パニックは自衛のため!
私は仕事ができません。5000兆回くらい言いましたね。
仕事ができない理由は、きっと色々な要素が複雑に絡み合った結果でしかないので、ピンポイントで言葉に言葉にしろと言われたら難しいのですが。
じゃあ仕事をしたらどうなるかって、パニックを起こすか、希死念慮が強くなりますね。
大して何かをしたわけではなくても、ナチュラルに命の危険を感じるレベルで怖い思いを勝手にするか、自分で自分を殺したくなるので、私が仕事をするということはそれだけで命に関わります。謎です。
そんな自分に対して、嫌悪感と罪悪感を感じてばかりでした。
『自分が悪い』は、自分への言い訳
私は基本的に、何かよくない結果を招いた時、どうにかこじつけてでも『自分』に原因を求めようとします。
優しい表向きの理由は、自分に改善点を求めて、二度と同じことを繰り返したくないから。自己中な本懐は、自分の不幸を他人がもたらしたなんていう勝手はとてつもなく腹が立つから。
自分の幸せも、自分の不幸せも、全部自分で決めてそうなりたいんですよね。それが何よりもの幸せ。自分で選べないことや、自分で選ばないことが、一番不幸せで一番愚かしいと思っています。
人生を主体的に生きたい人なので。
それで、ふと思ったんですよ。
私はとても空気の読めない自分勝手な子どもだったので、集団の和と呼ばれる謎領域を侵害し、怒られが発生することがよくありました。
その度に、なんというか一般生徒を率いるちょっとリーダー気質な一般生徒たちからは、ブーイングを受けるわけですよ。和を乱すなと。
知らんがな、むしろお前らの言ってることの方がよくわからないわクソくらいに内心思っていた部分もあるのですが、よく考えてみれば私がそう思うのもごく自然のことで。向こうは自分が正義だと思っているし、私は私が正義だと思っているから、どちらも正しいけれど、お互いから見ればお互いが間違っている、という状況な訳ですよね。
多数決で審判をしてしまえば、表面上見方の少ない私の方が『悪』になるのもまた自然なことだと思いますが、本当にそれが『悪』だったのかと言われれば、また別の話。和を乱していたのだって、今思えば病的な原因があったわけですし、周りはそれを知らなかったし、歩み寄ろうとさえ思っていなかったろうし、どっちもどっちですよね。
私はやはり、否定されることや怒られることの方が多く、味方の少ない人間でしたので、自分の『正義』を信じることも、貫くことも、しにくい状態でした。
辿り着く先はまあ、「自分が悪いんだ」というところ。自信をなくした時、誰だって一度はそう思ったことがあるでしょう。
もちろん、「自分が悪い」思考はマイナスでしかないので、そう思わないに越したことはありません。自分に対する攻撃性でもありますから。その反面、自分の非を改めようとするという前向きな気持ちもあるといえばあるので、全く悪いとは思わないんですよ。
ただ、それが他者から向けられている場合は、自分の正義を他者に当てはめ、押し付けている、単なる『攻撃』にしかならないので、それは『悪』だと思っています。
だから例えば、私が和を乱していて、それに対して「お前が悪い」と誰かに言われた場合は、明らかな攻撃性です。
そこにどんな正しさがあったとしても、正義を被った暴力でしかないということを、理解しなければならない。
そして、暴力はいつだって『悪』でしかありません。
否定で人は変わらない
今になって思うのですが、私を責めていた人たちは結局、自分の憂さ晴らしをしたかっただけなのではないか?と思うんです。
いやこれは、とてつもなく自分勝手なお話ですので、垂れ流すように読み流してくれていいんですけど。
少なくとも私からしたら、私には正当性があって、間違ったことをしていたわけです。もっと言ってしまうと、間違ったことしかできない状況でした。正しいことを、したくてももできない。
学校へ行くのが難しいとか、行事前の練習に参加できないとか、言葉に詰まって「おはよう」が出てこないとか、学生時代の私の”やらかし”は言い始めたらキリがないくらいあるのですが、積極的に人を傷つけるための行動はとっていなかったんじゃないかなぁと思います。
別に、学校へ行けなくても、誰も傷つきませんし、行事の練習に参加できなくても、いる人だけでやればいい。挨拶が返せないのは誰かを傷つけることもあるのでよくないことですが、どうしてか言葉が出なくて、自分でもわからなかった…今更な言い訳ですけどね。
