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今年一番奇妙…アイスランド映画界が生み出した超問題作を紹介【次に観るなら、この映画】9月24日編

 毎週土曜日にオススメの新作映画をレビューする【次に観るなら、この映画】。今週は3本ご紹介します。
 
①羊飼いの夫婦が、羊から産まれた羊ではない何かを育てるさまを描いたスリラー「LAMB ラム」(9月23日から劇場で公開中)
 
②インド滞在期のザ・ビートルズ映したドキュメント「ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド」(9月23日から劇場で公開中)
 
③「燃ゆる女の肖像」のセリーヌ・シアマが監督・脚本を手がけた「秘密の森の、その向こう」(9月23日から劇場で公開中)
 
 劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!


「LAMB ラム」(9月23日から劇場で公開中)

 ◇今年一番奇妙な映画だった。アイスランド映画界が生み出した超問題作(文:本田敬)
 
 タル・ベーラが製作総指揮に名を連ね、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で受賞、A24が北米での配給権を獲得した超自然スリラー。昨年10月に全米公開され初登場7位にランクイン、アイスランド映画史上最高のオープニングを記録した話題作。
 
 アイスランドの人里離れた土地で羊牧場を営むイングヴァル(ヒルミル・スナイル・グズナソン)とマリア(ノオミ・ラパス)。ある日、夫婦が飼っている羊の一頭が、人間とのハイブリッドを産み落とす。二人は亡き子に因みアダと名付け、家族として育て始める。
 
 まずは奇抜さに気を取られるが、本作に登場するアイスランドの風景が、とにかく素晴らしい。深い霧の谷あい、鈍く広がる空、幽玄さ漂う山肌。青を基調にした硬質で仰角多めのシネスコ画角。北欧の厳しい自然と、ポツンとたたずむ一軒家の対比が絶妙だ。

(C)2021 GO TO SHEEP, BLACK SPARK FILM &TV, MADANTS, FILM I VAST, CHIMNEY, RABBIT HOLE ALICJA GRAWON-JAKSIK, HELGI JOHANNSSON

 バルディミール・ヨハンソン監督は「LIFE!」「オブリビオン」「プロメテウス」などがアイスランドで撮影された際に、特撮や照明の現地スタッフとして参加、コーディネーター的な役割も担っていたと思われる。アイスランドを知り尽くした監督が選り抜きしたロケ地は、映画に深い説得力をもたらしている。

 
 「最初にアダの造形を思いついた」という監督の着想をもとに共同脚本を手がけたショーンは、ビョークのバンド仲間を経て今はアイスランドを代表する詩人・小説家。ロバート・エガースの最新作「The Northman」の脚本も手がけている。偶然とはいえ、舞台の景観や宗教の存在、動物の描き方、子の不在、女性の自立など、エガースのデビュー作「ウィッチ」との共通点も少なくない。ヒロインの名前マリア、預言書エレミヤ書からの数字「31-15」、善き羊飼いなど、キリスト教的なモチーフを背景に忍ばせた脚本は、プロローグと呼応して思いもよらない異世界へと誘う。

(C)2021 GO TO SHEEP, BLACK SPARK FILM &TV, MADANTS, FILM I VAST, CHIMNEY, RABBIT HOLE ALICJA GRAWON-JAKSIK, HELGI JOHANNSSON

 その中で、謎の核心ながらも心和むのがアダの存在。低いアングルから草原を歩く後ろ姿は非現実的な可愛らしさ。愛くるしくリアルな造形は、10人の子役、4匹の子羊、特製スーツを合成して作られたという。アダが着ているのがウールのセーター、というのは監督の皮肉か。
 
 かつてサラエボの大学でヨハンソン監督が講義を受けたタル・ベーラやアピチャッポンも、生き物をテーマに独自の描き方をした作品をアーカイブに持っている。それを踏まえると、監督の生まれ故郷を舞台にした羊と人間の物語という枠組みは、当然の成り行きのようにも思える。ちなみにそのアイスランドの羊は、1,100年ほど前に種が持ち込まれて以来、他と一切交配していない世界でも希少な純血種として有名。そのことを知ると、アダの異端ぶりがより際立って感じる。


「ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド」(9月23日から劇場で公開中)

◇「ホワイトアルバム」誕生秘話。ビートルズのインド瞑想合宿に偶然遭遇した男(文:駒井尚文)

 このドキュメンタリーは、まさに「タイムマシンムービー」です。ビートルズが長期滞在していた1968年のインドに、我々を連れて行ってくれます。そう、本作の監督ポール・サルツマンは、ビートルズと同じ時期に、たまたまインドのマハリシ・マヘーシュ・ヨギのアシュラムに滞在していたのです。

 とは言っても当時、サルツマン監督は映画の撮影機材を持ち込んでいたわけではありません。ただ、普通のスチルカメラを持っていて、ビートルズの写真をたくさん撮影していました。その写真を50年ぶりに引っぱりだして、色々なフッテージを加えて1本の映画にまとめあげたのです。ビートルズにまつわる映画は数多くありますが、本作は、ビートルズとは何の関係もないまったくの部外者の視点で描かれているので、相当にレアで、しかも新鮮です。

