産後も生活が変わらない僕と、激変した妻。夫婦の間に溝が深まっていくのを僕は気がつかなかった。
前編では、分娩方法と産後の入院環境を変えたことが妻の心身に大きな影響を与えたことについて書きました。
長男出産後の妻は心身ともに疲れ切っていて気持ちに余裕がなく、彼をかわいいと心から思えなかった。何年も経った今でも妻は当時を振り返っては、悶々とすることがあります。妻にとってそれほど悔しいことでした。
もちろん初産と2回目という違いはあると思うけど、「痛みに耐えながら産むんだ」と身構えて過ごすより、「産むときには痛みを和らげられるんだ」と思いながら妊娠生活を送るとではプレッシャーのレベルに大きな差が出ます。
ただですね、妻は無痛分娩で出産する予定だったものの、お産があまりにスムーズすぎて無痛の処置が間に合わなかったため、自然分娩で次男を産んでいます。順調なお産も手伝って次男出産後の妻の心身にはゆとりがありました。
加えて次男の出産に選んだ産院のケアは素晴らしくて、毎日面会に行くと妻はニコニコしながら出迎えてくれました。ホテルの一室のような個室で過ごしながら、美しい器に盛り付けられた美味しい食事、産後女性をケアするマッサージ、アフタヌーンティーをしているかのようなおやつを堪能できたんですね。面会で僕も個室に長時間いましたが、過ごしやすくて「もうちょっといたいな」なんて思ったよね。
個室で妻が次男を抱っこしながら「かわいいと思えて幸せ」と話していた姿を見て、僕は分娩方法と産後のケアの充実度って大切なんだなと痛感しました。
今でこそ妻はニコニコしていて、子どもがいる結婚生活に楽しさを感じているのだけど、長男出産後は夫婦仲が悪化して離婚危機にまで発展してしまいました。
望んで子どもを持つ選択をしたし、長男が誕生して理想の毎日を送っているはずなのに、なぜ妻は不機嫌なのか…。僕にはまったくわかりませんでした。
子どもが産まれて、僕は人生にハリが出ました。もっと仕事をしてお金を稼ぎ、経済的に豊かになって笑顔いっぱいの家庭にするぞ!って思っていたんです。
独身時代から、奥さんと子どもがいる生活に憧れを抱いていました。
お父さんが仕事から帰ったら奥さんと子どもたちがニコニコして出迎えてくれて、お父さんが子どもたちを抱きしめながら「今日はいい子にしてたか?」みたいにいうの。どっかの住宅メーカーのCMにあった気がするんだよね。そんな理想の暮らしを僕は手に入れたわけです。
当時は片道一時間半以上かけて都心まで満員電車に乗って通勤していました。通勤に往復3時間。朝8時前に家を出て、夜9時に家に帰る生活。
帰宅時にはヘトヘトだけど、玄関のドアをガチャっと開けたときに感じるごはんの香りと家の温もりが心地よかったんだ。妻の「おかえり!」がとっても嬉しくて、疲れが吹っ飛んだよ。
仕事で約半日家を空けてるわけだから、妻と子どもに会えない時間も長くなります。僕の毎日の楽しみは、お昼休みに妻と交わすLINE通話でした。当時新生児だった長男の写真やふにゃーとかわいく泣く様子を収めた動画が送られてきてね。それらを見て僕は、「ああ子どもを持ったんだな。パパになったんだな」と感じて幸せいっぱいでした。
何よりも嬉しかったのが料理でした。妻は僕のために毎日お弁当を作ってくれて、夜はあったかいご飯を用意して帰りを待ってくれていました
妻の作ってくれたご飯です。
妻の料理のクオリティー、すごくない?
