ワンオーダー キャッシュがないと戦えないヒーローとそれを支えるボクの話〜34

ボクは待機スペースを出て、店の右端に位置する流の席を見た。

長い黒髪のきつめの顔立ちの女性が座っている。歳は20代後半か30代前半といったところだろうか?

ボクはにこやかな表情をつくり、女性の前に座った。

「え、誰?」

怪訝な顔をする女性。

香水の匂いが鼻についた。

「はじめまして、新人の我龍です!」

「あ、新人?」

「今日、入りました」

「ピチピチじゃん」

「ピチピチっすかね?」

「えー、うん」

「……」

「好きな映画は……」

「え、なんでいきなり映画?」

「えーっと……」

流がボクの肩を小突いた。

「何、沈黙してんだよ!」

顔は笑っているが、目が笑っていない。

いきなり、やらかしたのか、ボクは。

「す、すみません」

「いや、真面目か!」

「面白く返してよー」

面白く返すとは、、、。

求められることが多い、、、。

「この前、面白いことがあったんですよ」

「面白いって、お前、ハードルあげるねぇ!」

流が茶化す。

嫌な先輩である。

まあ、でも仕方がない。

「この前までボク、怪我で入院してたんですけど」

女性がタバコを口に加えた。

流が即座にライターを手で覆うように持ち、タバコの先に火を付けた。

流れるような手つきで、灰皿を女性の前に差し出した。

「遅い」

流は不機嫌さを隠そうともせずに言った。

そういえば、女性がタバコを取り出したらすぐに火をつけろと先ほどのレクチャーで言われていた。完全に自分の話の方にしか意識がいってなかった。

女性が退屈そうな表情を浮かべる。

「始まりが面白くないー」

気だるげな声で放り投げるように言った。

そりゃ、まだ一言目である。オチまでまだまだ先なのだから、仕方がない。

しかし、どう話したらいい物か。

相手のことを知るのが手っ取り早いが、確か年齢と仕事をこちらから訊いてはいけないらしい。

仕事を知られたくない人もいるのだという。

ややあって、女性がぽつりと呟く。

「話が長いのはちょっとね。私、飽きっぽいから」

「でも、俺は飽きないだろ?」

「流君は長い付き合いだし、私のこといろいろ知ってるじゃん」

「へー、どのくらいの付き合いなんですか?」

とりあえず、ボクは話を投げかける側に回ることにした。

何を言っても、泥沼にハマりそうだったので、一時、体勢を立て直したいという意図もある。

流は首を捻る。

「……10年くらい?」

「嘘、半年でしょ」

即座に女性が突っ込んだ。

「そうだわ。そーいや10年前、俺まだ中学生だったわ」

「だとしたら幼なじみじゃん」

「いいだろ? 俺と幼なじみだったら」

「多分、私、弁当毎日作ってあげてた」

「一途いいね」

「結構、そういうの憧れるわー。私、青春なかったからなー」

遠い目をする女性である。

「いいじゃん、今楽しいでしょ?」

「ここにいる時はね」

「仕事大変なの?」

「まあ、時々、しんどくなる時期もある」

「ポムは頑張り屋さんだからな。気楽に考えた方がいいよ。俺なんてちゃらんぽらんだけど、こーやって楽しく生きてるし」

この段になって、黒髪の女性の名がポムであることが分かった。あだ名なのか、源氏名なのかは分からないが。

「流君は羨ましい。私には無理だなー」

「そんなことないよ。辛くなったらいつでも話し聞くし」

そこから怒濤の勢いで流とポムの二人の世界となった。

ボクは蚊帳の外で唖然として見守るだけである。手持ち無沙汰である。

そこへ井之上さんがやってきた。

「牙龍さん、ドリンクいかがでしょう?」

「あ、えーと」

そういえば、先ほどレクチャーを受けた時に言われた。

ヘルプが飲んだ分も勘定に入れられるので、たくさん酒を飲まなければいけないらしい。指名を受けたホストももちろん飲むのだが、潰れてしまうと客を楽しませることが出来ないため、その身代わりとしてヘルプが多く飲むのだと言う。

ただ、その為には客に酒を飲む了解を得なければならないらしい。

しかし今、流とポムは完全に二人の世界に入っている。

井之上さんは、値踏みするような目でボクを見ている。

板挟みだ。

「文化祭とか、出てみたかったー」

ポムが憧憬の眼差しで言う。

「お、文化祭? 何したかった?」

「なんか、クラスで、劇とか」

「いいじゃん、ポムが姫やりなよ」

「いや、私は魔女の方が好き」

「こんな可愛い魔女いないだろ」

よくもまあ、そんなに次から次へ女性を喜ばせる言葉が出てくる物である。さすが流先輩である。

マニュアルがあるなら是非、欲しい物だ。

しかしまあ、ここに座ってしまったからにはボクもやるしかない。

小人をイメージしたふざけたポーズを取り、声色を変えて言葉を発した。

「女王様〜、お酒が飲みたいでござる」

流とポムは失笑した。

「女王じゃないし、魔女だから」

「お前、演技苦手だろ」

「あれ、成り切ってませんでした?」

「しゃあなしだけど、乾杯しよう」

ポムさんはそう言った。

「ありがとうございます!」

思わず大きめの声が出る。

「店員か!」

「ありがとうございます〜」

「渋い店員になっただけだろ!」

そんなこんなでボクは、井之上さんにビールを頼んだ。

「かしこまりました!」

井之上さんは奥に引っ込むとビールとコースターを持って戻って来た。

スーパーでよく見かける200円前後のビールである。

しかし、この店では一杯1500円(税別)。

学生の映画料金と同じである。味は変わらないはずなのに。

ボクは一杯目の酒をグラスに注ぐと、流とポムと乾杯し、喉に流し込んだ。

いつもより、苦い気がした。

グラスを置いたボクの視界の端に、槇村さんが見えた。

槇村さんは綺麗なドレスを着ていて、目を白黒させているボクに手を振った。


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