傷つけたくて傷つけているわけでも、迷惑をかけたくてかけているわけでもなくって、心の底から一生懸命にやってそれだったんですよね。
もちろん私は自信をなくして、「自分が悪い」思考に陥っていて、すでにボコボコだったところへ追い打ちをかけるように、周りは「自分勝手だ」「(なぜ練習にこれないのか)理解ができない」みたいなことを言ってきたのは覚えてますが、それだけしか覚えていませんね。記憶がかき混ぜたゼリーを通して見たように、取り留めのないものなので。
さて、当時病気であった私は、おそらく自分の状況をそこそこ理解していて、一人ではどうにもならないとだけは確信していたため、助けを求めたか、理解や配慮を求めたか、許しを求めたかのどれかだと思います。当時のノートでも残っていれば良かったのですが。
でも帰ってきたのは「自分勝手だ」「理解ができない」という棘のある言葉たち。
大人になった私が考えうる可能性は、自分の正義に自信のある人たちが、相手を傷つけかねない強い言葉を使えば、相手の言動や考え方を改めさせることができるのではないか?と思っていたのでは、みたいな。
それは、ものすごく傲慢なことです。
自分の言動が他者に影響を与えられると思っている時点で、驕りでしかない、と私は思います。その言動が正義から来ていたとすれば尚更、自分に非はないと思い込んでいるところが恐ろしく感じます。
これを暴力と呼ばずしてなんと言うのか。
まあ、私の都合の良い記憶と都合の良い解釈から生まれた、あまりにも捻じ曲がった考え方だと思ってくれれば大丈夫です。何年も前の大昔のお話ですし、そういう言葉選びをして綴っているので、信じない方が正しい。
でも、自分の信じている正義が必ずしも正義であるとは限らないことと、自分の言動が他者に影響を与えることはできないことは、至ってまともな思考のつもりで本心からお伝えしておきたいなとは感じます。
書いていて、涙が出てきた
ごめんなさい。先に謝っておきます。
『否定で人は変わらない』の項目に関して、もうずっと前のことですし、終わったことですし、何を言っても思っても変わらないですし、そもそも脚色99%の信憑性ほぼゼロなかき方をしたつもりだったのですが。
なんかもう、わけがわからないくらい泣けてきて、自分でもよくわからない気持ちになっています。強いていうなら、悲しいとか辛いとか、そういう気持ちです。あと、ほんの少しの怒りも感じます。
さらっと経緯をお話しすると、まずあれは中3の合唱コンクール前でした。3年生ともなれば気合が入ってか、朝・昼休み・放課後と、空いた時間があれば練習をする日々が続いていて、次第に私は教室へ足が向かなくなってきました。
元々集団行動が苦手だったことに加え、自由なはずの時間を自由に使えないというのがストレスだったのでしょう。学校の”楽しい時間”というものを練習に奪われて、学校がただ辛く逃げ場のない場所みたいに感じていたのかもしれません。
毎朝登校しぶりをして、「学校へ行きたくない」と母に言えば、母はヒステリーを起こす人でした。多少の登校しぶりなら目を瞑ってくれましたが、「行きたくない」という言葉だけは絶対に許してくれない人でした。
学校へついても、あまりにも心がしんどくて朝練不参加とか、練習時間でなければ空元気を振り回すのに、練習になった途端に元気がなくなるの繰り返し。今思えば、明らかに『病気』といえるようなレベルの、酷い精神状態でした。
経緯は忘れましたが、自分が明らかにおかしい・やばいと感じたので、担任の先生に頼んで、自分のことをお話しする時間をもらいました。細かいことは覚えていませんが、「ごめんなさい」と頭を下げたことと、「謝ったとしても、自分がみんなと同じように練習へ行くのは難しい」ということを伝えたような気がします。
それに対して返ってきた言葉の一部が、「自分勝手だ」と「理解ができない」というもの。
きっと、今の私があの場にいたら、間違いなく当該生徒を殴っていたと思います。暴力は悪だとわかりきった上で、暴力を振るうと思います。
私に対する正義なんて初めからあの空間に存在していなかったと、起こってしまった今だからわかってしまうから、ただただ虚しいですよね。
