見出し画像

『新宝島』は卒業ソング

サカナクションの楽曲『新宝島』の考察記事
......ではなく、私の高校時代の友人の話。




高校2年の冬の思い出。


在校生が学年末考査で気が気でない時期に、3年生の卒業式はやってくる。

卒業する3年生、見送る2年生、卒業生の保護者様方、教師陣……
そんな中で、当時放送部に所属していた私たちは、音響スタッフとして卒業式に参加していた。

体育館の中、私たちの持ち場は舞台裏、音響機材の前。
音響に気を配り仕事をしながら、卒業生を見送る。

高校の卒業式は、義務教育の頃のものと比べて、何だか素っ気ない。

卒業証書授与も式典では代表1人の分だけを壇上で披露して後は省略されるし、みんなで合唱なんてしない。
ましてや予行演習みたいな事前準備などある訳がない。大学受験なり何なり、18の冬はそれぞれ忙しい。


そして、式は円滑に進み、遂に卒業生が体育館から退場する番になった。

教頭が、卒業生退場のアナウンスを入れる。
私たち放送部は、BGMを流す。
学校側に用意されていたBGM。
それは、サカナクションの『新宝島』だった。

あまりにも有名なあのイントロが流れた瞬間、ずっと厳かだった体育館が、生徒たちによって少しざわめいた。

そんな中、同じ放送部にいた彼は、『新宝島』をBGMに退場していく卒業生たちを舞台裏から眺めていた。
そして、「めっちゃかっこいいな」と言った。


そのことを、私はずっと忘れられないの。





『新宝島』といえば、おそらく多くの人は同楽曲のミュージックビデオを思い浮かべるだろう。
奇抜な演出で、笑いも誘い得る、おちゃめなMV。

そんなMVで非常に有名な曲だからこそ、『新宝島』にファニーな印象を抱いていることは何ら珍しくないことだと思う。

特に、卒業生退場の場面では荘厳なクラシックだったり儚げなピアノの曲とかが流れるイメージがあるのではなかろうか。
だからこそ、不意打ちのように『新宝島』が流れたことで「えっ、今この曲? 最後これで退場するの?」という笑いが起きたように、私には見えた。


しかしながら『新宝島』は、あのおもしろMVを差し引いて楽曲単体で見てみると、ネタやおふざけを感じさせるものでは到底ない。
サウンドこそ独特な一面もあるが、サカナクションとしては割と平常運転な感じもするアレンジだし、歌詞に関しては至って真面目だ。

次も その次も その次もまだ目的地じゃない
夢の景色を探すんだ
宝島

このまま君を連れて行くよ
丁寧に描くよ
揺れたり震えたりしたって
丁寧に歌うよ

むしろ、終始未来へ向かった視点が描かれており、卒業式で流すのも全然ミスマッチではないようにも思えてくる。


あの日私の隣で、「新宝島で卒業生退場するの、めっちゃかっこよくない?」と彼は言った。

彼はきっと、「卒業式で流れている場合」として、新たな『新宝島』の感じ方を心の中に創っていたのだ。

別に悪いとは言わないが、場はおもしろおかしさに少しどよめいている。
その裏で彼は、『新宝島』の新たな意味を胸に、純粋に目の前の景色を「めっちゃかっこいい」と評している。

別にこう、偉そうなことを言えた立場じゃないのはわかっているが、「ああ、やはり彼だ。親友だ」と強く思った。



結局、誰が選曲をしたのかは最後まで知らなかった。
自分たち放送部が選曲して流したわけではないし、卒業生に自分たちの退場曲は何がいいかというアンケートが取られたという話も聞いたことがない。

そして実際にこの選曲をした当の誰かさんが、何を想って『新宝島』を卒業式で流したのか、それはきっとずっとわからないままになる。

絶対に卒業ソングではないだろう曲。
されど、私にとっては卒業ソングにもなった曲。


彼は、私が創作への愛を膨らませていた頃に、横で一緒に創作を好いてくれていた人物だ。
あれから時は経ち、物理的にも距離は大きくなり頻繁には話さなくなったけれど、今でも最高の創作仲間だと私は思っている。
彼の感性を尊敬している。

やっぱり、あの日のことはこれからも忘れられないんだろう。



この記事が参加している募集

思い出の曲

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?