いやー、いい奥さんと結婚したなぁ、と心から思っていて、僕の幸せはここにきわまる!くらいに思っていました。
平安時代の貴族・藤原道長が栄達を極め、「この世をばわが世とぞ思ふ望月(もちづき)の欠けたることもなしと思へば」(この世は自分のためにあるかのようというめちゃめちゃ驕った歌)という歌を詠んだときの気持ちがわかるよ。
僕は日本史がとっても好きで、誰に頼まれてもないのに気づいたら応仁の乱についてとかネットで検索してるほど。
ところが、望月(満月のこと)のような満ち足りた気分を味わっていた僕とは対照的に、妻は完全に疲れ切っていました。
妻は表面上は笑っているようでも、表情はいつも曇っていて、「え、なんで?めちゃくちゃ幸せなのになんでそんなに浮かない顔をしてるの?」と、僕には妻の気持ちが全くわかりませんでした。
妻はたまに「育児がつらい」と話すことがあったのだけど、僕としては、精一杯育児に関わっているつもりでした。
昼は仕事をしながら夜のミルクはしたし、妻への感謝の言葉を忘れずししてた。それで十分だろうと僕は思っていたんです。
そして3ヶ月ほど経ったある日、事件が起こります。
いつものように出勤しようとしたら、妻がものすごい険しい顔をしながら「今日会社に行ったら一生恨む」と凄んできました。
僕としては、「突然、何?会社を休めなんて、勝手なことを言わないで!」って感じでした。
こっちにも仕事をして家計を担う役割があるしね。そう思った僕は反射的に「無理だよ」と返してしまったのですが、この一言が妻の怒りを爆発させてしまいました。そのときのやり取りをお読みください。
妻「もう限界なの。今日は会社を休んで!」
僕「無理だよ。お金を稼がないといけない。生活できなくなったら、それこそ困る。出勤しないと会社の皆に迷惑がかかる」
妻「かからない!!迷惑なんてこれっぽっちもかからない!誰かが休んでも業務が回る仕組みができているのが会社だよ」
僕「でも、無理だよ」
妻「家族が助けを求めているのに、それを無視してまでやらなきゃいけない仕事って?そうまでして行かないといけない会社って何なの?」
僕「言ってることはわかるけど、無理だよ。だって、そんな働き方をしている人は周りにいないから。自分だけがわがままを言うわけにいかない」
妻「……わかった。それなら大事な会社に行ったらいいよ。助けて欲しくてお願いしているのに、もういい。家族よりも、何よりも大切な会社に行ったらいい。ただ、今日、会社に行ったら一生恨むからね」
僕「……」
(ガチャ)(バタン)
一度は会社に向かったものの、かつてないほど強烈な妻の剣幕から事の深刻さを察し、このままでは家庭がダメになるとの思いから、僕は家に引き返しました。この日は仕事を休み、家事と育児をして妻に休んでもらいました。
このとき僕はめちゃめちゃ戸惑いました。妻がこんなにも不満をため込んでいたなんて思いもしなかったから。
願っていた子どもが生まれたじゃん。家族3人、とっても幸せじゃん。何がそんなに気に入らないの…?
地元の喫茶店で出会って恋に落ちて、「この人と一生一緒にいたい!」と思って結婚したのに、なんで子どもが生まれたことで、夫婦関係に亀裂が入ってしまったのだろう?
(この写真を撮った数か月後に離婚危機だよ。そんな展開は予想もしなかった)
僕は子どもがいる生活が心から幸せで、妻も同じように感じてくれていると思っていたのに…。知らないうちに、夫婦間に溝が深まっていたのです。僕はこのことがとても悲しかった。
その後僕はオフイス通勤から在宅メインの働き方に変え、往復3時間の通勤時間をなくしました。それによって僕は24時間家にいながら仕事と家事・育児をする生活を送ることになったのですが、このライフスタイルに切り替えたことで、妻がなぜあそこまでストレスを抱えたのがわかったのです。
新生児育児、無理ゲーだわ…。
育児なんてみんなやれてることだし、たいしたことないと思っていたけど、とんでもない!
新生児育児のタスクをざっと書くと、こんな感じ。
授乳/粉ミルク
オムツ交換
沐浴(お風呂)
家事
言葉にするとあっさりで、何が大変なの?って突っ込みを入れたくなります。僕もそう思っていました。難しいことはひとつもないって。
そのときの僕に欠けていたのが、各タスクの頻度でした。この頻度がやっかいなのよ。
さっきのタスクに頻度を書き加えるとね、
授乳 ×10~15回、一回につき30分~1時間
(粉ミルクの場合はもっと減る)
オムツ交換 × 12~15回
沐浴(お風呂)× 1
家事 夫婦だけの生活に加えて赤ちゃん用品の片づけがプラス
新生児育児をやってみて「マジか…」と思ったのが、ひとつひとつのタスクがこんなにも繰り返されることでした。
子どもを持つ前に抱いていた「ミルクをあげるなんて簡単だよ。かわいい赤ちゃんの顔を見ながら哺乳瓶を持っているなんて幸せだよね」というイメージは、もろくも崩れ去りました。
授乳は一日15回!?