あの時の私は、もう少し分かり合えるものだと思って話し合いに臨んでいたような気がします。きっと、時間をかけて言葉を選んだと思います。にもかかわらず、『歩み寄り』なんてものは存在しませんでした。むしろ私が一方的に叩かれて終わり、そんな時間だったのではないでしょうか。
ちなみにその後は、帰宅した私が何を思っていたかは知りませんが、部屋でゴロゴロしていたら、夢なのか現実なのか、まあ100%現実ではないので、100歩譲って幻覚なのですが、天井から女の子が降ってきて、その日起こったことがよくわからなくなりました。なんかめっちゃいいタイミングで母から電話がかかってきて「女の子が降ってきて、私の記憶を持っていってくれたの!」と、あの時期にしては珍しいというか、明らかにおかしい元気な声で言ったらしく、そして母も流石に危機感を感じたらしく、やっと病院へ連れて行かれました。
これでも、和を乱した私は、『悪』だと言いきれますか。
これでも、正義感や常識から発せられた「自分勝手だ」や「理解ができない」は、『正義』だと言いきれますか。
結局、誰かから見た『正義』と、誰かから見た『悪』でしかないと思います。少なくとも私は私の経験から、そう感じます。
それだけ。私のつまらないお話にお付き合いいただきありがとうございました。
閑話休題。
不完全な自分に、耳を傾ける
私は今まで、何度かパニックを起こしたことがあります。
色々な原因で起こしたことがありますが、基本的に私は『泣く』タイプのパニックを起こしますね。
幼い子どもの大泣きのように、ヒクヒク痙攣するみたいな、あれが起こります。
22歳にもなって恥ずかしいのですが、まあ起こるものは隠しても仕方ありませんからね。言葉にして乗り越える、私のやり方です。
色々な原因とぼかしましたが、主に仕事に関わると起こりますね。
3回くらいは起こしているかも。1回目は高校生の頃のバイト、2回目は通所していた頃の実習、3回目は去年末にやってみたバイト。覚えてないだけで、プログラマーの仕事していた頃も起こしたことがあったかもしれません。
その度に私は、自分を傷つけることで解決を図ってきました。
というか、それまでの経験で、私は私を大切にする必要が無いと思っていました。社会的に与えられた役割は現状を損なうことなくこなさなければならない、そこに自分に関する損失は損失に含まないこととする、みたいな感じ。
家でどれだけ苦しんでいようと、自分が見えないところで何をしていようと、働いている時間とか外にいる時間とかさえまともに見えれば問題が無い、みたいな。
自分の不都合な部分を知って、見て見ぬ振りをし続けていたのかもしれません。或いは、私には見えているけれど、周りには見えていないから、軽視されていたのかもしれません。
後者の方が可能性高いかも。
伝えようとしても伝わらないという挫折は、先述した中学2年生の頃に大きなやらかしをして、大きな挫折や失望と共に深い傷を得ているので、伝わらないからなんだって思います。そんなことよくあるだろう、と。
そんな自分に誰も気付いてくれないから、自分もどこか「気のせいなんじゃ」「そんな大した問題じゃないのでは」と感じているのかもしれませんね。
自分も、自分に耳を傾けなくなっているのかもしれない。
私に、私が気付いてあげられなくなっている。
見てあげて。知ってあげて。気付いてあげて。そして受け入れてあげて。
リミット
どんな入れ物も、無限の容量を誇ることはありません。
海でさえ、南極の氷が溶けて海面上昇しているらしいですからね、やはり限度というものがあるわけですよ。
私の気持ちにも、どうやら限度があるようです。
耐えきれなくなった時、私はちゃんとパニックを起こします。
これは人間に備わっている一種の『安全装置』なので、少なくとも悪いことではありません。自然なことです。
状況さえ揃えば、誰でもパニックになります。
例えば、自分の乗っている電車内でテロが起これば、ほとんどの人がパニックを起こして逃げ惑いますよね。テロでなくとも、寿司職人が包丁を落としたことで、乗客が逃げ惑ったというニュースは記憶に新しいです。あれも一種のパニックでしょう。重症度はそれぞれかと思いますが。
起こり得る状況が人ぞれぞれというだけで、私はたまたま『仕事』がトリガーになりやすいという、それだけのこと。
少しトリガーが異質かもしれませんが、パニックという反応自体は、決して珍しいものではありませんし、パニックを起こしたことを恥じたり、そうなる自分を卑下したりする必要はありません。
