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オリオン座

東京は通称『眠らない街』と言われる。

コンクリートで塗り固められた先進都市は、夜になっても街頭やネオン、スクリーンが世界を明るく照らし、人の歩みも絶えない。まるで、人々がもう夜中であることを忘れているかのように。

そんな終電間際の不眠症の街、ふと上を見ると、肉眼でもくっきりと輪郭を現すオリオン座があることに気がついた。


私は時々、夜に眠れないことがある。時計の音や枕の調子など些細なことが気になって仕方がないときもあれば、自分の頭が思考を渦巻いて止められないときもある。特に周囲の環境にはわりと敏感なようで、家ではない場所で寝るとたいてい、眠れないか夜中に何度も目が覚めるかで、満足に休養が取れないことのほうが多い。

そんなときは、重く捉えてしまうのではなく、「せっかくなら遅くまで起きていよう、代わりに明日早く寝るんだ」くらいに思っておくのが最も良い解決法だ。
変に焦っては余計に緊張が体を現実世界に縛り付けてしまう。本を読むもよし、Youtubeを見てもよし。とにかく自分が落ち着けることを何も考えずにすることが一番なのだ。そうすると、気がつくとストン、とどこか安全地帯を見つけたような感覚になり、間をおかず眠ることができる。


都会に一見場違いに浮かぶ7つの幾何学的に整列した点は、何となく、この時の気持ちを表しているような気がした。
無数の自分の整理できない気持ちが、「オリオン座」という形のもとに輪郭を持ち、1つの固まりとして動き出したときのような。



それにしても、人間で星座を思いついた人は、きっと良い小説を書いたのではないかと思う。
夜空の無秩序の中に神話を当てはめて、一つの物語として解釈をし、妄想を膨らませ、カテゴリー化をしていく。この作業は小説を書く時と一緒だ。無秩序の自分の感性を、作品という形に向かって整備していくのである。

星座の中でも一番好きなのは、何と言ってもこいぬ座。

こいぬ座


……いや、2つの星が並んでいるのを「こいぬ」だと思うのは流石に無理があるだろう。一体何をどう解釈したらこのような絵が夜空に浮かび上がってくるのか。

まあ、何となく過程は理解できる気がする。
きっとこいぬ座などという馬鹿げた発想をした人は、さきにオリオン座とおおいぬ座を発見していた。そしてこう思っていたに違いない。

「近くに狩人のオリオンがいて、大きな犬もいる。では、そこに小さなものがあるとすれば、こいぬに違いない。そう解釈すれば、一つの物語として成立するだろう」と。

そう、皆さんおなじみのご都合主義である。最も小説愛好家から忌避されるもの。それでいて誰も逃れることが出来ないもの。何たる邪悪な観念であることよ。


ただ、結局、芸術の解釈も想像も、ご都合主義が8割だと思う。いや、10割かもしれない。

よく、小説を書いている人が「自分がプロットを作ったんじゃない。本の登場人物が勝手に動き出したんだ。私はそれを詳細に記録しただけ」という。そのくせめちゃくちゃ文章構成はしっかりしているし、人間の自然の言動からはあまりにもかけ離れた行動をしている。

本当に意図的ではないことなどあり得るか?
そこに作者の無意識が介在しているのではないか?

同じ書き手として、私にはそのように言う人の感覚が分かる。
私達は無意識のうちに終着点を探り、そこにたどり着くように思考を修正する能力があるのだ。だから、登場人物は非常に筋道立てて行動するし、物語の終盤になると急に昔の伏線を回収しようと勝手に動き出したりするのだ。

そもそも、日本語の構文を無意識に操っている時点で、平素から我々は日本語という枠のもとで世界を生きているのに過ぎないのかも知れない。

そう、だからこいぬ座もご都合主義。
きっと大昔の夢想家も頭の中では、勝手に星座がしっぽを振り出したように錯覚したのだろう。そしてそれを記録した結果が、こいぬ座なのだろう。

……いや、やっぱり分からない。
それだけ、人間は合理化したがる生き物だということか。



カオスは我々にとっての敵である。
人間にとって最も許容しがたいものは、非論理的なものだからだ。

「幽霊の 正体見たり 枯れ尾花」

そこに枯れ尾花があるという情報が欠けて演繹ができなくなると、幽霊などという非論理的なものを生み出し、恐怖に陥る我々。

無数の星という無秩序の中からオリオンを見出すことは、合理性を生み出しているということなのだ。

ある意味、私が夜眠れないときの行動と似ている。自分のカオスな感情を整理し、何か他のことをすることで、眠れないのではなく自ら眠っていないだけだ、と合理化するのだ。

そんな人間の性が、眠れない街でオリオン座を見つけると安心感を覚える所以なのかもしれない。


――ちなみにこの記事も、何も考えずに「オリオン座」という題名だけを決めたてから後はすべてノリで書き出した。
そのため、今回の論理展開や話してる内容は、自分の中でまとまらない思考を、書きながら「なるほど、確かに」と発見しながら記録していったかのようなものである。

普段よりまとまりのない文章だが、許してほしい。
また一つ、この宇宙に新たな星座が誕生した瞬間なのだから。


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