しかも一回のミルクに1時間かかることもあるって…。
計算すると「15回 ×1時間=15時間」なんだけどさ、一日は24時間だから、一日の約6割を赤ちゃんに食事を与えることに費やしていることになる。
新生児とはいえ、赤ちゃんの頭は意外と重い。首がすわっていなくてふにゃふにゃだから、腕で頭をしっかりと支えないといけません。この体勢を1時間続けるのは、めちゃめちゃハード!
授乳でヘトヘトになりながらも、残りの4割の時間ででオムツ交換や沐浴、家事をこなし、さらに親の生命維持に必要な睡眠や食事もとらないといけない。
そうそう、睡眠なのだけどね、赤ちゃんは夜中もおっぱいを求めて泣くから、午後9時に寝て、翌朝7時までぐっすり!ああ、いい目覚めだ!なんて、まず不可能です。親がぐっすり寝ていても授乳で夜中に何回も叩き起こされるから、細切れ睡眠になります。
眠くて意識がもうろうとしながら哺乳瓶の消毒やミルクの準備をしたのは、本当にきつかった。
(眠い…)
哺乳瓶は専用容器にいれて電子レンジで5分で消毒できるのだけど、眠くてその5分すら起きていられなかったこともあります。粉ミルクは付属スプーンのすり切りいっぱいが20cc分なんだけどね、あまりに眠すぎてこれまで自分がスプーン何杯を哺乳瓶に入れたか忘れるなんて、しょっちゅう。少し濃い目、あるいは少し薄め目のミルクを与えたこともあると思います。長男よ、ごめん!!
オムツ交換についても、赤ちゃんは体が小さいし、楽だろうと思っていたのだけど、そんな予想は見事に裏切られました。
赤ちゃんは仰向けに寝かされるのが嫌で、オムツ交換中にもぎゃんぎゃん泣くし、足をバタバタさせるからうまくオムツ交換ができない。オムツを新しくしているそばからおしっこやうんちを飛ばして、周辺に飛散して汚してしまい、まさに悲惨な状況になってしまうことも。ウンチの後片付けはつらいわ。
昼ならまだ「仕方ないな」ですむけど、夜にウンチを飛ばされたら「この野郎ーーーー!!!!」と怒りがこみあげてくる。
ときにはミルクを上げている途中に、ぶばーーー!!という大きな音を立ててウンチをすることがあって、ミルクとオムツ交換を同時にする事態になることだってあります。
ここに家事が上乗せされるなんて、拷問かって感じ…。
やること多すぎ!!!!
ひとりでなんて、無理!!!
これって飲食店でたとえるなら、ホールとキッチンをひとりで、しかも24時間対応をしているようなもの。労基法違反だよね、きっと。こんなことを従業員にさせているオーナーはとんでもない人だ!と思うんだけどね、待てよ…。
産後の妻に家事と育児のほとんどを丸投げしていたのは、誰だ?
僕だわ…。
長男の育児を一通りやってみてつらさを痛感し、僕は初めて自分が妻に対して無意識とはいえ、ワンオペで24時間、飲食店を切り盛りする従業員のような扱いをしていたことを初めて自覚しました。
妻が怒るのは当然だし、3ヶ月もよくやってくれたなと思い、感謝の気持ちがこみあげてきました。
僕はちょっと手伝えばいいと思っていて大したことをやっていないのに、「自分は十分なヘルプをしている」なんて思い込んでいた。
家事も育児も妻に押し付けていて、「結婚生活は幸せだな」なんて、僕はなんて勝手だったのだろう。
妻は妊娠や出産でいやおうなしに体に変化が起こり、その中で子育てというタスクに向き合ってきました。一方で僕は子どもを持つ前とほとんど変わらない生活を送ってきました。
変化にさらされる妻と、ほとんど変化がなく気持ちだけ「パパになった」ですまされる僕。
夫婦間に溝が深まるのは当たり前でした。
そして僕が意識を改め始めたとき、我が家では別の課題に直面することに。
それまで妻に任せきりだったので、以前よりも家事と育児を僕がやるようになってきたわけだけど、このやり方だと夫婦が担う家事と育児タスクの総量は変わりません。
妻が多くやってくれていたことが僕にスライドしているだけ。「家事・育児」と書かれたボールを夫婦間でパスしあっているようなイメージです。
協力して取り組むのはいいことなんだけどね、夫婦どちらかにたえずタスクが発生してるわけで、子どもを持つ前のように夫婦だけの時間は取りにくい。いつも家事と育児にバタバタして、夫婦ともに気持ちに余裕がなくなってしまいます。
「この人と一生一緒にいたい。ずっと仲良しでいたい」
