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刺激、足りてる? “非日常”にどっぷり浸れるおすすめ新作3本【次に見るなら、この映画】6月19日編

 毎週土曜日にオススメ映画をレビュー。

 今週も良作揃い。恐怖、快感、愉悦、映像美……突き抜けた刺激に満ち、あなたを“非日常”の映画の旅へ連れて行ってくれる3本です。

①映画ファンが熱狂した「search サーチ」の監督が、母親からの“娘への歪んだ愛情”の暴走を描いたサイコスリラーRUN ラン(映画館で公開中)

②「音を立てたら、即死」のキャッチコピーで話題をさらった新感覚ホラーの続編クワイエット・プレイス 破られた沈黙(映画館で公開中)

③飛行機事故で島に不時着した少年を主人公に、彼の哲学的なメタファーに満ちた冒険の旅を美しいアニメーションでつづったAway(自宅で観られる「シネマ映画.com」で配信中)

 劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!


◇サラ・ポールソンが創り上げた強烈すぎる毒母像 言葉と行動の整合性のなさに震える(文:映画.com編集部 岡田寛司)

「RUN ラン」(公開中)

 パソコン画面上でドラマが展開するという“縛り”を効果的に用いた「search サーチ」のアニーシュ・チャガンティ監督による新作は、またもや超シンプルなタイトルで好奇心を刺激する。Run=走る。

 冒頭から早速、その本来の意味が反転していく。ヒロインが背負うのは「不整脈」「血色素症」「ぜんそく」「糖尿病」「麻痺」という症状。今回の“縛り”は「走ることができない」というものだ。

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 物語の中心を担うのは、慢性の病気を患い、車椅子生活を余儀なくされている少女クロエと、彼女の体調や食事を管理し、進学の夢も後押しする母親のダイアン。17年という歳月を二人三脚で歩んできた親子。

 チャガンティ監督は、ここに「ダイアンがモンスター級の毒母だったら……」というエッセンスを加え、美しき日常を“虚飾まみれの監獄”に一変させる。真実を知ったクロエの絶望は計り知れない。

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 「走ることができない」という“縛り”によって、物語は「最も身近な人間から逃げられるのか」という点をストレートに追求していく。ジャンルはサイコスリラーではあるが、逃亡者がクロエとなることで緊迫感に満ちたアクションにも思えてくるはずだ。ダイアンの采配によって、寝室は密室に、階段は急勾配の崖と化す。

 さらにこれでもかと加わるのが、病状の悪化。始終、手に汗握る展開が待ち受け、まったく気を抜くことができない。実生活でも車椅子を使用しているキーラ・アレン(クロエ役)の追い詰められっぷりは、痛々しくも見入ってしまう。

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 サラ・ポールソン(ダイアン役)の凄みの前に、幾度となくひれ伏すことになるはずだ。彼女が創り上げたダイアン像は、クロエを手元に置いておきたいという歪んだエゴと、娘に対する献身的な愛を等しく両立させてしまっている。傷つけながらも、本気で思いやっている――。

 これが「毒母VS子」という明快な構図にもかかわらず、明らかに不審なダイアンを“信じてみたくなる”という錯覚を生じさせる。やがて気づかされる発言と行動の整合性のなさ。思わず震えた。おぞましくも魅力的なキャラクターの誕生だ。

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 クロエとダイアンの形勢は、まるでシーソーのように揺らぎ続ける。クライマックスへの畳み掛けには、思わず唸る。圧倒的不利の状況下、クロエに舞い降りたのは「無限の可能性」。

 この映画的飛躍が興奮必至。最小の動きで見せる、最高のアクションシーンだろう。あまりにも皮肉的な痛快エピローグも含め、90分という尺にまとめ上げたチャガンティ監督の手腕に脱帽だ。

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◇この極上の無音は映画館でこそ味わうべき(文:映画ライター 杉本穂高)

「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」(公開中)

