ワンオーダー キャッシュがないと戦えないヒーローとそれを支えるボクの話〜35

槇村さんのドレス姿はとてもよく似合っていた。

「牙龍さん、お願いしまーす」

井之上さんの声が響いた。

槇村さんの席に呼ばれたらしい。

ボクはビールを飲み干すと流に断って、席を後にする。

流は素知らぬ顔で接客を続けた。

立ち上がり、廊下に出たボクに、井之上さんが耳元で囁く。

「お友達でも、客にしなよ?」

どんな顔をすべきなんだろう?

槇村さんはボクにとってどんな存在なんだろう?

よく分からない。

ボクは浮ついた考えのまま、槇村さんの待つ席に座った。

槇村さんはにやにやしながらボクを見ている。

似合わないスーツを小馬鹿にしているのだろう。

だがしかし一応、今は接客しなければならない立場である。

「ドレス、綺麗ですね」

「そー、井之上さんの貸してもらったの。あの人、キャバ嬢へのドレスのレンタルもしてて。どう? どう?」

「思ったより、似合ってます」

「思ったよりって何? ちょっと、このホスト気分悪いー」

槇村さんは悪戯っぽく笑う。

「いつもと全然雰囲気が違うから、びっくりしました」

「でしょー。大人っぽい?」

「大人っぽいです」

「もっと褒めてもいいよ?」

「セクシーです」

「うん、惚れたでしょ?」

「惚れました」

今夜は薄っぺらい言葉しか口から出てこない気がする。

「雪道さん」

「ここでは牙龍天門院です」

「長いよー。何でそんな名前?」

「強そうだからです」

「雪道さんは弱いでしょ」

「本名で呼ばないで下さい」

「怒ってるんですかー?」

槇村さんは何かを企んでいるかのような目でボクを見る。

「怒ってないですが」

「嘘」

槇村さんの唇がボクの唇を覆った。

ホストの接客って、どこまでが仕事範囲なんだろう?

槇村さんは目をつぶっている。

へー、まぶたの端に小さなほくろがある。

変な所が気になってしまう。

その時、ひやりとした感触が胸に伝わった。

何か、冷たく固い物体が突きつけられているようだ。

拳銃のような。

槇村さんはゆっくりと目を開いた。

まぶたの動きに合わせ、小さな薄いほくろは二重の間へと隠されてしまう。

「雪道さんは、私のものですよね?」

ボクは自分の胸に突きつけられたものを盗み見る。

それは果たして、銀色に輝く拳銃だった。

「なんの冗談?」

「冗談じゃないですよ? 私が今引き金を引けば、雪道さんの心臓は打ち抜かれてあっという間に昇天です」

「お、おもちゃでしょ?」

「その可能性に賭けますか?」

槇村さんは悪魔的な微笑を浮かべた。

胸に感じる冷たさが、一層増したように感じる。

体験入店早々、ボクはまた厄介ごとに巻き込まれてしまったようだった。

嘆かわしい。


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