを書いている青山 剛昌先生は鳥取の誇りだ。それに水木し
 げる先生の育った境港は、ゲゲゲの鬼太郎の原点になっているんだ」
S「境港は砂州の上の平地じゃないか。水木しげるが妖怪の存在を感じてた
 のは、対岸の島根半島の山だぞ。それに奥さんは島根の安来の人だったよ
 な。そう言えば、お前の所の空港って、鳥取砂丘コナン空港って言うんだ
 ろ。意味不明なアピールしてんじゃないよ」
T「おいおい、それを言うならお前の所だって、出雲縁結び空港って言って
 るじゃないか。恋愛をエサに都会から若い女子を呼ぼうって魂胆だろう」
痛い所を突かれた島根は、カッとなって触れてはいけない事を口にします。

‥‥先日2050年の人口予想が発表され、東京都以外全ての道府県の人口が減少するという衝撃のデータが示されました。日本の人口はいずれ一億人を切るとは聞いていましたが、それもどこか他人事でした。ですが今回、自分の県や市町村がどれくらい人口が減るか、数字で突きつけられたのです。地方はみなショックを受けています。
 何を言っても鳥取が言い返してくるので、島根はついにその禁断の話題を口にしました。
S「あれにはびっくりしたな~。オレもショックだったけど、お前、マジで
 ヤバイんじゃないか。2050年に人口が40万6千人になるらしいな。30
 万人台になったら、都道府県を名乗る資格ないだろう。そうなったら、オ
 レと合併して島根県にされるんだからな。あんまり偉そうにしない方がい
 いぞ!」
言われた瞬間、鳥取の顔が曇り、みるみる青ざめていきました。それまで負けてたまるかと意地を張っていた心の糸は、プツリと切れてしまいました。目からは大粒の涙が流れ落ちました。「あっ、ヤバイ」と気付いた島根ですが手遅れです。
泣きじゃくる鳥取は言いました。
T「負け組同士がくっついたって惨めじゃないか。いいさ、その時は岡山に
 合併してもらうよ。そしたらオマエともお別れだな」

‥‥本当にヒドイ事とは、言われた方より、言った方に傷を負わせることがあります。自分はこんなにヒドイ人間だったと自覚させられるからです。島根は自分の胸に突き刺さった己の醜さに唖然としました。
 何かあった時のパートナーは隣の自分に決まっていると思っていました。同じ山陰地方で苦楽を共にしてきた仲間じゃないか。なのに、なのに、山の向こうの岡山と一緒になるなんて、あり得ないよ。 
 違うよな、嘘だろう‥そう思った島根は、申し訳なさと自分の愚かさから、声にならない声で言いました。
S「ごめん、許してくれ。その時は、ふたりで山陰県として一緒にやってい
 こう」  鳥取と島根は肩を抱き合い、ずっとずっと泣き続けました。
 

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