私わ、心に全く余裕がない時、キッチンにかかっているおたま1つ落ちるだけで過呼吸になります。流石にここまでの繊細さは、相当切羽詰まっていて入院を検討するレベルの時にしか起こり得ませんが。
常に余裕が無くて、常に警戒心がMAXのピリピリ状態で、頻度もトリガーも高すぎるし多すぎて、パニックを起こしてばかりだと、生活に困るでしょうから薬やカウンセリング等での緩和がすぐにでも必要になるかなと思いますけれど。
そうでなければ、無理に押さえつけるほどのものではないかなと思っています。どちらかというと、『無くす』ことよりも『共存』することを考えた方がいいのではないかなぁと。
そもそもとして、パニックを起こすには、そうなるための『状況』が必要なわけで。
自分の心理状態のような個人的なもの、周りからのプレッシャーや信頼など環境的なもの、物が落ちたり特定の状況(事件・事故など)に遭遇したりと偶発的なものなどなど。
偶発的な物以外は、変えていくことができると思っています。人のことは変えられませんが、自分のことや、自分が身を置く環境は変えていくことができますからね。
自分がどんな『状況』に遭遇するとそうなるのかを見つめて、必要であれば専門の人に力を貸してもらたり、薬を使って見たりして、『共存』していく方法を探る。
周りの人に理解を求められそうなら、「私がパニックになったときはこうしてください」とお願いするのも良いと思います。別室に連れて行って欲しいとか、声をかけて欲しいとか、温かいお水を持ってきて欲しいとか、背中をさすってほしいとか、放っておいてほしいでも全然良いと思いますよ。
とにかく、一人で苦しむ必要はないし、恥じる必要や自分を責める必要は無いよということだけ、全力で伝えたいというか、もはや私からお願いしたい。
そして、私が私自身に対してもそう思えるようになっていきたいですね。
そもそもとして、自分が自分を守るために、パニックを起こすのですから、とても素敵なことじゃないですか。
心の中で、「私にパニックを起こさせる環境が悪いんだ!」くらいに思っておけばいいと思いますよ。口にしたら、いつかの私のように叩かれてしまうかもしれませんが…思うだけならタダです。
これを読んだ方が一人でも多く、自分を大切にできますように。
さいごに
私は多分、過去のことを、乗り越えたつもりで全く乗り越えることができていないのでしょうし、だからいつまで経っても大きな子どものままなのだろうなと、この記事をかいていて、涙が出てきて、思いました。決して自分を卑下しているわけではありません、事実としてそう感じるだけです。
もっと早く、自分を大切にしてもいいんだということに気付ければ…それ以前に、自分を大切にしなくてもいいなんて思考に辿り着かないように生きたかったですね。そうできないだけの複雑な要因が重なっていたので、簡単に『後悔』もできませんけれど。
私はもっと、自分の人生に関して『後悔』をしても良かったのかもしれません。誰かに対してもっと、『怒り』を感じて良かったのかもしれません。
これまた卑下するわけではなく、「自分って本当にバカだな」って感じてしまいました。だって、自分が病気になっていては本末転倒でしょう。
ナルシシストのようなことを言いますが、不特定多数の”誰か”に対して、優し過ぎたのかもしれませんね。一方で、自分に対しては厳し過ぎたというか、理不尽過ぎたというか。
もう少し優しくなくて良かったのにって思います。自分が病気にまでなってしまうくらいなら、一発くらい誰かを殴れる気丈さがあって良かったんじゃないか、と。格闘技の心得のない女性が誰かを一発くらい殴ったところで、数日たんこぶで痛む程度ですからね。や、そもそも人を殴ってはいけませんけど!!!!!
でも、それくらいの気丈さがあったのならば、きっと誰かを殴らずとも解決することができたでしょう。私はそう在りたかった。
それだけ。
長々とお付き合いいただきありがとうございました。ここまで読んでくださる方がいるかどうかはわかりませんけれど…。
私のペースで、私のやり方で、これからも生きていきます。
よろしければ、サポートよろしくお願いします。 社会復帰に使う、なんて言いながら、きっと、私の人生を彩って、これからもnoteで言葉を紡ぎ続けるために使います。