(C)B6B-II FILMS INC. 2020. All rights reserved

 そもそも1968年のビートルズのインドへの旅は、「ガンジス川のほとりにあるマハリシのアシュラムで瞑想のトレーニングをする」という目的でしたが、ファン目線で言わせてもらえば、「『ホワイトアルバム』レコーディング前の曲づくりのための合宿」という認識でも間違いではないでしょう。

 本作を見ると、少なくともジョン・レノンの以下の2曲は、彼らがインドに行っていなければ生まれていなかったと断言できます。

(C)B6B-II FILMS INC. 2020. All rights reserved

 「ザ・コンティニューイング・ストーリー・オブ・バンガロー・ビル」……叙事詩的な内容で、リリース当時、歌詞の意味はチンプンカンプンでした。この映画によって、この曲が生まれた背景がありありと再現できました。しかも、今はハワイに暮らすバンガロー・ビル本人も登場し、当時をふり返る……。50年ぶりに「そういう曲だったのか!」となりました。

 「ディア・プルーデンス」も同様です。「やあ、プルーデンス。部屋から出てきて遊ぼうよ」って出だしで始まるこの曲は、「アルプスの少女ハイジ」のクララみたいな病弱な女の子に呼びかけた歌かと思っていました。まさか、ミア・ファローの妹プルーデンス・ファローに対しての、インドの瞑想アシュラムの部屋から出てこいよって呼びかけだったとは!

 他にも、「オブラディ・オブラダ」の歌詞がサビしかない状態の様子とか、ジョージ・ハリスンがマハリシに新曲を披露したエピソードとか、この映画からは「無邪気な、ありのままのビートルズ」の姿がビビッドに伝わってきます。

 さらにさらに、当時のジョージ・ハリスンの妻パティ・ボイドとか、その妹のジェニー・ボイドとか、ビートルズのインド旅行に帯同していた重要人物たちの証言インタビューがどれもツボにはまってて、とっても嬉しくなります。50年以上も前の旅なのに、みんなこの時の記憶がしっかり残っているんですよ。

 この映画を見て「ホワイトアルバム」を聞き直す。今だからできる、ビートルズファンにとってのとても貴重な体験です。おなじみの楽曲に、インドの風景がシンクロするような不思議な感じ。是非お楽しみください。


「秘密の森の、その向こう」(9月23日から劇場で公開中)

◇娘と母、それぞれの生。大仰な装置なしに心の旅を成し遂げる大きな映画(文:川口敦子)

 カンヌで脚本賞、クィア・パルムのダブル受賞に輝いた「燃ゆる女の肖像」から2年。コロナ禍を挟んで昨年ベルリンでお披露目上映されたセリーヌ・シアマの新な監督・脚本作は、72分の"小さな世界″でしかし、あっけらかんと時の旅を断行し、思春期未満のやわらかな子供の領分を繊細に緊密にみつめて創り手の才能の豊かさ、深さ、大きさを思わせずにはいない。

 亡くなったばかりの祖母の家を訪れた8歳のネリー。彼女が森で出会う自分と瓜二つの少女マリオン。それが8歳の頃の母であることをさらりと明かして、もうそこに実現されている時の旅。そのみごとにあっけない成就のされ方を嚙みしめるうちに思い出したのが、20世紀末、ペニー・マーシャル監督作「ビッグ」とアニエス・バルダ監督作「カンフー・マスター」とを相前後して見た時に抱いたハリウッドとフランスの小さな映画との異同にまつわる感慨だ。

(C) 2021 Lilies Films / France 3 Cinema

 急いでことわっておくと成人女性と男の子の恋物語を描く2本はどちらもロマンスの真正さを切り取っていて、だから両作に優劣をつけるつもりはさらさらない。ただトム・ハンクスという"大人の体″(つまりはリアルに律儀に可視化されたある種の時の旅、マジックの結果)なしでは大人と子供の恋、非日常の領域に踏み入れないハリウッドの窮屈さに対し、“生身の”少年と大人の女性が恋する様を平然と提示してみせたバルダの一作、そのノンシャランとしたリアルの飛び越え方が大仰なタイムトラベルの仕掛もなく、森での出会い、遠い雷鳴、その一瞬にマジックを成立させてしまえるシアマの映画の素敵な平然と重なるようで興味深いのだ。そういえばシアマが男の子になりたい女の子の心をやはり親密にみつめた「トム・ボーイ」で少女の父役を「カンフー・マスター」の少年だったマチュー・ドゥミが演じていたのも案外、偶然ではないかもしれない。

(C) 2021 Lilies Films / France 3 Cinema

 「信じる?あなたの子ども、娘なの」「未来から来たの?」「裏の道から」そんな会話の先に分かち合われる秘密、記憶。俳優になる夢を抱き、目前の脚の手術に不安を募らせていた8歳の母。その母の母(ネリーの祖母)の杖に染みついた匂いの懐かしさ。森というタイムマシン、家というタイムカプセルを仲立ちに互いを知り、心に息づく「あなた」を慈しみ、未来に向けて開かれていく娘と母、それぞれの生。大仰な装置なしにそんな心の旅を成し遂げる映画の大きさにもう一度、深く撃たれずにはいられない。

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