お互いにそう思って結婚したし、愛する人との間に子どもを持ちたいと思って子どもをもうけたのに、子育てをきっかけに夫婦の会話が減ったり、お互いに不満を抱きあったりして関係が悪くなってしまうのが悲しくてしかたがなかった…。
僕の家の近くには大学があるのだけど、大学生カップルは手をつないだり、肩に寄りかかったりしてさ、「自分たちの未来には希望しかない」オーラを放っています。
イチャイチャしてさ、見ていてくすぐったくなるくらいだよ。
そんな様子を見て、お互いのことが好きで好きでたまらないんだろうな、ただ一緒にいるだけで満ち足りた気持ちになるんだと感じます。
きっとそんな恋愛の先に、「愛する人との間に子どもを持ちたい」という願望が生まれるはずなのに、子どもが生まれた後に夫婦の関係がギクシャクしてしまうなんて、悲しすぎるよ。
僕ら夫婦だって産前は仲がよくて、頻繁にデートをしていたのに、長男誕生後には育児でいっぱいいっぱいで、一緒に外出するゆとりなんてありませんでした。
いつのまにか、目の前のことをこなすのに一生懸命になって、「結婚しようとした気持ち」を見失ってしまったんです。
そうなってしまうのは、夫婦がマンパワーを駆使して頑張りすぎて、互いを思いやるキャパが持てなくなっているからだと僕は思いました。そりゃそうだよ。さあミルクだ、よし赤ちゃんが寝たぞ!その間に食器を洗って洗濯ものを取り込むぞ!!RPGの強制スクロールみたいなもので、立ち止まることができず、とにかく目の前のことをどうにかするしかない状態。これでは夫婦がお互いを思いやる気持ちのゆとりが生まれません。
子どもができたからって、無理がきく体に変化するわけじゃないし、体力は2倍になりません。1日は、24時間のままなんです。同じ時間の中で、子育てというタスクが発生するわけだから、そのタスクは家庭外に切り出していかないと夫婦の体力と気力が持たないんです。
保育者である両親が共倒れすれば、それこそ由々しき事態ですよ。そんな最悪な状況を避けるためにも、家事や育児に関わってくれる人の数を増やしていくことが大切かなと僕は思ったんです。
頼る誰かは、人によっては両親や義両親かもしれません。僕の知人は双方の両親にお子さんを交代で預けて仕事をしていました。この方は全国を飛び回る職業に就いている方で、「夫と私の実家に頼れるから、土日も働く仕事をなんとかできています。ありがたいです」と話していました。
ただ僕らの場合は、妻の実家が飛行機を使わないと行けないほどに遠いことと、当時僕の実家との僕ら夫婦との間に微妙な空気が漂っていたこともあり、ベビーシッターさんや家事代行、行政の見守りサービスのほか、仲の良いご近所さんなど、家族・親族以外の方に仲間になってもらって、家事と育児を助けてもらいました。
夫婦以外の人の手を借りることで、妻と僕は家事と育児から離れる時間を持てるようになった。ベビーシッターさんに長男を自宅でケアしてもらっている間に、僕は妻と一緒に食事に出かけることもできるようになったんです。
子どもがいる生活は幸せだけど、夫婦だけの時間も同じくらい幸せです。結婚記念日にディナーに行ったときには交際直後のドキドキを思い出して、「妻と結婚してよかったなぁ」という温かい気持ちに包まれました。
特にありがたかったのが仲良しご近所さんでした。2つの家庭にお世話になっていたのですが、水回りやコンロ周りを掃除を週に1~2回、長男との遊びやシッティングを週に2~3回お願いして、夫婦が家事と育児をしない時間を作りました。「家事と育児のやることを減らせる日」があることで、精神的にはとっても楽になりましたよ!
次男誕生後も長男と同じように人の手を借りるつもりだったのだけど、新生児のケアができる人は限られているんです。新生児にはうつ伏せ寝や突然死のリスクがあって、お世話をできる人にはスキルが必要だからです。
沐浴やオムツ変えなど新生児のケアができて、産後の妻の体調の相談にも乗れて、家事もサポートしてくれる。そんな人がいないかな、いるわけないよなと思って半ば諦めていたのですが、なんといたんですよ、そんな人が!!
続きは後編でお話ししたいと思います。
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