 映画は映像による表現と見なされがちなのだが、映画の構成要素は映像と音である。は映画演出において、実は映像と同じくらい重要だ。

 全米で大ヒットを記録した前作「クワイエット・プレイス」は、そんな音響演出の魅力にあふれた作品だったが、この続編でもそのストロングポイントを見失っていない。大ヒット作の続編だからと過剰なスケールアップもせず、音に反応する「何か」の真相に迫ることもせず、過酷で理不尽な恐怖を描くことにフォーカスし続けている。

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 音をたてたら死んでしまうという状況を生き延びるために、主人公一家は息をひそめるように生活をする。台詞が極端に少ないことでふとしたしぐさや表情がいかに雄弁かを観客に思い出させてくれ、手話という言語の雄弁さも教えてくれる。

 前作は監督自ら演じた一家の父が中心人物だったが、今作ではろう者の長女を中心に物語が進む。家の周辺で展開された前作とは対照的に今回、一家は生存者を探して冒険に出る。外の世界は自宅以上に危険に満ちているが、巧みに無音状態を作って、主人公の体感世界を観客に共有させ、音をたててはいけない環境で音が聞こえないことがいかに恐ろしいことかを描いている。

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 無音という演出は、映画の音響デザインにおいても特に力強いものだ。日常生活で完全な無音状態というのは、実はめったに体験できない。だが、遮音性に優れた映画館なら無音を体験できる。純度の高い無音状態は、大画面と大音量に匹敵する映画館の重要な魅力だ。本作は、その魅力を改めて教えてくれる作品でもある。

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 そして、本作のもう一つの魅力である家族ドラマも健在。家族を守るために立ち上がる長女の勇敢さと、幼い命を守る長男と母の戦いが胸を打つ。なぜ襲ってくるのかわからない、理不尽な「何か」は観客にとって大いなる恐怖だが、それに立ち向かう一家は、理不尽だらけの社会に生きる観客に大いなる勇気をもたらすだろう。

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◇引き算の美学で描く少年と小鳥の冒険譚、ゲームファンにもお勧め(文:映画.com「アニメハック」編集部 五所光太郎)

「Away」(シネマ映画.comで配信中)

 パラシュートで島に不時着した少年が、正体不明の黒い影から逃れながらオートバイで自然のなかを駆けぬけていく。4つの章で構成される約75分の本作にはセリフが一言もないが、シンプルな3DCGアニメーションを効果的に使った映像美で飽きさせずに楽しませてくれる。

 少年と一緒に旅する黄色い小鳥は、絵本から飛び出してきたような愛らしい姿とユーモラスなふるまいで、もう1人の主人公と言いたくなるぐらいの大活躍をみせる。そのほか、象、カメ、黒猫など物語を彩る動物たちの姿を見ているだけで楽しい。

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 ラトビアの新進クリエイター、ギンツ・ジルバロディス監督が3年半かけてほぼ1人で制作した本作には、引き算の美学がつらぬかれている。少年の造形には影がなく、目をつむるとのっぺらぼうに見えるぐらい輪郭線を省略している。

 平面的なデザインが全編イラストレーションが動くような感覚を生み出し、美麗な自然描写とあわさって、湖面に空が映る「鏡の湖」のシーンなど絶景写真のような幻想的な場面をつくりだしている。

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 3DCGアニメの特性が存分に生かされているのが長回しのカメラワークで、自然の雄大さや少年の心情を代弁する浮遊感のあるカメラの動きには「ゼロ・グラビティ」で知られるアルフォンソ・キュアロン監督の作品にインスピレーションを得ているという。iPhoneを実際に揺らした動きをとりこむアプリを使うことでリアルな手振れ感のある動きをとりいれ、映像への没入感を高めている。

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 日本版公式サイトには、ゲームクリエイターの上田文人(「ワンダと巨像」)、小島秀夫(「DEATH STRANDING」)の推薦コメントが寄せられ、ジルバロディス監督自身も日本のアニメ・ゲームや「風ノ旅ビト」「INSIDE」などの海外インディーゲームの雰囲気に影響をうけていることを公言している。

 ここで挙げたタイトルにピンとくる方は、きっとこの作品の世界観に魅了されるはずだ。

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シネマ映画コムで観る


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